シアトルアイショット   作:CanI_01

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2075年7月7日 UCAS シアトル タコマ 道教寺院

タコマ西部、ピュージェット湾に面した地区にリトルアジアと呼ばれるチャイナタウンがある。

タコマの中央から車で15分程度、そんな中心地を外れた場所にリトルアジアは存在する。

職を失った労働者たちが寄り集まり自衛を行う。

そこに犯罪組織が保護を申し出る。

そのようにして生まれた東洋人系スラム、それがリトルアジアだ。

 

昼間はもちろんだが夜間に東洋人以外が歩くことはなかなかに命知らずな行為である。

覚醒前にもタコマにはチャイナタウンがあった。そこは白人と東洋人の衝突により焼き討ちを受け、すでに存在しない。

だからこそ、スラムの形をとってしまったことは仕方のないことなのだろう。

 

夜8時を回り飲食店もそろそろ店仕舞いを考える時間帯、エルとトロ吉は2人でリトルアジアを歩いている。

周囲から向けられる非好意的な視線など意に介さず気楽なそぞろ歩きの風情だ。

場所はリトルアジア中心部であり、辺りには中華風の装飾の目立つ家屋が目立つ。

圧倒的な存在感を放つ無骨なサイバーアームのトロールと美しいエルフ。

トロ吉の存在感に加え、この2人組の奇妙な取り合わせがチンピラ達が粗相をするのを控えた節もある。

 

2人の目的地はリトルアジアの真ん中にあり精神的な支柱でもある道教寺院だ。

そして、ここはチャイニーズマフィア三合会の1つ、黃蓮会の本拠地でもある。

リトルアジアの狭い街路を歩いていと突然視界が開け赤い煉瓦の壁に行き当たる。

その壁の向こうからは多数の人々が一糸乱れぬ動きで地面を踏み鳴らす音が響いてくる。

正面の門の上には訪問者を睥睨する龍と虎の像がそびえ立つ。

門は大きく開け放たれ、その正面にはサブマシンガンで武装した東洋系の顔立ちのオークとヒューマンが門番をしている。

良く訓練をされているらしく自然に銃をトロ吉に向けている。

エルは銃など目に入らぬとばかりに穏やかな微笑みを浮かべ口を開く。

 

「夜分に失礼いたします。エルと申します。こちらの香主であるチェン様にお約束を頂いておりますのでお取次ぎいただけますか?」

 

オークが頷く。

 

「ああ、話は聞いている。香主は今メンバー達と太極拳を舞っていらっしゃる。応接まで案内させるから、そこで待っていてもらえるか。」

 

太極拳を舞うとはと少し疑問に感じながらもエルはおくびにも出さずにこやかに微笑む。

トロ吉は盛大に首を傾げている。

 

「ありがとうございます。」

 

敷地内に踏み込むと空気が変わる。

少なくとも覚醒者にとって異なる領域に踏み込んだのだ。

地脈の操作に長けた三合会だ。自分たちの本拠地を五行様式に偏位させていても何らおかしくはないだろう。

とは言え、エバレットの廃ビルの様な不快感はない。

 

エルが魔法使いとして周囲を分析している中、トロ吉は無数のメタヒューマンが一糸乱れぬ動きで舞う群舞を眺めていた。

流れる様に円を描き流れる水のように留まらず舞い続ける。

一見、その動きは優雅ながら実戦を想定した獰猛さをも含んでいる。

舞は儀式でもある。これも魔力偏位を起こすための仕掛けの1つなのだろう。

 

その先頭で一際優雅に動く男性が1人。

上質な黒絹の道袍を身に着けている。

 

しばらく眺めていると舞が終わり道袍の男が2人に近づく。

まずエルが頭を下げる。

 

「チェン香主、本日はお時間いただき誠にありがとうございます。」

 

近くで見るとチェンは今まで動き続けていたとは思えないほど青白い顔をしており、その瞳は黄色く輝いている。

その青白い顔に笑みを浮かべチェンは言葉を返す。

 

「ケイトから、姉妹の危機に付き、で始まる依頼を断ると面倒ですからね。ついてきなさい、話を聞きましょう。」

 

チェンは2人を先導し歩き始める。

その動きは静かでまるで音がしない。

黒の道袍には図像化された四神が朱色で刺繍されている。

そして長く伸びた爪、立派な髭と、邪悪な仙人そのものと言った服装だ。

 

