「よーこそ!!フェリちゃんのお部屋へ!!フェリちゃんと2人きりだからって変なことしちゃダメだよ??」
「……よろしく頼みます」
入室前の葛藤など嘲笑うかのようなひょうきんな歓迎に肩を落としそうになるが、それを堪えて代わりに頭を下げる。
「ありゃりゃ、そんな他人行儀じゃなくていいのにー。フェリちゃんって呼んでくれていいんだよ?トキモリきゅんってば意外とウブなのかにゃぁ??そんなに緊張しなくてもフェリちゃんが優しくしてあげるんだからね!」
「……えぇ、頼みます」
「はいはーい。それじゃあ早速服を脱いで、そこに仰向けで寝転んでね」
「はい」
「あっ。脱ぐって……下まで脱がなくていいからね。まぁ、時守キュンがど〜しても脱ぎたいって言うのなら脱ぐのは勝手だけーー」
「ーー脱ぎません」
見た目は美少女でも彼は男だ。俺の守備範囲ではない。上の羽織りだけ脱いだ俺はベッドへうつ伏せになる。
もちろん下は履いている。
準備できたのを見ると、フェリスは靴を脱ぎ捨てベッドに横たわる俺の腹に跨る。腹に座るならスカートはやめて欲しい。こちらも服を脱いでいる為、生温かい感触がダイレクトに伝わってきて……気色が悪い。
「それじゃあさっそく始めるからねぇ……つぅ〜〜〜っと」
「……ッ!!!」
フェリスの指先が首筋から胸板を通り、鳩尾にかけてはしる。その感触に思わずに苦悶の声が漏れ出る。治療の為とはいえキツい。何度も言うが俺に男色の気はないのだ。
「あらあら期待通りのいい反応!!」
「治療方法に文句は言えないが……その、出来るだけくすぐったくないと助かる」
「んにゃ?今のは治療とはにゃーんの関係もにゃいけど??」
「……お前ーー」
ギリギリの所で言葉を飲み込む。しかし、次やられたら手が出てしまうだろう。もちろん性的な意味ではなく、普通に拳だ。
「さてさて。お遊びはこのぐらいにしてっと……」
フェリスの雰囲気が真面目なものに変わる。一つ息を大きく吸い込み呼吸を整えると、そっと手のひらを焼け爛れた左胸へとあてがう。すると、しばらくして触れられた部分が熱を帯び始め、やがてそれは体全体へと伝わった。身体中を巡る血流が活性化されているのを感じ取る事ができ、その心地よい感覚に身を任せる。
「トキモリきゅんってさ、なんでエミリア様に仕えてるの?」
「ん……え、あぁ。別に仕えるなんて大層な事はしてないですよ」
幾ばくかたったところで、ふと治療を続けるフェリスに声をかけられる。その声に微睡んだ意識を戻された俺は少し惚けた声で答える。
「あれ? トキモリきゅんってエミリア様の騎士にはにゃらにゃいの?」
「そうですね。けっして嫌な訳では無いですし考えない訳でも無いですが、そんな中途半端な気持ちで受けるのも失礼ですから」
「ふーん、フェリちゃんは好きでその方のお側に居たいにゃら、それだけで騎士をする理由ににゃると思うんだけどね。……エミリア様は好みのタイプじゃないの?」
「まさかとんでもない!!」
フェリスの質問に思わず俺は声を張り上げる。
「日が当たると煌めく髪に、シルクのような肌。その愛らしい紫紺の瞳に見つめられば今でも胸が高鳴りますし、声だって甘く脳を刺激する。それに何より仕草が可愛いすぎる!さっきだって『早く帰ってきてね』ってプクッと頬を膨らますもんだから、思わずそのまま引っ付いて帰ろうとしてしまいました。あれだけの美少女、文句の付けようもないですよ」
「そ、そうにゃんだ。だったらーー」
「ーーだけど、あの子の周りには美少女が多すぎるんです。さっきも一緒にいたレムは大天使だし、その姉の小悪魔ラム。その上屋敷には大正義ベティーが控えてるんだから、男にこの中から即決しろと言う方が難しい。わかってます、わかってますとも。そんなにあちこち色目を使ってはそのうち呆れられてしまうと。あぁ、でもエミリアに呆れた感じで叱られたいとか思ったりしないわけでもなーー」
「ーーわ、わかったから」
慌てた様子で待ったをかけるフェリス。
そうか。まだ、最高にサイコでエッチな漆黒の乙女に将来性抜群のフェルトがいるんだが……まぁいいか。
「フェリスはどうしてクルシュ様に?」
「んー……助けて頂いたご恩とか人として憧れているとかあるけど、やっぱり結局は惚れているって事に落ち着くんじゃにゃいかな」
「なるほど」
「笑っちゃう?」
「いいえ、まったく。むしろそうであるべきだと思いますよ。責任感だけでやれるほど人を護るってのは簡単じゃない」
「そっか。うん……ありがと」
