奇獣装者《キジュウソウシャ》 ~宇宙からの友と襲来者たち~ 作:ごぼう大臣
「ん……」
まぶたにまぶしい光を感じ、布団の上の少女は身をよじる。
赤みがかった黒髪の、背の低い少女。
「うー、もう朝かぁ」
ホムラはかったるそうに言って低い天井を気にしながらぐっと伸びをし、Tシャツと短パンのシワをのばしたりなどしていると、急に肩のあたりから声がする。
「ようやく目覚めたか」
「わっ!?」
ホムラは驚き、畳の上でステップをふむ。目をしばたかせて声のした場所を見ると、ドラゴンの骨格のミニチュア……という風な姿の生き物が肩の上でじーっと彼女を見ていた。
「……ルゥ、アンタいつからいたのよ」
「ついさっき出てきた。すでに融合している身ゆえ、貴様の内部か身辺にしかいられぬ」
「内部とか言わないでよ、ちょっと気味悪いから……」
ホムラは、ルゥと呼んだそのドラゴンをじっと見返す。目があってぱちくりと動くルゥの金色の瞳は、明らかに生き物のそれだった。
このルゥと呼ばれている奇怪な生物……――本名、ルゥー・ヘグズニー――は、見ての通り地球で生まれたものではなかった。本人いわく、何千年も休眠と目覚めを繰り返して地球に漂流したのだという。そこで偶然出会ったのがホムラだったのだ。
「やはり地球はのんびりしているな。わが母星は戦争と貧困で、寝坊などもっての他だったというのに……」
「のんびりって……遠回しにバカにしてない? 私だって普段はちゃんとしてるし!」
「嘘をつくな。貴様の脳内は学習ずみだ……。もっぱら夜の0時を回るまでマンガを読みふけって……」
「やっ……アンタ、少しはデリカシー考えてよ……!」
ホムラが観念したように肩を落とすと、ルゥはやれやれといった様子で首元を翼でかいていた。
ルゥはただ単に遠くの星で暮らしていたわけではない。人間と体を融合して知識を読み取り、一心同体の兵器となって戦争で活躍していたらしい。聞いただけでは信じられないような話だが、事実、昨日にホムラは融合した身となり、街に襲来したルゥの星のUFOを撃退したのだった。
枕もとの窓のカーテンのすき間を開け、ホムラは二階から街の景色を見下ろす。昨日のUFOのせいで一部が焼け焦げた家なども見えるが、おおむねいつもと変わらない、晴れた日の風景が広がっていた。
「……ま、面倒くさいけど、学校に行けるぶん平和ってことよね」
「早くした方が良いのではないか? 時間がなくなるぞ」
「分かってる分かってる」
ホムラは適当に相づちを打ち、着替えようと服に手をかける。そこで、はたと気づいたようにルゥの方を見た。
「……どうした?」
「見ないでよ、着替えるんだからさ」
「……む、すまぬ」
ルゥはぺこりと頭を下げ、首の後ろあたりにもぐり込むとスルリと体内に入っていった。
ホムラはその部分を二、三度さすり、これで果たして見えなくなるのかといぶかしみながら、あらためて着替えに取りかかった。
――
「あっ、ホムラ! 遅かったわねぇ、早くご飯食べちゃいなさい」
「んー」
一階に降りると、台所で片付けをしていた母親が呆れた顔をして出迎える。テーブルの上にはホムラの分のトーストと目玉焼き、そして牛乳がぽつんと置かれている。
席について「いただきます」と手を合わせ、ホムラは素早くトーストに手をつける。
「ふむ……昨日の主食とは違うな。これがパンか」
「ん……っ。うん、これも見るの初めてでしょ?」
膝上に乗って珍しげにつぶやくルゥに、ホムラは口元のパンくずを取りながら小声で答える。そしてパンの耳を一
「今日の給食もパンだったっけかなぁ……まぁいいや。被るけど」
目玉焼きの黄身を一番につぶしながら、何の気なしに彼女はつぶやく。すると、それを聞いたルゥが、なにやら少し暗い声で言った。
「……我が言うのもなんだが、呑気なものだな」
「へ? なによ急に」
唐突に声色が変わったルゥに、ホムラは眉をひそめる。続けてルゥは、いかにも重たい口調で言った。
「貴様が行こうとしている"学校"……現実、フィクション問わず多数の人間が集まる場所だろう。そんな場所に我と融合したまま行ってもよいものか……」
悩ましげに言葉を切り、目を伏せるルゥ。迷惑をかけていると思ったのだろう。昨日のUFOもホムラと共に撃退したとはいえ、二人が融合したのを察知されて襲来が早まったという事実がある。彼が気に病むのも無理はなかった。
