Re:ゼロから始める結界術   作:レトルトラメエ

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第22話

 こんなにも大好きなのに…… どうして??

 誰かの事を想って泣いて、泣いて、泣き疲れて眠ってしまうなんて、自分の中にこんな乙女の一面があるなんて知らなかった。

 

 だけど残念、美少女だと思った??

 正解は、俺でした!!

 

 レムが恋しくて泣き果てた結果、いつのまにか眠ってしまったらしい。そして、そんな俺の目覚めは最高とも最低とも言えなかった。

 

 目開けたらそこには想い焦がれた少女がいて、布団越しとはいえ俺へ跨ってくれているその光景は最高としか言えない。窓から差し込む月明かりに照らされ、蒼白い光を透き通らせた肌は絵画のように美しい。

 

 泣いて喜ぶこの状況。

 美少女に夜這いなんてかけられたら、普段なら即入籍なわけだけれど……

 

 今はこの状態を単純に嬉しいとは思えなかった。

 

 何故ならその少女の手には、同じく月光を浴びながらそれを鈍く反射させる殺意の鉄塊が握られていたからだ。

 

「おはよう、レム」

 

「……起きてしまわれましたか。寝ているうちに全てを終わらせたかったのですが」

 

「夜這いをか??」

 

「寝込みを襲うという点では同じかもしれません」

 

「…………」

 

 いつもなら「そんなエッチな事しません!!」とか頬を赤らめてくれるのに、即答でこの返しが出るあたり本気モードらしい。

 

 というわけで、こちらも現実を受け入れてスイッチを切り替える。

 

「そんな物騒なもので叩き起こされないといけないほど寝坊したつもりはないんだけどな」

 

「えぇ、二度と起きてもらうつもりはありませんでしたから」

 

 無感情に見下ろすレムは手に持つ凶器を掲げてみせた。しかし、それに対して俺は特に表情を変えたりはしなかった。

 

「だったら、なんでわざわざ俺の上になんて乗ったんだ??」

 

「…………」

 

「部屋に入った時点で手に持った『ソレ』を振りかざせば良かっただろうに」

 

 まぁ、それなら殺気で確実に起きていた自信があるけれど。逆に言えば、ここまで近づかれても起きなかったのは殺気を感じなかったからだ。

 

「当ててやろうか??」

 

「……るさい」

 

「迷っているんだろ?? だったらこんな事やめてーー」

 

「うるさい!! 黙れって言っているんです!!」

 

 どこか感情を失ったーーように見せていたレムの心が溢れるように湧き出る。それに呼応するように、その額からは月とは別の『角』という朱色の光源が現れた。

 

「そうやって人の心を弄んで何が目的ですか!? エミリア様やベアトリス様を取り込んで…… それに姉様まで。今度はレムですか?? 魔女教がやりそうな卑劣なやり口ですね!!」

 

「……魔女、教??」

 

「とぼけたって無駄です。あんな悍ましい男と親しそうに…… それで魔女教と関係ないなんて白々しいにも程があります!!」

 

「悍ましい男って…… ナツキスバルか!?」

 

「まだ、とぼけるつもりですか!? 兄弟なんて呼ばれて気持ちが悪い。あれだけの瘴気を纏った人間が魔女教と無関係なわけが無いでしょう!! 思い出しただけでも忌々しくて、自分の鼻を毟り取りたくなる。どうしたらああ成り果てられるのか不思議なくらいです!! もう…… これ以上奪われるわけにはいかない。あなたを殺して、あの男も確実に殺します」

 

 クルシュ邸からレムの態度がおかしかった訳にようやく合点がいった。魔女教徒を匂いで判別できるレムがいうのだから、奴が何かしら、それも深い関わりがある事は間違いはないのだろう。

 

 『ナツキスバル』

 

 やはりアイツは危険だ。

 だっておかしいだろう??

 俺と『同郷』で、この世界に来た時期もそう変わらないと宣いながら、どうしてそこまで魔女教に染まることができるのだ??仮に同郷が嘘だとしても、今度はどうやって俺の世界のことを知り得たのかという疑問にぶち当たる。

 

 どちらにしたってあの男については考えなければならない事は他にも山ほどある。あるけれど……

 

 けれど、今はそんな事よりレムの事だ。

 

「レムの言いたい事はわかった」

 

「なら、大人しく殺されてくれますか??」

 

「他に選択の余地はないのか??」

 

「殺します。レムはその為にここに来たんですから」

 

「そうか……」

 

 レムの揺れる瞳からはその決意の脆さが窺える。

 もしかしたら、何かを話して、何かを伝えれば、それだけで誤解は解けるのかもしれない。

 

