Re:ゼロから始める結界術   作:レトルトラメエ

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第11話

 血は着物をどす黒く染め直す。

 痛みはそこを炙られているようで、左手で抱え込むように抑えても血は止めどなく溢れ出す。

 

「……容赦ないな」

 

「大人しくしてちょうだい。そしたら苦しませはしないわ。それがラムからあなたにかけられる最後の慈悲だもの」

 

「ははは…… 鬼だね、ラムは」

 

 冗談でも言ってないとやってられない。

 ロズワールを相手取るのに全力を尽くす覚悟を決めた矢先に万全でなくなるなんて笑い種だ。

 

「すまないが、時間はかけられないかぁらね。さっそく始めさせて貰うよ」

 

 遊戯でも始めるかのような気軽さで、道化は宴の開始を告げる。

 

「っ!!!」

 

 踊る炎の蛇。

 ロズワールが上空からこちらを見下ろし両手を振るう。それは、まるでオーケストラの指揮者のように優雅な姿だった。

 出会い頭に撃ち込まれた魔法で燃え盛る周囲の木々。その火花が、周囲の火花と集まり膨張し、複数の火球となる。轟々と燃える火球は俺を目掛けて踊り回る。そして次には火球同士が結合して、まるで太陽の紅炎を思わせる蛇となり縦横無尽に暴れた。

 混ざれば、散り、散れば、混ざる。結合と反発を繰り返す炎の狂喜乱舞。見渡す限りの死の気配。

 

 しかし、そんな弾幕攻撃も…『絶界』の前では意味をなさない。

 どれだけ燃え盛る豪炎の火球も、紅炎の蛇も、黒き絶界に触れれば全てが消え去る。

 理不尽な絶対防御。

 何ものも通さぬ絶対の境界線。故に絶界。

 攻めあぐねているロズワールを見て、ざまぁみろと笑みが浮かぶ。それが慢心だと気がつかずに。

 わかっていた筈だ。奴はラインハルトとは違う。己の利益の為ならどんな非道だって働けるのだと。

 

「うぅん、やっぱりその防御は突破できそうになぁいね。なら……ラム」

 

「……はい」

 

 ロズワールに名を呼ばれたラムは、何を思ったか絶界に向けて特攻を仕掛ける。

 

「っ!!!」

 

 慌てて絶界を解く。

 ラムは魔法ではなく、わざわざ炎の合間を縫って接近戦を仕掛けてくる。

 

「あぁらら、やっぱりキミはそっちを選ぶんだね。この期に及んでラムを殺さずに乗り切る気かい?」

 

「ロズワァァァァル、テメェ!!!」

 

 俺が絶界を解かなければラムの存在は確実に消失していた。俺が術を解く確証なんてなかった筈なのに。奴はラムの命を手段の一つとしてしか捉えていないのだ。

 

 炎の演舞は激しさを増す。

 ラムの接近戦と火球と紅炎の蛇。それら全てを、身のこなしと通常の結界で凌がねばならない。ラムと火球は結界でも防ぐ事はできる。しかし、紅炎の蛇はこの連撃の中で展開できる程度の結界は容易に突き破ってくる。

 激しい動きで脇腹の傷も酷くなるばかり。このままでは溢れ出した血によって、先に終結を迎えてしまうだろう。

 

「まぁったく、そうまでしてラムを見捨てなぁいなんて『女の子の味方』って言うのも大変だぁね。でも、それは……少し甘えが過ぎるのではないかい?」

 

 俺が避けた直後に火球の群勢が蛇へと変貌する。灼熱の蛇は意思を持ったように俺の避けた方へと唸り曲がる。

 俺は結界で足場を形成し、更に左へ避けることで間一髪分だけ……脇腹に当てた。

 灼熱を直に感じるが、その激痛は歯を食いしばって堪える。傷口の周囲は焼け爛れ、垂れた皮膚が溶着する。止血だけを目的とした自傷行為。当然こんなのものは血を止めるだけの効果しか持たず、ともすれば後に残る負傷の程度で言うならこちらの方が重いかもしれない。

 それでも今は、今を戦えるだけの身体を優先する。

 

「ロズワール。何かを捨てない事が甘えなんて言うのは、何かを守る重圧を背負い切れなかった奴の戯言なんだよ。全てを守る事の難しさなんて嫌と言うほどわかってる。俺のは甘えじゃなくて拘りって言うんだ」

 