寺院自体は中華風であり所狭しと様々な文様が彫り込まれ、厚く香が焚かれている。

チェンが2人を招き入れたのは中華文様のシルクの絨毯が敷かれ、壁には仙女の絵が掛けられている。

一介のランナーを招き入れる部屋ではない。チャンは2人を賓客としてもてなすつもりのようだ。

中央には木製のテーブルと両サイドにソファー。

 

「まあ、掛けなさい。」

 

チャンは穏やかに声をかける。

 

「ありがとうございます。」

 

優雅に腰掛けるエルと、迷いながらもエルに引っ張られ腰掛けるトロ吉。

3人が腰掛けると緑地に金の刺繍のチャイナドレスを身に着けた女性がお茶と月餅を持ってくる。

お茶からはほんのりとハーブの香りが立ち上る。

 

「さて、私の知恵を借りたいとのことですが?」

 

エルは1つ頷くと今回の事件の経緯と状況、エバレットで見つけたタロットについて隠さずに説明する。

 

「経緯はわかりました。何故私に相談を?」

 

「今回エバレットで出会った精霊に違和感を感じたためです。

精霊は通常は術者と同じパラダイムに属します。今回汚染領域を作成しているはずの術者の喚んだ精霊が汚染領域により力を奪われていました。

このため今回の術者は自身が扱えない汚染領域を増やしていることになります。

この理由がわかりません。

そうケイトに相談したところ、あなたのお知恵をお借りするべきだと。」

 

チャンは薄っすらと笑う。

その口元からはひどく尖った黄色い八重歯が見える。

 

「なるほど。我々は魔力を正邪ではなく全てを太極とし陰陽、五行と意味を見出す故に、今回の仕掛けも意味を見いだせるだろう、と。」

 

エルは頷きを返す。

 

「7つのビルの仕掛けがこちらになります。残念ながら7つのうち2つからはタロットを見つけることはできていません。」

 

エル達はケイトの伝手により報酬を確保しランナーを雇いエバレットのビルを探索して貰ったのだ。

その結果がビルの探索結果だ。

 

星が戦車に刺さり、月が太陽に刺さり、力が吊るされた男に刺さり、女教皇が悪魔に刺さり、女帝が愚者に刺さる。

 

「なるほど。仕掛け人はブラックロッジですか。なかなかに面白いことを考えますね。」

 

わずかにエルの微笑みが強ばる。

 

「教えていただけますでしょうか?」

 

チャンの紳士的な笑みにわずかに嗜虐的な色が混じる。

 

「もちろんです。報酬についてケイトから聞いていますか?」

 

エルが硬い動きで頷く。

 

「五行様式用に調整されたバラのリージェント1000ドラム、それと…」

 

「あなたの生き血、ですね。覚悟は良いのですね?」

 

慌てて立ち上がろうとするトロ吉を片手で抑えエルは頷く。

 

「魔力と生命に影響がでなければいかようにでも。」

 

「これによりバンパイア、いえ、バンシーになるかもしれまんよ?」

 

ひどく楽しそうにチャンは笑う。

 

「覚悟の上です。首筋から吸うのが流儀でしょうか?」

 

エルはそう言いながらジャケットの胸元を大きく開き美しいデコルテラインをあらわにする。

 

「勇ましい話ですがトリデオの見過ぎでは? 手首に口づけをさせていただければ結構です。」

 

エルの差し出した手首に優しくチャンが口付けをする。

苦痛を覚悟したエルだが、その体に流れるのは味わったことの無いような快楽。

覚悟した感覚と真逆の感覚を与えられ困惑と共に襲いかかる恍惚感に魂が蕩かされそつな恐怖感すら感じる。

 

その奔流のような快楽はチャンが口付けを解くと同時に急速に引き、物足りなさすら感じる。

さらなる口付けを求めそうになる気持ちを抑え込みエルは口を開く。

 

「ご満足いただけたかしら?」

 

「まさにまさに。意思の強さもケイトに似ていますね。良いでしょう、私の推測を話しましょう。」

 

心配顔のトロ吉に手首の治療を任せながらエルはチャンの言葉に集中する。

 

「恐らく反魂術を用いようとしています。」

 

「反魂?」

 

「死者蘇生ですね。死者の蘇生の儀式を伝統的に保持する文化は多くはありません。

このため我々の反魂術を黒魔術により実施するために、どちらの様式とも親和性の高いタロットカードで陰陽五行に見立てて儀式を行ったのでしょう。」

 