 でも、それでは何の意味もないのだと思う。

 

 だからーー

 

「やれるものならやってみろ。お前に俺は殺せない」

 

「ーーッ!!」

 

 突き放すような俺の言い方にレムは目を見開いて驚きを見せる。そして、数瞬悲痛の表情を浮かべると、しかしすぐに視線を鋭いものへと戻し彼女は凶器を握る手にジリジリと力を加える。

 

「レムが本気でないとでも思っているのですか??」

 

「そういう問題じゃないさ。他人の気持ちなんてどの道わからないんだからな。俺が言いたいのはーー」

 

 そこで一度、言葉を区切り瞳を閉じる。

 この先の選択肢を間違えれば、レムとの関係は永遠に離れることになるだろう。しかし、それでも。これからも関わって行きたいのなら、避けては通れない道なのもまた必然で。だから……

 

 そして、覚悟が決まったところで再び視線をぶつけ口を開いた。

 

「どうせ殺せはしないのだから、お前の気持ちぐらいは受け止めてやるって言ってるんだ」

 

「舐めるなぁッ!!」

 

 凶器が振り上げられる。

 しかし、その手が振り下ろされる事はない。俺がモーニングスター本体とレムの手首を結界で拘束したからだ。

 

「クッ!!」

 

「どうした?? 宿の事は心配せず全力でやれ。どのみちお前の攻撃が届く事などないからな」

 

「ならーー」

 

 レムは拘束された手と逆の手を俺の顔目掛けて突き出して叫ぶ。

 

「アルッ、ヒューマ!!」

 

 顔前ではなく、眼前。近すぎて視界いっぱいに広がって見えるそれは殺意の結晶(こおり)だった。

 

ーー『結』

 

 冷静にひとつひとつを最小限の結界で包囲する。

 

ーー『滅』

 

 そして射出される直前のそれを飛散させてみせる。

 まるで、この程度で俺を殺せるなんて彼女の甘い目算を砕くように。

 

 レムの顔が苦渋に歪む。

 それをみた俺はあえて凶器と手。二点を拘束していた結界すらも解いてみせる。

 

「お陰で少し寝られたからな。夜通しで付き合ってやるよ。どうした遠慮するな」

 

「死ねぇぇえ!!」

 

 怒りに震えるレムはその衝動に身を任せるように俺へと襲いかかる。しかし、拳を振るえば拘束され、魔法を発動させれば霧散を繰り返した。

 

 打開策を模索したいレムは、拘束された手を支点に腕力だけで身体を持ち上げると、足を振り上げ踵を俺の顔面に落とそうと試みる。しかし、その動きすら察知した俺は振り下ろされるよりも早く拘束している結界を解除する。すると当然、レムは空中での支えを失いバランスを崩した。

 

ーーポフンっ

 

 場違いなほど気の抜ける音が部屋に響く。

 俺は、まだ布団からすら出ていない。その音は、俺の上にレムが力なく着地する音だった。

 

 その後もレムが何かを試そうとも全てを軽くあしらって見せる。

 

 その力量差や俺が寝床からすら出ていない姿があいまって、側から見ればまるで癇癪を起こした子供をあやしているようだろう。それはレムからすればこの上ない屈辱を与えられているはずだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

「もういいのか??」

 

 俺の問いかけにレムは息を切らしながらも睨みつけてみせる。しかし、前のめりで両手を付きやっと身体を支えている状態の彼女は限界に近い疲労を隠せてはいなかった。

 

「はぁ、はぁ…… なんなん、ですか??」

 

「何とは??」

 

「余裕ぶって防ぐだけでろくな反撃もしない。レムの事バカにしてるつもりですか??」

 

「始めから『受け止めてやる』って言ったはずだ」

 

「だから、それがーー」

 

「罪悪感が邪魔するか??」

 

「ーーッ!!」

 

「舐めているのはお前だろ、レム」

 

 レムが求めているのは反撃ではなく大義だ。

 一方的な攻撃では罪悪感が湧き攻撃を鈍らせる。だから、俺からの抵抗を待ち望む。

 

 しかし、こちらからしてみればその程度の覚悟で俺の首を獲ろうとしている事にこそ腹立たしさを感じる。

 

 なぜならそれは確固たる意志すらなく俺を殺めようとしているという事だからだ。

 

 レムの中に、魔女教と関わる者に対しては『疑わしければ罰する』という絶対的な線引きがあるのならまだ納得できる。しかし、今はそれすらなく、自分の選択に責任を持たず、ただそうするしかないのだと思考を諦めて行動しているのなら、俺はそれを許さない。

 

