ルーニーは異世界で笑い狂うようです   作:げげるげ

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書きたいので書いてしまった感じです。
設定とかに矛盾点があれば、『へっ、雑魚が』と心の中で罵りつつも、温かい対応を装ってくださいませ。


前編

 1クリ出したらいいよ、という言葉がある。

 これは、某TRPGに於いて、プレイヤーが駄目元で提案したことに対して、そのセッションに対して意欲的に参加する意思を尊重しつつ、それはちょっと無理があるなぁ、と提案を却下する時に使われる物だ。

 もしくは、確実にGMの隙を狙うために、虎視眈々とシナリオの穴を穿とうとする者たちの提案に、冷徹に却下を下す時など。

 まぁ、大抵は採用されることなんて無い。

 駄目元でD100を振って見て、「やっぱり駄目だったぁ」とメンバー同士で笑い合うのがオチだ。

 けれど、もしも、それが成功してしまった時。1の数字でクリティカルが出た時。

 それはそれで、ちょっと困ったことになる。

 例えば、神話生物が駆け出しアイドルの歌に感動して動きを鈍らせたり。

 例えば、狂信者の頭部が、素人の打撃で吹き飛んだり。

 

『願いを言え。我が力の届く範囲ならば、契約を交わし、成就させん』

「…………えぇ」

 

 ――例えば、現在。

 駄目元で悪魔召喚を試みてしまったら、なんか成功してしまったり、など。

 あぁ、最後は残念ながら現実である。

 これがTRPGのセッションならば、まだ笑いごとで済むのだが、それが現実で起こってしまったのならば、笑いごとでは済まない。

 

「ううむ」

 

 僕は改めて現状を確認する。

 眼前には、黒い靄が集まったような何かが。それはいくら目をこすり、高い値段の目薬を差しても、視界から居なくなってくれない。黒い靄の下には、僕が無駄に気合を入れて用意した魔法陣と、生贄のA5ランクの牛肉が。

 …………やはり、決め手はA5ランクの牛肉なのだろうか?

 や、それにしてもまさか、自宅のアパートで、古本市場で買った胡散臭い本に書かれていた魔術儀式を成功させてしまうとは。

 こりゃあ、僕には魔術師の才能があったのかもしれんね、メイザースもびっくり!

 …………意外と、必死な人間の下に、こういう悪魔は現れるのかもしれないが。

 

『願いを言え』

 

 おっと、いつまでも惚けていてはいけない。

 古今東西、悪魔との契約に面白半分で足を踏み入れれば、待っているのは身の程知らずへの鉄槌のみ。

 故に、こちらの要求をさっさと言ってしまおう。

 

「僕の妹は難病にかかっていてね。それを完治させて、出来れば長生きしてくれるように取り計らって欲しい」

『必要経費として、お前の寿命を使用する』

「ああ、やってくれ」

 

 何も問題ない。

 僕は独身。仕事も、僕が居なくなったところで、代わりはすぐに入ってくるだろう。何より、妹には夫と幼い子供も居るのだ。

 明らかに、僕の寿命を使うべき案件だろう、これは。

 

『加えて、術を行使するための対価として、こちらが要求するのは、我々への協力だ』

「協力? 言っておくけど、こんな真似したところで、僕はただの中年会社員だぜ? 狂信者として、無辜の人々を血祭りにあげろ、なんて言われても、下手をしたら中学生単体にもボコボコにされる性能なんだが?」

『違う。我々が望むのは、この世ならざる世界…………お前たちの言うところの、異世界で協力してもらう』

「異世界!」

 

 ひゅう、と僕はお行儀悪く口笛を吹いた。

 いやはや、まさか悪魔の他にも異世界なんてびっくり要素があるとは。やれ、今は無き先輩が生きていたら、生き生きとした目で喜ぶ案件だね。あの人はそういう人外が大好きなところがあったから。

 

「まぁ、こちらの世界でやらかすと、妹にも迷惑がかかるからね。異世界だったら、大抵のことは頑張って見せるけど。具体的には何を?」

『好きに生きて欲しい』

「おっとぉ? そういう曖昧な指示は、部下にやってはいけないベスト3に数えられるぜ? ちゃんと具体的に言え。契約とは、そういう物だろう?」

『お前が生きていること自体が、我々にとっての益となる』

 

