Re:ゼロから始める結界術   作:レトルトラメエ

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第12話 十二単衣って、絶対あつい。

Side :レム

 

 子供たちの容態も安定して、私は集会所の外で休ませてもらっていた。中では、まだエミリア様とベアトリス様が子供たちに付き添っている。従者が先に休むなんて有ってはならない事だけれど、それでも私はこうして外で姉様が消えていった森を見つめている。

 どうして、どうして姉様は彼に付いて行ったのだろう。

 前から私は気に食わなかった。彼を貶すふりしてじゃれあっていたり、得意気にふかし芋を振る舞ったり。客人とはいえ得体の知れない彼と親しくする姉様を見るたびに心が締め付けられる。

 また、姉様に何かあったら私はどうすれば良いのですか?

 

 そんな事を考えていた時だった。眩い閃光が森から発されたのは。方角的には結界が破られていたその先だ。もう、呪術をかけた魔獣は倒したはずなのに。

 

 何か、何かあったんだ!!

 姉様に、姉様が、姉様を……

 私はいてもたってもいられずに光の方角へ走り出す。中に残っているエミリア様たちに声をかける間も惜しい。

 彼が姉様に何かしたんだとするならば…… 今の姉様では勝ち目なんて万に一つもない。それは彼と直接あいまみえた私には嫌と言うほど理解できている。きっと私が駆けつけても、彼には歯が立たないだろう。

 それでも、姉様だけはこの命にかえても。

 もう、あんな思いはしたくないから

 

 森を必死に駆け巡る。葉や枝で多少傷つこうともかまいやしない。

 そうやって辿りついた先に居たのは、あの男と姉様と。そして、何故かロズワール様もいらっしゃった。きっと、姉様を助けにきてくださったんだ。

 ロズワール様と姉様が戦っているということは、やはりあの男は間者で。

 

 許せない、許せない、許せない。

 姉様の優しさを利用して。

 

 私も出て行って加勢しよう。あの男は私が殺すのだ。

 そう思った私だったがその後の光景を見てしまうと訳がわからず、足が竦んで動けない。結局、今もこうして一人身を潜め覗き込んでいる。

 どうして、どうして……?

 

「どうして姉様の好きな人が姉様を傷つけて、私の嫌いなあの人が姉様を守っているのですか?」

 

 向かい合う二人の男は気がつかない。他に気を使う余裕などありはしないから。

 焼け払った木々の更にその奥から鬼が見つめていることに。

 

 

 

 

 

「そんな体で何ができる?そんな物を背負って何が成せる?君を見ていると、まるで私の苦悩と覚悟を否定されている気がして不愉快極まりないよ」

 

「否定してやるよ。お前は捨てちゃならないものまで捨てたんだ。人の心を忘れた妖に、俺は負けたりしない」

 

「ならば人の身でどこまでやれるのか試してみるといい。満身創痍の君と違って、私はまた何度でも業火の星を降らせよう」

 

 ロズワールは両手を天に突き上げる。

 初めは小さな火球。それは轟々と音を立てて回転しながら規模を増していく。さながら惑星の自転のようだ。大気を焼き成長していくそれは、やがて夜闇の森に陽の光を降らせる。

 

「消失させる術も結界で囲えさえすれば消せる、というわけでもないのだろう?少なくとも防ぐ事がやっとのコレは消せまい」

 

 流石は筆頭宮廷魔道士。戦闘のなかでも、術の分析は正確に行われている。その通りだ、今の俺ではあの炎は(めっ)せない。

 ただ、ヒントはラムがくれた。チャンスは一度きり。こんな手を二度、通用させてもらえる相手ではない。

 

「さぁ、終幕だ。死して灰塵と成り、己の無力を嘆くがいい。ーーアルゴーア!!」

 

「ッ!!!」

 

 来た。もはや俺にアレの直撃を防げるだけの力はない。着弾の前に何とかしなければ、結末は死有るのみ。

 

「ーー『結』!!」

 

 豪炎の球をそれより二回りは大きな結界で囲う。

 

「無駄だ。それでどうかできるのならば、君の体はそうなっていない」

 

 そう。これでは防ぐ事はおろか、触れれば瞬間砕けて時間稼ぎにもなるまい。

 

 結界術に、俺は疑問を抱いた事がある。

 何故、結界内で酸欠にならないのか?

