Re:ゼロから始める結界術   作:レトルトラメエ

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第3話

 方針も決まり、俺たちはフェルトの案内で依頼主と落ち合うという盗品蔵へ向かった。フェルトは結界を解くやいなや逃げ出そうとした為、今は右手首に『念糸』を巻いて移動している。念糸は普通の人間には見えないだろうから、年端もいかない少女にリードをつけて歩く変質者には思われまい。

 

「いろんな拘束技ばっかり使いやがって。この変態野郎が」

 

「街中で誤解を招くような事を叫ばないでくれ」

 

「何が誤解だ!へっ!そこの姉ちゃんも、コイツはアンタを貧民街に連れ込んで何しようてんだかわかったもんじゃねぇぜ」

 

 フェルトには随分嫌われてしまったらしい。どうやら今回の仕事には並々ならぬ想いがあったようだ。ただ大金欲しさというわけでもないのだろうか。

 

「失礼な、人聞きの悪い。銀髪美少女に勘違いされたらどうするんだ」

 

「その……銀髪美少女って私のことよね。私の名前はエミリア。だから銀髪なんて呼び方しないで。自分の髪、あんまり好きじゃないの」

 

「そうか。それはすまん」

 

 綺麗な髪だとは思うが、本人がそう言うのならあえては言うまい。人のコンプレックスが他人に言われて解消されるのなら苦労はない。

 時折見える特徴的な耳についても敢えて触れない。元いた世界でも友好関係を築きたいのなら種族に関しての話は御法度の事も多かった。

 

「じゃあ、よろしくなエミリア」

 

「うん、よろしくトキモリ。トキモリってすっごく変わった名前ね」

 

「ここからかなり離れた離島の出身でね。名前は御先祖様のものを頂いたんだ。独特な文化で育ってきたからこっちの知識にも疎くて大変だよ」

 

 それからの道中は世間知らずの俺が尋ねる、という形で情報収集に努めた。おかげで、今このルグニカ王国をめぐる情勢についてはおおよそ理解した。

 

 流行り病で王族全員が亡くなった、か。随分ときな臭い話だが現実として今この国は国王不在という不安定な状態にあるらしい。その打開策として龍の神託を受けられる者を国王の候補者として選出している真っ最中というわけだ。

 

 ここまで聞いた俺は少し黙って考えを巡らせる。

 この時期に、この世界の、この国へ転移させられた事を考えると、術者は王選候補者の誰かだろうか。ただそれだと、それらしき人物からの接触がないのが気になる。まさか、その神託を授けるという神龍自体が俺を転移させた?ここまで高度な空間転移。人ならざる者の仕業だと考えるとしっくりくるが……

 

 何はともあれ帰る算段がつかない以上、時世の流れに身を任せるしかないか。

 

 考え込んでいた俺は後ろからついてくるフェルトのさらに後方。精霊使いの主従の会話には気がつかない。

 

 

 

 

 

「パック。私がその候補者だっていうのは隠した方がいいんだよね」

 

「そうだね。まだ徽章はあの娘の手の中だし、何よりボクは彼を信用していない」

 

「なら、さっきやっぱり徽章だけ返し貰って帰った方がよかった?」

 

「そうかもしれない。でもね、リア。たぶん王選は今後激しさを増していく。今回の盗難騒ぎなんて微々たるものになるぐらいにはね」

 

「うん、それは私も覚悟しているよ」

 

「ボクはいつだってキミの味方だ。だけど、ボクとリアだけではどうしようも無い事態も出てきてしまうかもしれない。そんなとき、絶対的に腕の立つ仲間が必要だとボクは思う」

 

「それが時守だって思うの?」

 

「わからない。彼が何者で何を目的としているのかさっぱりだし。でも彼が絶対的に強いのは間違いない。だから最低でも敵に回らないぐらいの関係にはなっておいて欲しいんだ」

 

「パックがそんな事言うなんて珍しいね」

 

