竜車にはプリシラとあのヘンテコな格好の男もいた。頭は鉄兜で隠しているのに胴体は素肌にマントという奇抜なファッション。
レムも初見で動揺しそうになっていたが、相乗りさせてもらっている以上、失礼はできないとすぐに表情を戻す。
「よぉ兄弟。ずいぶんと怖いもの知らずな歌を歌ってんなぁ」
「何を怖がる事があるんだよ??」
「そりゃ、オマエ。姫さん怒らせたらどうなるかわかるだろうが」
「お前…… まさか、プリシラの側近なんて立場でまだMに目覚めていないのか??」
「なにが『まさか』なのかまったく意味がわかんねぇな。そういうオマエはなんだぁ??姫さんにイジメられて喜ぶ生粋のマゾヒストってか??」
「いや、俺は根本的にコイツを舐めてるだけだ」
ーーガンッ!!
向かいの席に座るプリシラのつま先が俺のスネを蹴りあげる。たぶん、Mの人でもちゃんと痛い。
……ヒールって踵だけじゃなくてつま先も攻撃力高いんだな。
「今さら怒るなよ。俺とお前の仲だろうに」
「貴様のような者と繋がりがあるかのような発言は控えよ。妾の品に関わる」
彼女は口をへの字に曲げてわかりやすく不機嫌だと訴える。
「ご冗談を。俺の元に駆け寄って来たのはお前の方からだぜ」
「すげぇな、兄弟。俺にはただの人身事故にしか見えなかったぜ」
従者の男は面妖な兜が邪魔して表情がわからない代わりなのか、両手を
「貴様、いい加減妾をお前呼ばわりするでない。不愉快じゃ」
「といってもまだ自己紹介されてないからな」
前回は、「貴様に名乗るほど妾は安くない」とか言われてしまったので彼女自身から名前は聞いていないのだ。
「ぬかしよる。あのような往来で不遜にも妾の名を叫びよってからに」
「まぁ、有名人だしな。王選候補者を調べれば名前ぐらいわかるさ」
「こそこそと人の周りを嗅ぎ回るなど、これだから躾のなっていない野良犬は嫌いなのじゃ」
「こそこそなんてしてないぞ?? この数日を利用して街ゆく人間全員に『胸と態度のデカさが比例した、控えめに言って爆乳の女を知らないか??』って堂々と聞いて回ってたんだぜ」
「貴様!! どうりで最近街で妾を指さす
プリシラは諦めたようにため息をつくと、俺の顔を視界に入れない為か窓の外に視線を移す。
それから彼女はしばらく街の景色を眺めていた。
移り変わる景色を反射させた彼女の瞳がカラフルに切り替わる。
ただ座って窓の外を眺める。
それだけでも随分と絵になる女だと思う。
喋れば傲岸不遜を地で行く彼女も、いけられた華のように黙っていれば話しかけるのも畏れ多いほどに美しかった。
しかし、そんな事を思っていると…… そんな事を思っていたからか、彼女は何か悪い事でも思いついたような意地悪そうな笑みを浮かべた。そして、口元を扇子で覆い隠すと自身の従者へ視線を移す。
「のぅ、アルよ。此奴の常識のなさは『お国柄』というやつか??」
「ーーッ!!」
途端、外の陽気が嘘のように車内の空気は張り詰める。話を振られた鉄兜の男はやれやれと肩を落とす。
俺はーー微動だにせず、表情すら変えない。
その様子を見てプリシラは期待外れだと言わんばかりに、覇気のない声で言葉をこぼす。
「ふむ、喰えないやつよの。阿呆のふりをして肝心の事は話さぬ、か」
「さて、なんの話をしているのかわからんな」
「まぁ、よい。しかし、隠すのならそこなメイドにも教育しておくべきであったな」
プリシラは俺をつまらなさそうに一瞥すると、代わりとばかりに意地の悪い笑みと視線をレムへと向けた。
「ーーなんの事でしょうか」
「やめよ、今さら見苦しい。そやつの故郷の話題に反応した時点で勝負はついておる」
俺と違い、表情にこそ出さなかったがレムは小さく肩を跳ねさせてしまったらしい。
鉄兜の男が俺と同郷の可能性があるって話は今朝話したばかりだしな。聞いていたからこそ、突然それを肯定するようなプリシラの言葉に反応してしまうのは仕方がない。
