「んむ………」
目を開けると、そこは知らない空だった。
風情に敏感なわけでもあるまいに。
空なんてどこで見たって変わらないと思っていた。
それでもーー職業柄、だろう。
ここが、自分のいた世界の空ではないことぐらい肌で感じられる。
幸いなのは、着流しでも過ごしやすい気候だったのはありがたい。
術も、問題なく使えるようだ。
「異界、って感じでもない、か?」
少し辺りを見渡す。
この薄暗い路地裏だけを見ると、人間界と言われても疑わない。
それなりの文明はあるらしい。
とりあえず、いつまでもここへ居ても始まらない。
喧騒が漏れ聞こえる、表通りにでるか。
「おいっ、てめぇこんなところで寝転がって何やってんだぁ?」
ーー首だけ、持ち上げて見る。
そこには、大、中、小。
いかにもガラの悪い三人組がいた。
どうやら人間が住んでいるのに間違いないはないらしい。
そんなことより、だ。
未だに自分が、横たわったままだったことに、今さらながら驚いた。
どうやら、俺は思っているよりもこの状況にテンパっているらしい。
空間に関しては文字通り、『一家言』あると言っていい自分が、術を感知することすら叶わずに転移させられてしまうとは。
「参った」と、再びゴロンと寝転がり天を仰いだ。
「こりゃ、とんでもない術者だな」
「へへへ、わかってんじゃねえか。だったら大人しく出すもんだしな」
「………」
いや、お前らじゃないんだが……
視界には空だけが広がっていたので、大、中、小、のどれが言ったかは知らない。
けれど、どれが言っても大差はない。
逃げるも、戦うもよし。
だがしかし、今は少しでも情報が欲しい。
ここは、現地人らしいコイツらからいろいろ引き出すとしよう。
「よッ」と、跳ね起きる。
手で軽く着流しから汚れを払った。
「それではどうか一つ、ここはこれで勘弁してくれ」
ついでに懐に手を入れ、取り出したガマ口の財布。
そこから1万円札をチンピラ(中)に手渡す。
「あ?何だこれ。ふざけてんのかてめぇ」
残念。日本紙幣は流通していないようだ。
「てめぇ、こんな紙切れ渡してぶっ殺されてえのか!?」
「いやはや、何をおっしゃいますか。その紙の左下をご覧くだされ」
怒鳴り散らすチンピラ中の握る紙幣を指差し、次に両手を広げ、大仰に演じてみせる。
「あぁ?? ……なんだこりゃ!?」
「そちらは、見る角度によって色や模様の変わる不思議な紙でございます。さらに日の光に向けていただくとーー」
「ーーなッ!! おっさんだ、横のおっさんが丸の中にも浮かびあがってきた!!」
「本当だ!おっさんだ!!」
「このおっさんが誰かはわかんねぇけど、おっさんだ!!」
三者三様……
というほど差は無いが、『ホログラム』も『透かし』も知らない反応を見るに、日本語は通じても、元の世界の知識はまったく入って着てないようだ。
「こりゃ、帰るのにも骨を折りそうだな」
「へへへ、わかってんじゃねぇか。てめぇ、まだこの紙持ってたろ?? 骨を折られたくないなら全部だしな」
「………」
いや、だからお前らに言ったわけでは…… なにこれループ??
紙幣だけに、カミ合わない会話にも、そろそろ飽きた。
男との会話を楽しむ趣味もない。
下手にこの世界にないだろう術を使って面倒を起こしても仕方ないので、普通に走って逃げるとしよう。
ーーその、刹那。
幼い少女の声が薄暗い路地裏へ場違いに響いた。
「どけどけぇぇぇ!!」
体の大きさに不釣合いなほど長い、瞳と同じ真紅の首巻をした少女が疾風の如く駆けてくる。
艶やかな金色の髪をなびかせる少女。
その姿は、紛れもなくーー美少女ッ!!
「ちょっとお待ちなさい美少女。どうやらお困りの様子。どれ、どうか一つ俺に相談してみなさい」
「はぁ?? どうみてもお前も絡まれてる真っ最中じゃねえのかよ」
「いやいや、こちらの問題など些細な事だ。それに君のような美少女のためなら、たとえ魑魅魍魎。神や、竜と、戦っていようとも駆けつけよう」
「チミモウリョ?? ……てか、竜と戦うってお前すげぇ事言うな」
「……??」
ちょっとした冗談のつもりだったが……
竜という単語に見せた過剰な反応。
この世界では何か特別な意味を持つのか??
でも、美少女の為なら竜と戦うのも吝かではないのは、あながち冗談でもなかったりする。
というか、そっちの方がやる気が出る。
というか、というか。
そうでもないと、流石に竜とやり合うやる気は出ない。
ちょっとした静寂が場を包む。
そんな中、また違う少女の声がそれを遮った。
「やっと追いついた。盗んだものを返して。お願い。あれは大切なものなの。他のものなら諦めもつくけれど、あれだけは絶対にだめ」
日の光を反射させながら揺れる銀髪。
暗がりから眺めるそれは、目が眩むほどに美しかった。
もはや、神々しさすら感じるその少女。
こちらもまた美少女に違いはない。
それが彼女と俺。
ーーエミリアと墨村時守の初めての邂逅だった。
「やべっ!?おい兄ちゃん!!お前のせいで追いつかれちまったじゃねぇか!!」
「それはすまん。でも、どうやらあの娘はお前さんを盗っ人と言っているようだが」
「ーーっく。そ、それは……どうだっていいだろ!?言ったからにはアタシを助けろよな!」
異世界に飛ばされてさっそく美少女からの板挟みとは……
素晴らしきこの世界に祝福を。
「いい子だから返して。あれはすっごく大事なものなの」
銀髪の少女が諭すように訴えかける。
だが、盗っ人に貴重なものであると言えばいうほど返してもらえなくなる気もする。
もしかしたら、この銀髪美少女はアホの娘なのかもしれない。
「んじゃ、アタシは逃げるから。あとは頼んだぜ兄ちゃん!!」
金髪美少女が、返事を待たずに外壁を蹴りあがっていく。
「待って!!ホントのホントに大切なものなの!!」
少女の悲痛な叫びが路地裏にこだまする中、俺の頭では思考が駆け巡る。
この状況の最善手、とは。
金髪美少女を助けて、銀髪美少女に恨まれるじゃあプラマイゼロ。
それなら金髪美少女を捕まえて品物を取り返し、銀髪美少女に感謝されてから金髪美少女を逃して恩を売る……
これがベストなんじゃないか?
その思考速度は音さへ置き去りにした。
ボクって天才♦︎♡
見上げると金髪美少女は屋根まであとひと蹴り、というところだった。
【方囲】
【定礎】
何万と繰り返した工程。
それこそ、音を置き去りにする。
「ーー『結』」
「……ふにゃッ!?」
金髪美少女は突如現れた壁に勢いそのままぶつかった。
空中で静止するように捕らえられた少女。
その場の全員が目を点にして見上げていた。
俺も、その視線を目で追った。
それを見て思う。
「小さい美少女を箱に閉じ込めるのは、なんだかいけない気持ちになるな」
この世界にないだろう術を使ってしまっている事に気がつかない俺も、またアホの子なのだろう。