レムのラブラブ愛妻朝食を済ませた俺は、その愛妻を引き連れて王城へと繋がる一番広い通りを歩いていた。
「トキモリくん、このまま王城へと向かわれるのですか?」
「いや…… この辺でいいだろう。ここでアイツが通るのを待とう」
大通りから見える、少し開けた噴水のある広場のような場所で足を止める。
この世界に曜日という概念があるのかは定かではないけれど、笑顔で溢れる小さな子どもとその両親、家族の団欒があちこちで見える天気の良い風景は元の世界の日曜日を思わせた。
「それで…… いったいどなたを待っておられるのですか?? 王城へ
「エミリアとは別の王選候補者だ」
「えっ……」
レムは驚いたように、そのプリティーでキュアキュアな瞳を点にして固まる。
「まさか、クルシュ様にお願いするつもりですか!?」
「いやいや、それこそまさか。クルシュさんは優しい人だろうけど甘くはない。何の対価も示さずに協力はしてくれないだろう」
「でも、トキモリ君に別の王選候補者のお知り合いなんていたのですか??」
「まぁね。見た瞬間からお互いにビビッと惹かれ合った間柄さ」
アイツなら望みはある。損得ではなく、面白いかどうかで判断するであろう彼女ならば。
「惹かれあった仲ですか…… 」
おおかた「いったい誰なのですか!?」とか聞いてくるだろうと思っていた俺の予想に反して、レムは俯いたままぶつくさと念仏のようなものを唱えだした。
その姿から立ち込める負のオーラは凄まじく、俺ともあろう者がプリティーの権化たるレムから思わず半歩さがってしまうほどだった。
「……女性ですよね?」
「ま、まぁ王選候補者だからな。竜の巫女って言うぐらいだし当然女の子だけど……」
「へぇ、その女性とはいつ出会ったのですか??」
「い、いつって……」
「だって、おかしくはありませんか?? トキモリくんはこちらの世界に来てからすぐにエミリア様とお会いして、そのままロズワール様のお屋敷にたどり着いたわけですよね」
「レ、レム??」
「それからはレムも一緒だったので、そんな方と知り合う機会がなかった事は知っています。という事は今回こちらにーー王都に来てからという事になるわけですけれど…… それだってレムが目を離したのは一回だけですよ??」
「…………」
レムは花が咲くようにニッコリと微笑んだ。しかし、その瞳は絶界のように黒く濁っている。花の成長に日の光は欠かせないというのに、その笑顔に張り付いた双眸は光なく真っ直ぐ俺を射抜き続ける。
「一回だけです。いつだかわかりますか??」
「ク、クルシュの屋敷から帰る時だな」
「そうですよね。その時しかありません。トキモリくんが治療を終えて宿に帰ってくるまでの間だけです」
「そ、そうだな」
「ちなみにその時のレムはどうなっていたか知っていますか??」
「………」
「レムはトキモリくんの事を考えて、トキモリくんの事で悩んで、トキモリくんのせいで胸が張り裂けそうになっていました…… それで??トキモリくんはそんな時に、いつ、誰と、出会って、レムを放ったらかしにしておきながらどんな風にイチャイチャされていたんですか??」
「…………」
「ねぇ、トキモリくん。答えてくださいよ。今朝、レムの事ばかり考えているなんて
ヤンデレムさんマジで鬼!!
うまくごまかさなければ俺の異世界生活もここで終わってしまう。
「レム、俺がレムを放って別の女にうつつを抜かすわけがないだろう??」
「見た瞬間惹かれ合った、と仰ったのはトキモリくんですよ??」
「それはちょっと語弊があったな。惹かれ合った…… ってのは実はその女の従者の方でな。その男は俺と同じ世界の住人かもしれないんだ」
「トキモリくんと同じ世界って…… 異世界人という事ですか!?」
「あぁ、恐らく。少なくとも俺の故郷についての知識があるのは間違いない。ビビッと来たっていうのはそういう意味だ」
「そ、そうでしたか。すみません、レムは何か早とちりをしまって。どうか忘れてください!!とても恥ずかしい事を言ってしまいました」
「ハハハ!!キニシナクテダイジョウブダヨ!!」
あの夜、レムに俺の世界の事を正直に話した事が功を奏した。
嘘はついていない。真実を語っていないだけだ。
だってしょうがないだろう。
推定HカップのHな乳を好いて、吸いてぇなって思って、惹かれあったてか、僕の視線が万乳引力で釘付けだったんだ!