レムはどこか泣きそうな表情を浮かべて、申し訳なさそうに俺の顔を覗き込んでくる。それを見た俺の手は自然と彼女の頭へと伸びる。肌触りの良い柔らかい髪を「大丈夫」だと撫でると、「にへへ」とレムは猫のように目を細めて顔を綻ばせた。
「でも、お前らが知っている事もバラしてる訳だから情報戦としては互角だろ??」
「たわけ、わかっておるくせにそのような戯言はよせ。妾と貴様らでは状況が違いすぎるわ」
「……意地が悪いな」
「えっと、どういう事なのでしょうか??」
こちら側の不利は察したが、その理由がわからないレムが不安そうな声を漏らす。
「それはーー」
「妾が講釈を垂れてやろう。貴様の苦渋に染まる顔を見られて気分がよい」
「あぁ、そうかい」
「メイドよ、そこの男の出自はいったいどれだけの人間が知っておる??」
「…………」
「貴様の仕える主人は?? 何より半魔の娘は知らされておるのか??」
「そ、それは……」
プリシラはさぞ愉快だと珍しくケタケタ声に出して笑う。そんなに俺が困る事が好きらしい。
「いったい俺になんの恨みがあってそんな意地悪を言うんだよ??」
「貴様が妾に無礼でなかった時を知らぬぞ」
「それで、それを知ったプリシラ様は俺に何かお望みか??」
「そうさな、貴様如きが妾に奉仕できる事などそう多くはないがーー」
彼女は扇子を閉じると、それを
「機会を与える」
「ーー機会??」
「そう機会じゃ。『チャンス』という奴じゃな」
わざわざ俺の世界の言葉まで使用して煽るなんてずいぶん楽しそうですね。隠された口元にはおそらく今日一番の弧が描かれている事だろう。
そして、プリシラは何故か履いているヒールから片足を外すと、膝を伸ばしておもむろに俺の目の前へと突き出す。
「ーー舐めろ。貴様が頭を垂れて、羞恥と屈辱を噛み締めて、この事を他言してくれるなと懇願するのなら……」
「えいっ」
ーーペロッ
俺は躊躇する事なく舌全体でプリシラの足の裏を這うように舐めた。
「バ、バ、バカものが!? 本当に舐める奴があるかぁぁぁあ!!!!」
「おいおい。一国の王になりたいなら自分の言葉には責任を持て。たしか『舐めまわせ』だったか?? 今から指の一本、一本を無様な野獣のように、母の乳をしゃぶる赤子のように、荒々しく、そして丁寧にむしゃぶってやろう」
「そんな事言っておらんわぁ!! あ、足を離せ変態!! なぜ貴様の方が饒舌になるのじゃ!? 人として最低限の尊厳もないのか!?」
「ふ、甘く見たなプリシラ」
俺はプリシラの足を離さないまま、彼女に対して意趣返しの意も込めて不敵に笑ってみせる。
「ーーこれが『お国柄』って奴だぜ!!」
「おいコラ兄弟。人の故郷を悪くいうんじゃねぇ。お前の変態性は個人の問題だ」
羞恥でドレスよりも真っ赤に染め上がったプリシラはひったくるように俺から自分の足を取り返す。
どうやらこの世界にはまだ『ジャパン』の文化は早いらしい。
「トキモリくん」
「どうしたレム??」
呼びかけられ声の方へ目を向けると、レムの顔は先程までの豊かな表情が嘘のように感情が抜け落ちていた。
「レムの失態を庇う為に、『
「あ、いや。その……」
「えぇ、本当にすみません。レムに罪悪感を与えない為に、あんな待ち望んでいたと言わんばかりの笑みで舐めてくれたんですよね」
「あの、こちらこそ…… すみませんでした」
「何がですか?? レムがお礼をしているんですよ」
「あっ。そう、ですか…… はい。やっぱりすみません」
冗談でも、足でも舐めるから許してくれなんて言える雰囲気ではなかった。
そんな俺とレムの気まずい空気は知ったことかと、対面にすらる姫から怒号が飛んで来る。
「よくもやってくれたな下郎め。妾を
「それはコッチのセリフだぜ!!」
「貴様のセリフなわけないじゃろ!?」
「誰のせいでレムに嫌われたと思っているんだ??」
