シアトルアイショット   作:CanI_01

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2075年7月7日 UCAS シアトル エバレット ストリート

エバレットはしばしば沈没した豪華客船タイタニック号に例えられる都市だ。

かつてハイテク企業を中心に栄えた地区だが、クラッシュ2.0という氷山に衝突し地区の登記情報を失った。

この結果市民や企業は移転を進めていき、現在はバーレーンという海底を目指して沈みゆく途中であるという例えだ。

 

もちろん、沈没を阻止しようとする勢力も存在する。ブラックヘイブン市長の再開発プロジェクトやフェデレットボーイングやUCAS海軍基地の雇用、そして周辺地区の低所得者の住宅地需要などだ。

とは言え、この活動は艦底に穴の空いた状態で水を掻き出しているにすぎず抜本的な解決とはなっていない。

 

そんな沈みゆく豪華客船を4人の男女がのんびりと歩いている。

エルにトロ吉、ダニー。

そして護衛として依頼をかけたトロールのエンフォーサー、マラキだ。

マラキもマフィアに親しい立場のランナーであり、トロ吉とはしばしば共に仕事をする関係だ。

 

「エバレットでアレスといえばR&D拠点を持ってたはずだけど、そこかしら?」

 

ダニーはのんびりと仲間達に問う。

 

「どうかしら。研究施設はセキュアだから避けたいんだけど。でも、ディッサンセンブラーの記憶だとわざわざ社章つけてたからブラックオブチームではなさそうなのよね。デイッサセンブラーはアレスのジョンソンの身元知らなかったのよね?」

 

エルはここに来る前にディッサンセンブラーのリーダーのコムリンクをハッキングしているダニーに尋ねる。

 

「把握してなさそう。連絡先の名前ははアレスのジョンソンで、番号も転送サービス。ギャングを何度も前払いで雇って信頼を勝ち取ってきたみたい。」

 

というのも、デイッサセンブラーのリーダーのコムリンクの作戦予定日と報酬の入金日をを見比べると入金日が先に来ていたのだ。

 

「そうなると、あたしの描いたイラスト頼りかぁ。」

 

大声で笑い声を上げるトロ吉。

 

「いや、あの絵は無理だろう。」

 

「わかってるわよ。早く頭の中のイメージを電子化できるようにならないかしら。」

 

「思考の画像化はまだ難しそうね。」

 

「最近噂で聞くeゴーストになればいけんのかね?」

 

「なったことないから知らないけど、その時点で死んでない?」

 

「違いねぇ。」

 

危機感も少なくのんびりと歩く4人。

治安が悪く美女が2人がいるとはいえ、トロールを2人連れた彼女達に手を出してくる馬鹿はいない。

4人が目指しているのはアレスが昆虫精霊から開放したという触れ込みのビルだ。

誘拐した相手を確保するためにビルを制圧するとは考えにくい。

だが、ケイトが伝えてきた奇妙な魔力潮位の偏位の中核がエバレットである以上、このビルに何かある可能性はある。

とは言え、エルはエバレットに入っても何も感じていない為ビルを見ても何か判るとは限らないのだが。

 

ファイアウオッチが“開放”したビルは7棟。

場所はエバレット全域に散らばっている。

全てが持ち主の登記情報が失われ放棄されたものだ。

このため、アレスは廃ビルを買収してからファイアウオッチを展開している。

結果ビル内で何が起ころうとアレスは治外法権に守られることになり問題とはならない。

つまり、ビル内に本当に住民がいたのか、いたのならそれが昆虫精霊だったのかは問題とされないのだ。

 

そんなビルの周りの聞き込みを進める一行。

ビルには確かに住民がおり貧しいながらも周囲の困窮者に救いの手を差し伸べる慈善団体であったらしい。

まず唸り声をあげるのはダニーだ。

 

「うーん。これ本当は人権問題じゃないの? 再開発したいアレスとブラックヘイブンが組んで慈善団体潰してるとしか見えないのだけど。」

 

苦笑するのはより深い影を走る3人だ。

 

「世界友愛協会の例があるから、あたし達は慈善団体と言われると疑ってしまうけど、どうなのかしら。」

 

ボソリとマラキが口を開く。

 

「まあわからねぇけどな。以前絡んだランでは慈善団体と立ち退きを求める抗議団体の両方が昆虫精霊に汚染されててってケースもあったな。とは言え、昆虫精霊が汚染するのに時間かかるからな、住み込みだの合宿だの言ってる団体はヤバいイメージがある。」

 

何か嫌な事を思い出したように顔を顰めるダニー。

 

「なるほどね。確かに住み込みボランティアがドンドン昆虫精霊に置き換わっても誰も気がつかなわけか。」

 

「魔法使いが見てもなかなか昆虫精霊の招待は見抜けないしね。」

 