ところが、それを聞いたホムラはあっさりと答えた。
「気にすることないって。そりゃもし見つかったら騒ぎになるだろうけど……どうせ死ぬまで離れられないんでしょ?」
「……しかし……」
「それに、確かアイツら文明を探して壊すって言ってたじゃん。私がどこにいても、どこかしら襲われるわよ」
そう言ってのけ、残りのトーストをほおばるホムラ。その様子は、すでに戦う覚悟はできているという風だった。
その肝の据わりようにルゥが目を見張っていると、ホムラは最後にほほえみ、こう付け加えた。
「それにさ、正体隠して戦うって、いかにもヒーローみたいじゃない。しょげるより明るく考えようよ。ね」
「…………」
そう言って、ホムラは食事にもどる。今さら取り返しはつかないのは、ルゥ自身が嫌というほど分かっていた。だからこそ、ホムラが無理をして自分を責めないでいるのではないか……そんな疑いが、どうにも拭えなかった。
その時、ふいに玄関口からインターホンの音が響く。ルゥの体がはね、母親とホムラがそろって振り向いた。
「あら、チエちゃん迎えに来たんじゃない?」
「うっそ、もう!? お母さん、行ってきます!」
残っていた牛乳を飲み干し、ホムラは一目散に駆け出す。その制服の裏にくっつきながら、ルゥはじっと黙りこんでいた。
――
「……それでさ、私の家の花壇がちょっと燃えちゃってて……」
「あちゃー、やっぱり無傷とはいかないか」
それから後、ホムラは親友のチエと共に広い通学路を歩んでいた。学校に近づくにつれて同じ制服の生徒の姿も増えてきている。
耳をすませると、やはり昨日のUFO襲来のためか、驚きまじりの話し声がちらほらと聞こえてくる。
「俺んちの隣メチャクチャ燃えててさ、少しズレたら危なかったなー」
「あれ何だったんだろな。俺も夢だと思ったけど……」
「どっかの国の新兵器とか? それくらいしか思い浮かばねー」
口々にUFOのことを口にする生徒たち。その声がホムラたちにも聞こえたのだろう。チエがやや遠慮がちにたずねた。
「そういえばホムラ、電話では大丈夫って言ってたけど……本当になんともないの?」
「ん? ああ大丈夫大丈夫。みそ汁が減ったぐらいと……あと屋根がちょっと割れた」
ホムラは手をひらひらさせながら笑って答える。ちなみに屋根が割れたのは、彼女が戦闘形態になったさいに思い切り踏みしめて飛び立ったせいであった。
それを聞いて、安心が半分、能天気さに呆れるのが半分といった様子でチエは息をつく。ホムラは続けて肩をすくめ、さも気楽そうに話す。
「それにさ、あのUFOすぐにブッ飛ばされて消えちゃったじゃん。きっと次来ても……えっと、あのよく分かんないのが追い返してくれるって」
「……!」
首元に隠れていたルゥは、その声にぴくりと顔を動かす。正体こそ明かしていないが、自分たち……UFOを破壊した存在について他の人間が果たしてどう思うのか。そんな不安で胸がざわついた。
「あー、あれね……。でもあんな怪現象だらけなのに、アテにしていいのかな……」
「心配ないって! いかにもスーパーヒーローみたいなカンジじゃなかった? ねぇ!」
「いや私よく見てないし……。妹なんか、魔法使いだとか言ってたわよ」
「えぇ~、ないない。あんな重火器振り回す魔法少女がいるわけ……」
身を固くするルゥをよそに、ホムラはむしろウキウキした様子で話を転がしていく。それはチエを元気づけようという意図もあっただろう。
ところが、聞いていたチエはふと、眉根をよせ、ホムラをじっと見つめる。その視線に気づき、ホムラはきょとんと口の動きを止めた。
「どうかした?」
「ねぇホムラ、私さっき魔法"少女"なんて一言も言ってないんだけど……」
「えっ!? あ、あぁ~いやその、マンガの影響かな? つい……」
とっさに目をそらしてごまかそうとするホムラ。ルゥも見えない角度へ逃げるように隠れた。正体がばれたのかもしれない、という焦りで汗が頬を伝う。
しかし、チエは勢いこんでホムラの肩をつかんだかと思うと、揺さぶりながらこう問いつめてきた。
「アンタまさか、近くまで見に行ったんじゃないでしょうね!?」
