奇獣装者《キジュウソウシャ》 ~宇宙からの友と襲来者たち~ 作:ごぼう大臣
それから五分ほどして、ホムラはある一軒家に帰りついた。白塗りの壁に赤い屋根の、小さな家の扉を開けると、短い廊下の続く家内に夕飯の匂いが充満していた。
「ただいまー」
片足をあげて靴を脱ぎ、ホムラが声をあげる。すると、スタスタと足音をたてて、廊下の先の部屋から30代後半くらいの女性が顔を出した。
ホムラによく似た赤みがかった髪を一本締めにまとめ、糸目をさらに細めて柔和な笑みを浮かべている。
「あらホムラ、おかえりなさい」
「や、やっほーお母さん」
「コラ、ちゃんと靴はそろえなさい」
「は、はいっ」
微笑んでくる母親に、ホムラはぎこちない笑みを返す。そして例の45点の答案が入ったカバンを守るようにしながら、彼女は手前の階段へ音もなく足を滑らせていく。
「もうすぐご飯できるからね。……それと、そういえばこの前のテストがそろそろ……」
「あー! ごめんごめん。私ちょっとやる事あってさー、時間になったら呼んでよ!」
母親がテストのことを口に出した瞬間、ホムラは大きな声をはりあげてドタバタと階段を上がっていった。母親はそれをポケーッと見上げながら、一人首をかしげる。
「……騒々しい子ねぇ」
そうつぶやいた直後。母親の出てきた方角から、シューッと湯が沸き立つような音と、ガタガタとうるさい金属音が同時に鳴り出した。
「いっけない、お鍋の火をかけっぱなしだったわ!」
顔を青くした母親は、とっさにその音の元へと駆け出す。
かくして、ホムラは母親の詮索から事なきを得たのであった。
……その頃、二階の階段わきの、今どき珍しいふすまの向こうの自室に、ホムラはいた。
タタミがしかれた六畳間。机の向かいの窓から射し込んだ夕暮れの光が、開けっぱなしのクローゼットの鏡に反射している。部屋の隅におかれた本棚には、マンガの雑誌や単行本がいっぱいにつめられている。
その部屋の真ん中で、彼女は制服もそのままに、拾った白い石をしげしげと観察していた。
「んー、これ中身が出せたりしないのかな。見るだけの物ならちょっと不透明すぎるし……」
中途半端に透き通ったそれを、ホムラは光にすかしたりなどしてみたが、特に変化は起こらない。ならばと今度は継ぎ目でも無いのかと、あちこちを指でいじくり回しはじめた。
「こういうのマンガや映画とかだったらなー、未知の生命体みたいのが出てきて『我を呼び覚ましたのは貴様か……』とか言いそうだけど」
一人で冗談を言いながら、彼女は石をひっくり返し、タマゴ型の尖った部分をこすりだした。
しかし、その指がちょうど頂点へと触れた時。
「うわっ!?」
突然、殻が溶けるようにして石の部分が消え失せたかと思うと、中身のドラゴンがむき出しになる。ホムラは手のひらにポトリと落ちたそれを、あっけに取られながら見つめていた。
「……え、なに? 壊れた?」
顔をひきつらせながら辺りを見回すホムラ。ところがドラゴンを包んでいたはずの石は、どこを見ても欠片も落ちていない。物理的にあり得ない事態に彼女が戸惑っていると、さらに驚くべきことが起こる。
ドラゴンがおもむろにホムラの手に首を突っ込んだかと思うと、みるみる腕の中にもぐり込みはじめたのだ。
「うひゃっ!? なっ、たった、おわっ?!」
ホムラが叫ぶ間にも、ドラゴンはすでに尻尾を残して体内に沈んでいる。不思議と血は出ず、痛みもない。普段は非日常を求めている彼女も仰天し、必死に腕を振り回しはじめた。
「で、出てけコンニャロ! 誰か! 助けてっ!!」
立ちあがり、足を踏み鳴らして全身で異物を追い出そうとするホムラ。しかしその甲斐もなく、ドラゴンはとうとう完全に体内へと入っていってしまった。
数秒、何事もなかったような時間が続く。手を見ても傷あと一つない。夢でも見ているのだろうかと彼女は一瞬考え出す。
しかし、その直後。
「……っぐぅ……!……!?」
突然、ホムラの頭に割れるような痛みが走る。耳までしびれるようなその頭痛に、彼女は思わずその場に崩れ落ち、歯を食い縛る。
(くうっ……なんだっての……もう!)