 そこから僕は、悪魔によって説明を受けた。

 なんでも、ライバル企業の期待の新人が、大きな案件を抱えているところなので、適度に妨害してしまおう、という作戦を実行中らしい。

 ただ、余りにも露骨な邪魔を入れると、本格的な争いになってしまうので、最高でも苦情を入れても素知らぬ振りが出来るような、微妙な人材を差し向けて嫌がらせをしよう、という判断らしい。

 みみっちい……みみっちいよ、悪魔業界。

 

「とりあえず、そちらの言っていることは分かった。ただ、確認なんだが、生きること自体が益となるなら、出来るだけ生き延びた方が良いよな?」

『自殺は避けて欲しいが、絶対に自殺を禁止しているわけでは無い。苦痛により、死を選ぶというお前の選択もまた、その世界を堕落へと導く…………ほんの少しだけ』

「はー、そういうもんかね。ま、そういう条件で良いなら、頑張るよ」

『こちらとしても、即座に死なれては困るので、出来る範囲で、異能を与えて転生させよう』

「ほほう、異世界チートか。いいね、夢が広がるなぁ」

『………………そこまでの物は期待しないで欲しい』

「あ、はい、すみません」

 

 僕と悪魔の契約は、主にこのような形で締結された。

 もしかしたら、とんでもなく最悪な判断をしてしまったのかもしれないけれど、折角悪魔を召喚したのだから、後悔するのは最後の最後にしよう。

 

『では、一年後。お前が死んだときに、また会おう』

「え? 一年も猶予くれるの?」

『仕事の引継ぎやら、妹の病気が治るのを確認するとか色々あるだろう』

「あ、はいそうですね。ちなみに、一年後、僕はどういう風に死ぬの?」

 

 やっぱり呪い? メフィストフェレスとファウストみたいに、部屋中に死体が散らばるやり方は、後片付けする人が可哀そうだよね、などと僕が言うと、悪魔はしばらく黙った後、ぼそりと答えた。

 

『爆死』

「ソシャゲで?」

『強力な爆弾を抱えて、テロリストの主犯を道連れにお前は死ぬ』

「はっはっは、そんなまさか」

『…………契約による因果律は変えられない、足掻かないことだ』

「むしろ、足掻かないとその結末に到達しない予感がひしひしとするんだけど?」

 

 かくして、僕は悪魔と契約を結び、異世界への転生権利を得たのである。

 …………まぁ、やることは派遣みたいでみみっちい嫌がらせなんだけどね。

 

 

●●●

 

 

 一年後。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!! いけぇ、ボブぅ!!」

「シノォブ!! 馬鹿な真似は止めろぉ!!」

「いいや、聞けないね…………ここで僕がこいつを道連れにしないと、またきっと悲劇が起こる…………それに、この時限爆弾を処理しないといけないだろう?」

「馬鹿野郎! いいから、そいつを放っておいて、こっちに来い!」

「…………奥さんと、娘さんを大切にな、ボブ」

「シノォブ!!」

 

 僕はニューヨークの高層ビルから飛び降りて、自然主義のテロリスト『ガイアの会』の主犯を道ずれに、僕は爆死した。

 途中、黒人警官のボブと友情を育み、B級映画みたいなやり取りの末の爆死だと思えば、僕の人生も中々有意義に終わったのではないだろうか? 

 少なくとも、悪魔と契約した物の末路ならば、上等のはずだ。

 道連れにしたテロリストの主犯も美女だったし、現代風太宰治だと思えば、趣深い死に方かもしれない。足掻くテロリストの腹部に、「アンタはここでふゆと死ぬのよ!!」と叫びながら拳を叩き込む機会が、まさか僕の人生にあるとは。

 ともあれ、僕は死んだ。

 死んだ瞬間、何があるんだろうなぁ、とワクワクしていた僕であるが、まず手のひらに硬い感触があるのがあった。次に視界だ。視界には、安っぽいオフィスビルの一室があって、眼前には質素な木製のテーブル。

テーブルの上には、安っぽいコピー用紙が一枚。

 コピー用紙には、1~100の番号と共に、細かい字で何かの説明が印刷されていた。

 そこまではいい。薄々とその中に、僕が異世界で与えられる異能とその説明が書かれていることぐらいは、察しが付く。

 でも、この右手の中にある二つの硬い感触。

 具体的に言えば、十面ダイス二個分ぐらいの感触はなんだ?

