結局、宿代わりにしている家へとたどり着いたのは、もう日が落ちきろうかという時間だった。
「おかえりなさいませ」
「ただいま、レム」
「エミリア様は?」
「えっと…… ほら、後ろ。さっきまで起きていたんだけど寝ちゃったみたいだ。王都に来てから気を張っていたんだろうな」
「そう、ですか」
「とりあえず寝かせてやりたいから部屋まで運ぶよ。女の子の部屋に入るわけだしレムもついてきてくれ」
「……はい」
普段ならば耳をくすぐるエミリアの甘い寝息に興奮するところだが…… というかさっきまではしていたけれど。
しかし、今のレムの様子を見るとそんな気分ではいられない。
レムの気丈に振る舞う姿は、逆に苦痛に耐えているようで見ていられなかった。エミリアの部屋へと向かう間も会話はなく、その無言の時間は決して居心地の良いものではなかった。
「……よっと。今日はこのまま寝かせてやろう」
「そうですね。ご飯の準備は出来ていますが、トキモリ君はどうなさいますか?」
「レムが作ってくれたご飯ならもちろんいただくよ」
「……わかりました。では、お部屋にお持ちするので自室で待っていてください」
「えっ…… あっ、あぁ」
俺の生返事を聞き終えることなく、レムはそそくさと調理場の方へと去ってしまう。
俺は、しばらく呆然と立ち尽くしてしまう。
しかし、一人でいつまでもエミリアの部屋にいるわけにもいかず、ここにくる道中で説明された自室へと向かった。
自分の部屋の扉を開けたら、室内には飾り気のないベッドがドンッと置かれていた。俺はそこへ羽織を脱ぐこともせず顔からダイブした。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあん!!!レムりんが冷たいよぉぉぉぉお!!どおじでだよぉぉぉぉ!どぉじで一緒にだべでぐれないのぉぉお!部屋に持ってごなぐでいいがらぁ!リビングでいっじょにだべでおおぉん!!うわぁぁぁぁ……」
「トキモリ君」
「……はい」
「……お待たせしました」
「……お早いですね」
「……温めなおすだけでしたから」
「……そうですか」
「……食べ終わった食器は回収しに来るのでそのままにしておいて貰ってかまいません。レムはお風呂の準備を済ませておきますので、お好きな時に入ってください…… それでは」
「……はい」
この後めちゃくちゃ泣いた。
レムとお話したい。
食事を終えた俺はレムが食器を回収に来るのを待った。夜の帳が降りる、音も光もない部屋でじっと彼女を待ち構える。
しかし、いくら待てどもレムは来ない。
態度が良くないのかと、試しに床に正座してみたりもしたが、やっぱりレムは来ない。
ドアへ向かって3秒に一度全力の笑顔とダブルピースをしてみたり、全裸で三点倒立をして待ってみたりと、チキンレースまがいの事をしてみても残念ながら…… いや、この場合は幸いだな。来られたら困る。
とにかく、レムは来なかった。
まさか!?
『お風呂の準備してくるので好きなときど〜ぞ』の意味は、レムは先にお風呂入って待っているからいつでも混浴しに来てねん♡って事か!?
期待に胸躍り、スキップ…… いや、もはやボックスステップで少しずつ夢の桃源郷へと向かう。しかし、着いてみれば無情にもそこにあるのは無人の風呂だった。
湯船に浸かりながら天を見上げると涙が溢れてきた。暖かいはずのお湯にいくら浸かれども、身体の芯は冷えたままだ。
そうか、この温まらぬものが…… 心か
とかバカな事を言っている間にのぼせてしまいそうになったので、湯船から出てイソイソと自室へと戻った。
こうして失意の果てに帰還した自室の扉を開けたところで、ある違和感に立ち止まる。
ほのかに甘い香りがしたのだ。
「レムの匂いだ」
なんでレムの匂いなんてわかるんだって?
そんなものは、頭頂部を見下ろせるぐらいの女の子のつむじを嗅ぐのは必然だからだ。
ともかくレムの匂い!!
「レムり〜ん。どこかなぁ??ここかなぁ??」
俺はヒョコヒョコとまるでなにかの妖怪のような足取りで自室をくまなく捜索する。
「レムりんはどこに隠れているのかなぁ??おじさんがミッケ♡してあげるからねえぇぇ」
しかし、いくら探せども部屋にあるのは俺のヘンテコな足音と鏡に映る気色の悪い自分の姿だけだった。
その代わりに『ない』ものならあった。
夕食の食器だ。
レムはわざわざ俺が居なくなったのを見計らって食器の回収に来たらしい。
「……ははは!!」
乾いた笑いが溢れでる。
奇跡も、魔法も、ないんだね!!
ついでに言ったらレムもいねぇ、食器もねぇ!!
ただ変態ひとりでく〜るくる。
おら、こんな部屋いやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
この後めちゃくちゃ泣いた。
● ● ●
もうレムにはわかりません。
大好きな姉と姉が慕う主人。
もともとロズワール様が姉様の事をどう思っているのかはレムの中で疑問でした。それでも、彼がどんな心中であれ姉様が『それでも良い』とおっしゃるなら…… と、私は考えないようにしていた。
しかし、見てしまった。
実際にロズワール様が姉様を傷つけている所を。
理解してしまった。本当に姉様を道具としか見ていない事を。
わからない。
きっと姉様はそれも理解したうえでロズワール様をお慕いしているし、ロズワール様の為なら道具として喜んでその命を差し出すのだろう。
なら、自分はどうなる?
姉様は、姉様を道具として消費したロズワール様をレムが恨まないとでも思っているのか。
そんなわけない。
その時は、たとえ敵わないとしてもレムはロズワール様に挑むのだろう。姉妹なのだから姉様だってレムの気持ちぐらいわかっているはずだ。
それでもなお、レムの気持ちは切り捨てたうえで自分を道具だとおっしゃるのですか?
レムの姉様を想う気持ちと、姉様のロズワール様を想う気持ち。
共存できない姉妹の願いにレムは押しつぶされそうになる毎日だった。
いや…… それは烏滸がましいのかも知れない。
姉様の不幸で安堵したレムに、姉様も想う資格などないのだから。
だから、あの時…… ロズワール様が姉様を傷つけようとした時にレムは動けなかった。
そんな中だった。
彼は姉様を守ってくれた。
レムには英雄にすら見えた。
ボロボロになりながらも、レムの大切な姉様を守る為に戦ってくれる彼に胸が高鳴った。
信じたい。彼の事を信じたい。
レムには姉様のお側にいる資格はない。だから彼が姉様を守ってくれるのなら、レムはこんな葛藤からも救われるのだろう。
なのにどうして?
ナツキスバル
どうしてあんな悍ましいものに兄弟なんて親しげに話しかけられているの?
あの場であの男を殺さなかった事を自分で褒めてしまいたくなるほどの魔女の瘴気だった。残り香なんて次元ではない。自分の鼻をむしり取ってしまいたくなるほどの悪臭だ。
わからない。
トキモリくんは姉様の味方ですか?
わからない。
レムにはもうレムの気持ちがわからない。
だから……
レムはこうして鬼として貴方に会いに来たのです。
新年早々、謝罪から
生きています……すみません。