奇獣装者《キジュウソウシャ》 ~宇宙からの友と襲来者たち~ 作:ごぼう大臣
「ほれここじゃ! ここが美烏の家じゃ!」
フニムとの対面、こぜり合いを経て、ホムラとルゥはある建物の前に案内されていた。
昨夜にUFOが襲ってきたあたりの海辺、その一角に建つ、10階ほどの縦に細長いマンション。
青灰色の外観に小ぢんまりとした駐車場。落書きやゴミなどは無く、小綺麗なありふれたマンションだった。
「何しとるんじゃ。遠慮はいらん、早うせい」
「ちょ、ちょっと待って。家に電話するから」
すでに外が暗くなっている時分。家に連絡しようと携帯を取るホムラの腕をひっぱるのは、黒マントに金髪の少女……もといその肩口にとまったカラスのような姿をした兵器、フニム・ギーンの人格だった。
フニムが融合している体の持ち主、"黒羽 美烏"は一度は意識を取り戻したものの、何故かすぐに意識を失い、目が覚めた時にはまたフニムに入れ替わっていた。
そしてホムラたちが困惑しているうちに、何故か「家に来い」と言い出したのである。
「完全に我がもの顔だな。貴様の家では無かろうに」
「まぁカタいことを言うでない。"お主らにお詫びしたい"と当の美烏が言うとったんじゃハハハ」
オートロックを悠々とくぐる背中に、嫌みを言うルゥ。対してフニムは気にも留めず、エレベーターのボタンを楽しそうに押す。
するとチーン、と音がしてエレベーターが到着した。
「ほれ、早うせいって。置いていくぞ」
「……はぁい」
"開"のボタンを押しながら手招きするフニム。ホムラはしぶしぶ乗り込んで、扉が閉まる音にまぎれてため息をついた。
エレベーターが上昇する間、ホムラは伏し目がちになって気づかれないように隣を見た。視界のすみで、ルゥが同じように視線を向けている。
金髪、黒いマントにブーツ、白いブラウスにコルセット、そして顔の片側にぽっかり穴が開いたかのような眼帯。
街中で見た時もそうだったが、隣り合わせで見てもなかなかのインパクトだった。
フニムは自分に注がれている視線などどこ吹く風で、鼻歌など歌っている。彼女はいつもこんな格好をしているのか、本来の人格である美烏はどう思っているのか、そもそも無事なのか。ホムラは気になって仕方なかった。
そのうちに、目当ての階についたのかエレベーターが止まる。扉が開くと、ちょうど乗り込もうとしていた若い女性と目が合った。
フニムの格好にももう慣れているのか、女性は驚きもしなかった。ただ、すれ違った後に「あの子、友達いたんだ……」などと、無遠慮なつぶやきがホムラの耳に聞こえた。
――
「さて、と……そう堅くなるな。両親もめったに帰って来ぬらしいからの」
「…………」
マンションに入るなりフニムはそう言って、奥の自室(美烏の)らしき場所へと入っていった。
リビングに通されたホムラとルゥは、する事もなく、座らされた周りをキョロキョロとながめていた。
フローリングに絨毯がしかれ、部屋の真ん中に小さなテーブル。角には三段ほどの本棚の上でぬいぐるみが座っている。
脇を見れば三畳ほどの広さのキッチンがあり、綺麗……というよりあまり汚された形跡のないシンクが目に入る。水切りカゴの中には、皿やコップが一人ぶんだけ、チョコンと置かれていた。
「いや~すまんすまん。待たせたのう」
しばらくして、パーカーとスカートという普段着に着替えたフニムがもどってきた。あのコスプレみたいな服はやめたのかとホムラは思ったが、肩のカラスと眼帯だけはそのままであった。
フニムはテーブルをはさんだ向かいに腰をおろすと、頬杖をついて身を乗りだし、心なしか見下ろすようにして言った。
「で、何が聞きたい? なんでも答えてやるぞ二人とも」
そののんきな口調にホムラはムッと眉をひそめる。出会った時の態度モロモロはともかく、彼女からすれば一瞬目を覚まして気絶した美烏が心配なのだ。嫌な想像だが、人格の一部が崩壊していたりしても不思議はない。
まずはその辺をはっきりさせなければ、とホムラがいざ口を開きかけた時。
「……では、まず聞くぞ。その体の持ち主、黒羽 美烏は無事なのか?」
先んじて、ルゥが静かに言った。だが声色は低く、真剣さがにじんでいる。フニムも一瞬たじろいだほどだった。
しかし、すぐに彼女は元のように口角を上げ、肩をすくめて言った。
「なんじゃ、その事か。相変わらず細かいヤツじゃな」
「……む、ちょっと! ごまかさないで答えてよ!」