 

『では、D100を振るがいい』

「やっぱり、チョイスじゃなくて、ダイスかよ!!」

 

 僕はツッコミつつも、渋々ダイスを振った。

 仕方ないのだ。優良なTRPGプレイヤーを気取るのならば、相手がダイスを振れと言ったら、振るのがマナー。

 ころりんちょ………………番号は56か。

 ええと、何々、『精神耐性』…………君は何者にも怯えず、竦まず、あるがままで生きることが出来るだろう。

 はい、なるほど。

 

「――――腐ったぁ!!」

 

 さて、長くなってしまったが、ここまでが僕の転生までの経緯。

 悪態と共に、契約と共に、悪魔によって遣わされた迷惑プレイヤーは、こうして、異世界に生まれたのである。

 

 

●●●

 

 

 では、ここで改めて自己紹介をしよう。

 僕の名前は、シュラウド。

 栄えあるライン三重帝国の、とある街の商家に生まれたクソガキさ! ちなみに、ヒト種である。外見? こう…………なんだろう? キジムナー? それなりに美形な父親と、それなり以上に美形な母親の血を引きついたくせに、逆奇跡を起こして微妙な顔つきになったのが、この僕さ! いえい、呪われてるぅ!

 いやぁ、僕が生まれた時は『え? 誰の子?』みたいな疑惑が出るぐらいには、似ていないよね。その所為もあってか、僕は母親に割と疎まれてしまっているみたい。うう、可哀そうな僕! 若干八歳だというのに、まともに母に抱かれた記憶が無いなんて。

 …………まぁ、あれだよね。

 

「天上天下唯我独尊…………おぎゃあ!」

 

 産声よりも先に、ネタに走ったのがまずかったのかもしれないね。

 当時はまだ、現地の言語を理解していなかったから、日本語で言ったんだけど、それが駄目だったのかもしれない。露骨に母親からは嫌われてしまった。

 異世界転生で主人公が調子に乗って、周囲から疎まれるという流れはWEB小説とかで読んだことがあったけど、まさか赤ん坊の時にやらかすとは。RTAかな? 実績解除のトロフィーが貰えるかもしれん。

 まぁ、ともあれ、そういう経緯があり。

 でもまぁ、前世の記憶込みで算術はそこそこだったので、捨てるに捨てられず。かといって、近場に置くのも気味悪い。

 ということで現在、僕はそこそこ美形の父親と共に、隊商に加わって旅をしております。

 

「父さん。やっぱりさ、小物の包装をワンランク上げた方が良いと思うんだ。比較的緩やかな旅路とは言え、振動で擦れて傷つくかもしれんし」

「いや、息子よ。それは移動距離に応じて、包装のランクが変わるのだよ。もっと遠距離となると、綿の入った物も使うかもしれんが、費用と、火に対する耐性がなぁ」

「ほーん、そこら辺、リスクとリターンを考えているのね。やっぱり、ギルドに所属している商家はしっかりしているわ。素人意見すまんね」

「ああ、むしろそういう意見はどんどん言ってもらった方が、誤解やすれ違いが無くなるから推奨しているんだが…………八歳の息子ェ」

「おっと、どうした父さん。貴方の愛する息子ですよ?」

「中身ぃ……絶対なんか変なの入っているぅ……化身なの? ねぇ? 俺たちの息子、なんかの化身なの?」

「落ち着け父さん。早熟なだけで、そんなに優秀じゃねーだろ、貴方の息子は」

「充分優秀だよぉ……気持ち悪いぐらいに優秀だよぉ……」

「はっはっは、子煩悩な人だなぁ」

「赤ん坊の時も、何か良く分からない単語を時折叫ぶし、生まれたての癖に、瞬く間に首が座るし……僧院に連れて行くと謎の体調不良と、不可解な現象が起こるし……」

「いやぁ、あちらさんとは折り合いが悪くてww」

「絶対、なんか変なの入っているよぉ」

「まぁまぁ、今の所無害で優秀な子供なんですから」

「自分で言うなぁ! そういうところだぞ、シュラウド! そういうところが、母さんを困らせるんだ!」

「(憂いに満ちた幼い少年の顔)」

「母親に愛されない悲しい少年を気取るなよぉ……絶対、毛ほども傷ついてないだろ、お前!」

 

 失礼な、そこそこ傷ついているんだぜ?