「さっきの術。ボクはねあれを見た時、恐怖したんだ。大精霊であるボクが人間にだよ?あの術はボク達のようなものを殺す為にある。本能的にそう思ったんだ」

 

「パックたちみたいなもの?」

 

「なんとなくね。でも、もしかしたら彼の強さは『彼』にすら届きうるかもしれない」

 

「彼……?」

 

「うん、彼だよ。そう、あのーー」

 

 その会話に続く名は彼女を呼ぶ背後からの声に遮られた。奇しくもその声の主はそこに続く名を持つ者だった。

 

「お久しぶりですエミリア様」

 

 燃えるような赤髪に、この晴天の色をそのまま映した碧眼の男がそこにはいた。

 

 

 

 

 

「ラインハルト!!えぇ、久しぶりね」

 

「はい。今日は非番なのですが、こうしてお会いできたのですから街を見回っていたかいがあったと言うものです」

 

 ちょっと考え事をしていたら後ろでエミリアがナンパされていた。ナンパ男の顔をどんなものかと見てやれば、そいつは女に困った事がなさそうな面で笑ってやがった。

 なんだぁ?てめェ……!?

 

 と、いきなりキレ散らかすほど流石に対人スキルが破綻しているわけでもないので、ここは知人らしき男との会話が終わるまで黙って待っていよう。

 

 非番、見回り。聞こえてきた単語から察するに彼は衛兵ってところか?

 いや、しかし…… この国のお巡りさんってのはみんなこんなに強いのか?身のこなし方というか、一目で優男の実力が尋常のものではないことがわかってしまう。もしこんなのがゴロゴロいるなら犯罪発生率ゼロ目指せるよ。そんな国で不埒な真似をする奴の気が知れない。

 

「ところであちらの男性と少女はお連れ様ですか?」

 

「えっ、うん。トキモリとフェルトっていうの」

 

「……そうでしたか」

 

「……??どうかしたの?」

 

「いえ、その。声をお掛けした理由の一つは彼らでして」

 

 顔だけじゃなく声までやけにカッコいい、いけすかない男が少し困ったように視線を向けてくる。

 

 なんだぁ??

 

 疑問符を頭の上に浮かべていると、ラインハルトと呼ばれる男が横並びの俺とフェルトを指差した。いや、正確には俺とフェルトの()だった。

 

「あの……人の趣向に異を唱えるつもりはありませんが。それは合意の上という事でよろしいのでしょうか?」

 

 王都の往来で少女の手首に手綱をつけて闊歩する不埒な青年がそこにはいた。

 というか、俺だった。

 

 

 

 

 

「ざっけんな!兄ちゃんのせいでアタシまで変態だと思われたじゃねえか!」

 

 ゲシゲシッとスネを蹴られながら、俺たちは目的地への歩みを再開させていた。

 フェルトもラインハルトが衛兵だと気付いていたからか大人しくしていたが、彼と別れた途端烈火の如く怒りだしてしまった。

 流石に年端もいかない少女の乙女心を変態という汚名で傷つけた事実には罪悪感がなきにしもあらずなわけで、この蹴りは甘んじて受け入れよう。

 

「だからなんとか、家出癖の妹を連れ帰る途中だと即興にしては上手く言い逃れてみせたじゃないか」

 

「上手くねぇだろ!妹連れ帰るのに街中で手綱つけて歩く兄妹なんて、変態に違いねぇじゃねえか!」

 

「まあまあ。衛兵なんてフェルトがお近付きになるような人種でもあるまいし。どう思われたって関係ないだろ?」

 

「それはそうだけど、よっ!」

 

 フェルトは最後に一発、より強く蹴りを入れると気が済んだのか大人しくなった。

 

 それからもしばらく歩き続けた。

 

 すると、舗装された道は終わり、進むにつれ周りの景色が寂れていく。

 倒壊した家が目立ち、見かける住人の身なりも王都とは比べものにならないほど小汚い。そして、街に入ってからは生ゴミのような異臭が仄かに香り続けていた。

 