「そう怒るでない。美烏は単に"あわせる顔がない"と言って、今んとこ奥に引っ込んどるんじゃ」
「はぁ? 奥って……」
フニムは意味ありげに自身のこめかみを人差し指でつついた。そのしぐさを見てホムラは眉をしかめたが、ルゥが横から解説してくれる。
「……融合時や戦闘時を見れば分かるように、我らはパートナーの脳に干渉できる。訓練していない人間なら、体の主導権を奪うのも可能だ。ちょうど二重人格のようにな」
「そうそう、そういうことじゃ。心配いらんて」
「え、何それ怖っ!」
冷静に話すルゥと、けたけた笑うフニムをよそに、ホムラは我が身を抱いてドン引きする。気まずそうに、ルゥが口を開いた。
「すまぬ。隠し事をするつもりはなかったのだが、元からするつもりもなかったのでな……」
「……いや、別にいいけどさぁ。ルゥって肝心なことを肝心な時まで言わないよね……」
ルゥはしゅんと頭を垂れると、フニムへと向き直る。
「……全く、脳に負担がかかるから止めろと言われていたろう。忘れたのか?」
「なぁに、どうせ戦闘形態の時ほどではあるまい。事実、今もうまくやっておるよ」
「……っ!」
なおも笑みを崩さずのんきに話すフニム。その態度に、ホムラはテーブルを叩いて身を乗りだし、強い口調で言った。
「じゃあ! この場で美烏を出して証明してよ! アンタだけいくら大丈夫って言っても、信用できないわ!」
「な、なんじゃとぉ? 儂が拾ってくれた恩人をむげにすると思うてか!?」
「だーからそれを証明してみせてって! 直接話させて!」
「嫌じゃ! 大して親しくもないお主らに、美烏を簡単に会わせられるか!!」
テーブルごしにギャーギャーと言い争いを続け、二人は終いに目と鼻の先でギリギリとにらみ合う。
その様子を見かねてか、ルゥが口をはさんだ。
「……フニム。今はとりあえず彼女の希望通りにしてくれ。ケンカをしても仕方あるまい」
「うー……じゃが、せっかく久しぶりに会えたんじゃぞ。もう少し儂と……」
「話ならこの先いくらでも出来るだろう。ここは互いのパートナーを尊重するべきだ」
「……まぁ、お主がそう言うなら……」
ルゥに説得されたフニムは、何故かモジモジしながらうなずいた。そして額をおさえて目を閉じると、何やらおごそかな声色でこうつぶやく。
「出でよ我が半身よ……呼び声に応えよ……」
「そのくだり要るの?」
ホムラが口をはさんだ直後に、フニム、もとい少女の髪色が頭頂からじょじょに黒く変わっていく。完全に黒髪になった後、肩にいるカラスが意思を持ったかのようにプルプルッと震えた。美烏への人格交代が完了したのだ。
「う……ん」
「大丈夫!?」
顔をしかめてまばたきする美烏に、ホムラが詰め寄って声をかける。美烏はおずおずと顔をあげると、突如、テーブルに額をつけんばかりに頭を下げた。
「ごめんなさいっ!」
「へ?」
「お詫びをすると言っておきながら、どうしても面と向かう決心がつかなくて……この度はとんでもない失礼を……」
「や、いいのよ。ケガしたわけじゃないし、顔あげて」
「こら、急にゆらすな。落ちるじゃろう!」
とつぜん低姿勢になった美烏に戸惑いながらも、ホムラは普通に話すようにうながす。美烏の肩でフニムが小さく文句を言った。
「で、でも……本当なら私が止めなきゃいけないのに」
「そんなにおかしな事はしとらんじゃろ。好きな仮装をして街を歩いただけじゃ」
「それだけで十分変だよ! もーあんな小説貸さなきゃよかった!」
のんきに首をかしげるフニムに、美烏はかっと顔をあげて頬をふくらませる。今日会ったホムラたちよりかは、フニムと多少気安いようだ。
「美烏……だったな。少し聞きたいことがあるのだが、良いか?」
「! は、はいっ」
不意にルゥが真面目な口調で話し出すと、美烏はあわてて向き直る。ようやく話せる雰囲気になってきたところで、彼は一つずつ質問していった。
「まず、貴様の記憶ははっきりしているのか? どこか抜け落ちているなどは……」
「な、無いです! フニムちゃんと融合する前から、ずっと普通です!」
「だから言ったじゃろ」
「なら良かった……。ならば、いつからフニムと一緒に?」
「一週間と少し前から……」
「ふむ……我々より少し後だな。戦った回数は? 体調に変化などあれば教えてくれ」
「戦ったのは、この近くにUFOが来た一度だけ……。体はまぁ、その時は少し疲れた……かもしれないです」
「なるほど……その眼帯は?」
