Re:ゼロから始める結界術   作:レトルトラメエ

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第27話 がんばれマーコスさん!!

「では、続けてくれるかマーコス」

 

 強制退場という危機を乗り越えた俺。その裁定を下した白髭を(たくわ)えるマイクロトフ卿は、一連の流れを渋い顔で見つめていた議会進行の騎士団長へ続きを促す。

 

「はい…… ゴホンッ」

 

 マーコスは自身の気持ちを切り替える為、一つ咳払いを入れる。

 

「竜の資格を持つ皆様がこうして集められたのは、竜歴石に新たに刻まれた予言によるものです。そこには新たな国の導き手になりうる5人。そのうちより1人の巫女を選び、竜との盟約に望むべしとーー」

 

「5人って……」

 

「そう、5人だ」

 

 俺の呟きにラインハルトが微笑を浮かべる。

 なんだその勝ち誇ったような笑みは。FF外から失礼して知識マウントで気持ちよくなるつもりかコノヤロウ!?

 

「現状、候補者の方々は4人だけ。王選はまだ始まってすらいなかったんだ」

 

 そこで言葉を区切ると、ラインハルトはこちらを一瞥する。

 

「だけどーー今日歴史は動く」

 

「おい、まさか!?」

 

「ふっ、流石に君は察しがいいね」

 

「まさか…… 俺が、竜の巫女」

 

「……そんなわけないだろう」

 

 違ったらしい。そ、そんな目で見なくてもいいだろう。お前が含みを持たせる目線を向けるから俺だって勘違いしちゃったんだぞ!?

 

 俺の動揺とは関係なく議会はマーコスの進行により進んでいく。

 

「騎士ラインハルト・ヴァン・アストレア。ここに」

 

「ーーハッ」

 

 玉座の間に、ラインハルトの凛とした返事が響く。

 

 人の心を乱しておいて、ラインハルトは何事もなかった様に堂々と中央へ向かった。片膝を付き、胸へ手を当てるその姿は実に自然でまさに騎士だった。

 

「栄誉ある賢人会の皆様。近衛隊所属、ラインハルト・ヴァン・アストレアが任務完了の報告をさせていただきます。竜の巫女、王の候補者、最後の5人目ーー見つかりましてございます」

 

 場内がざわつく。

 息を呑む者、顔を合わせる者。各々の反応はバラバラだけど、騎士達も同様に驚いているところを見るに一部の人間にしか伝えてられてなかったようだ。

 

ーーガコンッ

 

 喧騒を掻き消すように、大扉の解錠される音が響きわたる。

 

 玉座から続く、会場の中央を通る一本道。

 

 その先にーー少女はいた。

 

 これから舞踏会にでも出席するのかというドレスを身に纏った幼くも美しい少女だ。

 

「自分が王として仰ぐお方。名をフェルト様と申します」

 

 ラインハルトに紹介を受けた少女ーーフェルトは両の手でスカートをちょこんと摘み、幼い風体に似合わず意志のハッキリとした赤き双眸で正面を見つめ、堂々たる、しかしそれでいて淑女たる足並みで壇上へと歩みを進める。

 

 ……って、あれフェルトか!?

 

 俺は戸惑いを隠せない。

 王選候補者だっていうのもそうだけど……

 俺の知っているボロ切れのような衣服に燻んだ金髪。どんな環境でも逞しく生きる獣のような彼女と今の少女では結びつかないのだ。

 

「フェルト様、ご足労いただきありがとうございます」

 

「ーーラインハルト」

 

「はい、フェルト様」

 

 恭しく一礼するラインハルト。幼き美少女と美しき青年。その2人の姫と騎士としての振る舞いは、まるでお伽話(とぎばなし)の世界を切り取ったように映像として完成されていた。

 

 フェルトがラインハルトへと歩みよると、その頬を緩め柔らかい笑みを浮かべる。

 そして、

 

「てめぇ、何の説明も無しに連れてきてコレは何のつもりなんだぁ!!」

 

 一瞬で獣の顔へと変貌すると、スカートの裾を掴みあげる。体躯の割にスラリと伸びるその足はラインハルトの側頭部目掛けて弧を描き、彼の頭を蹴り飛ばすーーはずだったが、ラインハルトはそれを片手で軽々受け止めてみせる。

 

(間違いない!! フェルトだ!!)