「いや違うって! ほら、そんなんしたらケガの一つくらいするじゃん? 考えすぎだって」
「けど……普段のアンタだとなんか興味本意でヤジウマしそうな感じが……」
「信用ないのね私……」
チエは釈然としない様子でうなり、ホムラは苦笑いしながら目をそらし続けていた。
やがて、チエはようやく手を離す。そして、ホムラに人さし指を突きつけ、きっぱりと言い放った。
「でも、本当に気をつけなさいよ。私らはマンガの主人公とかじゃなくて、ただの一般人なんだから」
「……うん、分かってる」
(一般人、か……)
二人の会話を聞きながら、ルゥは心の中でつぶやいた。今まで、こうして親友と連れ歩くことは何度もあったのだろう。その"一般人"としてのホムラの人生を、奪ってしまうのではないか――ルゥはますます、自己嫌悪をつのらせていった。
そんな彼の内心を知るよしもなく、ホムラはごまかすように笑って「早く行こう」と足を踏み出す。
すると、さっきまで通学路にたくさんいた生徒たちが一人もいない。二人は一瞬キョトンとして、そろって「あ」と声をあげる。
「やばい、まさか遅刻!?」
「まずいわ、急ぎましょう!」
「あーもうなんでこうなるかなぁー!」
二人は弾かれたように道路をかけだした。曲がり角でホムラが飛び出そうとするのをチエが止め、左右を確認して走るのを二、三度くりかえし、間もなくしてコンクリート造りの校舎と校門が見えてくる。そこでは、今まさに教師が格子造りの門を閉めようとしているところだった。
「ごめん先生! 少しだけ待って!!」
「おいおい早くしろー? お前たちで最後だぞ」
教師は呆れ顔で、徒競走のデッドヒートのごとく全速力で並んで走る彼女らをながめていた。
僅差で先にチエが門をくぐる。一瞬おくれて、ホムラがポニーテールをなびかせながら校庭に飛び込んだ。
……かに思われたが、門のレールによるほんのわずかな段差に、ホムラのつま先がぶつかる。続けて彼女の体が大きく前のめりに傾いた。
「のわぁっ!?」
すっとんきょうな声をあげ、ホムラは校庭に思い切りヘッドスライディングを決めてしまう。ズシャア、とアスファルトをすべる痛々しい音がし、カバンが慣性で前方に吹っ飛んだ。
「ホムラ!?」
「おい、大丈夫か!?」
チエと教師が息を呑み、あわてて駆け寄ってくる。ホムラは少しうめいて、どうにか上体を起こして腰を落とした。
「うー……いってて……」
痛みをごまかすようにかぶりを振り、ひどく擦りむいたであろう膝を見る。しかし、目に入ったものに彼女はふと、目をしばたかせた。
「……? あれ、血が……」
そこにあった光景は不思議なものだった。皮膚がさけて真っ赤になっていた傷口が、まるで巻き戻し映像のようにふさがり、もどっていくのだ。思わず顔を近づけ凝視したが、それは明らかに現実のものだった。
「……何コレ……?」
「我の力の一部だ」
「うおっ」
目を丸くするホムラの肩から、唐突にルゥが顔を出す。驚くホムラをよそに、彼は小声で言った。
「……融合時に、肉体再生用のナノマシンが身体中に埋め込まれていたのだ。治癒力を高め、ケガの治りが何倍も早くなる」
「へ、へぇ……実際に見てみるとすごいわね……」
SFじみた説明を聞きながら、ホムラはすっかり元にもどった膝をまじまじと見つめていた。目の当たりにすると信じるしかない。
「ちょっとホムラ! 返事してよ!」
すると、背後からたまりかねた様子のチエが声をかけてくる。我にかえったホムラはあわててルゥを両手でにぎって隠し、立ち上がって振り返る。
「ご、ごめん。何?」
「何じゃないわよ。どうしたのずっと黙って」
「大丈夫、短パンはいてるからパンチラはまぬがれた」
「いや、そんなんは聞いてないけど……」
とんちんかんな返事をするホムラに、チエは眉をよせてため息をつく。さいわい傷がふさがったのには気づいていないようだが、ホムラはどうにか取り繕おうと頭がこんがらがっていた。
教師が校門を閉め、とうとう始業のチャイムが鳴る。その音にチエがあっと声をあげた。そんな矢先……。
上空から突如、風のうなるような重苦しい音が近づいてきた。ただし、風ではなく音だけが、何重にも重なって。
ホムラはじめその場にいた全員が、ハッとなって空を見上げる。その音には覚えがあったのだ。つい昨日、街に災難をもたらした正体不明の飛行物体たち……。