「俺を殺す行為は、なにか苦悩から許される為の贖罪か??」

 

「ーーッ!!」

 

「話し合いではなく武器を取ることを決めたのはお前だ。だったら、俺の行動など関係なく自分の信念を貫き通して殺してみせろ」

 

「レムには…… こうするしか」

 

「理由は知らないが、生きていてこうするしかないなんて事はないんだよ。何度も言うがコレはお前が選んだ事だ」

 

「レムが、選んだ……」

 

「あぁ、そうだ。お前が選んだ選択肢だ」

 

「……」

 

「お前は、本当はどうしたいんだ。何が望みだ??」

 

「それは……」

 

「俺に消えて欲しいならお前らの前から姿を消そう。全てを話せと言うなら俺の全てを話そう」

 

 自分の非を棚に上げているのはわかっている。レムの信頼にたる行動をできなかったのは俺だし、何も話さなかったのも俺だ。それでもレムの行動を肯定する気にもなれない。なぜなら、それを認めてしまえば今まで過ごした彼女との時間全てを否定するようで、俺にはそれが許せなかった。

 

「そんなことすら言えない関係なのか?? 俺がお前から殺されそうになったぐらいで本気で殺し合いになるとでも思っていたのか??」

 

「トキモリ…… くん」

 

「もう一度言うぞ、レム。舐めんじゃねぇ」

 

「レムは……」

 

「お前に対する俺の好きが、自分の命かわいさにお前を殺してやる程度の好きだと思うな!!」

 

 見開かれた瞳。歪む表情。

 声にならない声を繰り返し紡ぐ口。

 掻きむしるように抑える胸と、やがて目に大粒の涙が溜まり、その雫が溢れるのを待ってやっと言葉が追いつく。

 

「ーーけて」

 

「…………」

 

「助けて……」

 

 何をだとか、何からだとかそんな事を聞く前に答えは決まっていた。レムの望みならどんな事からでも救ってみせる。

 

「わかった」

 

 

 

 

sideレム

 

「わかった」

 

 彼の答えはたった一言だった。

 けれど、その一言が何よりも欲しかった言葉だったのだろう。

 

 身体は糸の切れた人形のように力を失い、ただ重力に従って前のめりに倒れる。何度拳を振おうとも届きはしなかったのに、彼の胸はレムの額をそっと受け止めてくれる。

 

 我ながらさっきまで暴れていた事が馬鹿らしい。

 自分の事なのにわからない。結局こうされたくて癇癪を起こしていただけなのだろうか。それではまるで兄に甘える子供ではないか。

 

 ついぞ彼を布団から出すことすらできなかったけれど、そのおかげでこうして彼の胸に直接頬を預けられたのならば立派な戦果だ。

 そんな身勝手な考えすら湧いてくる始末。

 

 彼の鼓動に耳を澄ませる。

 このまま眠れたらどれだけ幸せなんだろうか。きっといい夢が見られる。あの日の悪夢を見る事もないはずだ。

 

 でも、それでは迷惑をかけている彼に流石に申し訳ないので、納得してもらおうなんて思わないけれど、せめてこんな事をした言い訳ぐらいは話させてもらおう。

 

「トキモリ君。レムの話聞いてくれますか??」

 

「あぁ、もちろん。夜通しでも付き合うって言っただろ」

 

「ふふ、そうでしたね」

 

 彼が断らないのはわかりきっているのに聞いてしまうのは、受け入れて貰える事が心地いいからだ。

 

 それからレムは彼から離れようともせずに、自分の事を語った。

 

 鬼について、姉様について、レムについて。そして姉様が角を失った日の事。その時、レムが何を思ってしまったのか。

 

 もっと言葉に詰まるかもと思っていたけれど、自分でも驚くほどすらすらと話す事が出来た。

 

 そこでようやく気がついた。

 あぁ、こんな事をしたのは彼がどこまで自分を受け入れてくれるか試したのかもしれないと。

 

 なんてめんどくさい奴なんだ。

 そんな事の為に人を殺そうとするなんて我ながらどうかしている。

 

 でも、実際に彼はそれでも受け入れてくれた。

 だから、きっと今まで誰にも相談出来なかった秘密を話す事ができたのだろう。

 

 とは言ってもやっぱり不安だ。

 自分の姉が傷を負ってどこか安心したなんて、拒絶されたって仕方がない。

 

 胸にくっつけていた左頬を離し、アゴで頭を支える体勢へと変えて彼の顔を覗き見る。こんな体勢で盗み見ているのは、不安だからこそ離れたくないと、きっと心が彼に縋っているからだ。

 

「わかるよ、レムの気持ち。俺には、わかる」

 

「えっ……」

 