 

 それを見た俺は歓喜と、そして同じ敵を打倒せんとする同志に向けて思わず声を上げる。

 

「惜しかったぞフェルト!! もう一発だ!!」

 

「おうよ!! 任せとけ!!」

 

 俺の声に呼応したフェルトはラインハルトに掴まれた足を無理やり戻すと、その勢いを利用して逆の足を振り上げる。

 

 しかし、俺たちの願いも虚しくそれすらもラインハルトは優しく受け止めた。

 

「変な意気投合はおやめください。フェルト様には淑女としての振る舞いをお願いします」

 

「クソッ!!何が淑女だ気持ちわりぃ。せっかく応援してもらったのに悪いな……って変態の兄ちゃん!?」

 

 フェルトはラインハルトを恨み節を吐いて、それから声援に応えられなかった事を謝るとようやくその声の主が俺だったことにようやく気がつく。

 

「久しぶりだなフェルト。パッと見じゃあ誰かわからんかった。そのドレスよく似合ってるぞ」

 

「ハッ!! こんなもん褒められても嬉しかねぇんだよ」

 

 フェルトは「離せ!!」とラインハルトに足を解放させると、今度こそおとなしく収めて、俺へと向き直る。

 

「そういう兄ちゃんは相変わらず兄ちゃんだな。アタシに手綱付けてたと思ったら、今度は自分に首輪かよ」

 

ーーザワッ!!

 

 会場にざわめきが走る。

 

「あんな品性もない子供が王選候補者??」

「少女に手綱を……」

「トキモリくん、また女の子の知り合いですか。そうですか。とても愉快ですね。わかりますか?? レムは不愉快です」

 

 会場の興味はフェルトの登場と俺への疑いが半々てところか。いや、冷静に考えて未来の王様かも知れない少女の登場と変態への疑惑が半々ってヤバいだろ。

 

 恐る恐る視線を移すと、あれほど同情的な眼差しを送っていたマイクロトフ卿までも今は(いぶか)しんだ目に変わっている。

 ご、誤魔化さねば。

 

「本当にお久しぶりですね、フェルト様!!」

 

「あぁ?? んだよ、兄ちゃんまで。気持ちが悪いからやめろよな」

 

「いやぁ、懐かしい!! あれは私がフェルト様の窮地に颯爽と馳せ参じ、命の『た、ず、な』!! 命の手綱を繋ぎ止めた時以来ですね」

 

「えっ。あぁ…… 颯爽と、ってか…… まぁ、あんときは助かったけどよ」

 

 ーーザワッ

 

 再び、会場を喧騒が包む。

 

「手綱とはそういう意味か」

「しかし、あの男は何者だ。候補者達とずいぶん親しげに…… 後で挨拶だけでもしておくべきか」

「さすがです、トキモリくん。レムは始めから信じていました」

 

 ふぅ、俺またなんかやっちゃいましたか??

 冗談はともかくこれ以上は何かやらかさないようにおとなしくしよう。

 

「フェルト様。旧交を温められるのもよろしいですが、こちらへお願いします」

 

 マーコスの言葉にフェルトはあからさまに顔を歪めて不快感を表すが、ラインハルトからも「フェルト様お願いします」と促されると、渋々といった足取りで候補者の列へと並ぶ。

 

「で、アタシに何をさせてーんだって??」

 

「彼との親交の見直しを…… と言いたいところですが、先にコレをーー」

 

 ラインハルトはフェルトの手を大切なものを扱うように両手で拝借すると、その掌に彼女と出会うきっかけにもなった例の徽章を渡した。

 

 すると徽章はあの時と同じように宝玉から眩い光りを放ち始める。

 

 三度(みたび)会場が沸く。

 しかし、今回の声音は誰もが真剣なものだった。

 

 その喧騒が引くのを待って、ラインハルトは群衆へと語りかける。

 

「この通り、竜珠は確かにフェルト様を巫女として認めました。彼女の参加を承認した上で、此度(こたび)の王選が本当の意味での開始が成るかと思われます」

 

 騎士たちはそれに呼応し、同意する様に胸に手を添えこうべを垂れてフェルトに対して敬意を示す。

 

「失礼、よろしいですかな」

 

 それに異議を唱えたのは俺たちから通路を挟んだ反対に参列する男ーー文官筋だろう集団の一人だった。

 

「竜歴石が認めたとは言え、少々人選に問題があるのでは??」

 

 その声に対して答えたのは敬意を示していた中の一人、マーコスだ。

 