 何せ、八歳なので。

 しかし、八歳とはいえ、僕は転生者。転生者としては、生まれてきた両親に対して、何かしらの恩で報いねばならない気がする。

 生憎、僕の異能なんて物は現状、何の役に立つか分からないクソなので、考えないで置くとして。知識チートとかも、魔法やら魔術やらがあるこの世界では通用しないというか、そもそも、知識チートを気取れるぐらいに覚えている知識なんて皆無な僕である。場合によっては、小学校の理科すら怪しいぜ? でもね、大人になるってこういうことなの。一週回って、子供に戻っているけどな! 

 後、長命種が長い年月をかけて、己の享楽のために色々と発明したり、やらかしたりしているので、知識面でチートなんでできぬ。むしろ、地元の神童に勉強で負けるまであるよね、僕。

 

「やれやれ、ままならないねぇ、人生って」

「八歳児が人生を語るな!」

「とりあえず、地道にコツコツと学んで、働いていくのでよろしく」

「…………いや、あの、お手伝いぐらいだったら歓迎だが、あんまりがっつり働かせてもあれなので、ほどほどに他の子供と遊んできていいんだぞ?」

「ごめん、僕、子供って苦手だから。僕自身、精神年齢が低いから、同族嫌悪なのかも」

「お前が仮によくわからない何かだったとしても、隠す努力ぐらいしろよぉ……」

「ごめんて」

 

 だがまぁ、こんな僕でも未だに処すことのない我が父には報いなければならぬ。

 幸いなことに、こちらは大学でTRPGのサークルに所属していた経験がある。この異世界は、いわゆる剣と魔法のそれに似ている部分があるので、一からキャラメイクしていく気分で、自分を鍛え上げていくとしよう。

 でも、ルルブが無いし、キャラクターシートすらないというね! 仕方なし、脳内でキャラクターシートを作るので我慢するか。

 …………しかし、実際に異世界で生活してみたんだけど、全然薄れないな、前世の記憶。むしろ、ふとした瞬間、何かを思い出すことが多くなる気がする。

 大学生時代。

 強豪たちがひしめくあのサークルでの楽しい毎日。

 お世話になった、先輩。

 僕よりも先に亡くなった人。

 人外スキーなあの人だったならば、この世界、この国を存分に謳歌出来たのかもしれないな。あの人、アラクネとか大好きだったし。

 

「…………ううっ」

「息子よ、唐突に泣かれると引く…………どうしたんだ?」

「少し、悲しいことを思い出して」

「………………砂糖菓子、少しだけでいいなら食べていいぞ」

「ありがとう、父さん」

 

 僕は父さんの優しさと砂糖菓子の甘さを味わいつつ、頬に流れる涙を拭った。

 先輩。

 サークル時代、「大丈夫、このキャラクターの性能なら、期待値で避けられる」と言って、真っ先にキャラロストした先輩……穏やかに笑いながら逝ったあの人が、この世界のどこかで、楽しそうにキャラビルドしている姿を妄想して、僕は懐かしい気分になる。

 あぁ、誰かとまた卓を囲んで、セッションしたいなぁ。

 

 

●●●

 

 

 十二歳になった。

 センチメンタルな気持ちを抱きながらも、ぼちぼち鍛えていくかと誓ったあの日から、僕はそこそこ勤勉に頑張ったと思う。

 仕事の手伝いの傍ら、色々な人に色々なことを聞いた。

 それは、老爺が告げる古の伝説(フィッシュストーリー)だったり、回る村々で、子供たちが語る妖精の伝説だったり。あるいは、隊商として回っていくうちに蓄えてた、様々な雑学、商人としての知恵。

 後は、隊商が色々な地方を巡っている最中、野盗対策として冒険者や、退役軍人を護衛として雇っていたりしたので、ご機嫌を伺いつつ、巧みに鍛錬を付けて貰ったのである。

 もっとも、所詮は仕事の傍らなので、付け焼刃に過ぎないと思うが。

 父さんからはよく、「なんでお前は身内以外に対しては、真人間を装えるんだ?」と尋ねられたが、そこはほら、逆なのだ。身内だからこそ、素の自分を曝け出していきたいのだ。

 まぁ、そんな主義の所為で、十二歳になっても相変わらず、僕は母親と折り合いが悪いんだけどね。母方の祖母とか、祖父とかは、多少おかしくても有能ならいいんじゃね? みたいな対応なんだが。

 

「そういえば、父さん」

「なんだ。息子よ」

「店の跡取りの話なんだけどさぁ、弟でよいのでは?」

「…………お前なぁ、そういうことをさらっと言うんじゃない」

「いやいや、こんな時だからこそね?」

 