「とは言え、利権とかち合った慈善団体に昆虫精霊の汚名を着せて弾圧するとかはありそうなのよね。」

 

大きくあくびをするトロ吉。

 

「まあ、今日の行き先は掃除済みだ。気楽に回ろうぜ。」

 

「アレスの敷地だ。何か絡んでるならトラップぐらいはありそうだがな。」

 

ここに来て納得顔のダニー。

 

「それであたしは呼ばれた訳ね。マトリックスの警戒は任せて。」

 

ビルの敷地は高さ2m程度の硬化樹脂のフェンスで覆われており、敷地内を見ることはできない。

フェンスの上にはワイヤーが張り巡らされ疎らに監視カメラも設置されている。

 

ぐるりと見回しマラキが口を開く。

 

「ワイヤーがオフラインなら、あの監視カメラさえ潰して貰えれば簡単に入れそうだな。」

 

「ワイヤーはオフラインだから切ったり触ったりしても大丈夫だと思うわ。カメラは細工するわね。」

 

しばしの沈黙。

ダニーはさくりとカメラにマークをつけ画像編集を行う。

 

「これでループ映像流れてるはずよ。」

 

自信有りげに請け負うダニー。

それを聞いておもむろにじゃんけんを始めるトロ吉とマラキ。

負けたトロ吉がマラキを肩車する。

4メートルを超えるタワー。なかなかに圧巻である。

手慣れた動作でワイヤー切ると軽々と塀を超えマラキが中に飛び込む。

コムリンクに問題なしの連絡。

トロ吉が順番にエルとダニーをリフトしマラキに引き渡していく。

最後にトロ吉は懸垂の要領で塀の上にに体を引き上げ、塀を超える。

 

トロ吉が塀を超えた時、目にしたのはうずくまるエルとダニー。

そして、困惑顔のマラキだ。

 

「おい、どうした? マラキにセクハラでもされたか?」

 

「何言ってやがる、俺はガラス食器みたいに丁寧に地面に降ろしただけだ。」

 

そんな言い合いを抑えるためにか、よろよろとエルとダニーが立ち上がる。

その顔色はかなり悪い。

辛そうにしながらもダニーが口を開く。

 

「マラキさんのせいじゃないわよ。この敷地内がかなり強いディゾナンスウェルになってるみたい。そこから漏れる反共振力に当てられたのよ。」

 

「じゃあ、エルはセクハラか?」

 

「なんでそうなるのよ。ダニーと同じよ。あたしが反応してるのは汚染されたドメインだけど。」

 

そんなことを言い合いながらも落ち着きを取り戻していく2人。

 

「少なくとも何かあるのは確定ね。」

 

ビルは5階建ての雑居ビルだ。

30m四方程度のビルとは言え、捜索するのはなかなかに大変である。

ビル内には生々しい銃撃戦の後が残されており、ファイアウオッチが戦闘をしたことは間違いないようだ。

 

そんな中ダニーが呟く。

 

「……下から不快感は来てる気がするわね。」

 

エルもその言葉に頷く。

 

「同じく。地下室におりてみましょう。」

 

4人は警戒しながら地下への階段を降りる。

地下には倉庫スペースにでも使用されていたのか小さな部屋になっていた。

そのスペースには雑多に箱が積み上がっている。

目敏く異常に気がつくのはダニーだ。

 

「ここの箱動かした跡があるわ。ミスディレクションでなければ、この後ろに何かあるんじゃない?」

 

ちらりとトロ吉を見るダニー。

 

「へいよっと。」

 

トロ吉とマラキが移動させた跡のある箱を移動させる。

だが、そこには何もない。

拍子抜けしたような顔のダニー。

 

「何もないわね。」

 

無言で何も無い空間を睨みつけるエル。

 

「完全透明化で何かを隠しているのかしら。」

 

そしてエルはベルトポーチに手を入れダニーの方へと何かを振りかける。

周囲に広がるミントの香り。

怪訝な顔のダニー。

 

「これは?」

 

ミントの香りは魔を退ける。

古典的な魔女による魔除けだ。

 

「おまじないよ。もう一度そのあたりをよく見てもらっても良いかしら?」

 

何もないものは無いのだが。

そんな顔をしながらもダニーは目を凝らす。

すると先程迄気がつかなかった2枚のカードが目につく。

2枚のカードにはイラストが描かれている。

1枚は獅子を抑え込む美女のイラスト、1枚は足から逆さ吊りにされた男性のイラストだ。

よく見れば美女のイラストは男性のイラストに突き刺さっている。

 

「2枚のカードがあるわね。」

 

拾おうと手を伸ばすダニーをエルが慌てて止める。

 

「待って、カードには触らないでちょうだい。それ呪文で隠されていた儀式呪文の魔術基盤だと思うわ。」

 

全くわかっていない顔の3人。

とりあえず、ダニーは気持ち悪いものを見るような目でカードを見つめる。

 