なんて、とてもじゃないが言えない。
「あうぅ……恥ずかしいです」
「キニシナクテダイジョウブダヨ」
「そうですか??ありがとうございます…… ところでその方にどのようにして会われるつもりですか??」
「王城に繋がる一番デカい道がここなら待ってれば向こうから来るさ」
「それは…… どうでしょうか。まだ時間に余裕があるとはいえ、先に王城へ行ってしまわれている可能性もありませんか??」
「それはないな。あの姫さまが人に待たされる可能性のある行動を取るとは思えない。アイツは一番最後にふんぞり返って登場したいタイプの人間だ」
「……ずいぶんとその方を理解されているのですね」
「そんな事より準備をしないと!!」
俺はわざとらしく準備に焦る様子をみせる事でレムからの追撃をかわす。
「……まぁ、今はいいでしょう。それで準備とはトキモリくんは何をするつもりなのですか??」
「待ち合わせの約束をしてたわけじゃないし、相手の移動手段がわからないんじゃ探しようもない。となれば向こうに気がついてもらう他に手立てはない」
「えっと……それで??」
「ーー歌います」
「……はい??」
「トキモリ、歌います!!」
「いえ…… レムは聞こえなかったわけではなく、聞こえたうえで聞き直しています」
「とにかく歌って踊るのです!! ゲリラの如く、この広場という戦場で道ゆく人々に奇襲をかけ魅了し、誰よりも目立つ事で勝利をもぎ取ります!!」
「すみません。レムの知らない言葉が混ざっているとかはきっと関係なしに、何を言っているのかわからないのですが」
俺は広場の中央へと駆けていく。
レムの追求から大逃げを決めた俺のウイニングライブ。
「聞いてください『わらわはプリシラ バーリエル♡』」
そして俺は歌い出す。
この日曜びよりにふさわしい明るくアップテンポな『オリジナルソング』を。
「バーリエル♡ プリッシラ!!プリッシラ!!」
突然大声で歌い始めた俺に、通りすぎる人々は奇怪な目で向けてくる。
「プ〜リシッラ!! プ〜リシッラ!! プ〜リシッラ!! プ〜リシッラ!!」
パクリじゃないよ!?
歌詞なんてあったもんじゃない。ただ彼女の名前を叫ぶだけなのだから。メロディーだって単調で、ひたすらに同じ調を繰り返すだけ。
「プ〜リシッラ!! プ〜リシッラ!! プ〜リシッラ!! プ〜リシッラ!!」
それでも彼女に届くと信じて、このオリジナルソングを歌い続ける。通りを走る竜車から何事だと、顔を覗かせる人も多い。
「プ〜リシッラ!! プ〜リシッラ!! プ〜リシッラ!! プ〜リシッラ!!」
目立つためだったらなんだってしてやろう。異世界という知り合いのいない環境が、俺の理性というタガを外させる。
ーープリッ♡
リズムに合わせてお尻を左へと大きく突き出す。
ーーキュッ♡
左に振った反動を利用して右へと振り戻す。
ーープリッ♡ キュッ♡ プリッ♡ キュッ♡
そのコミカルでプリティーな動きは見る者全てのハートをキャッチすること間違いなし。
まさしくーーアッ!!と言わせるパフォーマンスだ。
「プ〜リシッラ!! プ〜リシッラ!! プ〜リシッラ!! プ〜リシッラ!!」
踊り続ける事、3分。
ついに大願成就の刻を迎える。
それは陽射しを独り占めしたような紅だった。ひときわ煌びやかで豪勢な竜車がこちらへと近づいてくる。
間違いない、姫さまの竜車だ。
俺は最後のラストスパートをかける。
飛び散る汗も気にせずに歌い続けた。
「プ〜リシッラ!!プ〜リシッラ!!わらわはッ……」
さぁ、俺の歌を聞けぇぇぇぇぇえ!!