「若いねぇ。守りたい一つの為には、他の全てを捨てる覚悟こそが必要だとは思わないかぁね?」

 

「……わかり合えないな、お前とは」

 

「私も理解して欲しいなんて思ってないよ。さぁ、舞台の幕を引こうじゃなぁいかっ」

 

 話は終わりだとばかりに再び火球乱舞が開演する。

 目の前で『捨てられる他』だと言われたのに、ラムは表情一つ変えずに特攻を繰り返す。

 

「ラムっ!!忠誠の答えが捨て駒なんて本当にそれでいいのか?」

 

「ラムの敬愛に見返りは求めない。ロズワール様の為ならそれでいいわ」

 

「お前はよくてもッ!残されるレムはどうするッ!?レムが捨て駒にされても…… お前は同じ事が言えるのかッ!!」

 

「……あなたには関係ない」

 

 ラムの表情が陰り、動きが鈍って距離が開く。

 やはり、ラムはいつだって自分の事よりもレムの方が大切なんだ。

 そんな優しい奴をこんなところで見捨てられるわけがない。たとえ、俺を殺そうとしてたって。

 世界が変わっても、俺のやる事は変わらない。

 守りたいと思える全てを守ってみせる。

 なぁ、そうだろ?ーー‘姉ちゃん’

 

 火球が迫りくる。その数40。

 紅炎の蛇が迫りくる。その数10匹。

 鬼が迫りくる。守りたい物の一つ。

 

「ーー『結』」

 

 視界に映る全ての火球を結界で囲む。

 

「ーー『滅』」

 

「ッ!!!」

 

 この世界に来て初めて『滅』を使用する。蛇が孵化する卵は全て消し去った。流石のロズワールも驚愕を隠せない。

 それはそうだろう。こんな技があるのなら自分を囲んで消してしまえばいい。そう思ったんだろ?お前にはわからないさ。俺が言った、守る全てが何なのか。

 

「ーー『結』」

 

 ラムを囲う。宝物を箱に隠すように。これでラムとの距離を保つ足止めは出来た。

 

「ーー『絶界』」

 

 最後に紅炎の蛇は圧倒的な理不尽でもって消し去った。

 場に残ったのは、人と鬼と道化だけ。

 なら、まずは鬼の意識を狩り取る。ラムさえ近づけさせなければ、ロズワールに絶界を攻略する術はない。

 地を蹴り、ラムへ詰め寄ろうとしたとき、その声は嫌にはっきりと聞こた。

 

「ーーアルゴーア」

 

 今日、二度目の太陽が降る。

 一度目と違うのは直径が倍近くある事と…… 落下の中心点はラムに向けられていた事だ。

 一度目の、余波からラムを守った時とは訳が違う。絶界ですら焼かれる感覚を覚えた太陽。そして前回の倍はあるだろう灼熱惑星の直撃を、普通の結界で守るとなれば己の持てる力のリソース全てを注いで(ようや)くという所だ。

 ただ、その場合俺は自分を守れない。

 奴は試しているのだ。自分か、他人か。全てを守ると(のたま)うのなら、その選択を見せてみろと。

 でも、答えは決まってる。何も変わらない、全てを守る。

 ラムも、レムも、エミリアも、ベティーと、そして帰ると言う約束も。

 

 ラムを俺の出せる最大限の防御力で囲う。大きさは彼女の等身大サイズまで絞り、その面積を最強硬度で覆える限界枚数、二十六。この二十六重の結界がラムを繋ぐ生命線。

 残された力は、なんの防御にもならないだろう結界を一枚張れるかどうか。

 太陽がラムを中心に炸裂する。

 接触した段階で二十二の結界が砕かれる。残り四枚。それはラムの命の残り火。視界は白一色で、もはや結界が残っている感覚でしか彼女の生存は確認できない。

 

 爆風と熱波が俺へ迫る。俺は、なけなしの結界で自分を少しでも遠くへと弾き飛ばす。それでも死の余波からは逃られない。

 ここで自身の身体を天秤にかける。

 

 ーー足はダメだ、帰れない。

 ーー腕は、一本残れば良い。

 ーー胴体は、半分くれてやる。

 

 俺は飛ばされながら、半身(はんみ)で熱に対して左半身を差し出す。そして足を空中で座るように丸めると、利き手とは逆の左腕を足に沿わせるように防御する。

 灼熱の風が俺を撫でる。

 左腕は焼け爛れて肌は黒く変色し、所々肉が焼け落ちて骨が見える。指は五本とも溶着してしまい原型がない。まるで魚のヒレのよう。

 顔半分も似たようなものだ。耳は焼け落ち、左目蓋は上下の皮膚が癒着して開きやしない。

 