「この通りを進んだところに蔵がある」

 

 周りの景色に戸惑ったように口数の少なくなったエミリアとは対照にフェルトは淡々と話す。この貧民街が彼女の日常なのだろう。

 

「性根のしみったれた腐った街だろ?」

 

「まあ、お世辞にも活気はないわな」

 

 俺は正直な感想を返した。それに対して特にフェルトは気分を害した様子はない。

 

「そりゃそうさ。住んでる奴らが腐ってるからな」

 

「フェルトもここで暮しているのか?」

 

「あぁ。でも…… アタシは違う。こんな路地裏で一生を終える気なんてさらさらねぇんだ」

 

「そっか」

 

 彼女の言葉からは瞳の色以上の熱量を感じた。野心に溢れるその目を見れば、きっとそうなる気がするし、そうなって欲しいと思う。

 

「なんであんとき衛兵に引き渡さなかったんだ?」

 

 少し間を開けてフェルトが呟くように訪ねてくる。

 

「アタシを盗っ人として引き渡して、徽章は奪い返す。後はアイツらにここに来て貰えば楽だったんじゃねえか?」

 

「……助けるなんて軽々しく言った事を少しは悪く思ってるんだよ。フェルトがどういう思いで、何をしているのかも知らないのに、簡単に助けるなんてちょっと失礼だったなって」

 

「……同情か?」

 

「感銘かな。フェルトは環境を言い訳にしないで強く生きている」

 

「そっか。……あんがと」

 

 そこからは誰も口を聞く事はなく黙々と歩き続けた。

 俺たちが蔵に着いたのは、夕日が地平線へ半分隠れた頃だった。

 

 

 

 

 

「そのお爺さんが貴方の依頼主?」

 

「ちげぇよ。この爺さんはロム爺。その、アタシの家族みてぇなもんだ」

 

 エミリアの疑問にフェルトは少し気恥ずかしそうに答える。

 

「なんじゃフェルト。ぞろぞろと、珍しい」

 

 しゃがれた声でフェルトへと問いかける男。その体躯は、この貧民街の中では一際広い蔵であっても手狭に感じるだろうくらいには大きかった。

 

「あぁ、爺さん。なんだ……その、ちょっと仕事でトチって面倒な事になってんだ。アタシの客が来るまでここで待たせて貰うぜ」

 

 俺とエミリアも軽く挨拶を済ませると近場の椅子に座った。体重を乗せると僅かに軋む椅子。どこか埃っぽいこの蔵には似つかわしいその椅子へと腰をかけて、フェルトの客を待つ。

 

 そういえば。と、俺は蔵に着くあたりから気になっていた事をエミリアへと聞いてみる。

 

「そういやパックはどうした?途中から姿が見えなかったけれど」

 

「パックは精霊だから。表に出ているだけでも結構マナを使っちゃうの。だから、さっき念の為に依り代の結晶石で待機するって」

 

 『念の為』てのは、盗難の依頼主に対してだけを指していった言葉ではないのだろう。

 あの精霊には随分と警戒されてしまったものだ。もしかしたら、俺の術が妖を滅する類だから、何か感じるものがあったのかもしれない。見せて問題ないのは【結】までだな。今の信頼関係で【滅】まで見せるのはあまりに危険すぎる。もちろんーーその先の技にしたってだ。

 

 そう現状把握を行い戦い方を精査し終えたところで、いろいろな意味でちょうどというべきか、客人が現れた。

 

「……『結』ッ!!」

 

 音もなく忍び寄りエミリアの腹部目掛けて横一文字に振るわれた刀剣を紙一重で防ぐ。

 

「あら。面白い技を使うのね。見た事もない知らない術。素敵よ。そんな術者のお腹は割ってみたくなっちゃうわ」

 

 黒髪に大胆に肌けた黒装束。慣れた手つきでククリナイフを握る美女がそこにいた。

 

「お、おい!どういう事だよ姉ちゃん!?」

 