「我々騎士団が人選を見誤ったと??」

 

 騎士団と文官達が睨み合う異様な空気が玉座の間を支配する。

 

「俺を挟んで睨み合いしないでくれよ。なんとなく居心地が悪い」

 

「にゃーんか後ろめたい事でもあるからじゃにゃいのぉ〜??」

 

「ーー『結』」

 

「にゃんども喰らってたまっ ーーぐふぁッ……お、おにゃか」

 

 また頭を小突かれると思ったフェリスは首をすぼめて回避を試みるが、俺が狙ったのは腹部ーーリバーブローだった。

 

「ク、クルシュ…… 様……」

 

 的確に入ったリバーブローに肝臓を揺さぶられたフェリスは己が主人の名とともにその場で倒れ伏す。しかし、そのクルシュは壇上で前を向いたまま凛として微動だにもしていない為、従者の悲劇には気が付かない。

 

 哀れなりフェリス、そのまま沈むがいい。

 

 俺たちのそんなじゃれあいも咎められないのは、それほどまでに騎士と文官達の雰囲気が剣呑(けんのん)だからだ。

 

「ーー静かに」

 

 それをマイクロトフ卿が宥める。

 さほど大きな声を出したわけではないのにその声には従わずにはいられぬ威厳を感じさせた。

 

「騎士ラインハルト。御身がまず彼女を見出した経緯を聞かせて貰えますかな??」

 

 ラインハルトは剣を下ろし跪く事で、承ったという意思を示した。

 

「フェルト様はひと月前、貧民街の一角で保護いたしました」

 

「貧民街の浮浪児だとぉ!?」

 

 ラインハルトの言葉に文官達の火種が再び燻る。それらの罵詈雑言(ばりぞうごん)を背で受けていたフェルトは、いよいよ我慢の限界だと振り返り吠える。

 

「浮浪児で悪かったな!!勝手に連れてきたのはオマエらだろうが!?」

 

 それに対する返答は、一連のやり取り全てをつまらなさそうに静観していたプリシラだった。「飽きた」と言わんばかりに息を吐いてから口を開く。

 

「いつまでもうだうだとつまらん事この上ない話じゃ。まぁ、つまらん話しか出来ぬ故、貧民街で浮浪児などやっておったのじゃろうが」

 

 あっ、たぶん自分が目立ってないからスネたな。

 と思っていると、

 

「姫さん自分が目立ってないからスネたな、こりゃ」

 

 という声が後ろから聞こえた。どうやら本当にそうらしい。

 

 プリシラの言葉に対して、当然というべきかフェルトは眉を(ひそ)めてメンチを切ってみせる。

 

「ああぁ?? 喧嘩売ってるなら買うぞ」

 

 そしてこちらも案の定、プリシラもプリシラ様たらんとフェルトに向けて侮蔑の色しかない視線を向けて言葉を吐く。

 

「頭が高い。妾を誰と心得る」

 

 そういってプリシラは口に添えていた扇子を天に掲げる。

 

「ーー姫さん、そいつは」

 

 アルは焦ったように身体を乗り出す。

 プリシラからフェルトに向ける感情はもはや不快を超えて敵愾(てきがい)だ。

 

 まずい。

 咄嗟にフェルトを護ろうと俺の身体も動きかける。しかし、風より早く間に割ってみせたラインハルトを見てそれは杞憂だった事を知る。

 

「失礼しますプリシラ様」

 

 なにか力の流れのようなものがラインハルトへと当たり霧散したのを感じる。それを見たエミリアはフェルトを庇うように両手を広げて前へ立ち、プリシラを糾弾した。

 

「こんな大事な場所で何を考えているの!?」

 

「躾のなっていない雌犬に立場を教えてやろうとしただけじゃ」

 

 プリシラは悪びれる様子もなく、再び扇子で口元を覆って笑みすら浮かべてふんぞり返る。その様子にエミリアの正義感が触発させられたのだろう。彼女にしては珍しく顔をしかめて抗議の声をあげた。

 

「悪いことをしたら、ごめんなさいって言えないの??」

 

 エミリアの言葉に、プリシラは心底おかしな事を聞いたと愉快そうに笑う。

 

「ならば、さながら貴様の場合は『生まれてきてごめんなさい』とでも謝罪してみせるか?? 銀色のハーフエルフよ」

 