「ーー奴を
「プリッシラぁぁぁぁあ゛!!」
竜車はそのまま停止する事なく俺を跳ね飛ばした。
男子新体操、床の選手も驚愕するだろう高回転を顔面と尻だけでやってのける俺の身体。
しばらく転がった末に、最後に一際大きく跳ねると「伸身の新月面が描く放物線は栄光への架け橋だ!!」と言わんばかりの着地ーーができるわけもなく、広場中央の噴水へと芸術点ゼロの水飛沫をあげて頭から飛び込んだ。
俺を跳ね飛ばした竜車からは真紅のドレスに身を包みながら、それ以上に顔を真っ赤に染め上げた女が肩を揺らして近づいてくる。
「痛ってぇ…… そんなにプリプリしてどうした??何か嫌なことでもあったのか??」
「気にせずともよいぞ下郎。今からその元凶は灰塵となる」
「いきなり轢いておいて剣まで向けるなんて穏やかじゃないな…… せっかくの再会だ。おしゃべりverytimeといこうぜ」
「おしゃべり?? ならば貴様の宗派でも聞いといてやろう。土葬か?火葬か?土葬なら今すぐ改宗するとよい。妾のこの手で灰にして貰えるのじゃからな」
取り付く島もないといった形相で見下ろすプリシラ。それに俺は両手をあげて降参の意を示す。しかし、プリシラの怒りは収まらない。
「こんな往来で珍妙な踊りと妾の名を愚弄する珍妙な歌を歌いおってからに。なんの嫌がらせじゃ??」
「あ・い・ゆ・え・よ♡」
「妾を辱めることが貴様の愛か。なら、妾のコレも愛として受け取ってくれるな??」
「熱いからその剣しまってくれ。悪かったって」
これ以上あおっても…… 失礼、かみました。
謝っても埒があかないので、俺は噴水から身を引き上げプリシラの横を通り過ぎる。そして、親指で彼女の乗ってきた竜車を差す。
「それより遅れちまう。急ごうぜ」
「なぜ当然のように貴様が妾の竜車に乗ろうとしておる??」
「わけなら竜車の中で話す」
「だから、なぜ乗れる前提で話が進んでおる??」
「そりゃお前ーー」
言葉を切り、竜車へ向けていた指をそのままプリシラ突きつける。
「俺とお前の仲……だろ」
俺は笑顔でサムズアップをして見せた。
「……もうよい。貴様と話していると頭が悪くなる」
「言っとくけど、断っても無理やり乗り込むからな。お前の竜車へと乗り込むか、王城へと乗り込むかなら、断然お前に迷惑をかけるほうがいいに決まってる」
「王城??貴様、あの半魔の娘は……」
「野暮な事は聞くなって」
「ほぉ…… なるほど、よいじゃろう」
何がなるほどかはわからないけれど、彼女は何かを察したように目を細める。そして、口元は扇子で隠してはいるものの、そこにはサディスティックな笑みが
「品性下劣で卑しく浅ましい。妾の視界に入ることはおろか、妾を視界に入れることすら
「ずいぶんあっさり認めてくれたな」
「……これだけ言われて『あっさり』と思える貴様が妾は恐ろしいぞ」
「お前に罵倒されている時は乳だけ見ているからな。そうしていれば問題ない」
「もう、よい。疲れた。」
こうして俺とレムはプリシラ御一行とともに、王城へと向かうのであった。