Re:ゼロから始める結界術   作:レトルトラメエ

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第30話

 いったい何度こうして地に額をつけた事だろう。対して視線の先にいる純白の騎士は、その装束に土埃の一つすら見られない。

 

「こんなに遠いのか。この世界の最強ってやつは」

 

 立ち上がることも出来ず、地面に頬を擦り付けながら口を動かす。幸い、発する言葉で土ぼこりが舞って目に入ることはない。自身の血溜まりで砂が濡れ固まっているからだ。

 

「その身体でまだ続ける気かい?もちろん、君が立ち上がる限り、僕は相手をさせてもらおう。でも、続けることでそこに油断や慢心が生まれるなんて期待は考えないで欲しい」

 

 あぁ、それでいい。

 絶対に気を緩めることなく闘ってくれ。そのどこまでも高貴と思える騎士の精神こそお前にーーラインハルトに付け入る唯一の隙なのだから。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 ユリウスから木刀を受け取った赤髪の青年は、それを何度か試し振りをして感触を確かめていた。

 

 おそらく、どの程度の力加減で、どのように振るえば、その剣が耐えられるのか見定めているのだろう。

 

「さて、決闘の『決まり』についてだけれど……」

 

「あぁ、死ぬまでやろう」

 

 ラインハルトを遮るように俺は口を開く。こんな茶々を入れるのは何もふざけているわけではない。無理矢理にでも何か言葉を発さないと身体が強張ってしまいそうなぐらいには、柄にもなく緊張をしているからだ。

 

 まぁ、それだけでもないけれど……

 

「そんなわけがないーーとも言えないね。その気はなくても僕もこんな機会は初めてだ。君には、死んでしまわないように頼めるかい??」

 

「あっさり物騒な事頼んでんな」

 

 ラインハルトは軽い冗談だと微笑んだ。

 

「うっかり殺してしまわないように手加減はする。でも、君には本気で来て欲しいだけさ。そうでないと殺めてしまいかねない」

 

「言ってくれるじゃんか」

 

 ラインハルトの印象には似合わない、獰猛な光りがその瞳に僅かに揺れた。

 

 そこまで深く知っている間柄でもないけれど『らしくない』と思った。

 もしかしたら、ラインハルトも、緊張とは呼べなくとも普段の自分とは違う高揚感みたいなものは感じているのかもしれない。

 

「じゃあ、そろそろ……」

 

「あぁ、わかってる」

 

 ユリウスの言葉を借りるなら、口で語るのはここまででいいだろう。

 

 それにーー会場の広さを測る時間は稼げた。

 

 これが無駄話を続けたもう一つの理由。

 空間を利用して闘う結界師にとって舞台の把握は大きく戦術を変える。コロッセオのように円形にくり抜かれた舞台というのは、『箱』との相性があまりよくなさそうだが、文句も言っていられない。室内という事で高さも気になったが約15mほどもあるので、こちらは自由が効くだろう。

 

「では、始めようか。フェリス、立会人を頼めるかい」

 

「はいはーい」

 

 ラインハルトの目線の先、観客席のフェリスは「そっちに行くのは危にゃそうだから、ココからしつれ〜い」と、なんとも気の抜けそうな声で挙げた手をひらひら揺らす。

 

「死なにゃい限りはフェリちゃんの魔法でどうとでもしてあげる。だから、ラインハルトは遠慮せずトキモリきゅんをボコボコにしてあげてネ」

 

「立会人にあるまじき中立性の無さだな」

 

「まぁまぁ、気にしにゃい気にしにゃい」

 

 お前は一休さんかとツッコミをいれている余裕はない。なぜなら、もう一休みしている場合ではないからだ。

 

 瞳を閉じ、全身に巡る血の流れに集中する。そうする事で空間を占める自分の身体の大きさを知ることができる。

 

 そして、目を開き、敵を見る。

 気を張らないと大きさを見誤ってしまうほど強烈な覇気を感じさせられる敵を。

 奴の体躯、衣服、剣の長さと想定される間合い。

 

 準備は整った。

 

「ーー始め!!」

 

 俺は、殺す気で初撃を放った。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

sideエミリア

 

 

「トキモリ……」

 

 最強の騎士の闘いが見られるとあって、異様な熱気と共に騒がしくなる観客席。

 