 フェルトは驚いたように女へと叫びをあげる。どうやら黒髪の彼女こそがフェルトの依頼主らしい。

 

「持ち主まで持ってこられたら商談なんてとても、とても。だから予定を変更したのよ。ここにいる関係者は皆殺し」

 

「本当に予定変更か?はなっから皆殺しにする気で金なんて持って来てないんだろ?」

 

「あら…… ひどいわ、お兄さん。お金はたまたま忘れてしまっただけ。それに結局仕事に失敗してるのだから持ってこなくて正解だったわ。所詮は貧民街の住人ね」

 

「……くっ!」

 

 フェルトの顔が苦渋に歪む。結局はちゃぶ台をひっくり返されたであろう。でも彼女が仕事に失敗した事実で、その事は彼女のプライドを傷つける。

 

「まるで自分の仕事は上手くいくような口ぶりだな」

 

「あら、安心して。私はしっかり全員の腹を裂いてあげるから」

 

「その割には無駄口が多いんじゃないか。仕事に集中し切れてないぜ。そんなんだから足をすくわれるんだよ。ーーやっちゃえパック」

 

「リアを守ってくれた事にまずは感謝を。そしてキミには自己紹介を。ボクの名前はパック。名前だけでも覚えて逝ってね」

 

 エミリアの左肩に現れたパック。空間を突如として無数の氷柱が支配すると、それらはパックの振るう手に合わせて女へ飛来する。

 爆音と共に舞った砂埃が去ると、そこには氷結の山が出来上がっていた。

 

「やりおったか!!」

 

「お、おいっ!余計な事言うなクソじじい!」

 

 寂れた蔵に住んでいるくせに、なんて綺麗なフラグの建築技術だ!

 俺の危惧した通り、ロム爺の声に呼応して……かは知らないが堅氷は一瞬光を放つと粉々に砕け散る。

 

「備えはしておくものね。精霊、精霊ね。素敵、素敵よ。精霊はまだお腹を割ってみたことがない……からっ!!」

 

 氷の拘束が解けた女はローブ1枚肌けた姿に変わっており、何事もなかったかのように刀を構えるとエミリアへ突っ込んでいく。

 

「精霊術の遣い手を舐めないでよ」

 

 エミリアは両手を合わせると生成した氷壁を盾に女の攻撃をいなす。

 

「まずいな……この戦闘、俺は役に立てないかもしれない」

 

「どうしたんだい?まさかボクに見られているからって力を出し惜しみするつもりかい?」

 

「いや、違うよ」

 

 『見られているから』ってのはあながち間違いでもないが、それ以上の問題がある。

 

「女の服がエッチすぎて結界の座標が定まらないんだ」

 

「……ボクはキミを買いかぶっていたみたいだね」

 

 なんだか決定的に見放された気がするが、それどころではない。なんだあの格好は。あんな姿で動き回られては、精神に重きを置く結界術など使えるはずもない。

 

「兄ちゃんサイテーだな。やっぱり節操なしの変態野郎だぜ」

 

「ごめんね、トキモリ。流石に今のは擁護できないかも」

 

 美少女ズにも呆れられてしまった。しかし、女にはわかるまい。

 

 俺が戦えない以上、ここはずっと俺を監視していたストーカーに働いて貰うとしよう。奴も男だ。どうせ扉の外からは、いやらしい目であの女を見ているに決まっている。

 

 俺は、できるだけ嫌味ったらしく声を上げた。

 

「この国の衛兵さんってのは非番だと襲われている一般市民を助けてはくれないのか?」

 

「……キミが一般市民かどうかを確かめたかったのだけれどね。じゃあ、遅ればせながらで良ければ職務を全うさせて貰おうか」

 

 昼間会った時と変わらない、鋭くも温かい眼差しを浮かべながら、その優男は入り口に姿を見せる。

 そこには俺と違ってエッチなお姉さんに対するやましさなど一片もなかった。

 

 やっぱりムカつく野郎だ。

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