 昔、『風神』とすら呼ばれた一族と()り合った時には風は問題なく防ぐ事ができた。そこから、結界は空気も通さぬ事がわかる。

 それなら結界内に術者が長時間いた場合、酸欠で倒れてもおかしく無いのだ。試してみたが、体を覆えるだけの結界で一日過ごしても体調に変化は見られなかった。つまり結界は全てを防ぐわけではなく、無意識下で取捨選択が行われているのだ。

 

 ならばそれを意図して行う。

 火球を覆った結界は文字通り何物も通さない。『酸素』でさえ。

 ラムが酸欠で倒れたとするならば、いくら魔法とはいえ燃焼という科学からは逃げられない。

 箱の中の太陽がみるみる大きさを失う。

 

「ッ!!いったい何を……しかし!!」

 

 そう。しかし、消し去るには至らない。火球の核が消え去る前に結界に触れてしまう。そうなれば、いともたやすく結界は突き破られるだろう。

 そして、こんな大きさの結界は滅する事もできない。ならばもう一度あの核を囲って滅するか?今回はそれでいいかも知れない。でも、ロズワールはまだ余力を残していて次弾はそんな隙を与えてはくれないだろう。

 故に、一度切りのチャンスをものにする。

 

「ーー『結』!」

 

 俺は先ほどの結界よりも、かなり小さめの結界を展開する。展開したのは巨大な結界の上部。その結界は、半分が巨大な結界内、半分が結界外といった形だ。

 

「ーー『滅』!」

 

 窓が開く。巨大な結界内では空気を求めてここぞとばかりに外気を吸い込んだ。

 

 バックドラフト現象。

 

 瞬間。空中で火球の核は再び太陽の姿へと変貌し、さらには成長の勢いは止まらず、凄まじい轟音と光を撒き散らして爆散した。

 

「ッ!?!?」

 

 ロズワールは突然の爆発に目を覆う。眩い光は彼の視界を一時的に奪った。数瞬して視力を取り戻した彼の目に映ったのは、眼前に結界で作った足場に立つ半死の男だった。

 

 

 

 

 

 やっと辿りついた、この手が届く位置。

 魔法と結界術。双方ともに遠距離を基本とした戦闘だろう。しかし、世界が変わろうとも、変わらないものは沢山ある。

 

「男の喧嘩の基本はなぁ……素手転(すてごろ)だあぁぁ!!」

 

ーー壱の一式

 

 ロズワールの左頬を右手で全力で横殴りにする。

 結界師の身体能力は当然一般人とはかけ離れていて、無防備な状態で拳を受ければ体ごと吹き飛ぶだろう。

 しかし、ロズワールは吹き飛()()()。それは俺がインパクトの瞬間に、拳と対になる形で奴の右側頭部に結界を展開したからだ。

 拳と壁に挟まれ、その衝撃を余す事なく頭の中で乱反射させる。口、鼻、耳。全ての穴から流れ出る血液がその威力を物語る。

 

ーー壱の二式

 

 殴りつけた右手の位置に細長い棒状の結界を展開する。それを握り込むと、鉄棒を飛び登る要領で足場の結界を蹴り、左膝をロズワールの細い胴体に叩き込む。

 瞬間、ロズワールの体はくの字に折れ……曲がらない。

 額と両膝。そして尾骶骨に結界を展開する事で逃げ場を失った体は、膝蹴りで受ける力を何処にも逃す事が出来ない。

 ロズワールの口からは、先ほどよりどす黒い血液が吹き出す。

 

ーー壱の三式

 

 まだ終われない。

 この世界では治癒魔法などそう珍しくもない。なら、お前が使えないはずが無いのだから。

 

