奇獣装者《キジュウソウシャ》 ~宇宙からの友と襲来者たち~ 作:ごぼう大臣
宇宙。
その広大な空間がどこまで続いているのか、知る者はどこにもいない。
星の海などと呼ばれるように、きらめく大小の星々がひしめいているかと思えば、ぞっとするほど暗く深い、吸い込まれそうな闇が広がっていることもある。
その宇宙を、一つの物体が漂っていた。周囲の広大さに埋もれて消えてしまいそうな、小惑星とも比較にならない、小さな小さな球体。
白く半透明なそれは、タマゴのように何かを内包していた。白く硬質な細かいパーツが組合わさった、ガイコツのようなもの。骨組みの姿だけで正体は断定できないが、それは翼と長い首、鋭い爪を持った手足と、ヘビのような尻尾があったであろうことが骨格からうかがえる。
それはちょうど、有名な幻獣ドラゴンを思わせた。
ただし、それが地球で――幻獣という名の概念が存在するこの星で――造られたものではないのは確実である。
宇宙を漂流しているというだけではない。"彼"には骸骨の見た目にも関わらず、れっきとした意志があるのだから。
(またこんな景色か……。このカプセルに乗って宇宙に出て、どれ程の時がたっただろう)
そのドラゴンのような何かは、身動きできない状況でふと考える。うっすらと開く、眼孔の部分にはめ込まれた金色の目の奥には、心なしか諦めの色が見える。
(我が
彼の頭にぼんやりと、過去の記憶らしきものが浮かぶ。半壊した建物、おびただしい数の死骸、燃え盛る炎……。
(……再び自由を得る日は、来るのだろうか……)
思い返すうちに、彼は瞳をますます曇らせた。しかし、ふと顔を上げると、その目にわずかな光が差す。
(……あれは……!)
その視界の向こうには、ある星が小さく映っていた。青々と輝き、陸地の緑とそれを取り巻く白い雲に彩られた、宝石のような星。
そう、偶然にも豊かな生命を宿した、彼にとっては二つ目の奇跡の星……。
地球が見えたのだ。
――
それから、何ヵ月かして……
――
「あーもう、自由になりたいっ!」
ところ変わってこちらは日本のとある地方都市。学校の校門前で、一人の少女が上を向いて叫んでいた。
140センチ半ばほどの背丈で、セーラー服が凹凸のない体を包んでいる。後ろで縛った赤みがかった色のポニーテールの先が、見上げた姿勢に合わせて背中をすべった。細長い眉が垂れ、茶色い大きな目が不満げに細められる。まだ幼さの残る顔を、茜色の夕日が照らしていた。
「
隣にいた同じ制服の少女が、クスクス笑いながら言う。メガネと黒のストレートヘアが真面目そうな印象を放っていた。
対して、ホムラと呼ばれた少女はわざとらしく眉をつり上げると、メガネの少女に一枚の紙を勢いよく突きつけた。
「言いたくもなるってもんよ。チエと比べてみてよコレ!」
「……う、うん」
メガネを通して目をこらす少女、チエ。眼前にあるのはテストの答案だった。"
「あちゃー、こりゃひどいね」
「毎回やんなっちゃうよー。もう解放されたいわ。異世界にでも行きたいって感じ」
ホムラはぶつくさ言いながら答案を小脇のカバンに押し込むと、トボトボと歩き出した。チエもその後をついていく。
「まったく人間ってのはかくも地上に、社会に縛られて窮屈なものか……!」
「なに中二病みたいなこと言ってんの。って私たち中二か」
「お母さんにどう言い訳しよう。せめてもっと勉強してたらなぁ」
ホムラは額を押さえ、困り果てたようにかぶりを振る。そんな彼女に、チエが並んで言った。
「また少年マンガでも読んでた? アンタ昔から好きだもんね」
「いーじゃん面白いんだから。マンガには夢があるのよ、夢が」
ホムラはキッと鋭い目で振り向いたかと思うと、何を思ったか空をまっすぐに指さし、尊大な佇まいで口を開く。
「悩み多きこの人生、非日常に憧れたくもなるわ。海賊、悪魔、魔法使いに、忍者の性転換etc……」
(……性転換?)
「チエもちょっとは分かるでしょ。頭に夢を詰め込んだら、何が起きても気分はヘッチャラよ!」
「でも頭はカラッポなんでしょ?」
「あはは! いや実際そうなんだよねーどうしようアハハハ……ハァ……」
冷静に水を差され、ホムラは大げさに声をあげて笑った。ひとしきり笑って、深く深くため息をつく。
「世の中ってなんつーか、せせこましいわホント。もっとこう、のびのびとした人生送れないかな……」
「…………」
ホムラはなおも気分が晴れない様子だった。それを見かねてか、チエがいさめるような口調で言う。
「でも、アンタの好きなマンガの世界も、そんなに気楽じゃないんじゃない?」
「……それは……」
「アンタの気持ちも分かるけどさ……上手くいくばっかりの場所なんてないんだから、少しは骨のある人にならないと」
「……やっぱり真面目だね。チエ」
ホムラは眉をよせて苦い顔をしながらも、観念したようにつぶやいた。それを見て、チエはまたクスクスと笑いをこぼす。
そうこうしているうちに、二人は分かれ道にさしかかる。チエはそこでホムラから離れ、振り返って手をふった。
「じゃ、また明日ね」
「……うん」
「ちゃんと普段から勉強しときなよー」
「分かってるって」
手を振り返して友人と別れ、ホムラは一人で歩いていく。そのうち彼女の足は住宅街へと入っていった。
ふと周りを見れば、窓にカーテンをかける主婦や、庭先で遊ぶ子供の姿が目に入る。どこかの家の夕飯の匂いが、ふんわりと鼻にとどく。何気ない日常の風景。
「……分かってんのよ。バカげたこと言ってんのは」
ホムラは、誰にでもなくつぶやいた。口調には不満とやりきれなさと、自嘲の色がありありと見てとれた。
……日々に物足りなさを感じ、自分の知らない場所や世界にあこがれる。現実の自分がやけにちっぽけに見えてくる。そんな時期が誰しもあるだろう。彼女も方向性はどうあれ、そんな年頃であった。
世の人々はそれでも、紆余曲折を経て普通に成長していく。ホムラもその例にもれないはずであった。
しかし、その日は少しだけ、奇妙なことがあった。
「……ん?」
ホムラが何気なく目をやった道脇、回収日前に捨てられたゴミの袋が積み重なった場所の、ほんの一点。
ゴミに埋もれるようにして、白い石のようなものがのぞいている。半透明で、タマゴのような形。
(……なんだこれ、宝石……?)
眉をひそめながら、彼女はそれを拾い上げる。透き通った石の中には、トカゲとコウモリを組み合わせた……ドラゴンの骸骨のミニチュアとでもいうべきものが入っていた。
「どこかのお土産とかかなー……。まぁいいや、どうせ捨てられてたんだし」
ちょうど退屈な気分だった彼女は、その珍しい石をポケットにねじこむと、そのまま帰路についたのだった。