 その一席。周囲の席は騎士たちによって埋め尽くされたにも関わらず、唯一余裕ある並びで座る一団の中の少女は呟いた。

 

「ラインハルトと闘うなんて、いくらトキモリでもムリよ」

 

「そうだね。ボクも流石にこの展開は想像してなかったかな」

 

 主人の悲痛な声に応えたのは、その愛らしい瞳をいつになく真剣に研ぎ澄ませて、中央の彼らを見つめる精霊だった。

 

「だけどね、リア。これはいい機会かもしれないよ」

 

「どういう事??」

 

「ボクたちは彼が本気で闘ったところなんて一度も見ていないからね。騎士の話もあるし、実力を知っておくのは悪くないよ」

 

「パック、あのね…… その話はーー」

 

「リアにどういう心境の変化があったのかは聞かないよ。なんで、最近トキモリを避けていたのかも含めてね。でも、これだけは知っておいて欲しい」

 

 精霊は向けていた視線をそのまま主人へと滑らせて、真っ直ぐ彼女に瞳を合わせる。

 

「ボクはやっぱり彼に騎士を頼むべきだと思っている」

 

「パック……」

 

 精霊の言葉に銀髪の少女は何も返すことが出来なかった。代わりに彼女もその精霊を見習って中央の彼らへ視線を向ける。

 

 そこにいる彼は少女の知っている彼とは別人のようだった。

 

(そっか。私、初めてなんだ。トキモリが闘うところを見るのは)

 

 盗品蔵の時、そしてーーレムが彼を襲撃した晩でさえ、彼は闘うというより守る立ち振る舞いをみせるだけだった。

 

 彼の敵を射抜かんとする鋭い眼差しに、人知れず胸の鼓動は大きく、そして早鐘を刻んだ。

 

 

 

 

sideプリシラ

 

 

「どうだい姫さん。見たいものは見られそうかい」

 

 個性が強い面々の中にあっても、一際異彩を放つ鉄兜の男は真紅の少女へ言葉をかける。

 

「くだらぬ事を聞くでないわ。妾が見たいと思った時点で、それが見られる事は決まっておろう」

 

「素直じゃねえなぁ」

 

 鉄兜の男は気付かれないように主人へと横目を送る。そこには、扇子では隠しきれない笑みと爛々と妖しく揺れる瞳があった。鉄兜の男がこの主人に使えてからこんな表情を見るのは初めての事だろう。

 

(はぁ、本当にご愁傷様だぜ兄弟。姫さんにここまで気に入られるとは不幸でしかねぇだろうからな)

 

 くわばらくわばら、と天災とも思える少女の激情が己に降り掛からない事を心の中で祈った。

 

 

 

 

sideアナスタシア

 

 

 選手交代を告げられた紫髪の美青年は自身の主人へと頭を下げる。

 

「申し訳ございませんアナスタシア様。せっかくお時間を頂いたにも関わらず、このような形になってしまって」

 

「かまへんよ。むしろ、ようやったと褒めたいくらいやわ」

 

 従者とは対照的な能天気な声色は、続けてその理由を語る。

 

「剣聖と、クルシュはんも買うとる謎の男。他陣営の力量を測れる機会なんて貴重やからな。情報は時として金より重要なんやで」

 

「アナスタシア様らしいですね」

 

「それに加えてこちらの情報は一つも渡さん。タダでこれだけの利益を得られるんやから、丸儲けっちゅう話や。まぁ、もしまだ望みを言うても罰が当たらん言うんやったら……」

 

 もし、この修練場が自分の資産なら観戦料として十分お金が取れたのになぁ。と、少女は頭の中で算盤を弾くのであった。

 

 

 

 

sideクルシュ

 

 

「フェリス、どちらが勝つと思う??」

 

「それは、もちろんラインハルトですよクルシュ様。賭けにもならにゃいんじゃないですかネ」

 

「ーーそうか」

 

 男装の麗人は特にその回答に驚くこともなく静かに頷いた。

 

「彼はなんの為に闘うのだろうな」

 

「えっ…… 彼ってトキモリきゅんの事ですか?」

 

 クルシュはひとつ、浅く頷いた。

 それを見たフェリスは、主人からの質問にその耳をぴこぴこと動かしながら考えてみたけれど、結局答えが出る事はなかった。

 