 その言葉にエミリアは勢いを失くして一歩後ずさる。

 会場全体の視線が自分に集まるのを感じているのか、彼女の表情には狼狽えが見え始める。

 

「わ、私は……魔女と関係なんて」

 

「そんな言葉を誰が信じる?? この世界の最悪の映し身たる貴様の言葉をじゃ。答えてみせよ半魔の娘よ」

 

「そ、それは……」

 

 エミリアは目を伏せ、胸を抑えて言葉を詰まらせる。

 

 それ姿を俺は、ただ見ていた。

 

「姫さん、あんまり敵を増やさねえで欲しいんだけど……」

 

「何も違ってはおらんじゃろう。妾が次の国王になる事は決まっておる故、他の候補者など本来どうでもよいのじゃ。じゃが…… いくらなんでも半魔と競う体を成すなど妾に失礼が過ぎるとは思わぬのか??」

 

 プリシラの問いかけに、文官達たちの間だけでなく先程フェルトに敬意を示してみせた近衛騎士達からも反応が漏れる。

 

「まぁ、な」

「そもそも玉座の間に入れる事自体問題じゃないのか??」

「俺たちにケチつけるなら、まず自分たちの用意した候補者を見てみろって話だよな」

 

 あぁ、そうか。

 さっきのも、こいつらはフェルトを認めたわけじゃなくてラインハルトの主張に同意しただけなのか。

 

 エミリアは銀髪でハーフエルフで文官のロズワールが擁立した候補だから認めないって事か。

 

 なんてくだらない団結感だ。虫唾が走る。

 

「プリシラ様の言い方はともかく内容は我々が思うところと同じでしょう」

 

 誰かの呟きだった。

 その言葉を皮切りに騎士、文官、賢人会までも各々が好き勝手に口を開く。

 

 やれ…… 銀髪の半魔は醜い、だ

 やれ…… 見るも悍ましい厄災の姿、だ

 やれ…… 事が起こる前に殺してしまえ、だ

 

 本当に好き勝手に。

 国の最高機関が聞いて呆れる品性のない言葉の羅列。

 

「ーー聞こえるか、半魔の娘。これが貴様に対する下々の声というものじゃ」

 

 やめろ、プリシラ。

 我慢して噛み締めた唇から赤い雫が流れ落ちる。それでも動けない。エミリアが耐えているのに俺が動くわけにはいかないのだ。

 

「さぁ、この状況でも『王になる』と宣ってみせるか??魔女の生まれ変わりよ」

 

 深く俯くエミリアの表情は伺えない。

 それでも拳を握って震える姿は痛々しいほど彼女の悲しみが伝わってくる。

 

 その姿を見ても何も思わないのか。奴らの目には本当に彼女がこの世界に厄災をもたらす魔女に見えるのか。

 

 俺には、ただ言葉の刃に怯える少女にしか見えない。

 

「どうしたのじゃ半魔?? はよう妾を笑わせてみせるのじゃ」

 

 プリシラは止まらない。

 彼女はエミリアにというより、自分以外の全ての者を差別していてこれもその一部だって事は分かっている。

 決して弱い者イジメとかそういうのはではない。

 

 わかっている…… わかってはいるけれど。

 

「そうさな…… 半魔よ、貴様には妾が王になった暁には道化の役職を与えてやろう」

 

 エミリアの為にも口を出すわけにはいかない。

 エミリアの為にも手を出すなんてもってのほかだ。

 

「世界の厄災たる貴様が妾に虐げられる姿を見れば、下々の民衆も少しは心が安らぐというものよ」

 

 だから、俺はお前をーープリシラを信じようと思う。お前を信じて、心の中に一つの覚悟を決める。

 

 もし、次に、エミリアを侮辱すれば、プリシラ、

 

 

ーーオマエを殺す

 

 

 

 

 玉座の間には異様な雰囲気が支配していた。

 候補者の一人。銀髪のハーフエルフ、エミリアを糾弾する空気だ。

 

 その理由は前述した通り。

 彼女が『銀髪』で『ハーフエルフ』だった、それだけの事だ。たったそれだけの事でも、その事実はこの国で差別されるに正当な理由であるかのように扱われる。

 

 この騒動の主導者とも呼べる、紅の少女を見つめる青年は心の中で誓う。

 

 

『次、エミリアを侮辱すればオマエを殺す』

 

 

 突如として吹き荒れる殺意の暴風雨。

 