 そんなこんなで、成長した僕は現在、野営をしながら焚火に当たっているというわけです。

 やぁ、焚火に当たりながら、温かいスープに硬いパンをぶち込んで食べるのは美味いぜ! 保存食でも、ちょっとした工夫で各段に食べやすくなるという生活の知恵。

 

「確かに、基本的に長男が家業を継ぐけどさぁ。ほら、僕って色々地元だと『鬼子』やら、『邪霊憑き』とか、変な噂があるじゃん?」

「事実ではないかと疑っている父がここにいるぞ」

「事実かどうかはさておき。そういう噂がある僕よりも、健やかに育っている弟の方がよいのでは? 弟は真っ当な美形で、頭も…………まぁ、そこそこ?」

「お前の半分ぐらいの知性を携えて生まれて欲しかった」

「そこはほら、僕が補助に付くし。僕が居ない時でも、有能な部下が居れば……あー、乗っ取られそう」

「不吉な未来を言うんじゃない! というか、良いのか? お前はそれで。仮にも長男だぞ?」

「とは言っても、僧院と折り合いの悪い僕が家業を継ぐよりも…………待って」

「ん? どうした?」

「夜襲。多分、結構な規模の野盗だね」

「はぁ。お前なぁ、そういう不謹慎な冗談は口に――」

 

 直後、『夜襲だ!!』という大きな声が夜の帳を引き裂く。

 ひゅんひゅん、という矢が空気を切り裂く音。怒号。金属同士がぶつかり合う剣戟の音。

 それらを耳にしながら、僕は己の感覚を研ぎ澄ませて、判断する。

 

「ほ、本当に夜襲が……隠れるぞ、シュラウド! 早く、こっちに!」

「そっちはまずいよ、父さん。多分、分断作戦だね。判断が早い。人員を優先して護衛すると判断して、物資を強襲して強奪していく感じかな? あー、こっちの護衛たちも賊の動きは読んでいるんだけど、いかんせん、数が足らない」

「お前、本当に何者なの?」

「耳が良いから、状況把握しやすいだけですぜ…………っと、あー、野盗が二人。護衛が一人。劣勢かなー? うわ、こっちに一人来た。まず、僕らを片付ける方針らしいね」

「……くそっ」

 

 どかどかと、荒々しい足音と共に、こちらに駆けてくる野盗が一人。

 粗末な装備なれど、切れ味の悪い長剣だったとしても、鉄の塊。思いきり切りつければ、当たり所によっては人が死ぬ。

 対して、父さんは杖を構えて応戦しようとするが、勝率は低いだろう。あちらは本業、こちらは付け焼刃。商人の嗜みとして、ある程度の護身術は身に着けているものの、人を殺すことに躊躇いの無い賊を倒すには心もとない。

 なので、僕が動くとしようか。

 

「おうおう、オッサン一人に、状態が良いガキが一人。こりゃあ、ガキは適当に痛めつけてから、そういう趣味の変態にでも――――」

 

 イメージとしては、蛇。

 地を這う蛇。

 身を屈めて、するりと軟体的な動きで間合いを詰めた僕は、そのまま賊の首元に絡みついて、一回転。

 ぐるん、ぼきん。

 予想外に軽い感触と共に、首が折れ、僕は人を殺した。

 …………うーん、思った以上に何ともないなぁ。生まれて初めて役立ったかもしれんね、僕の異能。

 

「む、息子……? その体術は一体?」

「一時期、隊商にくっ付いていた女冒険者から習った組技。幼さを利用して、美少女とくっつこうと思ったら、血反吐を吐く練習をすることになった、あれ」

「あの時かぁ」

 

 何度も何度も、気絶するまで教え込まれた技だったので、思ったよりも自然に体が動いて良かった。

 さて、改めて状況判断。

 野盗が一人。護衛も一人。されど、実力差あり。護衛が不利。思ったよりも野盗の動きが良い。傭兵崩れ? まぁ、どちらにせよ。

 

「わぁい、経験値だぁ!」

 

 公共の利益と、己の研鑽のために、野盗狩りを始めるとしようか。

 

 

●●●

 

 