「あれは……!」
ホムラの表情が一転して険しくなる。上空を埋め尽くすように、あの巨大なUFOが何十機も近づいてきたのだ。
すぐさま戦闘形態になろうとするが、ぐっと唇をかんで思いとどまる。すぐそばを見れば、チエと教師があっけに取られながら空を見つめているのだ。今目の前で飛び立てば、彼女について騒ぎになるのは目に見えている。
(…………)
体内に潜みながら、ルゥは苦い思いにとらわれていた。自分がいる限り、ホムラは人々の日常を守ろうと戦うたびに、自分の日常を壊すリスクを背負うことになるのだ。
結果的に戦う力を与えられたとしても、それで良いのだろうか……。敵が迫る状況にあって、迷いがいつまでも心に引っかかる。
「ホムラ、こっち!」
「あ、ちょっ……!」
ルゥが悩んでいるのをよそに、ホムラは学校へ避難しようとするチエに引っ張られる。融合のことを知らないチエには、ホムラが何故かぼさっと立っているようにしか見えなかったのだ。
「待って、ストップ!」
「何よ、早くしないと……!」
避難するとますます人目につきやすくなる。どうにかしてそれは避けたいホムラだったが、なかなか上手い言い訳が思いつかない。そうしている間にも、UFOどもは街のそこかしこに攻撃をはじめる。
「あのUFOが見えないの!? すぐ逃げないと、本当に死ぬのよ!」
「いやそれは、だけど……!」
「いい加減にして! ここはマンガじゃなくて現実なのよ! それとも夢だとでもいう気!?」
いら立ちのためか、チエの口調が荒くなる。そばで足がすくんでいる教師をよそに、二人はあれこれともみ合いをしはじめる。
その時、ホムラの正面、チエの背後にあたる上空で、一機のUFOから閃光がはしった。
ホムラはそれを見たことがある。攻撃の前兆だ。
「危ないっ!!」
反射的に、ホムラはチエを抱きかかえ、UFOに背をむけてかばった。その直後、彼女らに向けて光線が発せられ、ホムラの背中に直撃した。
「きゃあぁッ!!」
「!!」
「っホムラ!」
「竜乃!」
衝撃を受け、ホムラは校庭をごろごろと転がる。汚れた彼女の背中は、焼けついた制服の下にやけどの痕が生々しくついていた。
チエと教師が駆け寄ってくると、彼女はとっさにあお向けに体を転がす。背中がナノマシンで治るさまを見られるのを防ぐためだった。
「ごめん私のせいで……! 立てる? しっかりして!」
「あー平気平気……いてて」
ホムラは笑みをつくって返事をする。治ると分かっている彼女は平気なものだったが、かばわれた上に大ケガをされたと思っている友人はひどく焦燥していた。
ああ、心配かけちゃったな……などと頭のすみで考えながら、ホムラは教師を見て言った。
「先生……悪いけど、チエ連れて先に避難してくんない……? 私ちょっと動けなくて……」
「は、はぁ!? 何言ってるのよ!?」
「お願い……ヤバい状況なの、分かるでしょ……?」
眉を跳ねあげて抗弁するチエ。ホムラも胸が痛んだが、今はどうにかして一人にならねばならなかった。
その時、また近くにビームが当たったのか、大きな爆発音が辺りに響き渡る。その音にそろって耳をふさぐ三人。中でも教師は、このまま居てはまずいと青ざめはじめた。
そしてだしぬけに、教師がチエの腕をつかむ。
「な、先生!?」
「逃げるぞ、早く!」
「ホムラを置いてく気ですか!? それでも……」
「彼女は後で俺が連れていく! このままじゃ死ぬに決まってるだろ!!」
緊迫した声で言い争いをはじめるチエと教師。そんな彼らのそばにまたビームが突き刺さり、石が壊れるような音と、光がほとばしる。
「きゃっ!?」
チエが甲高い悲鳴をあげる。間近に火の手があがり、チリが撒き散らされもうもうと黒煙が広がった。その煙の陰で、校門と塀の一部がくずれているのが見えた。
「……ホムラ? ホムラっ!!」
我にかえったチエが必死に名前を叫ぶ。燃えている場所のすぐ近く、目の前で倒れていたはずのホムラが、何故かこつぜんといなくなっていたのだ。
うろたえて辺りをふらつき、そして目前で燃え上がる炎を見て、彼女はどさりと膝をついた。
そんな呆然自失のチエを、教師は半ばむりやり学校の中へと引きずっていった。