Re:ゼロから始める結界術   作:レトルトラメエ

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第10話

「そろそろ降ろすのよ。こんなところ見られたら、それこそベティーは死にたくなるかしら」

 

 村に入る直前で背中におぶったベティーが呟く。不貞腐れたような顔をしているけど、それはきっと照れ隠しだろう。

 

「正直、もっと早くに降ろせって言われるかと思ってた」

 

「お、お前がしたいと言うから黙っておぶわれてやっただけかしら。別に…ベティーは好き好んでされてないのよ」

 

「なんだ俺の為か、ありがとう。ベティーの事だから、てっきりこの方が早く着くからって合理的理由だと思っていたよ。」

 

「っ!!!うるさいかしら!いいから早く降ろすのよ!」

 

 足をバタつかせ、拳で背中をポカポカ叩いて抗議するベティーをそっと地に降ろす。

 冗談はここまでだ。俺もベティーも村へ近づくにつれて不穏な雰囲気は感じている。

 村の境界線には木製の柵とマナが込められているのか翠緑に淡く光る宝石のようなものが等間隔で並ぶ。そのうちの一つに触れると術式の繋がりのようなものを感じるが、ある地点でそれは途切れる。

 

「結界に(ほつ)れを感じる」

 

「流石は専門家といったところなのよ。この村には取り囲むようにぐるりと魔除の結界が張られていたかしら。ベティーもそれに綻びを感じるのよ。大方、先に来た奴らが応急処置をしたってところかしら」

 

「誰かが魔獣を手引きしたのは間違いないな」

 

「そうみていいかしら。魔獣程度でどうこうできる代物ではなかったはずなのよ」

 

 ベティーの同意を得たところで、いよいよ歩速を速め村へ入る。

 深夜だというのに村には、松明を灯し慌ただしく行き交う村人の姿が見えた。その一人を捕まえ状況の確認をする。

 

「失礼します。ロズワール邸からこちらへ伺いました。先に村へ遣わされた者とエミリア様がいらっしゃるはずなのですが、今はどちらに」

 

「エミリア様?あぁ、彼女たちならあちらの集会所の方に。どうぞこちらへ」

 

 急に畏った俺へ、ギョッとしたような表情で見つめるベティー。「気持ち悪いったらないのよ」とか呟いた気がするので、背後からそっと首筋を撫でる。

 

「ひゃんっ!!」

 

 悲鳴をあげ睨みつけてくるベティーを無視して村人に続く。

 この村の様子だと、どうやら俺たちは後手に回ったらしい。しかし、先手を打たれたときこそ冷静な指しまわしが求められる事は分かっている。

 はやる気持ちを抑え、村人の後を歩く。

 少し進んだ所で住居よりやや大きめの木造の建物に案内されると、中では村人が密集していた。そしてその中心では複数の子供たちが横たわっており、エミリアたちの姿も見えたので声をかける。

 

「エミリア"様"、遅くなり申し訳ありません。状況をお聞かせ願えますか?」

 

「えっ……あ、トキモリ。う、うん。私たちが村へ着いた時には、もう子供たちの姿が見えないって村の大人たちが探していたの。そしたら私たちが結界の切れている所を見つけて、辺りを探したら子供たちが。とりあえず結界内の村へ連れて帰って、今は治癒をかけたところ」

 

 見ればエミリアの額にも汗で何本か髪が張り付いている。治癒魔法はかけたようだが、子供たちは目に見えて衰弱していた。

 

「ベティー、頼む」

 

「わかってるのよ。詳しい術式を解読するから見せるかしら」

 

 ベティーは子供たちへ近づくとその額へ手を当てる。目を閉じ、集中した様子で術式と発動している効果を確かめる。数秒の間待つと、ベティーは目を開けこちらに振り返る。

 

「見て分かる通り、術式は発動してしまっているかしら。ここでは打てる手はないのよ」

 

 ベティーの言葉に子供たちの親だろう、村の大人たちから血の気が引く。

 

「ここでは、というと?」

 

「呪いの効果は衰弱、というより吸収が近いのよ。こいつらの生気を食べている感じかしら」

 

「なるほど。つまりその食事を止められればーー」

 

「おそらく吸い上げられる事はなくなるかしら」

 

 術の種類がまだ望みのあるものでよかった。要するに術式を仕込んだ魔獣を殺せば万事解決。なんとも単純明快、わかりやすくてよろしい。

 

「なら、それは俺が請け負う。その魔獣は近くにはいるんだよな?」

 

「術式から見るにそう遠くへは離れられないはずかしら」

 

「わかった。それじゃあ行ってくるよ。子供たちは任せていいか?」

 

「……わかったのよ」

 

「わるいな、待たせてばっかりで」

 

「今更かしら。400年も待てば嫌でも慣れるのよ。心配はしてないけど、用心はするかしら」

 

「大丈夫だ。安心して待っててくれ」

 

 だって、(ばけもの)退治は俺の領分なのだから。

 

「ま、待つかしら」

 

 さっそく歩き出した俺にベティーから『待った』がかかる。

 

「どうした?」

 