声も出せず、耳を押さえてうずくまるホムラ。ガンガンと音が鳴るような気さえする脳内には、果たして幻聴か、エコーがかった奇怪な音声が流れはじめた。
【ωΩ%◎℃@∧⊆◯ゑゐ♯ゐ∞……♂ω♀π】
【☆#◎∧〓∩♯ÅПοБβθπЖЁ―+~~………♂ω♀π】
【使用言語の同期……完了】
【パートナー情報の更新……完了】
【システム最終チェック……完了】
【間もなく再起動します……】
訳の分からないその声は、確かに頭の中から聞こえてくる。だいいち部屋にはホムラ以外いないのだ。彼女は混乱しながらも、思うように動かない体を引きずり、手近にあった開け放しのクローゼットの扉をつかもうとした。
すると、クローゼットの扉についた鏡……そこに映った自分の姿を見て、彼女は息をのんだ。
(髪が……白い?)
赤みがかった黒色をしていたはずの彼女の髪の毛は、なぜか一本残らず先まで白く染まっていた。それについて考えをめぐらす暇もなく、ホムラはどさりと畳に体を横たえ……。
そのまま意識を失ってしまった。
――
「……ん」
それからどれほど経っただろうか。ホムラは倒れた時と同じ畳の上で目を覚ました。がばりと体を起こして鏡を見ると、髪の色は元にもどり、窓の外は夕暮れの直後らしい薄闇が広がっている。
「やっぱし夢でも見たのかな……?」
「いいや、現実だ。異星人の娘よ」
「でも……髪が元に戻ってるし」
「一分ほど貴様に強く干渉させてもらった。
「そっかぁ……ん?」
見知らぬいかつい声に、彼女は呆けた声で答える。しかしすぐに我に帰ると、あわててその声の主をキョロキョロと探しだす。
「は、え? 誰? 誰かいるの?」
「ここだ。ここにいる」
「ここってどこよ?」
「よく見ろ。貴様の右肩だ」
ホムラはうろたえつつも声にしたがい、自分の肩を見る。すると思わず叫び声をあげた。
「ひゃあっ!?」
なんと、その肩口には例の骸骨ドラゴンが、半分体を沈めた状態でホムラをジッと見ていたのだ。
間近で目が合ったホムラは顔をしかめ、同じようにドラゴンを見返す。
「我を呼び覚ましたのは貴様か……」
「うお、しゃべった!」
「融合したおりに、貴様の知識もろもろを吸収させてもらった。おかげでこうして会話ができる」
ドラゴンはホムラの肩から体内に音もなく潜り込むと、反対側の肩から顔を出して言った。理解が追いつかない彼女に、そのドラゴンは続ける。
「我が名は"ルゥー・ヘグズニー"。
「あ、えと、私は竜乃 炎。とりあえず……よろしく? ルゥ」
「ふむ。よろしく頼む。……しかしその名前、やはり我が母星とは何の関係もないようだな。奇しくも生態系などは似ているようだが……」
戸惑いながらも自己紹介するホムラをよそに、ルゥは首をもたげてキョロキョロ辺りを見回す。それを見て、ホムラは食いつくように言葉をあびせる。
「ちょい待ってよ! ワケわかんない! さっきから融合とか母星とか、何の話してんの?」
のんきな風情のルゥに対して、口調にいら立ちが混じりだす。それを察したのか、ルゥはうつむいて一つ唸る。
「むぅ……どこから説明したものか」
「なんていうか、宇宙人みたいな変な雰囲気あるけど……」
「宇宙人……そうだな。それに近いといえばその通りだ」
「……分かった! こうやって人に寄生して侵略するタイプだ! 昔マンガで見たわ!」
ホムラは自らの体に埋まっているルゥを見ながら、さも得意気に言い放った。しかしルゥは一拍おいて、からかうようにため息をつく。
「侵略、か……そんな事をできるような星があれば、先に亡命していただろうな」
「はえ?」
「残念ながらそんな主体性のある存在ではない。我はいわば、ただの
兵器、唐突に出てきたその言葉に、ホムラは眉をひそめる。その直後に、彼女の腕から突然、ジャキン! という音とともに曲刀のような刃が飛び出した。大きさこそ異なるが、その材質はルゥの体の骨に似ているように見えた。
「いっ!?」
「驚いてばかりだな……。見たか? 我らはこのようにして人体と融合し、"融合者"なる兵器に作り変える。母星の主要国の最新技術だ……。戦争のための、な」
目を丸くしているホムラの前で、また刃が何事もなかったように戻る。その跡を不思議そうにさすりながら、ホムラは問いかけた。
「"融合者"……な、なんか現実離れしすぎてるわね。いざ聞くと異世界の話みたい」
「無理もない。地球からはろくに観測できない遠距離だ。我も休眠と覚醒を繰り返しながら何百……いや何千年と漂っていたか知れぬ」
「何千……年?」
「光の早さで百年かかる距離でも、貴様らは観測できているではないか。不思議はあるまい?」
「そりゃそうだけど……」
「気にすることではない。どうせすでに滅んだ星だ」