言っている意味はわかるが理解できない、そんな顔のエル。

 

「我々の五行思想では五行相克という考え方があります。土は水を堰き止め、水は火を消し止め、火は金属を溶ろかす。金属は樹木を打ち倒し、樹木は大地を割る本来のものが在るがままに戻るという思想です。」

 

トロ吉は考えることを放棄して月餅をかじっている。控えめの甘さが大変口にあったようだ。

 

「では、在るがままになるのでなければどうなるでしょうか?」

 

「起こり得ないこと、つまり死者蘇生を成し遂げることができる、と」

 

チャンはにこりと笑う。

 

「思想的にはそうです。今回はタロットを五行に見立てて五行相克を逆回しにする五行相侮を起こしているのです。ですが、我々も死者の蘇生は行えませんよ。この身のようなバンパイアを含めなければですがね。」

 

更に困惑を深めるエル。

 

「では、意味がない?」

 

「これも見立てではないですかね。 過去の時代に顕現しながらも一度断絶した精霊の再召喚でも企てているのではないでしょうか? 過去の呪文式か何かを遺骸に見立てた反魂術としての召喚。それは恐らくシャドウスピリットの類でしょう。」

 

エルの月餅に手を出すか迷い顔のトロ吉。

それに気がついた給仕の女性がもう1つ月餅を持ってくる。

 

「今回魔力を汚染するために陰陽において陰を現す女性のカードにより、陽を現す男性のカードを破壊しています。これも力に陰陽の概念を持っ五行思想が都合が良かったのでしょう。」

 

少し乾いた声でエルが口を開く。

 

「だから、あの精霊は自身の用意したドメインで能力が制限されていた、と。あの空間、いえ、エバレットは反魂のために整えられたドメインと化している、ということですか?」

 

理解の良い生徒を褒めるようにチャンは微笑む。

 

「恐らくは。そして、この膨大な魔力は北米の地脈に干渉して集約されています。かなり大掛かりな地霊術が行使されていますね。」

 

エルの頭に先日ダニーの依頼で調査したサーリッシュシーの事件が頭によぎる。

 

「…ミツハマ。」

 

「内部で暗躍して者がいるのでしょう。うまくシアトルに流れ込んだ魔力を北米全土に還流してやらねばグレートゴーストダンスの再来に成りかねません。」

 

「つまり、召喚を阻止してなおかつ還流をしなければ、ですか?」

 

「その通りです。我々は地脈を整える為に準備を始めています。あなたもケイトと北米の結節点を護るシャーマンに今の話を伝えなさい。そして召喚阻止をするのです。」

 

ゴクリと息を飲むエル。

ずずと茶を飲むトロ吉。

 

「わかりました、善処いたします。」

 

エルはトロ吉が美味そうに食べていた月餅に少し羨ましそうな目を向け立ち上がろうとする。

 

「急いては事を仕損じるといいます。お茶ぐらい飲んで行きなさい。まだ、時間はあるはずです。そして、今後何か困ったことがあれば相談に来なさい。」

 

エルは無作法にならない程度に急いでお茶を飲み慌てて道教寺院を後にした。

姉妹の危機は都市の危機へと繋がっていく。




リトルアジア/Little Asia
所在地が不明でしたので、リトルアジアに強い影響力のある三合会、八卦会(Octagon)の影響力の強いレストランピースカブルキングダム/Peaceable Kingdom周辺と設定しました。

道教寺院/Taoist Temple
『Emerald_City』、小説『Crimson』より。


黃蓮会/The Yellow Lotus
シアトル最大手の三合会。
『Seattle 2072 』『Mob War!』より。

香主/Incense Master
三合会のNo2で儀礼を司る役職。
第六世界では魔法使いやテクノマンサーであることが多い。

チェン/Su Chen
黃蓮会の香主であるバンパイア。
『Seattle 2072 』、『Mob War!』、小説『Crimson』より。
太極拳の話は『Emerald_City』より。

シャドウスピリット/SHADOW SPIRITS
人に苦痛を与える類の邪悪な精霊。
ホラーとも呼ばれる存在。
『Street_Grimoire』や『ストリートマジック』より。

タロットと五行様式
大枠としては調べていますが本質的にはオリジナル設定です。
嘘オカルト設定楽しいですね。
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