Re:ゼロから始める結界術   作:レトルトラメエ

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第31話

「止めてあげて、これ以上こんな事してなんの意味があるの!?」

 

 両の指ではもう数え切れないだろう。今また、目の前でボロ切れのように崩れ落ちた男を見て、少女は声を荒げた。

 

 すでに勝敗は火を見るよりも明らかだ。

 

 一方は、もはや血がついていないところを探す方が難しい死に体の男。そんな状態で土の上を何度も転がるものだから、身体中に砂が貼りついて、より一層痛々しかった。

 

 もう一方は、いったいこの決闘が始まってから何が変わったのだと思えるほど涼しい顔で佇む真紅の男。

 

「こんな酷い見世物みたいなことーー」

 

「エミリア」

 

「ーーっ!」

 

 立会人に指名されたフェリスへと訴える少女の言葉を遮ったのは、その隣に座る騎士の主人、クルシュだった。 

 

 たった一言、有無を言わせぬ圧で少女の名を呼んだクルシュは言葉を続ける。

 

「その言葉は貴公だけは口にするべきではない。それは彼に対する最も非道な裏切りに他ならないからだ」

 

「そんな…… でもッーー」

 

「二度も言わせるな。アレが誰の為にあの場へ立っているのか、本当にわからないほど愚かでもあるまい」

 

「それは……」

 

 エミリアを射抜くクルシュの視線には明確な怒りが見てとれた。どうして彼女が怒るのかはエミリアにはいまいちわからなかったけれど、彼があそこへ立つ理由ならば想像はできた。

 

 彼自身のプライドの為?

 

 違う。そんなものを大切にするような人なら、あの時、玉座の間でパックに遜ったように傅いたりはしないだろう。

 

 この王城に乗り込んで来たのだって、そのくせトラブルの原因だと自ら名乗り出て退席させられたのだって、全部…… 全部、私の為だ。

 

 でも、だからこそ。だからこそ、エミリアにとってはそれが堪え難いことだった。

 

 だって、そんな事は頼んでいないのだから。自分の為に彼が傷つく事なんて望むわけがないのだから。

 

「エミリア様」

 

 今度は、始まってから今までただ黙って彼を見つめていた、隣に座る青髪の少女から名前を呼ばれる。

 

「……レム」

 

「失礼を承知で申し上げさせていただきます。この件に関しては、レムもクルシュ様の意見に同意します」

 

「そ、そんな…… でも、これ以上やったらトキモリが……」

 

 視線を中央へ向けると、まさにまた殴打され砂地へ新しい血を滲ませているところだった。

 

「大丈夫ですよ、エミリア様」

 

 それでも、それまで険しい表情を保っていた少女がふわりと笑う。ただ一点、彼だけを映すその柔らかい瞳には、本当に大切なものを見るような暖かさがあった。

 

「トキモリくんは諦めが悪いんです。どれだけ拒絶しても手離してくれないぐらいに」

 

「それは……」

 

「それにトキモリくんが言ったんです。九十九ダメでも残り一を諦めたりしないって」

 

「…………」

 

「だから、大丈夫です。そんな彼が一矢も報いないまま終わるわけがありません。レムは信じます。レムを救ってくれた英雄を。レムは…… トキモリくんを愛してしまっていますから」

 

 エミリア様はどうしますか?

 

 一度だけこちらを向いた視線にはそんな言葉が載せられていた。

 

「私は…… 私は、トキモリを……」

 

 その先に続く答えを彼女はまだ持てていない。だからソレを探すように、今の彼女には彼を見つめることしか出来なかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 いったい何度、彼は打ちのめされたら気が済むのだろうか。

 

 初めは嘲笑うかのように盛り上がりを見せた客席の人間も、あまりに惨いその姿に、今は静まり返り固唾を呑んでいる。

 

 たしかに彼の勇姿は素晴らしいものだ。僕だって、普段ならそう思う。

 

 でも、僕が期待したのはこんなものではない。勝てないとわかっている相手に何度も果敢に挑む勇姿などではなく、

 僕に、挑み、願わくば……

 

 また彼が立ち上がる。

 ボロ切れのような身体を壁に引きずりながら、かろうじてという感じだ。

 

「その身体でまだ続ける気かい?もちろん、君が立ち上がる限り、僕は相手をさせてもらおう。でも、君が続けることで僕に油断や慢心が生まれるなんて期待は考えないで欲しい」

 

 手加減と油断は似て非なるものだ。

 そんな事は彼だって百も承知のはず。彼を殺さぬように力を加減したとしても、彼への警戒を怠ることはしない。

 

 再び、彼を漆黒の闇が包み込む。

 

 始めは彼を中心として完璧だった『黒』の球体も、今は見る影もないほど不安定に揺れていた。

 

 そして、そこから先も、僕は立ち上がり続ける彼をこの剣で殴り倒した。

 

 何度も、何度も。何度も何度も、それこそ彼にとっては繰り返される永遠の絶望にも感じるだろう一連のやり取り。

 