「あっこれは……フニムちゃんが、格好いいからって」
「……そうか」
まるで問診する医者のように受け答えするルゥ。そのやりとりにじれったさを感じてか、ホムラが割り込むように言った。
「ねぇ、本当に変わった事ってないの? 一週間くらい、学校も休んでたって聞いたけど」
その言葉に、美烏がぴくんと肩を跳ねさせた。フニムも迷惑そうにジロリと視線を送る。
しまった、マズイこと聞いたかな、とホムラが言葉をつまらせる。するとルゥがすかさずこうフォローした。
「何か込み入った事情があるのかもしれぬが……我らはそれぞれ似たような立場だ。味方でいると約束しよう」
ルゥの言葉に、ホムラも強くうなずく。一方、迷った様子でうつむいている美烏に、フニムが心配そうに声をかけた。
「……美烏……」
「いいの、フニムちゃん。あんまり隠し事はしたくないし、この際みんな話しちゃおう」
美烏はそう言って微笑みかけると、意を決したように向き直り、「話すと長くなるのですが」と前置きしてこう述べた。
「……フニムちゃんと会ったのは学校からの帰り道でした。最初はただの大きな黒い石かと思ったら、カラスが出てきて……最初は驚きました」
「正確にはカラスとやらに似ているだけじゃがな。母星とは色んなところがよう似とる」
「で、驚いた後に"探している仲間がいる"と融合に誘われて……。仲間ってあなたの事だったんですね」
美烏はルゥの方を改めてしげしげと見つめた。その横でフニムは少し恥ずかしそうに目をおよがせていたが、そこにいた者たちは気づかなかった。
「それからしばらく、学校を休んでたんですけど……」
「う、うん。そこが聞きたい」
「それは、ほとんど私本人のせいなんです」
「え?」
話が見えてこず、眉をひそめるホムラ。美烏はテーブルに目を落とし、心なしか重たい雰囲気で話しだした。
「実は私、昔から学校が嫌いだったんです。小学校でいじめられて、中学では隣街の今の学校に通って……友達もできなくて、本ばかり読んでいました」
「……あー」
彼女の名前を覚えていなかったホムラは、ばつが悪そうに頬をかく。
幸いそれには気づかず、美烏はフニムの方をちらりと見た。
「そんな時に、フニムちゃんが外に連れ出してくれたんです。あの二重人格みたいな状態で、でしたけど……初めて友達ができたみたいでした」
「ふん……"らのべ"が買いたかっただけじゃい」
フニムは照れ隠しなのか翼をせわしく震わせた。ホムラとルゥは一瞬ほほえましそうに目を細めたが、すぐに美烏の表情は曇りだす。
「でも……内心では正直不安で……。あのUFOはいつまで来るんだろう。この融合した体で、この先変な目で見られたりしないだろうか、って考えてしまうんです」
「…………」
「フニムちゃんが悪いわけじゃないのに……自分で承諾しておいて、後から怖くなって。終いには学校にも行くのが辛くなって……」
美烏の言葉はだんだん絞り出すようなものに変わり、ついには途切れてしまった。前髪を垂らしてうなだれる彼女を、三人はかける言葉もなく見つめていた。
ホムラは美烏の姿を見ながら、ルゥと出会った日のことを思い出していた。
日常が退屈で、文句ばかり言っていた頃。偶然ルゥと会い、戦うことになった。UFOに逃げまどう人々を見て、放っておけなかったから。ヒーローという存在に、内心で憧れていたから。
ならば、こうして境遇におびえている美烏は、臆病者となるのだろうか。
断じて違う。とホムラは思う。パニックになっていた街の人々や、襲撃の中にあって顔面蒼白になっていた母親や友人の姿を、彼女はよく覚えている。不安になるのが当たり前の感覚だ。ホムラは単に、踏ん切りがついたから戦えているだけなのだ。
「……美烏……」
どんな言葉をかければ良いのか、ホムラには分からなかった。美烏を励ますには、寄り添ってきた時間がまるでない。
以前のような日常にもどるのか、それとも戦う道を選ぶのか……。ホムラにそれを選ばせる権利はない。それを選ぶのは……。
彼女が目の前の少女を見ながら、ぐるぐると考えをめぐらせていると……。
不意に、雷と地響きが同時に起きたような音が鳴り、マンションの一室がグラグラと揺れる。
その感覚と音には覚えがあった。部屋の全員がベランダに面した窓を見る。一番にホムラがカーテンを乱暴に開け、窓の外を見た全員が、予感が的中したという風に唇をかむ。
そこには、あのUFOの群れが、また空一面を覆うように飛んでいた。