日の出直後のシアトル。すでに周囲は夏の日差しが広がっている。
深夜に降った雨のおかげで涼し気な空気が漂い、薔薇達も今が盛りと咲き誇る。
そんな早朝、サークルファームの応接間に1人腰掛けているのはアリアドネ姉妹団のハイプリーステスたるケイトだ。
「さて、マデリンは連絡をくれるかしらね。」
まるで、その言葉を待っていたかのようにケイトのコムリンクが着信を告げる。
相手の名前はマデリン・シュミット。
合わせて画像転送の承認を求めるウインドウがポップアップする。
ケイトが承認すると1人の女性の姿が正面のソファーに現れる。
その姿はクールビューティーと呼ぶのが相応しい20代後半に見える美女だ。長いブルネットの髪を頭の上でシニヨンに結い上げ、大振りな丸形のスマートグラス、そして最新のデザインのビジネススーツに身を包む。
丸形の眼鏡を持ってしても緩和できない射抜くような鋭い眼差しが、ケイトと目があった瞬間に雪のように溶け去る。
そしてマデリンが口を開く。
その喋り方は怒っているというよりは甘えているかのような、甘やかな響きがある。
「今をときめくSVTのジュニアパートナーである私をメール一本で呼び出すなんて、あなたぐらいよ、ケイト。」
くすくすと笑いながらケイトも言葉を返す。
「あたしは薔薇が見頃だから朝のうちに見に来たらって誘っただけのつもりなのだけど。忙しすぎるんじゃないの?」
マデリンは大げさな仕草で両手を頭上に上げる。クールなスーツスタイルに似合わないこと甚だしい。
「そうよ、私があなたの顔を見たかったのよ。あなたこそ、私の都合に合わせてもらって悪いわね。」
ケイトは可愛らしく小首を傾げる。
「あら薔薇の世話をする生活してると、これぐらいの時間はもう活動時間よ。昔からあなたは始業30分は予定入れないようにしてたから、この時間に来てくれるかと思って待ってただけよ。」
何かを懐かしむように2人は微笑み合う。
「そう。確かにケイトが面倒見てるだけあって見事な薔薇ね。生身で訪問したかったわ。」
「今をときめくジュニアパートナー様にはシアトルの片田舎に来る時間はなかなか取れないでしょうね。」
その言葉に含まれる少しすねたような響きを受けてマデリンは少し嬉しそうな顔をする。
「本当に。評価されるのは嬉しいけど、追い求めるのと、追われるのはまた違うわね。ケイトに手伝って貰って追いかけていた頃が懐かしいわ。」
少し寂しそうに微笑むケイト。
「それで本題は? 薔薇を見せてくれようとしただけでも構わないのだけど。」
「姉妹が危険にさらされて対応してるのだけど、あなたの領分に踏み込んでいる気がしたの。」
「政治的なリスクを伴うと?」
STV、スターク、テイシン アンド ヴァンデマー、それは世界的に見ても特殊な法律事務所である。
2030年という覚醒してから間もなく覚醒関係を専門に取り扱う法律事務所として成立し、着々と勢力を伸ばした結果現代では個人の法律事務所としては世界最大規模であり数千人の弁護士を世界中で雇用している。
この事務所は通常の事件への弁護やアドバイス、リスクアセスメントも行うが攻性リスク管理とも言うべきサービスを行っている。政治的にリスクとなり得る覚醒事件に事前に対応しリスク回避を行うのだ。
もちろんUCAS政府とも強い繋がりを持っている。
これにより今マデリンのいるワシントンではSTVはシェディムや昆虫精霊などと暗闘を繰り広げている。
マデリンはダーティワーク管理部署である特殊顧客対応部の北米の責任者である。
ケイトはアンゲリーカの誘拐事件が北米全体のリスクになり得る可能性があると言っているのだ。
ケイトは順を追ってマデリンに状況を伝えていく。
「偶然が2つ重なることはよくあるわ。でも、3つ重なるなら誰かの意思を想定した方が良いとは思わない?」
マデリンはケイトと会ったときの緩んだ瞳を引っ込め、全てを射抜くような瞳に戻っている。
「確かにそうね。人1人拐う仕掛けとしてはあまりにも大掛かりすぎるわね。でも、金持ちの好事家に狙われたなら、これぐらいの仕立てはあり得るわよ?」