 運が悪かった。

 初老の野盗は、己の失敗をそのように捉えていた。

 実際、そうかもしれない。幾つも斥候を放ち、敵戦力を把握。別動隊が時間を稼ぐうちに、本命の物資を強奪するという作戦。これは、今までは上手く行っていた。何故ならば、フリーの魔法使いが野盗の中には居て、そいつの魔術で今までは都合よく物資を強奪していたのである。

 だが、その魔法使いは初手で、隊商が雇っていた魔法使いに敗れ、殺された。

 それを契機に撤退することになったのが、何の戦果も無しに帰れば、危うくなるのは自分の立場だ。せめて、物資が集中している部分を避けてでも、金目の物を奪っていかなければならない。

 そのため、護衛が薄い場所を狙い、部下を一人連れて飛び込んだわけだが。

 

「わぁい、経験値だぁ!」

 

 ――――よくわからない何かが居る。

 夜の闇に隠れて、小さくも悍ましい化物が居る。

 短くない人生を生きた傭兵崩れの彼は、それと相対した時に、とてつもなく嫌な予感を得た。こいつは生きていてはいけない存在だ。今すぐ殺さなければならない、と。

 その予感は、倫理や道徳を投げ捨てた野盗の長である彼をして、まさしく天命であると感じる何かであったが、それは神々の意思ではない。ただの恐怖から来る行動だった。

 そして、得体のしれない何かへの恐怖は、体の動きを鈍らせて、判断も鈍らせる。

 

「舐めるなぁ!」

「……ちっ!」

 

 若々しい護衛の男による、力任せの一撃。

 本来であれば、こんなもの容易く受け流してやるというのに、今は丁寧に受けなければならない。我慢だ、我慢。後三手で、この護衛を確実に殺す手はずは整う、その後に、あの化物をきちんと処理すれば――――などと思案している時だった。

 

「がっ!?」

 

 彼の右膝の裏に、痛烈な衝撃が走る。

 体の構造上、彼は自然と膝を着いてしまい、

 

「くたばり、やがれぇ!」

 

 護衛の放った、荒々しい横薙ぎの一撃が、頸を裂いた。

 ごぽり、と己の内側から血液がとめどなく流れる音を聞き、彼は地面に倒れ伏す。

 

「…………あ、あぁ」

 

 生涯最後の光景。

 年老いた野盗が見たのは、けらけらと楽しげに笑う化物の姿だった。

 

 

●●●

 

 

「いやぁ、やっぱり投石は基本だよね!」

「はっはっは! よくやった坊主! そして、ガキの分際で危ない真似はするんじゃねぇ」

「いたたたたたた! 助けたじゃん! 援護したじゃん!」

「うっせぇ! 俺の未熟は、後で隊長から散々叩きのめされながら指導される。だから、それはそれとして、ガキが無茶すんなよ」

「…………あーい」

 

 戦闘終了後、僕は護衛の人にしこたま怒られていた。

 感情的に不貞腐れる僕であるが、理性としては護衛の人の言い分もわかる。だが、致し方あるまい。ああしなければ、死んでいたのは僕らなのだ。

 僕は、グラップラーとしての鍛錬の他に、狩猟用の投石紐を用いた中距離攻撃の手段を得ていた。威力はまだまだであるが、投石の精度は自信があったので援護したのだが、考えてみれば、ファンブルでも起こしたら、戦犯だったかもしれぬ。まぁ、個人的には2d6を振れば、普通に9とか10が割と出る人間なので、どこか、見積もりが甘かったのかもしれないが。

 それはそれとして。

 

「大丈夫ですか? 怪我はありませんでしたか!?」

「うわーん、お姉ちゃん! お兄ちゃんが虐めるよぅ!」

「あっ、このクソガキ。ここぞとばかりに、猫を被りやがって!!」

 

 僕は年上のお姉さん――実際の魂年齢は別として――に甘えられる機会は逃さない。

 野盗に怯える子供を演出しつつ、緑色のローブを纏った『魔法使いのお姉さん』に抱き着いた。わぁい、柔らかーい。ハーブの匂いがするぅ。

 

「よしよし、よく頑張ったね? 良い子、良い子」

「…………まったく、甘いんだからよぉ。それで、本隊の状況は?」

「怪我人が三。重傷者は無し。死傷者も無し。残党は速やかに排除されました。そちらは?」

「野盗二を討伐完了。残敵は無し。多少手こずったが、怪我も無し…………己の未熟を晒すようであれだが、このガキのおかげで助かったよ」

「まぁ、それは凄い」

「えへへへー」

 