「慣れはしたけど、好きではないかしら。だから……出来るだけ早く戻って来るといいのよ」

 

 最後は照れて俯いてしまうベティー。その耳は弾けるのでは無いかと思えるぐらい真っ赤に染まっていた。

 よし、ソッコー終わらせてソッコー帰る。

 俺、これが終わったらベティーにセクハラするんだ。

 

 

 

 

 

 今度こそベティーたちに背を向け、集会所を後にする。

 まずは結界が切られていた所からだ。そこから辿れば魔獣を見つける事も難しくはないだろう。

 

「待って」

 

 後ろから呼び止められ振り向くと、そこにいたのは先ほどまでエミリアの後ろに控えていたラムだった。

 

「ラムも一緒に行くわ」

 

「……俺の監視か?」

 

「無いとは言わないわ。ただ、別の理由もある。私はレムの視界を共有する事ができる。目標を討ったとして呪術が解除されているかの確認は必要でしょ?倒した魔獣は間違っていましたじゃ、話にならないわ」

 

「わかった、頼む」

 

 俺は了承をするとすぐに目的地に向かう。一刻を争う事はラムも当然わかっているので黙ってついてくる。

 結界の綻びが見られる地点までやってくると、一度立ち止まり辺りを見渡す。

 

「……匂うわ。酷く鼻につく魔獣の匂いよ」

 

「鬼ってのはそんな匂いもわかるのか?」

 

「鬼というより私たちが、というのが正しいわ。前に言ったでしょう。残った鬼は私たちだけだって。それを引き起こしたのが魔女教だったのよ」

 

「なるほど。それで間接的に魔獣の匂いもわかると」

 

「詳しい場所まで限定できるわけではないわ。でも、この先の森にいるのは間違いない」

 

「充分だ」

 

 俺はそれを聞くと、躊躇することなく森へ足を踏み入れる。森の中、とだけ言われれば骨が折れる話だが、おおよその方角がわかるだけでもありがたい。あとは力技でどうとでもなる。

 

「ラム、敵じゃないから攻撃するなよ」

 

「……何を?」

 

「来てくれ、黒鰭(くろひれ)

 

 地の影が夜闇の暗さとはまた違う、光の全てを呑み込む墨のような黒に変わる。そこから現れたのは体長1メートルほどの小柄なサメだった。影から泳ぎ出てきたそれは漆黒の尾鰭を優雅にしならせ空中を遊泳する。実在する生物に照らし合わせると、コチョウザメという種類に似ているだろうか。

 ラムは息を飲んで静止していたが、ぎこちなく言葉を取り戻す。

 

「あなた、いったい……」

 

「説明は後だ。魔獣の匂いでもないだろ?今は俺の相棒とだけ説明しておく。……黒鰭、頼む」

 

 俺の頼みを聞き入れると、「了解した」と言わんばかりに一度大きく尾鰭を上げ、地の影へ消えていく。

 森の静寂に身を任せる。しばらくすると黒鰭も倣うように音もなく帰ってきた。

 

「……いたか。数が多いな。術式を仕込んだのがどれかはわからないが全て始末すれば問題ない。すまないが、黒鰭は撃ち漏らしがないよう監視を頼む」

 

 少し面倒臭い頼みに、黒鰭は先ほどより控えめに尾鰭をあげる。その姿に少し笑ってしまうが、黒鰭の為にも出来るだけ早く終わらせてやろう。

 

「いくぞ、ラム。結界師は敵に夜を(また)がせないんだ」

 

 鬼を引き連れての仕事は始めてだが、世界が変わろうとも俺のやる事に変わりはない。

 

 

 

 

 

 森の道なき道を進むと少し開けた場所に出た。その中心に俺たちが立ち入ると、もう隠す必要はないとばかりに四方八方から魔獣の群れが顔を見せる。数は40といった所か。その中でも一際図体のデカい個体が先頭から睨み付けているのを見て………俺は笑ってしまった。

 

(かしら)が先陣切って敵と相対するなんて、群れで来た意味がないじゃないか。それとも実力差を悟って、捨て身の特攻か?なら、初めから逃亡を選ぶべきだったな。これで本当に術式の主がお前ならお笑いだ。まぁーー」

 

 こちらの言葉は分からずとも嘲笑された気配が伝わったのか、魔獣はそれぞれに咆哮し噛み殺さんと一斉に押し寄せる。

 

「ーー所詮は獣畜生か」

 

 魔獣たちの頭がひしゃげ飛ぶ。

 一度右手を振るう事で複数の結界を同時展開させる。それらは全て縦に長い直方体。そして、その全ての杭は全ての魔獣の脳天を寸分違わず貫き通した。

 

「終わりだな。ラム、視覚共有で子供たちを見てくれ」

 

「……え、えぇ。わかったわ」

 

 俺の指示に一瞬、間を置いて答えるラム。俺を見るその目には、若干恐怖が混ざっていた。

 ラムは一つ深呼吸をすると、目を閉じ精神を研ぎ澄ます。

 森は不気味な静寂に包まれていた。こういうのを嵐の前の静けさとでも言うのか。

 ラムから離れ、頭のない魔獣の死体を確認する。恐らく呪術をかけたのはコイツで間違いないはずなのに、なんだか妙に胸がざわつく。

 