 正直、彼なら受け入れてはくれるだろうなぁとか勝手な期待はしていたけれど、まさか同意までされるとは思っていなかった。

 

 そこから語られたのは彼の生い立ち。

 それは耳を疑うような驚くべき話だった。

 

 『この世界とは違う世界の話』

 『魔法とは違う(ことわり)の力』

 『妖と結界師と呼ばれる者たち』

 

 その全てがレムには想像も出来ないような内容だ。

 けれど、そんな話より何より気になったのはーー

 

「俺にもさ姉さんがいるんだ。それこそ『出来』の違う……いや、もはや『もの』が違う姉がね」

 

 あぁ、ダメだ。

 自分の胸が布団越しにしか彼に触れていなくてよかった。まだ、何も聞いていないのに心臓は早鐘を打ち始めている。

 

「俺も出来損ないの弟だったんだよ。何をやっても姉には遠く及ばず、どれだけの研鑽を積んでもその背に届かず。時間が過ぎるにつれて、遠すぎるその背中はもうどれだけ離れているのかすら測れなくなった」

 

 彼の目に嘘はない。

 姉への劣等感を語るその目が嘘かどうかは、同じ境遇に(さいな)まれたレムにはよくわかる。

 

 だからこそ…… まずい。

 だって、こんな奇跡があるのだろうか。

 自分の苦悩に押し潰されて消えてしまいそうな時、唯一助けを求めた少年は異世界からの来訪者で、それでいてレムとたまたま同じ苦悩を背負っていたなんて。

 

 そんなの、レムを救う為に来てくれた英雄に見えてしまうではないか。

 

「どこへ行っても姉じゃないのかと落胆された。助けたつもりの人にまで言われた事があるよ。『お前じゃなければみんな死ぬ事はなかった』てさ」

 

「そんな…… ひどい」

 

「仕方がないさ。たしかに姉さんだったら百人を救おうとして百人を救えてしまうんだから。その人からしてみたら、俺は家族や仲間を救えなかった出来損ないに見えて当然だ」

 

 目の奥が熱くなる。

 彼を想っての悲しみと、彼にそんな言葉を吐き捨てた者への憎しみ。

 

 さっきまで彼を殺そうとしていたくせに、どの口が言うのだというのはわかっているのだけれど、この感情はどうしようもなかった。

 

 なぜなのだろう。

 なぜそんな事を言われて、そんな人生を歩んで、彼はまだこんな風に強くいられるのだろう。

 

 レムなら…… 全てを諦めると思う。

 姉様の為と言いつつ、自分の贖罪の為に血を流そうとするレムがそんな状況で他人の為に何かを出来るとは思えない。

 

「どうしてですか??」

 

「えっと…… なにが??」

 

「トキモリくんは姉様を救ってくれました。どうしてそんな事を言われてまだ誰かを助けようと思えるのですか?? 辛いだけじゃないですか。それで立ち止まったとして、誰がトキモリくんを許さないなんて言えるんですか??」

 

「自分の為だよ」

 

 真っ直ぐ見つめる彼の瞳に吸い込まれそうになる。

 

 今、レムは正しく呼吸ができているだろうか、瞬きは忘れていないだろうか、この胸の音は聞こえてしまっていないだろうか。

 

 覚悟を決めなければ。

 たぶん、レムは今から恋に落ちるのだから。

 

「全員を救えないからって救える一人を見捨てたら俺は俺を許せない。だから、たとえ救えなかった九十九人に恨まれて、救った一人に石を投げられたとしても俺は立ち止まったりしない」

 

「ーーッ!!」

 

 レムと同じ境遇で、レムと同じ苦悩を抱き、レムと違う答えを出した彼。

 

「トキモリくん」

 

「どうした??」

 

「散々暴れた後に何を言ってるんだって感じですけれど…… きっとレムは、救われたそのひとりです。それをちゃんと伝えておきたくって」

 

「そっか…… うん、ありがとう」

 

 そういって彼は満面の笑みを浮かべた。

 それだけで息が詰まってしまう。

 彼の笑顔から逃げるようにそっと目を閉じた。

 

 ごめんなさい、トキモリくん。

 もう、今日はどれだけ迷惑をかけても許してください。

 

 そんな断りを心の中で呟いた。

 そして、彼の鼓動を子守唄にレムは夢の中へと隠れるのだった。

 

 

 

 

sideエミリア

 

「あれ…… 私、どうしてここに??」

 

 目が覚めると窓の外は真っ暗で、自分は何故だか宿の布団にいて……

 

 寝起きの頭で朧げな記憶を思い返す。そうして思い出せた最後の映像は、彼の背中で気持ちよさそうに揺られている自分だった。

 顔にハッキリと熱が灯る。

 