「どうじゃ、貴様には似合いのーーッ!!」

 

 その殺意は様々な人間に作用した。

 

 まず、短い悲鳴のような息を漏らして言葉を詰まらせたのはプリシラだ。彼女は自分の喉に手を当て、目を見開いて驚愕を顔に貼り付ける。

 

(どうなっておる!? 声が、出ぬ)

 

 次に動いたのは、彼女の騎士アルデバラン。

 彼は目の前の青年の変貌に一瞬固まってしまうが、殺意の対象が自分の主人に向けられていると悟り、慌てて剣を取り出し青年の首元へと添えた。

 

 そしてもう一人。ラインハルトが列から抜けた事で並びが青年の前となった、紫色の髪をした美丈夫の近衛騎士。

 

 背後から湧き上がった悪意に、彼は即座に剣を抜いて構える。『最優』と称される彼だったが、その額には一筋の汗が流れていた。

 

「君は、この場がどういった場か理解して、そして自分が何をしているのかわかっているのか??」

 

「俺が、何かしたか??」

 

 青年の濁った瞳に相対した最優の騎士は、自身に走る緊張を誤魔化すようにその手に握る剣を握りなおした。

 

「君のそれはこの国を、そしてそれを護る我々騎士を愚弄する行為だ」

 

「だから俺が何をしたって?? それに、俺はお前らの事は尊敬してるんだ」

 

 それから青年は自分を取り囲んで並ぶ騎士達を一瞥する。

 

「この国を護るために、一人の少女を謂れ無き誹謗の槍玉にあげたり、たった一人の漏れ出た殺意に怯えて気構えたりするとは、ご苦労な事だってな」

 

「その侮蔑、たしかに受け取ったよ」

 

 再び絡まる、最優と青年の視線。それはまるで火薬庫に繋がる導火線のようで、一触即発の雰囲気を纏っている。

 

 それをみた何が起こっているのかわからない群衆は「何事だと!?」騒ぎ始めた。

 

 しかし、この会場で一番の戸惑いを覚えているのは、青年の首から伸びる手綱を握っていた青髪の少女だろう。彼女は、彼がロズワール様の相手をしている時だってここまで震え上がるような恐怖を感じることはなかった。いったい今自分が握る紐の先に括られている獣はなんなのか。少女にはわからなかった。

 

 そんな中、騒動の中心。

 プリシラとアルデバランの主従。主は、自分の従者の姿と自身に向けられた殺意を。従者は目の前の男と主の異変を。

 

 それぞれを見た時、この2人だけが事態を正確に把握する事ができた。

 

(おいおい、まさか姫さんの加護を逆手に取ったのか!?)

 

 男の認識は正しかった。

 青年がやった事は、プリシラの加護を信じて本気の殺意をぶつける事。

 

 青年は、プリシラの加護『自分に不都合な事は起こらない』が真であるとするならばーー『不都合が起こりうる選択肢をプリシラは取れない』と考えたのだ。

 

 だから、彼女が殺される可能性が生まれる以上、彼女はエミリアを侮辱する事ーー口を開く事ができなくなった。

 

 しかし、この解決法には穴がある。

 

 一つは、青年が本気でプリシラを殺めようする事。これが(いつわ)りならば、彼女に命の危険がない以上プリシラには何の変化も起こらないからだ。

 

 そして、もう一つは。

 

(この状況…… アルと最優に剣を向けられていながら妾を殺し切ってみせるというのか)

 

 プリシラは心の中で答えに辿り着く。

 殺される可能性、つまり青年に自分を殺せるだけの実力がなければ、そもそもそんな危機は生まれない。

 

「おいおい、姫さん!? だから、オレは言ったんだ!! 気にいるのはかまわねぇけど噛まれないようにしてくれってよぉ!!」

 

 アルデバランの悲痛な叫びが会場へと響き渡る。

 

「フェリス、どういう事だ何があった??」

 

「フェ、フェリちゃんにもわかりませんよ!? トキモリきゅんが目の前でいきにゃりヤバい感じににゃって、フェリちゃん無我夢中で『クルシュ様お守りしなきゃ』って駆けてきたんですから!?」

 

 クルシュは「そうか」とだけ答え、騎士に背で庇われる。しかし、彼女は危機感などは特に感じず、一人考え事に(ふけ)っていた。

 

(彼が怒る理由はやはりエミリアの事だろう。別で来たから仲違いでもしたと思っていたが、そうでもないのか??)