「え……!?」
ルゥは虚無感のある口ぶりでつぶやき、窓の外へ目をやる。窓からはわずかだが、遠くにそびえる山がぼんやり見えていた。
「はるか昔は、我が母星も
「…………」
「死ぬまで融合がとけぬ我らを、兵士たちは抵抗なく受け入れ、何人も散っていった。……ちょうど貴様が好きなフィクションで見かける、ディストピアに近かっただろうな」
ひとしきりしゃべり終えると、ルゥは口を挟めずにいるホムラへ向き直り、ぺこりと頭を下げた。
「謝らなければならんな……。実は、貴様との融合は手違いなのだ。体の構造が母星の人類と似ていたせいで、勘違いしてしまった」
「へ? あー……そういう訳」
「この星での誠意にはまだ詳しくないが……そうだな」
ルゥはしばししおらしく頭を垂れ、スッと顔を上げて言った。
「腹を切ってお詫びしたい……という感情だ」
「アンタの腹ガリガリじゃん。どこ切るのよ」
「……むぅ……この星の言語は難しいな」
呆れた顔のホムラに、当てが外れたという様子のルゥは自身のむき出しの肋骨をながめていた。ホムラは一つため息をつくと、あきらめの混じった声で言った。
「そんなに謝ることないよ……。何千年も一人でいたんでしょ?」
「しかし……」
「それにさ……私、異能力を隠して生きるみたいなの好きだから……ホラ、気にしないでいいよ」
ホムラはつとめて明るく笑ってみせる。しかし、ルゥは依然として沈んだ顔色で話す。
「いや、問題はそれだけではないのだ……」
「? それって、どういう……」
ホムラが眉をひそめ、聞き返そうとした。その時。
不意に、耳が割れるような爆発音と、巨大地震を思わせる揺れが二人をおそった。家が丸ごと左右に揺れ、窓がきしみ、本棚がひっくり返った。
「あーっ! 私のマンガが!!」
「そんな場合ではないぞ。窓の外を見てみろ」
「ま、窓?」
「奴ら……もう来おったか」
ルゥは歯噛みしてつぶやいた。話の見えないホムラはいぶかしみながらも、机に飛びついて窓を開け放つ。
そして、またもや現実離れしたものを目撃した。
「これは……!?」
暗くなった夜空に、白い飛行物体がいくつも、オレンジ色の光を放ちながら浮かんでいる。何十もの数のそれらはいつの間に現れたのか、ホムラの住む街全体を覆うように一面に広がっていた。
間近まで来た一機をおそるおそる見上げ、ホムラは目をこらす。平たく延ばした丸い、円盤型。その底面には機械のような複雑さが見える。まるで映画で見たUFOのような……。いや、映画ではここまでの迫力は味わえなかった。姿と音だけで押し潰されそうだ。
その頭上のUFOから、どこかへ向けてピッと一筋の光が走る。それを見てホムラは反射的に耳をふさいだ。
直後、また地鳴りのような爆発音が響く。光が届いた街の一角から雷のような閃光がまたたき、火の手があがった。
「今度は何よ!? アレも兵器!?」
「そうだ……。一定レベルの文明を自動的に破壊する、パイロットを必要としない自律機動型。滅んだ母星から放逐された、負の遺産だ」
のさばるUFOと赤々と燃える火を眺めながら、ルゥは淡々と説明した。その動じない口調には、自嘲の響きがふくまれていた。
ホムラはそんなルゥにいたたまれなさを感じていたが、次の瞬間、別のものに目を奪われる。
「あぁっ……!?」
思わず机に飛び乗り、窓から身を乗り出す。眼下に広がっていたのは、悲鳴をあげて逃げまどう街の人々の姿だった。
UFOを見て半狂乱になる者、親とはぐれて泣きわめく子供、子供を探し求める親、人の波に揉まれてまともに動けないお年寄り……。信じられない非日常の光景に、もれなく恐怖している。
ふと、ホムラの頭にチエの言葉がよみがえった。
『上手くいくばっかりの場所なんてないんだから、少しは骨のある人にならないと』
今までただ、逃げ出したかっただけなのかもしれない。いざこんな状況が迫ると、冷や汗が吹き出し、体が震える。
勉強だ、テストだ、学校だとさんざん不満を言っておいて、非日常に直面すると動けなくなる。それが彼女の、まぎれもない現実の姿であった。
「っ……!」
言葉にならない声をあげて唇をかむ。情けない。恥ずかしい。苦々しい感覚だけがみるみる胸に広がっていく。
しかしその時、ホムラははっと何かに気づいたように我にかえった。そして、肩口に乗って街を見つめているルゥへと振り向く。
「我らが融合したのをかぎつけた可能性もあるな……。やはり兵器など厄介事しか生まぬか」
ルゥはいまだ己をあざけり、うずくまっている。しかしホムラは彼を見て、必死に考えをめぐらせていた。
(兵器……そうだ。私は今、ルゥと融合してるんじゃないか。恥じてる場合じゃない。今できることは……!)
