ロフヴィルとヘカテが心温まる会話をしている頃、エル達は対応に迷っていた。
ランナーチームで小規模とは言え長年シアトルで生き延びてきたギャング団であるディッサセンブラーと正面から決戦する力はない。
更に言えば彼らの背後にいるタマナスの存在が厄介さを増加させる。
タマナス、いやオーガンレッガーとは善悪の定まらぬ第6世界においてすら、混沌とした組織である。
そもそも、オーガンレッガーこと人の臓器の密売はヤクザなどの大手犯罪組織の稼ぎ頭だった。
しかし、この状況はクローン臓器の製造技術により激変する。
誘拐や殺人を含んだ重罪をおかした上で更に適合性という壁まである天然臓器はクローン臓器よりも劣った商品となり、旨味のない商売となった。
ところがこのリスクとリターンのバランスを変えた存在が生まれた。グールやウェディンゴと呼ばれる人肉を喰らう感染者達だ。
彼らにとって人を喰らうことは生きるために必須であり、その過程で現金収入まである理想的な商売だ。
このように書くと文字通り人の血肉をすする悪魔の所業のように見える。
ところが、クローンを用意できない者達や慈善的な料金で患者を見るストリートドクの資金の足しにするために死体の買い取りなども行っており、彼らに救われている存在があるのも事実である。
このタマナスは世界的な組織であることもあり、潤沢な資金と低い遵法意識から表立ってできないような先進的な研究に手を出すことがある。
そのための被験者を集めるために配下のギャングを使うことがあるのだ。
この為タマナスが絡んでくるとギャングと話し合いを行い身代金を払って解決とはいかなくなるケースが多い。
「とりあえず、話聞きに行くしかないか。」
「そうさね。この辺りはあんたの方が得意かね?」
肩をすくめるトロ吉。
「得意じゃないが。エンゾの兄貴に聞いてみるかな。」
ギアネリーファミリーのプヤラップを取りまとめるカポ、エンゾ・ギアネリー。
ダウンタウンの詳細は知らなくても根城の資料ぐらいは持っている可能性が高い。
「でるかねーっと。…あ、兄貴ですか、トロ吉です。」
コムリンクの向こうからは不機嫌そうなエンゾの声がする。
「おう、どうした。今書類仕事で苛ついててよ、面白い話じゃなければ、頭かち割るぞ。」
「まあ普通の話ですがね。兄貴はギャングのディッサセンブラーの根城知りませんか?」
急にテンションのあがった声でエンゾは返事をする。
「お、カチコミか! いいじゃねーか。俺も下っ端なら一緒にカチコンダところなんだがねー。」
「いや、カチコミでは。」
「ああ、俺の愛用のコンバットアックス貸して欲しいって話だったか?」
「いえ、根城の場所を。」
「確かに場所がわからんとカチコミできんわな。すぐ送ってやるから、面白い話楽しみにしてるぜ。」
そう言うとエンゾは一方的に通話を切った。
そして、唖然とするトロ吉にエンゾからのメールが届く音。
「兄貴かなりストレスなんだろうな。」
「荒事屋が偉くなっちゃうと大変さね。で、場所は?」
「大学地区だな。」
「程々の都会が姿を隠すのに最適ってわけね。」
大学地区はアメリカ西海岸最古の大学ワシントン大学の本部があることで命名された地区だ。
ワシントン大学はこの地区が切株しかない時代に移転し、周囲は大学と共に発展してきた。
そもそも、大学のサイズが200万平方フィートと東京ディズニーリゾート2個分という規格外の代物だ。
この巨大な大学が生まれ、その周りに大学を目当てに都市が拡張し、大学生目当ての廉価な施設を目当てに中低所得者が集まってくるという流れで発展してきた地区だ。
シアトル美術館からワシントン大学までは州間高速道路5号線で10分程度だ。
5号線を北上しポーテージ湾を超え、すぐに高速を降りる。
すでに通勤時間帯が終わっていることもあり、快適に大学地区に到着する。
ディッサセンブラーの根城はカジュアルな雰囲気のダイニングバー、グラトニーだ。よくあるギャングの根城のように、これみよがしにギャングメンバーが歩いているわけでもなく、ギャングの根城と知らなければ、ここが根城とは気が付かないであろう。
客の中にギャング構成員は無数におり、剣呑な雰囲気を隠して飲み食いしている。