 

 騎士の背中越しに覗き見た青年の目。その濁り切った瞳を見て理解する。

 

(あぁ、そうか。これだけの殺意の中にあって私が恐怖を覚えないのは…… 『奴』に似ているのだな)

 

 黒く染まった瞳。しかし、奥に感じ取れる僅かな光。その点のような光源は決して消える事はないのだと主張する様に確固たる光を放っている。

 

「ふふ、本当にそっくりだな」

 

「えっ…… にゃんか言いましたクルシュ様??」

 

「いや、なんでもない」

 

 そんな気の抜けた主従のやり取りを横に、渦中の当人達は盛り上がりを見せる。

 

「おい兄弟。冗談ならここまでにしな。テメェがこんなマネして誰に一番迷惑かけてるかわかっているのか??」

 

「あぁ、わかってる」

 

 青年の声色には感情が乗っていない。ひょうきんな振る舞いが目立つアルデバランだが、彼も数々の修羅場を潜り抜けてきた猛者である。

 だからこそわかる。コイツはーー殺る側の人間だと。

 

「だったらーー」

 

「俺の、今の主人はプリシラだ。王選始まってすぐに従者の反乱なんて心象を悪くして申し訳なく思っている」

 

「だぁぁぁあ!! そうだった!!」

 

 アルデバランは叶う事なら頭を抱えたい気分だった。この時ほど己の隻腕を呪った事はないのかもしれない。青年の言う通り、今日に限ってこの獣は自分と同じ主の所有物だったのだ。

 

 膠着する会場。睨み合う青年と最優。刃を向けながらも解決策を模索する鉄兜の男。困惑する少女達と陰でほくそ笑む白塗りの道化。

 

 そんな事態を収めたのはやはりと言うべきかこの男だった。

 

「トキモリ、ユリウスそこまでだ」

 

 赤髪の少年は壇上から一歩彼らへと歩みを進め声を発する。そのやけに通る凛とした声音は聞くものの芯へと語りかけるようだ。

 

「しかし、ラインハルト。彼は騎士を愚弄し、この場すらも侮辱する行動を……」

 

「彼は何もしていない」

 

「それは……」

 

「殺意なんて言う曖昧なもので王選候補者の従者を斬るつもりかい?? この場を重んじているのならこそ、その剣を引くべきだ」

 

「……すまない。少し冷静さを欠いたようだ」

 

 最優の騎士はその剣を腰へと納める。しかし、視線は青年から一度も外す事なく鋭さを保っている。

 

「トキモリ、君もいいね」

 

「あぁ…… なぜ剣を向けられたのかは皆目検討もつかないが、構わない」

 

 青年は短く答えるとその殺気を鎮める。

 その様子にアルデバランも安堵して、彼の首に添えていた剣を下げる。

 

 事態はこれで収集する。

 アルデバランを含む誰もがそう思った。しかし、彼はそれでは下がらぬ自分の主人を忘れていたのだ。

 

 紅の少女は、久しぶりの空気を吸って何度か咽せてからその燃え盛る怒りを静かに口にする。

 

「ーー妾の言葉を遮るなど万死をもっても償えはせぬぞ」

 

 フェルトの時とは違い、プリシラは空の方の手を天へと掲げた。まるでそれは届かぬ太陽を掴まんとするようで、

 

 そして、プリシラはゆっくりとーー『空』から真紅の剣を引き抜いた。

 

「慈悲も戯れもここに終わる。せめてもの情けに、妾にその身を焼かれる至福を噛み締めよ」

 

 振りおろされる剣から灼熱の業火が青年へと向かった。青年はそれを真っ直ぐ見つめる。その灼熱はまるで陽の光が悪意を持って自分に襲いかかるようだった。

 

 それは少年の目前へと迫りーー青年へ届く事もなく大量の白い蒸気だけを残して爆散した。

 

『万死と言うならーーボクの前で娘を愚弄した君たちニンゲン風情は当然その覚悟があるんだろうね』

 

 声の主はその瞳を冷たく光らせる。

 愛らしい子猫のような風体で現れた灰色の精霊。しかし、『ニンゲン風情』と呼び一瞥するその覇気はまさしく大精霊のそれだった。

 




たくさんの感想と誤字報告ありがとうございます(*´-`)
はい……誤字報告は少なくなるよう頑張ります。
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