「この変態め…… いや、もうよい。貴様がその気なら妾も容赦はせんわ。慈悲を与えるのもここまでと思え」
プリシラは沸々とした怒りを抑えるようにして俺を睨みつけてくる。
「まさか!? 俺たちをここで降ろすつもりか??」
「ここまでして降ろされない方が不思議じゃろ!!」
「そんな…… なぁ、頼むよプリシラ〜。足でもなんでも舐めるからさ。王城へ連れてってくれよ」
ーーギリッ
プリシラの品位からは想像もつかないような歯の軋む音が響いた。
「よい、よいぞ…… 貴様を王城に連れていってやる。なんなら妾が責任を持って会場にも入れてやろう」
「おっ、そうか!? その胸も無駄にデカイわけじゃなくて器もデカイんだな。サンキューな!!」
「ただ、妾の下僕と思われるのは恥にしかならぬ。それに、それは貴様も望むところではなかろう??」
「まぁ、エミリアに悪いしな」
「そこで、貴様には下僕以外の役職を一日与えてやるから誠心誠意務めよ」
「なんだよ、その役職って」
「気にするでない。貴様によく似合う最高の役職じゃ」
そこはかとない不安に襲われる。なんかこのパターン前にもあったような…… たしかあの時は俺の片玉が危機に晒されたんだっけか。
一日主従の契約。
その契約を結んだあとの道中は、特に誰も口を開く事はなかった。俺の不安を表すように竜者の揺れる音だけが耳について離れない。
「あの…… プリシラ様。そちらの方は??」
金色の竜があしらわれた大仰な扉に伸びる、これまた大袈裟に広い通路。
そこへ立ち並ぶ兵士達。普段は凛と黙して役目を果たす彼らも今回ばかりは動揺でざわついていた。プリシラへ質問をした貫禄のある強面の男も、困惑しているその一人だ。
「つまらぬことを聞くでない。見たまま、ありのままを受け入れよ」
「受け入れよ、と申されましても……」
「道中で拾ったのじゃが、どうしても未来の王たる妾の覇道を間近で見たいと吠えるのでな。仕方がなしに連れてきたのじゃ」
「いえ、ですが流石にこれは……」
「深く考えるでない。此奴は『コレ』に至上の喜びを感じる憐れな道化の類とでも思っておれ」
「はぁ…… プリシラ様がそこまで仰るのなら私には止める権限はないのでしょうが」
そこで男は問題の青年を『見下ろす』。
その青年は隣の少女と会話をしていた。
「なぁ、レム」
「なんですかトキモリくん??」
「なんかレムは堂々としていてビックリするんだけど恥ずかしくないのか??」
「いえ、むしろ今後ずっと…… それこそ一生こうしていたいぐらいです」
「えぇ……」
青年が少女を『見上げれば』その表情はどこか熱に浮かされたようで
見張りの男はその理解しかねる絵面を見続けていると頭痛がしてきそうなので考える事をやめた。自分は自分の職務をまっとうしよう。そう決意して一団へ声をかける。
「皆さま中でお待ちです。お急ぎを」
「凡俗を待たせるのも妾の優越よ。さて、行くぞメイド。しかとソレの世話役を務めよ」
「はい、プリシラ様。このような役目を与えて頂けてレムは光栄です」
扉が開かれる。
「おいレム。お前は誰の味方なんーーグヘッ!!」
青年の言葉は喉への強い衝撃とともに、強制的に途切れさせられた。
そのままメイドは青年を引きずるような形で前を歩く紅の姫と鉄兜の従者へと続いて行く。
ざわつく場内。
両脇に控える騎士団や来賓の貴族達から、度肝を抜かれたような声にならない音が漏れ出る。
「おや、こーぉれはまた随分と愉快な格好だーぁね」
扉の先にいた白塗りの道化は、背後の騒ぎへと視線を送った。
『お前が言うな』と普段なら思われる感想を洩らすが今回ばかりは彼が正しいだろう。
「へっ??」
隣の道化をならうように銀髪の少女が振り返る。彼女は短い言葉を発するとそのまま固まってしまった。
それはそうだろう。
こんな厳粛な場にーー首輪に繋がれた四つん這いの男がいたのだから。
というか、俺だった。
誤字報告ほんと助かります!!
ありがとございます。