「よくわからないけど、このカードはあたしにしか見えないの?」

 

「ええ。とりあえず絵柄などを教えてくれないかしら。」

 

カードの画像を共有するダニー。

真剣な顔で画像を見るエルと、我関せずと周囲を警戒するトロール2人。

 

「タロットカードの力と吊るされた男だとは思うけど。タロットカードを他のタロットカードに刺すと言う儀式は聞いたことないわね。」

 

「カード持って帰る?」

 

気楽なダニーの質問にエルが悩み込む。

 

「そうね。侵入したのがバレるのは時間の問題だし本気で警戒をされたら再度侵入するのは骨だしね。」

 

ダニーを制しエルがタロットに触れた瞬間タロットカードが大爆発を起こす。

カードに触れていたエル、興味津々で覗き込んでいたダニー。

2人とも、いや4人ともカードの爆発など想定はしていなかった。

しかし、4人とも爆発の瞬間かろうじて反応が間に合う。

女子2人は無意識に爆発から逃れる方向へと飛び退る。

反対にトロール2人は爆発へとあえて踏み込み女子2人を抱え込む。

トロール2人にとっては可愛らしい火傷でも、女子2人にとっては命に関わる火傷になりかねない。

とは言え爆発の規模もわからないタイミングで迷わず爆発に飛び込むプロの動きの潔さよ。

エルとダニーが我に返った時にはトロール達の腕の中にいた。

慌ててエルが叫ぶ。

 

「逃げるわよ。今の火球撃てるクラスの術者の喚んだ精霊が来たら全滅もあり得るわよ。トロ吉はあたしの体担いで走ってちょうだい。アストラル投射して時間を稼ぐから。」

 

一目散に駆け出す3人。

肉体からはエルのアストラル体がアストラル界へと解き放たれる。

普段は地球の蒼いオーラに照らされ幻想的な月夜のようなアストラル界。

そこが黒い汚泥のような影に汚染されアストラル体となったエルへと纏まりついてくる。

この汚泥のような穢れたドメインはタロットが破壊されても未だに留まり続けている。

そして皆が1階に到達する前に1体の精霊が姿を現す。

その姿は悪魔と呼ぶのが相応しいような外見だ。

山羊の頭に女性の体、背中には大きな蝙蝠の翼、股間には男性の象徴。

全体的な印象からエルは相手が大地の精霊であると看破する。仮にこいつが階段で実体化し防御に専念された場合突破は現実的ではないだろう。

精霊としても目の前に敵対者がいる状態で実体化するほど無謀ではなくエルに対し、そのアストラルの四肢を振りおろす。

明確に格上の精霊からの攻撃だ。直撃すればただでは済まない。

故にエルは最初から撃破を狙わず、自らの生存を最優先する。

精霊の召喚者が精霊に対して指示をするなら敷地に関係して命令を下しているだろう。

そうであれば、この敷地から脱出すれば追撃も緩むはずだ。

もちろん可能性の問題だが脱出してしまえば選択肢は様々にある。

いくらアレスがメがコーポであっても市街地で精霊を実体化させた場合罪に問われる。

そこまで悪手を打つこともあるまい。

 

この可能性を信じてエルは必死で攻撃を捌く。

今回は汚染されたドメインで敵の精霊が弱体化していたこともエルには有利に働いた。

そして無限に続くような数分間を生き延び敷地外に出た瞬間、悪魔は消え失せた。

どうやら賭けには勝ったようだ。

 

この時仲間達はたまに周囲で奇妙な光が迸るな程度の認識していない。

 

敷地を出てから少しして突然エルが意識を取り戻す。

 

「もう大丈夫みたい。精霊は敷地内のメタヒューマンを相手にするように命じられてたみたいで追いかけて来てないわ。」

 

ほっと一息付き足を止める3人。

 

「とりあえず車に戻ってから治療で良いかしら。」

 

「ああ、俺達は大した怪我はしていないから大丈夫だ。そりよりもお前の体調次第では引き上げる事もありだと思うが。」

 

確かにエルの顔には疲労の色が濃い。

わずかに沈黙した後エルが口を開く。

 

「警戒レベルを上げられる前にもう一箇所ぐらい調べてしまいたいわな。さっきの精霊を警備に回されると、かなりキツイわ。」

 

かくして、エル達はもう一箇所の調査を行った。

結果セキュリティは変わらず同様に地下室にタロットカードがあり、女帝が愚者のカードに刺さっているのであった。

 




マラキ
オリジナルキャラ。

ディゾナンスウェル
反共振力井戸。ここに入ると普通のテクノマンサーは能力が制限される。

汚染されたドメイン
魔力が汚染されており普通の魔法使いはこの中に入ると能力が制限される。

ミントの香り
単なる呪文抵抗の演出。
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