「見えたわ」

 

 ラムの声で思考の海から引き上げられる。どうせ結果を聞けばわかる事だったのに神経質になりすぎだったか。

 

「それで、どうだった?」

 

「子供たちの容態は安定したわ。呪術は解けたものとみていいはずよ」

 

「そうか、わかった。ありがとう」

 

 安堵の溜め息を一つ。間に合ったようで何よりだ。

 とにかく今日はいろいろありすぎた。早く屋敷へ戻って休むとしよう。

 

「ーーアルゴーア」

 

 それはあまりに突然に、眩い光に包まれた。

 殺気?……違う、そんな生温いものじゃない。これは明確に迫りくる『死』だ。

 たまらず天を見上げる。

 そこには、まだ沈んでいないはずの月が見えない。

 ふと、元いた世界の天気予報ならこの状況をなんと説明するだろうか?なんて場違いな考えが浮かぶ。

 そうだな。これは……今夜は空から太陽が降る。

 

 

 

 

 

 光を確認してから次に知覚できたのは人体には耐えがたい熱波。それが、直撃すれば塵も残すことなく一切を焼き払う事を認識させる。

 目が眩み上手く見えないが、直径は5メートル程か。

 まず俺はラムに四重の結界を張る。ラムへの直撃は無くともその余波だけでも充分な殺傷能力だからだ。

 そして、自分は黒色の闇で覆い守る。

 火球が黒に触れる。

 触れるもの一切を消し去る筈の絶界が、焼かれているかのような感覚に陥る。爆音と共に業火は自分以外の周囲全てを焼討ちにした。草木は消え去り、地は抉れ、そこに含まれる水分をまるきり蒸発させて、やっと火球は消失する。

 

「おぉや、まさかアレを耐えられてしまうとわぁねぇ。できぃれば、一撃で終わって欲しかったよ……トキモリくん」

 

「……ロズワール卿。これはどういうおつもりですか」

 

「どういうつもりも、何も。自分の領地にあやぁしげな者がいれば、排除するのが領主と言うものだぁよ。」

 

「まさか、俺が今回村を襲った首謀者だと?そうではない事ぐらい貴方が分からぬはずも無い。むしろ今、この機に現れた貴方の企みだと言う方が説得力もありましょう」

 

「やだねぇ。私が村を襲わせた、なぁんて冗談でも困ぁるよ。ボクが今、ここにいるのはねーー」

 

 ロズワールは言葉を区切ると懐に手を伸ばす。そして取り出したのは、今日は既に一度見た黒い本だった。

 ロズワールは、声のトーンからいつものふざけた雰囲気を排除して続きを語る。

 

「この本に、ここに来るよう書かれていたからだよ。君はもうこの本の事は知っているかな?」

 

「それは……福音書」

 

「そう、これは福音書。世界にたった二冊しか無い本物のね。その様子だと君は見たんだね。まさか…… 彼女がこれを他人に見せるだなんて」

 

「それで?それには今ここに来て、ここで俺を焼き殺すように書いてあったのですか?」

 

「いいや。この本に書かれていたのは私が来る事までだ。君の事は一切書かれていない。一切ね」

 

「なら、何故俺をねらーー」

 

「だからだよ」

 

 俺の言葉に被せ否定するロズワール。その表情は鬼気迫るものがある。

 

「福音書に記されない。なんて事は今まで一度も無かったんだ。全てが不足なく書かれていて、そして私はそれに従う。それが私に残された唯一の望みだから。なのに君はそれを狂わせる。君という存在が私の福音を妨げる」

 

 だから君には消えてもらう。言葉にせずとも暗にそれは伝わってきた。それほどまでに奴は俺に激怒している。自らに幸福をもたらす筈のレールに置かれた邪魔な置き石に。

 戦闘は避けられない。最大級の警戒を注ぐ。全身全霊を持って挑まねば奴には通じない。

 単純な力で言えばラインハルトに軍配が上がるだろうが、きっとこの戦闘はやつと対峙するよりも苦戦するだろう。何故ならコイツは損得で人を殺せるから。正義の元に動く剣聖とは違い、自己の利益の為に力を行使する。そういう奴はやりづらい。人も妖も。

 

 言い訳はこんなところだろうか。ロズワールに注意の全てを持っていかれた故に気がつけなかった。

 背後に迫る鬼に。

 

「っ!!!」

 

 避けた時にはもう遅い。

 彼女の手に纏った風の刃が、俺の右の脇腹を切り裂く。なんとか臓器には達する事は避けたが、それでも傷は浅く無い。

 

「くっ、……ラム」

 

「謝りはしないわ。ロズワール様の為だもの」

 

 いつもの気怠そうな彼女はいない。主人の為に敵を討ち取らんとするその目は、確かに鬼だった。

 鬼と道化。

 こんなよふけに会いたくはなかった。ましてや、殺し合いなんて。

 

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