そして彼女は決心したように叫んだ。
「ルゥッ!!」
「! な、なんだ……?」
ルゥは驚いた様子で振り向いた。これからやろうとしている事が読めないのかと、もどかしさを抑えながらホムラは言った。
「アンタ……兵器なんだよね。今から私と一緒に戦うことって……できる?」
「なぬ……?」
ルゥは意外そうに目を見開いた。まっすぐ見つめてくるホムラに向けて、彼は歯切れ悪く問いかける。
「本気か……? 貴様は巻き込まれただけなのだぞ。我の勘違いがなければ、襲来の時期も遅く……」
「ンなこと言ってる場合じゃない! 今まさに街がメチャクチャになってんのよ!!」
ホムラが腕を振るって街の方を示す。すでに火は方々に広がり、消防車やパトカーのサイレンがけたたましく鳴っている。
ルゥはしばし悩ましげに唸り、遠慮がちに確認した。
「命がけだぞ。良いのだな?」
「今さらよ!」
堂々と答え、ホムラは窓から一階の屋根へと飛び降りる。そして、あちこちで猛威をふるっているUFOどもを改めてにらんだ。
ルゥが肩に首を突っ込みつつ、早口に伝える。
「我は今から貴様の体内深くに侵入する。そうしたら専用のコードを叫べ」
「コード?」
「おあつらえ向きに翻訳は済ませてある。"
「やってみて『間違えてました~』とか言わないでよ。メッチャ恥ずかしいから」
「案ずるな。そう何度も勘違いせぬよ」
少しだけおどけて、ルゥは体を沈める。ホムラは、自身の心臓のあたりにルゥが潜ってくるのを、感覚で察した。
一つ深呼吸し、目の前をまっすぐに見つめる。
(不自由なんて、どこにでもたくさんある……。けど、選択肢だってあるんだ。だから、私は戦う!)
大きく息を吸い、コードを叫ぶ。
「"
その瞬間、体内から骨のような物質が飛びだし、鎧のような形に変化して手足を包む。腕鎧と足鎧には、鋭い爪のようなものがついていた。
右腕はいっそう武骨な竜の骸骨が手首を覆ったかと思うと、開いた骸骨の口から筒型の物体が作られ、突き出ていく。細長い筒を、輪で何本も円形に束ねたような外観の武器……装着型のガトリングに。
そして背中から服を突き破って、コウモリの翼を思わせる白い骨組みが飛び出す。上向きに張り出す太い部分から、赤い血潮のようなエネルギーが吹き出し、翼を形づくった。
ルゥとの結びつきが強くなったのか、ホムラの髪はまた白く染まっていく。
最後に、ルゥにそっくりな骸骨の眼孔の部分が、半分だけの面のようにホムラの顔面左側を覆っていく。彼女の目に合わせて大きく空いた穴には、映像のようなものが浮かび上がった。光の点がいくつも記され、動き回っている。
「ねえ、この左目に映ってるの何?」
『それはレーダーだ。目を離すなよ』
完全に同化したらしいルゥが、テレパスさながらに頭の中に響く声で答えた。
「なるほど、こんだけの敵を倒すのね……」
ホムラは生唾を呑み、自身の姿をしげしげと見つめる。頼もしさと緊張が半々……といった表情だ。そんな彼女の背中を押すかのように、ルゥが語りかける。
『動きは感覚で出来る。準備はいいな?』
「……オッケー!」
雑念を振り払うようにホムラが答え、足元の屋根を強く蹴る。何万年もの時を経て、その兵器は赤い翼を羽ばたかせ、異星人の少女とともに空へと舞い上がった。