「フェリス、一つ賭けをしてみないか」

 

「賭けって…… クルシュ様まさか!?」

 

「あぁ、私は彼に賭ける」

 

 主人の言葉にフェリスは不愉快そうな表情を隠そうともせず表に出す。

 

「クルシュ様って、にゃ〜んか妙にトキモリきゅんの肩持ってますよネ??」

 

「ただの遊びだ。他意はない」

 

「ホントですかぁ〜??怪しいんですよネ」

 

「気が乗らないなら無理強いはしない。賭けと言っても金品を賭けるのは、彼らに失礼だろうしな。そうだな、勝った方が負けた方に何か望む事をひとつ……」

 

「今、『にゃんでも』って言った!?」

 

「いや、言っていないが。まぁ、フェリスの望むことなら変なことでもないだろう。それなら確かになんでも構わない」

 

「真っ直ぐにゃ信頼が辛い!!」

 

 肩を持つとは少し違う。肩入れするでもまだ違う。クルシュの心情を正しく表現するならば、きっとそれは『重ねた』のだろう。彼と同じ出身の従者に。

 

(だから、期待してしまうのかもしれないな)

 

 どんな苦難、強敵に対しても、迅速でもなければ円滑でもないけれど、どんなに泥臭かろうが立ち向かい打ち勝ってきた男の姿を見ているから。

 

「さぁて、こうにゃったらラインハルトにはトキモリきゅんをボッコボコにして貰わにゃいといけませんネ!」

 

 自分の騎士が開戦の合図を下すのを隣で聞きながら、クルシュの目は人知れず期待に満ちていた。

 

 

 

 

sideレム

 

 

 青髪の少女は、ただ祈った。

 想い人の、無事と勝利を。

 

「信じています、トキモリくん」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 初撃は殺す気で放った。

 ラインハルトの顔面に目掛けて正面から一発、結界による槍の一撃。

 

 しかしーー当然、という表現をしてしまいたくなるほど当たり前にその攻撃は防がれる。

 

 どうやら剣を振るうことで防いだらしい。

 『らしい』というのは、俺はその剣筋を捉えることすら叶わなかったからだ。剣を振ったとわかったのは、構えた位置から刀身が移動していた為である。

 

「ーー危ねッ!」

 

 さらには、逆にラインハルトが防御の為に振るった余波が、斬撃となって飛んでくる始末だ。

 

 それを後ろに飛び退けて回避してみせるけれど、

 

「間合いに関してはいきなり修正だな。剣を振るった直線上が、全て間合いとかふざけてんのか」

 

 観客席の上、斬撃の先にあった壁には、その痕が深々と刻まれていた。

 

 初撃に顔面を狙って正解だった。

 顔の高さの攻撃を防ぐには、ラインハルトの構えからでは下から上に向かって薙ぐしかなかった。そのため自然と斬撃の軌道も上へとずれたのだ。

 

 もしこれが胴体の高さにあったなら、後ろに飛び退けた俺の身体からは鮮血が舞っていた事だろう。

 

「てか、客席に当たったらどうすんだお前」

 

「大丈夫さ、あれぐらいならフェリスがすぐに治してくれるよ」

 

 ひゃ〜、オメェすげぇ事言うな!?

 治せるからって斬ってもいいのか!?

 

 もし、なんでも願いが叶う玉があったら「でぇ丈夫、死んでも後で生き返れる」とか言い出すんだろうな。強いやつってみんなこうなるのだろうか。

 

 冗談はさておき、すぐに次弾を撃ち込む。

 

 狙いは後頭部。完全な死角からの一撃だ。

 

 しかし、ラインハルトはこれも表情一つ変えずに首だけで避けてみせた。

 

「お前、身体の構造が違うのなら言っといてくれ。後ろに目ん玉がついてたりはしないか??」

 

「いや、君と変わらないはずだよ。あえて言うなら、人よりも危険を察知する能力に恵まれているだけかな」

 

 『優れている』ではなく、『恵まれている』か。素直に受け取るのなら、何かしらの加護の類と考えていいだろう。

 

 やつに対しての直接的攻撃は全て読まれると思った方がいいのか?