動物にとって何より大切なのは自分の命。しかし、人はときに自分の命を犠牲にしてでも護りたいものができる。それを愛と呼ばずしてなんと言えばいいのだろう。だから俺は、その人が好きだから騎士をやるってのを笑わない。
「……それじゃあさトキモリきゅん。あと一つだけ、聞きたい事があるんだけどいいかにゃ??」
少しの間、何かを考えるように黙りこくったフェリスはそう尋ねる。その目はどこか真剣で思わず身構えた。
「なんでしょう?」
「君とさ、スバルきゅんって故郷が一緒なんだよね??」
「……えぇ」
「それさぁ……フェリちゃんに教えてよ」
空気が底冷えする感覚に襲われる。柔らかい口調とは裏腹にフェリスの目には光がない。今までは心地よいはずだった彼の手も、今では銃口を突きつけられている気分だ。
「その件については話せないとご説明したはずですが??」
「うーん?それはあの場の、お堅い席での話でしょ?だからさ、今ここでフェリちゃんにだけナイショで教えてってお願いしてるんだよ」
「だとしても返事は変わりません。すみませんが、俺の一存で話す事は許されない」
断固として拒否する俺の回答を聞いたフェリスは無感情に俺を見下ろす。音もなく、視線を交じえるだけの時が流れる。
しばらくして、フェリスは「ふぅっ」と何か諦めたようなため息をついた。
「そっか、そっかぁ。それにゃら仕方にゃい……仕方にゃいよねっ!!!」
「……!!!!!」
瞬間、触れられた左胸を中心に爆裂な痛みが掻きまわる。手足の指先に至るまで隈なく、そして連鎖的に激痛が弾けるそれは身体中の血管に無数の爆竹でも詰められたかのようだった。
「ガァッ!!!!!?」
身体が海老反りに跳ねようとするが、フェリスに抑えられて失敗する。
一瞬で意識をもっていかれそうになった。いや……意識どころか死すら覚えた。
「ハァ、ハァ……お、まえ……なに、を??」
「フェリちゃんはただ君に答えて欲しいだけにゃの??」
「だ、から……それ、は、答えられなッ!!!ッグァァ!!!!!」
再度の激痛。
二度目にして確信する。死んでいる。
死んだ直後に治癒で全快にさせられているのだ。その証拠に回復の加減は効かないのだろうか、焼きただれていた左半身が回復している。
「何が起こってるのかわかったかにゃ??」
「はぁ、はぁ……殺して、瞬時に蘇生する拷問なんて……悪趣味だな」
「そーんなに息も絶え絶えなのに理解が早くて助かっちゃう。フェリちゃんは水を操る魔法が得意にゃんだけど、治癒じゃなくて身体の中を暴れさせちゃったらどうにゃるか……わかるよね?」
「あぁ、身をもって……な」
「それじゃあ、フェリちゃんの質問に答えてくーー」
「ーーそれは、できない相談だ」
結界術で抵抗すれば抜け出す事は容易にできるだろう。しかし、あえてやめておく。
「ふーーん、意外と忠義深いんだ。それともそーんにゃに話したらまずい内容にゃのかにゃ?」
「話さない理由なんて聞いてもお前は納得しないだろう?とにかく俺が言えるのは『言えない』と言う事だけだ」
「あっ、そう。まあ、その為の……拷問にゃんだしねッ!!」
「ガァッ!!ア゛ァァァ……はぁ、はぁ」
三度目だからと慣れる事はない。なんせただの痛みでは無く死を伴う痛みなのだ。生物としての拒絶反応が精神をすり減らす。思ったよりも堪えるな。それでもせめて最低限の情報は手に入れないとここまでされた割に合わない。
「はぁ、はぁ……客人に対してカルステン家では随分なもてなし方をするんだな」
「この件にクルシュ様は関係にゃい。次にクルシュ様を侮辱してみろ。お前を殺す」
「コレがお前の独断だとしたら、益々お笑いだぞフェリス。部下の躾すら出来ない者が国を納める気か?」
「黙れ!!死ねッ!!魔女教徒の分際で!!」
「グハッ!!!」
いったい何度殺されたのか。度重なる死の感覚に強烈な吐き気と眩暈を催す。しかしそれでも思考は止めない。
主人に愚直で、その故に暴走しがち。
それがフェリスに抱いた印象。だからあえて感情を揺さぶり情報を引き出そうとしたが、いよいよ本当に殺されかねない。命をかけた甲斐があったかと問われたら微妙なところだが……
ー魔女教徒ー
フェリスは確かに俺に向かってそう言った。何故??
ハーフエルフのエミリアの従者だからか?
いや、違う。
それならばフェリスが質問すべきはエミリアについてであって俺の出自などではない。この拷問がフェリスの独断で行われているのなら、主人に見つかる前には終わらせたいはず。そんな悠長な質問はしないだろう。
ならば、魔女教徒には「墨村時守」のように日本名と類似した言葉が?