 格闘技の動作には『押し』と『引き』が存在する。

 例えば、今から放つ右上段蹴り。ニュートラルから動き出して敵に当てるまでを『押し』とするならば、敵から地に足を戻すまでを『引き』とする。

 戦闘の中で素早く次の動作へ移行するにはこの『引き』が鍵を握る。何故なら人は地面や壁などの支え無しには力強く動く事ができないからだ。

 しかし、結界師は違う。何処にだって地や壁を作り出せる。どんな体勢からでもその状態で力を発揮できるだけの支えを生み出せる。

 つまり『引き』が必要ない。

 

ーー壱の四式

 

 側頭部を蹴り上げた右足を空中で固定させる。左足を足場から浮かせ、右膝を折り曲げれば、体はロズワール側へ吸い寄せられる。その勢いを利用して左足前蹴りを鳩尾へ叩き込む。

 この時もロズワールの体から衝撃を全て逃さぬ位置に結界を展開する。

 腹部を潰され、強制的に吐き出された息と共に夥しい血飛沫をあげる。

 

ーー壱の五式

 

 『引き』を無視した高速の連撃。技と技の繋がりだけを意識した流動的攻撃の理想の(かた)。計、十二式。

 対人用近接格闘結界術。

 これが守る為の戦いは妖相手だけでは無いと知った、俺の編み出した戦闘スタイル。

 

ーー六式、七式、八式

 

 衝撃が体の中を反芻し、治らぬうちにそこへ次の衝撃が叩き込まれる。体を駆け巡るダメージは計り知れない。

 

ーー九式、十式、十一式………十二式!!

 

 逃げる事は許されず、継目の無い連打に抵抗も許されない。結局ロズワールは一連の型式全てを終えるまで、ただ血を吐くだけのサンドバッグになり下がる。

 

 しかし、ロズワールの自己回復術式は上回る事は出来なかった。

 その目にはまだ光が灯っている。

 ならばそれをへし折るまで。

 傷口を塞ぐだけなら、血を絞り尽くすまで殴ろう。

 血も作り出すなら、マナが尽きるまで殴ろう。

 マナが尽きぬなら、心折れるまで。

 

ーー弍の一式

 

 何故、この型式が十二までなのか。

 答えは単純で十二式は一式に繋がるからだ。

 

ーー弍の二式、三式、四式……

 

 間断なく遂行される打撃の演武。

 十二式を一組一周とした暴力の無限連鎖。

 

 身体が軽い。技を繰り出すに連れて研ぎ澄まされていくのがわかる。

 結界術の一つの極地に『無想』という状態がある。

 心をさざなみすら無い状態へ持っていく事で、潜在能力の全てを引き出す精神の理想形。

 決められた形をただ繰り返す。

 その単純な動作が俺を知らず知らずのうちに『無想』へと至らせていたのだ。

 

 いったい、どれほどの時間そうしていただろう。

 流石は宮廷一の魔道士。そのマナは無尽蔵とすら思える程で、いまだに自己回復術式が作動し続けている。

 しかし、今の俺を止める術はありはしない。自分でもわかる。それほどまでに、今の俺は、疾い。

 

 型式の数えが伍拾捌(ごじゅうはち)を超えた時、先に限界を迎えたのは……俺だった。

 疾すぎる連撃を繰り出す体は、思い出したかのように右脇腹から血をぶち撒ける。溶着させていた傷口が開いたのだ。

 それでも関係ない。

 『無想』に至った俺がこの程度の負傷で止まる筈もない。

 だから褒めるべきはロズワールだ。

 本来、隙にすらならない筈だった傷口のひらきによる動きの鈍り。しかし、左腕を失った分変則的になってしまった型と合わせれば、僅かに隙と言える間が空く。

 ロズワールはここを狙った。

 急激に膨れ上がるマナの気配。だが、こんな近距離で魔法を放てばロズワール自身も無事では済まない。

 奴の目を見る。

 違う!巻き添えどころかコイツは……

 

「チッ、」

 

 舌打ちを一つして慌てて距離を取りロズワールと俺の間に何重もの障壁を展開させる。

 その瞬間、ロズワールは激しい爆音と共に()()した。

 

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