ケイトは静かに首を左右にふる。
「シアトル全体、特にエヴァレットで魔力偏位が起きている感覚があるの。前のハレー彗星みたいな自然現象かとは思うのだけど星の巡りで魔力変動するなら、この変動を見越して動いている人がいてもおかしくないかと思って。」
「シアトル全体の魔力変動なんてあれば報告があるはずなのに何もないわ。」
ケイトが得意気に笑う。
「仮にもあたしはアリアドネの姉妹団のハイプリーステスよ。その辺りの木っ端魔術師と同じに考えてもらっては困るわ。恐らくイニシエイトなら2日、普通の魔法使いでも1週間もすれば気がつくのではないかしら。」
「大魔女様の強大さは建材で安心したわ。話はそれだけ?」
「伝えたいのはそんなところね。そう言えば、知っていたら教えて欲しいのだけど、アトランティス財団のマイケル・エルドリッチという人物知ってるかしら。誘拐された女性をシアトルに呼んだ人物なんだけど。」
エルドリッチの名前を聞いた瞬間マデリンの顔が険しくなる。
甘い果物だと思って食べたら苦かった、そんな顔だ。
「知ってる。高慢な時代錯誤の厨二病野郎よ。」
困惑顔のケイト。
「ほら、人の趣味はそれぞれだし。」
「一番最悪なのはこいつブラックロッジの中堅メンバーよ。真面目に魔術師で世界を動かしてると信じてるパラノイア組織。こいつらの性で仕事が増えてる節もあるわ。」
神妙な顔になるケイト。
「つまり、大規模な地霊術によりシアトルの魔力を底上げしている可能性もあるのかしら?」
「否定できなくなってきたわ。それにこいつらは第5世界で魔術を実践してきた実績があるわ。魔術的に意味のある星辰正しき時を把握している可能性もあるわね。」
2人は顔を見合わせため息をつく。
「ブラックロッジは噂は聞くけど直接関わるのは初めてなのよね。」
珍しい料理を出された。そんな風情のケイト。
心底嫌そうなマデリン。
「秘密主義の陰謀論者実践派よ。関わらない方が人生幸せよ。」
「あなたは関わったことあるみたいね。」
「ノーコメント。もしかして、これ関係あるかも。アレスのファイアウオッチが半月程前からシアトルに常駐してエヴァレットで昆虫精霊の掃討をしているわね。そのバックアップとして覚醒対応局まで出張ってる。異常ね。」
ケイトのコムリンクに地図情報が届く。
ファイアウオッチの掃討した場所についてだろう。
「ブラックロッジは世界中の国家やメがコーポに影響力があるって聞いてるけど本当なの。」
マデリンは何も応えず疲れた笑みを浮かべる。
つられてケイトもため息1つ。
「じゃあ、情報は逐一共有させてもらうようにするわね。」
柔らかにマデリンが微笑む。
「バーチャルとは言え顔を見れて良かったわ。じゃあ、またね。」
ケイトが何かを言おうと口を開きかける。
小首を傾げるマデリン。
「いえ、あなたは相変わらず若く見えるわね。同じ年とは思えないわ。」
「ふふ、あたしはきっとゴブリン化前のエルフなのよ。もうじきエルフになる兆候ね。」
「また、馬鹿なこといって。うん、じゃあ、またね。」
「ええ。」
そして、マデリンの姿が応接室から消える。
ケイトはマデリンの好んでいた香水の香りを嗅いだような錯覚を覚え頭を振る。
その場所には、ただ薔薇の柔らかな香りが立ち込めている。
ケイトは毅然とした顔つきになりまマデリンから提供された情報をエルに共有するためにコムリンクの操作をし始める。
まだ、日は昇ったばなりだから、エルは寝ているのだろうなと考えながら。
マデリン・シュミット/Madeline Schmidt
シナリオ集『Toxic_Alleys』および『Collapsing_Now』より。
ケイトとの関係性についてはオリジナルです。
ちなみにブラックロッジへの意識も創作です。
スターク、テイシン アンド ヴァンデマー/STARK,THEISSEN, AND VAN DER MAR
シナリオ集『Toxic_Alleys』および『Collapsing_Now』より。
エルフのゴブリン化
発生しないのでマデリンのジョーク。