 散々な有様だ。

 でも、ラムは守れた。

 そして、足は動くし、腕は一本残っている。敵を見据える目だってまだ一つある。俺は、まだ戦える。

 

「まさか…… 本当にそこまでするとはね。一つ聞かせて貰えないか?何故、私をあの術で殺さない。あれならばラムが居たとしても私は殺せる筈だ」

 

 ロズワールの質問には答えず、ラムの元へ向かう。結局、残った結界は崩れかけの一枚だった。彼女は無傷だが横たわっていた。あの爆心地に居た影響で一時的な酸欠で意識を失ったのだろう。もう敬愛する主人に人質にされる事がないように、俺はラムを背負って自身に念糸でくくりつける。右手一本で担ぎ上げた彼女は驚くほどに軽かった。

 それが終わって漸くロズワールを仰ぎ見る。

 

「言ったはずだ。全てを守る為だと」

 

「まさか、この私まで守るなんて言うつもりかい?」

 

「それこそまさかだ。そこまで俺はお人好しじゃない。理由が無ければお前などすぐにでも殺してる」

 

「理由?………っ!!!君はこの期に及んで、あの娘の夢まで守ると言いたいのか!!!」

 

 ロズワールも合点がいったようだ。

 そう、俺が守りたいのはエミリアの夢。彼女が王選を勝ち抜くにはロズワールの後ろ盾は必ず必要となる。結果がどうなるかなんてわからないが、こんな形で彼女の夢は潰させない。

 

「ならばどうする!?この私を殺さずに、君はいったいどうしようと言うのか!?」

 

「負かすのさ、殺さずに。テメェの心が折れるまで、俺は信念を貫き通す」

 

「私が君の信念に心うたれて変わるとでも?……舐めるなよ、ガキ風情が。私の信念は貴様の思うほど安くは無いのだよ!!」

 

「だろうな。だが、それは俺の諦める理由にはならない」

 

「戯言も甚だしい。そんな荷物を背負って私に勝てると?」

 

 荷物、か。お前にはそう見えるのだろうな。

 確かにこれは重い。片腕で持ち上がる軽さなのに、背負うとこんなに重いのだ。失いたく無い。それを実感させられるから。

 

 いつの日かの"姉ちゃん"の言葉が思い浮かぶ。

 

『なんで私の手には【コレ】があって、あんたの手には【コレ】が無いのかわかる?』

 

『そりゃあ、姉ちゃんが歴代サイキョーとか言われるぐらいに強いからだろ』

 

『まあ、それもある』

 

『んだよ、自慢かよ!?』

 

『違う、違う。お姉ちゃんには別の理由があるって思うんだよ。正統後継者ってのはこの土地を守らないといけない』

 

『だから、なんだよ??』

 

『だからね。あんたの帰ってくる場所は私が守っててあげるからーー』

 

ーーあんたは、あんたの守りたい人が世界中のどこに居たって助けてやりなさいーー

 

 

 まさか姉さんも世界中どころか、世界の外まで足を伸ばしているとは思うまい。いつも余裕の姉さんを出し抜いた気がして、こんな時なのに笑みが溢れる。

 

「何がおかしい?」

 

「教えてやるよ、ロズワール。男の子ってのはな、鬼の女の子を背負って戦うと強くなれるんだぜ」

 

「……馬鹿にしているのかい?」

 

「お前にはわからないだろうさ。でも俺は知っている。強くなれる理由を。だから俺はラムを連れて進むんだ」

 

 どうしたって、消したくないエミリアの夢も、止まられない今も、守りたいものの為に強くなれるから。

 

 長かった夜も終わりを迎えようとしている。

 勝つのは執着か、それとも理想か。

 結末を知るのは、俺とラムとロズワール。

 

 そして、影から見つめるもう一匹の鬼だけだった。

 

 

 

 




沢山の誤字報告ありがとうございます!!!
すみません……無いように気をつけているのですが学がないもので。
本当に助かります。
評価・感想も沢山頂けて嬉しさと同時に驚きを隠せません。
誰かに読んで頂いている実感ってこんなに嬉しいものなのですね。
最後にもう一度、ここまで読んでくださっている皆様にお礼申し上げます。

ーーご指摘がありましたラストの描写を一部修正しました。教えてくださりありがとうございますーー

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