鳩尾を大の大人にブン殴られ、俺はたまらず嘔吐する。
「……ゲフッ」
「この程度で吐くな出来損ない、貴様のような雑魚に時間を割くだけありがたいと思え!」
「はい!」
刀を再度構え、俺は再び猛然と教官に飛び掛かっていく。
再び足を払われ、地面に叩きつけられるまでそう時間はかからなかった。
理不尽にはもう慣れてしまった。
罵声を浴びせかけられることはあっても賞賛をもらうことはない。
反骨精神は当の昔に砕かれている。これが、今の俺の日常。
物心がついたときには、既に教官と刃物を交えていた。
毎日殴られ蹴られ罵声を浴びせかけられ、人としての尊厳を奪われていく。
全身に傷を作られるものの、決して深刻な後遺症が残らないように痛めつけられる。
両親の顔はもう思い出せない。どうしてここにいるのかすらも忘れた。
窓一つない真っ黒な建物に住み、無味乾燥な食事を口に含む。
俺と同じ境遇の孤児が21人いたが、話は許されず、ここを出たところで将来は敵として、殺し屋として殺し合う関係でしかないと言い聞かされる。
忍者の里44期生、忍符号『終わりのエンド』
それが俺に与えられた名だった。
殺すためだけに生きる、将来のレールが既に決まっている存在、その中でも最底辺である5班。
地獄の底の更なる底に俺は生きていた。
今日は5班同士の模擬戦を命令された。
「終焉脚」
俺の蹴りが鞭のようにしなり、同期の少年、忍符号『閃光のフラッシュ』に襲い掛かる。
呑み込みが悪い俺が身に着けた数少ない術であった。
しかしコンマ数秒にも満たない中の脚術、それを金髪の少年は瞬き一つせず避けていく。
フラッシュは能面のような表情を崩さない。これは余裕という訳ではない。
命令に従っているから戦っているだけで、元から俺のことが眼中にないのだ。
「青嵐拳」
フラッシュは俺の視界から一瞬で消え、俺が瞠目したときには既に背後に回られ複数の拳の連打を受ける。内臓を抉られるような拳の連打に俺はたまらず膝をついた。
戦闘不能であり、圧倒的なまでの敗北だった。
30戦0勝30敗。
俺はフラッシュに1度も勝ったことがない。
フラッシュは倒れた俺を一顧だに値しないかのよう目線を外し踵を返すと林の奥へと消えていった。
教官が命令したノルマをこなしたので、自己流の鍛錬に戻るのだろう。
それが、フラッシュにとって俺との模擬戦より価値がある時間なのは火の目を見る程に明らかだった。
「同じ5班でも、この差なのか」
「同じじゃないな、お前があまりにも不出来なだけだ」
俺の独り言に反応するように木に持たれかかりながら、模擬戦を観察していた同じ5班の『音速のソニック』が憐みの目を向ける。
「俺もフラッシュも落ちこぼれだがそれでも分かる。終焉のエンド、貴様には同期生22人の中でも圧倒的に殺しの才能が欠けている」
「……余計な私語は懲罰の対象だ。俺に話しかけるな」
「フン……教官の見ていない所では知ったことではないな。今だけだ。誰も未来の俺を縛りつけることはできない」
「……そうか。お前がそう思うのならそれでいいんじゃないか」
ソニックは同期生の中で数少ない、教官にメンタルを『壊されて』いない男だ。
彼の妄言が戯言にすぎないと分かっていつつも、言い返す程の何かの信念を持ち合わせているわけじゃない俺は気だるげに聞き流すことしかできなかった。
俺はフラッシュのような圧倒的な強さや、ソニックのような強靭なメンタルを手に入れていない。
それでもがむしゃらに己を鍛え続けることしか、今の俺にはできなかった。
「コロシの才能のない今の俺が、忍者の里で何ができるのか……」
地獄の窯の底で、よく晴れた青空を見上げる。いくら自問自答しても答えは返ってくる筈もない。
この時の俺は、知るすべを持ち合わせていなかった。
数年後、この忍者の里で一回たりとも勝利したことがない閃光のフラッシュと本気で殺し合うことになるなど。
本当に、微塵も知る由もなかった。
ワンパンマンってけっこう暗い設定多いですよね