 褒められたので存分に調子に乗る僕。

 そう、僕はこの薬草士のお姉さんが大好きだった。なんというか、あれなんだよね? ヒト種で大体、18歳ぐらいの人で、それなりの年の差なんですが、頑張って恋愛対象になる様に日々精進しております。

 何やら事情があるようで、恋人などを作らずに隊商にくっ付いて流浪している魔法使いの人なのですが、優しくて、素朴な可愛らしい外見で、僕の好みだったのだ。

 サークルの仲間からは、「お前はノーネームドのモブに唐突に惚れるよな」みたいなことを言われたことがあるが、ちょっと地味な感じの女の人が好きなのかもしれない。

 

「あ、それはそうと、お姉ちゃん。うちの父さんが安心して腰を抜かしたので、看てやってくださいな」

「はい、わかりましたよ、シュラウド君」

 

 そうとも、ひょっとすれば僕はこのために生まれて来たのかもしれない。

 今は頼りない子供に過ぎない僕だけれども、いつか、この人と並び立てるような立派な人間になろう。

 こうして、二度目の人生で初めて、僕は、人を好きになったのだった。

 

 

●●●

 

 

「おぉおおお……邪悪なる魂を依り代として、来たれ、外なる叡智よ!」

『『『おぉおおっ――■■■■ぉ!!』』』

 

 ピュアラブな誓いを立てた三日後、僕は邪悪な魔法使いの手によって生贄に捧げられていた。

 そう、話の流れから薄々分かるよね? 僕が好きだった薬草士のお姉さんに攫われまして、体の動きを麻痺されまして、腹に変な魔法陣を描かれまして、現在進行中で命の危機です。

 隊商からはそんなに離れていない場所だと思いますが、人目を避けた洞窟の奥にある、謎の神殿っぽい場所なんで、救援を期待するのは辛いかなー。

 僕はそっと眼球だけ動かして、薬草士のお姉さん改め、邪悪な魔法使いの胸元を見る。そこには、フラスコのエンブレムではなく、禍々しい三つ目のエンブレムが。うわぁ、あれって少し前に話題になった、邪悪な何かを信仰する狂信者の残党じゃーん。背後に、黒っぽいフードを被った謎の覆面集団もいるから、確実にそうじゃーん。

 …………はぁ、いつもこれだよ。

 僕が好きになる人は、いつもそうだよ。リアルでも二次元でも、なんで厄ネタを抱えているんだろうね? しかも、駄目じゃん。解消できる類の厄ネタじゃないじゃん。殺さなきゃいけない規模の厄ネタじゃん……んもー、GMがヒロインとして出してくれたキャラクターと、何故かキャンペーンの最後で殺し合いをしていた時のことを思い出すぜ!

 

「おぉおおおおお…………叡智は此処に顕現せり!」

 

 あ、しかも儀式が終わりそうですね。

 ついでに僕の第二の人生も終わりそうです、あっはっは。

 なーんか、腹部から微妙な異物感があるというか、黒っぽい霧が入ってくる度に、苦痛ではないんだけど、変な既視感を覚える……というか、うーん。

 

『…………え? 同僚?』

 

 黒っぽい靄が入ってくる度に、頭の中に入ってくる戸惑いの声が凄いんだよね? 仕事先でブッキングした営業みたいな声を出してやがる。

 

『うっわぁ、マジかぁ……マジだぁ…………しかも、上位世界関連の……あー、うん。はい。じゃあ、折衷案で』

 

 とりあえず、脳内会話で謎の声と相談を交わし、僕の意識は普通に残る形に。ただ、このまま召喚を無下にするのもあれなので、邪霊を体に馴染ませるという方向で落ち着いた。

 おっと、人間卒業かな? 悪い意味で。

 

「くくく、くははははは!」

 

 僕は体を縛っていた麻痺毒が強制的に体から排除されたのを感じて、立ち上がった。そして、如何にも悪そうな哄笑を洞窟内に響かせて立ち上がる。

 

「あぁ……成功しました、我が主よ……これで、貴方の無念も……」

 

 そして、感極まる邪悪な魔法使いへ歩み寄り、優しく微笑んだ。

 

「ごめんね、お姉さん。これも契約でね?」

「――――え?」

 