料金も良心的で学生の人気が高そうだ。
奥の席では学生の集団が飲み会をしているのか盛り上がっている。
ワシントン大学の学生数は4万5千人。学生を直接狙わないにしても学生向けの飲食店は情報を集めるには向いているのだろう。
2人は食事を頼み、どうでも良い話をしながら誘拐したメンバーが現れないかを待つ。現れなければ別のメンバーから話を聞くべきだろうが、本人であるにこしたことはあるまい。
店内をのんびりと、隣りのビールを羨ましそうにしながら、眺めているトロ吉はスタッフも全てギャングメンバーであることに気がつく。
地下に解体施設ぐらい隠されているのだろう。
2人がのんびりと食事を終え、デザートを選んでいる頃合いになって、お目当ての2人組が店内へと入ってくる。
ギャングの2人は少し不機嫌そうに見える。
エルとトロ吉はデザートと食事のコーヒー(もちろん合成品)まで、のんびりと楽しみ、お目当ての2人組が店を出るタイミングを合わせてエル達も店を出る。
「やっちまうか?」
エルは無情にも首を横にふる。
「ここでの荒事は巻き込まれたならともかく仕掛けるのはまずい。出てきた所を精神探査で探るわ。あんたはあたしが酔っ払ってる感じで肩貸しなさい。」
その言葉を受けてトロ吉はエルを軽々と背に乗せる。
「じゃあ、2個とも貸しとくぜ。」
エルは少し驚いたような顔をしたものの、問題ないと割り切り呪文に集中する。
周囲のマナを一本の糸のように撚り合わせ対象のギャングに対して延ばす。
その糸がギャングに辿り着くと同時にエルの頭に様々な映像が流れ込む。
同時にギャングは頭を振り周囲を見回している。
「食った、食った。」
浮かぶのはグラトニーの食事だ。
「あー、腹減った。」
浮かぶのは無惨に殺害された女性。
幸いにもその死体はアンゲリーカではないが、四肢を失い大きく腹部を損傷している。
「食いたかったなぁ。」
浮かぶアンゲリーカの顔。
エルはこみ上げてくる吐き気を抑え込みながら更にアンゲリーカに連なる精神を探査する。
浮かび上がるのは優越感。
シアトル美術館の駐車場でショックグローブで意識を奪われるアンゲリーカの姿。
浮かび上がるのは渇望。
美女に対する肉欲ではなく、食料に対する食欲。
そして、憤怒。
見知らぬスーツの男。
左襟に輝くアレスの社章。
「彼女は我々が必要だからこそ確保を依頼したはずだが?。」
苛立ち。
袖無しのグレイの革ジャンに髑髏の入墨の年配の男。
「仕事だから諦めろ。解体するよりも金になる。」
怒り、渇望、人を人と思わない精神。
ちらりとエルに向けられたギャングの瞳。
その時のギャングの意識はステーキ肉を見るものであることがわかってしまう。
「ごめん、トロ吉。吐きそう。車までお願いしてもいい?」
エルも修羅場をくぐり抜けてきた歴戦のランナーだ。無惨な死体ぐらいでは取り乱したりはしない。
しかし、異質な価値観に自身が浸食されていくような違和感。
突然自分をおぶってくれているトロ吉に対して食欲を感じるかもしれない恐怖感。
それらの奇妙な感覚があまりにもエルの精神を混乱させる。
少なくともアンゲリーカはオーガンレッガーにより解体されていないという事実による安心とアレス絡みという新たな心配事も吐き気の原因であろう。
ひとまず緊急度が下がり、休息を取れそうだとエル達は帰宅することになる。
頭を悩ませるのは一休みしてからでも悪くはないことだろう。
タマナス/Tamanous
『Loose Alliances』より。
ただ、昔デンバーのミッションズで出てきたタマナスのイメージで書いております。
間違ってたらすいません。
ギアネリーファミリー
いわゆるマフィア。
エンゾは『Seattle Sprawl Digital Box』のキャラクターカードより。
ワシントン大学/University of Washington
『Seattle 2072』より。
実在の大学で、シャドウランのサプリよりもwikiの方が面白いという稀有な存在。
グラトニー
この小説での創作。
精神探査の影響
小説のオリジナル設定。
ゴア表現が頭に直接投影されたら気持ち悪くなりそうだな、と。