 そんな事を続けた何度目かの頃だった。

 

 ついに、彼は発した『黒』を解き、瞳を閉じて下をむいた。

 

 これで、終わりか……

 

 あれだけの状態では、立ち上がっただけでも褒められるべきなのだろう。震える足でかろうじて身体を支えていた彼は俯いたまま顔をあげない。

 

 諦めたであろう彼の出立ちを見た僕が感じたのは、勝利の高揚ではなく、どうしようもない消失感だった。

 

 結局は君も、僕が守るべきものの一つだったわけだ。

 

 願わくば、願わくば君には…… この背を預けてみたかった。

 

「そんな残念そうな顔で見てんじゃねぇよ」

 

 僕の心を見透かしたように、ソレは声を発した。

 

「安心しろ。テメェを倒すのを諦めたりはしてねぇ」

 

 風が吹けば、今にも倒れそうなソレから何故か目が離せない。

 

「これが、最初で最後のとっておきだ。頼むから……」

 

 

ーー死ぬんじゃねぇぞ

 

 

 全身の身の毛もよだつ警鐘が頭の中で鳴り響いた。

 目の前のソレは『黒』よりも『黒』かった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 もはや完璧な絶界を保つことすら出来なくなった。

 

 自身を包む『黒』は安定感を失い、その形状は風にゆられる草木のように不規則にゆらいでいた。なら、もういっそのこと……

 

 初めからわかってはいたけれど、認めなくてはいけない。

 

 烏滸がましかったんだ。

 

 この世界の最強たる剣聖と対等にやり合おうなんて。

 

 瞳を閉じて、絶界を解く。

 

 目の前の男から落胆したような気配を感じた。俺が諦めたように見えたことが、そんなに残念らしい。

 

「安心しろよ。テメェを倒すのを諦めたりはしてねぇ」

 

 瞳を開く。覚悟は決まった。

 

「これが最初で最後のとっておきだ。頼むから……」

 

 俺が烏滸がましかった点は一つ。

 

 格上のラインハルト相手に五体満足で生き残ろうとしたことだ。

 

 だけど、俺にだってプライドはある。ついこの前女の子にカッコつけて言ってみせたんだから、その言葉通りの事ぐらいはやってみせないとな。

 

『全部を救えないからって、一を諦めたりはしない』

 

 そうだよな、レム。

 

 全身を包む絶界を、ただ一点。

 自身の左腕、一本だけに集中させた。

 

「ーー死ぬんじゃねぇぞ、ラインハルト」

 

 絶対の防御を捨てて、手にした絶対の矛。

 『黒』より『黒い』この矛を片手に。俺はこの世界の最強へと、血で固められた地を蹴り駆け出した。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 異形の黒は最強へと駆け出した。

 

 身体の影像がうっすらと見透かす事ができた先程までの黒とは訳が違う。圧倒的な濃度で包み込まれたその右腕は、もはや本当にそこに腕があるのか疑いたくなるほどだった。

 

(『絶界』の出力全てを一部に集結させた、さしずめ『絶界 極』といったところだな)

 

 それは、触れた空気や土埃、待機中のマナや精霊、それら全てを無に屠りながら直進した。

 

(あの左腕は……ダメだッ!!)

 

 この終盤とも呼べる状況へきて、初めて最強と呼ばれる男が本気で身構える。男の頭の中では、けたたましいほどの警鐘が暴走したように鳴っていた。

 

(あれは、僕へと届きうるだろう)

 

 本来、際限なく獲得し続ける『不死鳥の加護』によって、死という恐怖から無縁のはずの騎士が震えた。

 

(今までの手加減した甘い攻撃はなしだ。あれを切り捨てるつもりでこの剣は振るわなければ)

 

 ここまで片手でしか握らなかった剣を両手で握りなおす。

 

 死に体の男の決死の特攻。

 

 一番賢いのは、もはや術の維持すら容易でないはずの男の攻撃は相手にしないで、一度距離を取るなり様子を見る事だ。それが正解だということはラインハルトも十分わかっていた。

 

 しかし、自身に降りかかる恐怖という初めての感情による高揚感。そして、何よりここまで倒れなかった相手への敬意の心が、彼からその選択肢を消していた。

 

『ーー結』

 

 対して血だらけの男は、その光なき瞳と黒き矛同様、どこまでも冷静だった。

 

 静かに、とても静かに結界を展開させる。

 

 

 残り、三歩、二歩……

 

 

 心の内に差はあれど、極限状態の2人には視覚、聴覚をはじめとした全ての時間が断片的に流れていた。

 

 

 残り、一歩。

 

 

 弱者の男は、肘を曲げた状態で腕を前に突き出し、まるで黒き矛を盾にしたように突っ込む。それをみた強者の男は、その腕を切り落とそうと、剣を天高く上段から振るう。

 

 

 まさにその時だ、

 

 

『……滅ッ!!』

 

 この闘いにおいて。いや、正確にはラインハルトに対して初めて『滅』を使用した。展開されていた結界の場所は、斬りかかろうとラインハルトが踏み出した左足の真下ーー地中だった。