「そのまま寝ちゃったんだ」

 

 寝ている時、変な顔してなかったかな。

 別に誰に寝顔を見られたって何も思わない私だけれど、どういうわけか彼に対してだと気恥ずかしく感じる。

 

「お、お水貰いにいかなきゃ」

 

 寝起きで渇いた喉と火照った顔を冷ます為、私はベッドを降りてキッチンへと向かう。

 廊下は少し肌寒く、音も何も聞こえてこない。どうやら相当深い時間まで寝てしまっていたらしい。月明かりだけを頼りに転ばないようにそろりそろりと歩みを進めた。

 

 そんな時だった。

 

「えっ…… レム??」

 

 廊下の端に彼女を見つける。

 細かい表情までは暗くて見えないけれど、レムは目の前の扉を見つめたまま微動だにしなかった。それは何かを思い詰めているようで、私の気配に気がつく様子すらなかった。

 

 なんとなく声をかける事は(はばか)られ、かといって立ち去る事もできずに私も足を止めてしまう。それから少し月が傾いて、彼女は何か覚悟を決めたようにひとつ深く息を吐いて扉を開けた。

 

 そのまま室内へ消えていくのを私はただ呆然と立ち尽くして見ていた。

 

「あの部屋って…… トキモリの部屋、だよね」

 

ーーズキリ

 

 今まで感じた事のない鋭い痛みが胸を走って、思わず両手で抑える。

 

「なんだろう、これ」

 

 その痛みに戸惑いを覚える。けれど、それより今は部屋の様子が気になって落ち着かない。

 

 別に彼女が彼といつどんな話をしていたってそれは自由だ。ましてや、こんな深夜。レムだってメイドとしての仕事を終えた後なのだから、私の関与する余地は本当にない。

 

「わかってはいるの…… でも」

 

 それでも、このままでは胸の動悸が(おさ)まるとはとても思えなかった。

 

 意識して足音を消して廊下を歩く。目的地はもちろん彼の部屋だ。

 

「盗み聞きなんて悪いってわかってるの。でも…… その、ごめんなさい」

 

 言い訳がましく独り言を呟きながら部屋へと近づく。胸の痛みは一歩、一歩進むにつれて増すばかりだった。

 

 部屋の前までたどり着いた私は気配を消して聞き耳を立てる。

 

 そんな事、しなければよかったのに。

 

 聞こえてきた会話はどれも盗み聞きしていいような内容ではなかったからだ。

 

 レムがトキモリと争いを始めた時は思わず中に入って止めようとしたけれど、漏れ聞こえる彼の声色がいつもと違っていて結局それもできなかった。

 

 それからーー

 

 レムの秘密を知って、彼の秘密を知った。

 

 こんな形で聞くべきでない話なのはすぐにわかったけれど、それでも最後まで聞いてしまった。

 

 やがて訪れた静寂。

 私は今さら水を取りに行く気分にもなれず、そのまま自室へと逃げ帰った。

 

 彼がこの世界の人間ではないことはあまり気にならなかった。むしろ納得がいったぐらいだ。見慣れない服装、不思議な力、そして私を見た目で差別しなかった事。

 

 それよりも私の心に棘のように突き刺さり、何度も反芻して離れない言葉があった。

 

「九十九人に恨まれて、助けた一人に石を投げられたとしても止まらない」

 

 口にしてみるとそれがどれだけ難しい事なのかがわかる。この世界で、この容姿で、多くの人から忌み嫌われる私は彼と同じ事が言えるだろうか。

 

「違う、そうじゃない。それでも言えるぐらい強くならないと王様になんてなっちゃいけないんだわ」

 

 王選が始まる前に聞けてよかったのかもしれない。きっとこの言葉はこれから私が前を向いて進もうとするうえで、大切な道標になるだろう。

 

 誰かに認められる為じゃなくて、誰に認められることが無くても、私も全ての人が平等であれるように努めよう。

 

「ありがとうトキモリ。勝手にで悪いけれど、私もあなたに救われた一人よ」

 

 力不足なんていいながら、きっと彼はこれからも多くの人を救うのだろう。そして、それはこの世界だけの事ではないのだと思う。

 

 だから、いつか彼に救われる人たちの為にも、そんな彼を私のわがままで独り占めするわけにはいかないのだ。

 

「さよなら私の騎士様」

 

 きっと大丈夫。私は一人でも大丈夫。




更新遅くて申し訳ありません。
沢山の感想と誤字報告本当にありがたいです。

明日も更新しますのでよければ読んで頂けると嬉しいです。
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