 

 確かめる為、一つ試してみる。

 

 ポイントを定め、そこに3秒後に結界を張る事を決める。そして、そこから逆算してそのポイントに誘き出すような道筋を組み立てた。

 

ーー1

 

 まずは、初手にもう一度後頭部を狙った結界を放つ。剣振るえば俺に背を見せることになるので、ラインハルトは今回も首を捻る最小限の動きで躱してみせるだろう。

 

ーー2

 

 次は、剣を持つ右手の逆。奴から見て左方向から足元をすくうように一発、そして正面から胴体を貫く結界をもう一つ放つ。

 

 それぞれのタイミングはわざとズラす。なぜなら同時だと、剣を一度、横なぎに振るうだけで対処できてしまうからだ。しかし、時間差を設けた攻撃を剣で防ぐには最低2度はその手を振るわねばならない。

 

 その労力を割くぐらいなら右斜め後方へ飛んで避けるはず。

 

 まぁ正直、防ぐか避けるのか、どちらを選ぶかは半々ぐらいの賭けになるし、もしかしたら全く違う避けかたをするのかも知れない。

 

 それでも圧倒的な格上相手には多少の博打は打ってでなければ勝負にすらならない。

 

ーー3

 

 最初の工程から3秒後。避けるであろう軌道に沿って背後からの結界を一発。

 

 この3工程を実際のラインハルトの行動とは関係なしに実行する。

 

 ほぼ目の焦点は合わせない。でないと、ラインハルトの動きを見た俺の表情で、こちらの意図がバレてしまう恐れがあるからだ。

 

『ーー結!』

 

 計画が立てば即実行。強者に挑む弱者に与えられた手段なんて手数と博打しかない。

 

 初撃を放ってからは、ただ機械的に作業をこなす。敵をほぼ見ない事は闘いにおいて相当のリスクだけれど、そんな事はかまっていられない。

 

 いちおう剣を振るって防がれた場合ーー斬撃が飛んでくることに備えて、結界を展開した延長線上には立たないようにした。

 

 3秒が経った

 

『ーー結!!』

 

 いつ斬りつけられてもおかしくなかった3秒間の恐怖は間延びしたように感じられた。しかし、結果的には俺は賭けに勝ったらしい。

 

 視点を合わせると、ラインハルトはまさに指定したポイント目掛けて飛び退けている最中だった。

 

 完全な死角、そして俺はラインハルトに向けて放ったわけじゃない。あくまで無感情に、組み立てた工程の指定したポイントへと結界を展開しただけ。ラインハルトに向けての殺意や敵意、そういった悪意ある感情はほぼ無かったと断言していい。

 

 どうなる!?

 

 俺が見つめる中、ラインハルトはポイントへと着地する。見えていないはずの結界がその背へ迫った。

 

 しかし、それが到達するよりも先に、ラインハルトはまるで踊るように軽やかに、ひらりともう一つ横に飛んでみせたのだった。

 

「これもダメか」

 

「君は恐ろしい事を平気で試してくれるね」

 

「悪意の有無に関わらず、お前に向かってくる不利益は察知できるってわけか」

 

 という事はラインハルトに攻撃を当てる方法は2つ。力技で奴の防御を破るか、察知されても躱しきれない状況を作り出すか。

 

「いきなり詰んでないか、コレ??」

 

 格上相手への定石、奇襲が通じない時点でほぼゲームオーバーだ。正攻法でいこうにも、そもそも力で押し負けるから格上なわけで、現実的ではない。力量差に対して唯一の攻略法が『加護』の一言で断ち切られるなんて冗談ではない。

 

「さて、次はこちらから攻撃させて貰うよ」

 

 まだ攻撃手段の糸口どころか、通すべき糸が存在するのかすら疑わしくなったというのに、今度は防御に付いて考えねばならないらしい。

 

 基本的にはこのまま距離を取る事で間合いには入らない立ち回りが正解だろう。斬撃ならまだしも、その太刀を直接防げるとは思えない。

 

 しかし、その考えは甘かった。

 

 瞬きを惜しみ、眼球の潤いを犠牲にして、呼吸すら最低限にしてまで、ラインハルトを注視していた。

 

 していたーーというのに、奴はまるで神隠しのように忽然と姿を消してしまう。

 

 もちろん本当に神隠しにあったわけではない。では、何故か。答えは単純。神速でもって移動をしただけだった。

 