 

「ーーッ。しまった!!」

 

 ラインハルトの軸足が、消失した地面の分くるぶしのあたりまで地中に沈んだ。

 

 通常ならば、そんな不都合を彼が見逃すはずは無い。しかし、あまりにも異常な危険ーー黒き矛を前に足場が多少沈む程度の異常は見過ごされてしまったのだ。

 

 その可能性を時守はあらかじめ把握していた。それは、開戦直後の三工程による危険察知の『加護』の検証によるものだった。

 

 あの時、ラインハルトはその加護によって三工程目の無意識攻撃による、死角からの攻撃を避けてみせた。

 

 そんな完璧とも思える『加護』に対して、時守は突破口を見出していた。

 

(そもそも、完璧な危険察知なら三工程目まで行く訳がないんだ)

 

 これは、作戦立案の時点で考慮していた事だ。

 

 二工程目の時間差によるポイント誘導を目的とした攻撃。完璧な危険察知ならば、この時点で別のポイントへ回避してないとおかしいのだ。そこから、今ラインハルトが所有している危険察知の『加護』は、現在における最大の脅威を察知する『加護』だと仮定する事が出来た。

 

(だったら目の前にこんな異常が迫れば、足場が沈む程度見過ごしてくれるんじゃないかと思ったよ)

 

 この賭けに関しては時守の勝利と言っていいだろう。

 

 だが、ラインハルトは思う。

 

(逆に言えば、この程度足を取られる事は、察知するに値しない危険ということだ。多少踏ん張りが効かないだけで僕の剣は超えさせない。その腕を切り落とせないにしろ、押し返すぐらいはしてみせる)

 

 そう、この程度では剣聖の剣を突破することなど不可能なのだ。そして、押し返されてしまえば最後。仕切り直しとなれば勝つのは間違いなくラインハルトだった。

 

(そんなことは、わかってる)

 

 しかし、その賭けすら時守にとっては保険の一つでしかなかった。

 

 

 残り………… 0歩

 

 

 剣聖の剣と弱者の黒鉄が交差する。

 

 結果、弱者の腕は、いとも容易く切り落とされた。 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「ーーッ!!」

 

 相手のーーラインハルトの顔を見れば驚愕の表情が貼り付いていた。対して、腕を切り落とされたはずの俺は、激痛に苦悶する中でもたしかに笑みが浮かんでいたことだろう。

 

 俺は、ラインハルトの剣が接触する寸前に『絶界』を解除したのだ。そして、その剣筋から身体だけを逃した。つまり、わざと腕を断ち切らされたわけだ。

 

 切れずとも押し返す為に力強く振るわれた剣。もし、その剣が何の抵抗もなく腕を切り落としてしまったらどうなるのか。それは、互いに手を合わせて押し合っていた相手に、急に腕を引かれてしまうのに似ているだろう。

 

 必然、抵抗という支えを失った身体は前のめりに崩れる。

 

 現に、ラインハルトも大きく体勢を崩し、さらには剣が地に深く突き刺さってしまっている。

 

 何度も、何度も、立ち上がり続けた男が最後の抵抗に見せた奥義。ラインハルトは、当然俺が決死の覚悟でそれをぶつけにくると思ったはずだ。自分が最強だと自負しているのなら尚更に。最強の自分に対して、敵は持てる最高の力で向かってくるのが自然なのだから。

 

 正々堂々、力のぶつけ合い。

 

 ラインハルトは、その清すぎる心のどこかでそんな縮図を描いてしまったのかもしれない。ならば俺はそれすら逆手にとってみせよう。自身の弱者としての立場すら利用してだ。

 

 いくらラインハルトとはいえ、この状態から攻撃をかわす術はない。

 

 そして俺には人型ならば初弾を当てれば必殺の連続技ーー対人用近接結界格闘術がある。これが俺の計画の本線だった。

 

 感謝するぜ、ロズワール。

 お前と闘った経験がここで生きてくる。身体の一部を欠損しての戦闘の経験が。そして、ロズワール戦の時よりもむしろ身体は無事なぐらいだ。たしかに、かなり嬲られたし、左腕を失ったのも同じだが、身体中が焼き爛れていたときよりはマシなのだから。

 

 初撃必殺。

 

 この勝機を逃したりはしない。

 

「次は、お前が根比べしてみろ」

 

 剣聖相手に左足を一歩踏み込む。

 それを軸足に腰を捻り、全体重を乗せた右のフック。ラインハルトの左側頭部に向けて腕を振り抜いた。

 

 コマ送りに流れる時の中で、確信する。

 

 この攻撃は……確実に当たる。

 完璧な、完全な形で、奴を捉えるのだ。気が遠くなる道のりの先に掴んだ光明。やっと、やっとこの手が、俺の拳がラインハルトへと触れ、

 

 

 その頭蓋が砕け散る鈍い音が闘技場に響き渡った。

 

 

 そして、俺はーー自身の敗北を悟ったのであった。

 

 

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