コレもない。それなら今まで他の人間に名乗った時点で別の人間からなんらかの反応はあったはずだ。
あとフェリスが俺について知りうる情報で魔女教徒と疑う可能性があるのは……2つ。
「ラインハルトに何か吹き込まれたか?」
「はぁ?ラインハルト??どこでそんにゃ名前が出てくるのはかは知らにゃいけど……騎士ですらない、ただの従者であるお前の話にゃんか出てくるわけにゃいだろ。」
「なるほど。なら、お前が疑っているのは……俺では無く『ナツキスバル』と言うわけか」
「ッ!?そこまでは……理解してくれにゃくてよかったんだけどね」
やはりこちらが図星。本命がナツキスバルならこの御粗末で早計な拷問にも納得だ。敵が外ではなく身内、それも今もこうして主人の隣にいると考えているのならば一刻を争うだろうからな。
「ナツキスバルがどうかは知らないが、少なくとも俺は魔女教徒では無い」
「よくも抜け抜けと!!アイツと同郷の時点でほぼ黒と言ってるようにゃもんにゃ!?」
「そもそもナツキスバルが魔女教だという根拠はなんだ?正直、お前の醜い嫉妬からくる妄言としか思えーー」
「ーー妄言だと!?」
フェリスは癇癪を起こしたように声を荒げる。そして、胸に当てている手と逆の手で俺の前髪を掴みあげ、息がかかるほど顔を寄せる。見開いた目は怒りに満ち、それを間近で無理やり合わせて叫ぶ。
「己の出自も言えにゃい!!何の加護も持たにゃい!!でも、魔女教の動向だけはあれだけ正確に把握している!!それでもにゃんの関係もありませんって……そんにゃのが信じられるわけあるか!?」
「クッ、魔女教の動向?」
「あぁ!!動向どころか、もはや予知の域だ!!あんにゃの繋がってにゃいって方が無理がある!!にゃのにクルシュ様は妙に信頼してあんにゃお側に……」
「ふん、つまりクルシュは騙されていると??」
「侮辱するにゃ!!あの御方に嘘は通用しにゃい!!きっと、きっとにゃにかお考えがあってあんにゃ奴を……」
「主人を盲信するのは構わんが、現にーー」
「ーー盲信にゃんかじゃにゃい!!クルシュ様には嘘を看破する加護がある。だからクルシュ様が大丈夫とおっしゃる以上は……」
「主人を信じたいけど、それでも奴は信じられないってか?」
「そうだ……アイツはどう考えたって魔女教と繋がっている。じゃにゃいと説明がつかにゃいことにゃんて、アイツが来てから数えられにゃいほどにあった!!」
「………」
確かに俺もナツキスバルと言う男には何かを感じた。それが魔女教との繋がりなのかはわからないが……とにかく嫌な感じだ。
しかし、ここまでだな。このままヒートアップされては勢い余って本当に殺されかねないし、思いの外情報も得られた。
ナツキスバルの予知とも思える情報網。
クルシュの嘘を見抜く加護。
そして、コイツはラインハルトから何も聞いていないこと。
「結!!」
「ふなぁッ!!!!!にゃぁ!!!」
ベッドの下にエアバッグのように展開させた結界が、俺たちごとまとめて吹き飛ばす。ラインハルトから何も聞いていないのであれば、フェリスには結界術を警戒しようがない。
不意を突かれたフェリスは俺から手を離し2人して空中に投げ出される。
天井すれすれまで近づいたところで勢いが衰え、頂点を迎えた二人は落下を始める。
俺は空中で体勢を整えて着地を難なく済ませるが、フェリスはそのまま尻から床に落下したのか悲鳴をあげる。
「痛ったぁ!!……にゃ、にゃにをした!?マナの反応があったら抑えつける筈だったのに!?」
「それも説明する気はない。とにかく俺は魔女教とは関係ないし帰らせてもらう」
「ま、待て!!まだ話が!!」
四つん這いのまま縋るように手を伸ばすフェリス。しかし、それを無視して俺は素早く羽織りを着る。
「証明しようがない以上何を言ってもお前は信じないだろう。なら話は終わりだ」
扉を開けて部屋の外へ出ようとしたところで一度フェリスへと振り返る。
「それとやられた分はしっかり返させて貰うぞ」
「にゃ、にゃにする気?」
怯えた様子でこちらを見るフェリス。
その表情は美少女そのものだが、男を相手に慈悲はない。フェリスは警戒して辺りをキョロキョロと見渡す。
そしてーー
「ーーあれ??ベッドがにゃい……」
「じゃあな、フェリス。治療には礼を言う」
「にゃ!?ふにゃあ゛ぁぁぁぁぁぁあ!!!」
部屋の外へと出ると同時に結界を解除する。フェリスの頭上で固定されていたベッドは支えを失い、重力に従って降り注いだ。
悲鳴をあげる余裕があるなら、即死級の負傷も治すこともできるのだし死にはしないだろう。特に心配する事もなく、屋敷の出口を目指す。
身体は万全になった。
しかし、心には『ナツキスバル』というモヤがかかったままだ。
突然の失踪、何も言わず更新したにも関わらず暖かいコメントばかりでありがとうございます。
本当に感謝しかありません。