 ごきり、と僕の手の中で音が鳴る。

 人生で二度目の、人を殺した音。首が、へし折れる音。

 邪悪なる妖精……のような何かを己の身に宿した僕にとって、片手で成人したヒト種の首を折ることは容易くなってしまった。

 うーん、個人的な感情としては見逃しても良かったのだけれども、残念、脳内会話で『身の程知らずの魔法使いどもを殺せば、他は殺さない』みたいな契約を交わしてしまったからね。

 あぁ、こればかりは仕方ない。

 そんなわけで、僕は残る黒ローブたちへ視線を向けて…………そっと、左目から熱い涙を流した。

 

「……よくも、お姉さんを殺したな…………お前ら、絶対に許さねぇ!」

『『『えぇ……』』』

 

 かくして、虐殺は始まり、概ね一瞬で全てが終わった。

 僕の肉体に宿った邪霊の力は、空間を汚す、瘴気の風。ほんの少しばかり、気合を入れて洞窟内で風を吹かせてやれば、瞬く間にトループぐらいなら一掃可能なのだ。

 

「…………はぁー、これからどうするかなぁ?」

 

 仕事を終えた後、僕は洞窟から出て、途方に暮れていた。

 空に浮かぶ、二つ目の黒い月をぼんやりと眺めながら、ため息を吐く。

 

「初セッションでキャラクターがロストして、高レベルエネミーになった気分。ダブルクロスで、調子に乗って浸食率をガンガン上げてしまって、バックトラック失敗した過去を思い出すわ。結局、キャンペーンのラスボスになっちゃったし」

 

 これからどうした物か。

 今更、素知らぬ顔をして父さんの下に帰るわけにはいかないし…………おっと。

 

「おや? 探査術式の発動も無しで避けるとは、勘がいいのですか?」

「…………どうも、お兄さん」

 

 加えて、僕の遭遇表はろくでもないことになっていたらしい。あるいは、ファンブルでも引いてしまったのだろうか? やれ、これじゃあ先輩を馬鹿に出来ない。僕のダイス運は結構良かったはずなんだけどな。

 そんなことを、先ほどまで座っていた地面を――ごっそりと、謎の立体に切り抜かれた地面を横目に見て、考える。

 

「はい、どうも。いやはや、本当は休暇を堪能している最中だったんですがね? 忌々しいことに連絡が入りまして。いやぁ、どうしたものかと」

「あっはっは、それは災難ですねぇ」

 

 僕の眼前には、人型の死が存在していた。

 ぼさぼさの緑色の髪に、金色の瞳。猫背気味の痩身が纏うは、よれよれの白衣。一見すると、生活にだらしない研究者のように見えるし、事実、そうなのかもしれないが――耳が長く、長命種としての特徴がある。

 長命種。

 ヒト種とは比べ物にならない寿命と、スペックの持ち主。

 それでいて、全く威圧を感じさせないその佇まいが、僕は恐ろしかった。

 勝てない。確実な死が、そこにあると、僕の直感が理性に告げる。

 故に、僕が取る手段は明白。

 

「全面的に降伏するので、命ばかりはお助けを」

 

 即座に地面へ伏せて、両手を挙げて無力をアピールからの命乞いだ。どうあっても死ぬなら、せめて、命乞いしてから死ぬのがルーニーとしての嗜み。

 

「……うーん」

 

 へいへーいと、地面でびちびちとまな板の上の鯉アピールをする僕に、長命種のお兄さんはやや戸惑った様子。

 お、ワンチャンある?

 

「僕を生かしておけば、良いことがありますぜ、お兄さん」

「ええと、具体的には?」

「ふっわふわのパンケーキが焼けます」

「ふっわふわのパンケーキ」

「自信作ですよ?」

 

 何せ、僕を嫌う母親ですら認める一品だからな。

 もはや、隊商ではちょっとした名物みたいな物よ。

 

「…………ああもう。面倒くさい……はぁ、いいや」

 

 僕がびちびち動いていると、お兄さんは心底気だるげな吐息を吐き、ぼりぼりと頭を掻いた。

 

「要観察で。魔法を制御できるなら、まぁ、聴講生ぐらいにはしてあげます」

「よくわからないけど、はぁい!」

「魔導院に帰るのは面倒ですが、仕方ないですね……はぁ」

 

 かくして僕は、謎の長命種に取っ捕まり、『即検体行き以上、弟子未満』という待遇で、帝都へ連れていかれることになったのだった。

 …………父さんになんて説明しようか、言葉に悩むなぁ、もう。




後編はいつかその内。
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