 思考するより先に『絶界』を発動させられた自分を褒めてやりたい。

 

 殺気を感じたとかそういう事ではない。不明瞭な恐怖に対して、咄嗟に身体が反応しただけだ。

 

 見るとか、聞くとかそんな事をしてから反応できるモノでもない。そういった全てのものを置き去りにする剣が、俺の身体を横薙ぎに殴りつけた。

 

「ーーッ!!」

 

 人の腰は前後にしか曲がらない事を忘れたように、俺の身体は横方向に『くの字』に折れた。

 

 『絶界』なんて関係ない。その上から無理矢理殴打されたのだ。身体は弾けるように飛んでいき、そのまま砲台のような音を立てて壁へとぶつかる。

 

「ガハッ……」

 

 壁に接触する前に絶界は解かざるを得なかった。じゃないと、このまま壁を貫通して、冗談抜きに街まで吹き飛ばされていたのだろう。

 

 もし、俺らがコンビを組んだら最強だな。触れたもの全てを消し去る黒い砲台のできあがりだ。もちろん、そんなのはごめんだし、何かあるたびにこんな使われ方をしていては俺の身が持たない。

 

 そして何より、この男は誰かと組まずとも、それ単体で最強なのだ。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 口の中に血が滲む。肋骨は幸いにも折れていない。代わりに激しい吐き気が身体中を駆け回って、今にでも膝をついて四つん這いになりたい衝動にかられる。

 

「暗礁に乗り上げたどころの騒ぎじゃないな。海が干上がるレベルで望みがない」

 

「それは降参と取っていいのかな」

 

 土煙の奥でラインハルトは余裕綽々の様子で俺へと問いかける。本当に癪に触る男だ。

 

「そんなわけあるか」

 

 そう息巻いて見せるものの、防御する術を見つけなければ嬲り殺されるだけだ。

 

「そうか。じゃあ、次ーー行くよ」

 

 再び視界からラインハルトが消える。

 今回は結界を複数展開して進路を絞ってみた。しかし、普通の結界ではラインハルトにとっては障害たりえず、結局、認識を超えた速度で距離を詰められる。

 

「クソッ!!」

 

 右から潜り込むような姿勢で構えるラインハルトに対して、俺は全力の『絶界』と予想される剣の軌道上に腕でガードをする。

 

 本来、絶対の守護領域を展開する『絶界』。それを発動していながら防御の姿勢を取らねばならないなんて、とんだ笑い種だ。

 

「クハァッ!」

 

 それでもお構いなしに叩き込まれる圧倒的暴力を前に、俺は先程の再現をするように対岸の壁へと爆音とともに衝突する。

 

 壁にへばりつくように貼り付いた身体は、しばらくして、ようやく重力を思い出したように地面へと崩れ落ちた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ…… お前が握っているのは、ただの木刀だろうが。鉄の剣ですら消失していたのに、なんで消し飛ばないんだよ」

 

「あぁ、これかい。これは僕がそう望んだからさ」

 

「お前、その説明で納得する敵がいると思うのかよ」

 

「敵に納得してもらう必要があるのかい?」

 

「ごもっともだな!!」

 

 望んだからただの木刀が不壊の聖剣に早変わりしましたってか?

 

 望めば相応の加護が手に入る。考えるだけで馬鹿らしい能力だ。

 

 もぅ、ダメだぁ…… おしまいだぁ。

 

 と、言いたいどころかだかーーとりあえず考えるのはやめだ。想定しようもない能力は、当然対策しようもないのだ。

 

「次は、もう少し強く行く」

 

 騎士はどこまでも優しい声色で無慈悲な宣言をする。

 

 立ち上がろうと歯を食いしばる。ジャリッーーと砂を噛む不快感が血の味とともに広がるが、そんな事どうだっていい。

 

 手で身体を押しあげ片膝を着く。それすらやっとの思いだ。正直、そのまま倒れ伏して眠ろうかとも思った。てか、めっちゃ思った。けれど、欲望に負けることなく自分を鼓舞して足を踏ん張り立ち上がる。

 

 地力で負けている相手に長期戦が無謀な事は百も承知している。

 

 それでも立ち続けなければ。それこそが俺に残された勝利への布石なのだから。

 

 

 そこから俺はーーただひたすらに殴られ続けた。





後書き

 明日また更新します。
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