Re:ゼロから始める結界術   作:レトルトラメエ

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第32話

 対人用近接格闘結界術。

 

 相手を拘束する結界と、自身の足場を形成する結界。二つを用いた接続性に重きをおいた十二の技を一組とした流動的攻撃は、初撃さえ当ててしまえば逃れる術はない。

 

 例外として、身体の欠損による『型』の歪みを狙った自爆という手段でロズワールに一度は破られたこの技。しかし、その経験から学んだ今の俺が左腕の一本を失った程度で敵を逃すつもりはなかった。

 

 それは、たとえラインハルトであったとしてもだ。

 

 もちろん、ラインハルトが自己回復の術を持っていないなどは露ほどにも期待していない。だから、この闘いの決着は「ラインハルトが殺され切る」のが先か「俺の身体が限界を迎える」のが先かの根比べになる。

 

 そう思っていた。

 

 そんな俺の思惑を邪魔するように、生理的嫌悪感を抱く、鈍い音が闘技場に響いた。俺の拳がラインハルトの頭蓋を砕く音だ。

 

「ーーッ!!」

 

 これに驚きを見せたのは、客席に座る観覧者たちと…… 俺だった。

 

 さて、少し俺の話に付き合って貰いたい。

 

 直立している相手を殴打するとして、『ただ立っている相手』と『壁に背をつけた相手』双方のどちらがよりダメージを与えることができるのか、想像できるだろうか??

 

 答えは当然、『壁に背をつけた相手』だ。

 

 理由は簡単。

 壁に阻まれてしまうことで、こちらが与えた衝撃は余すことなく敵の身体を駆け回るからだ。

 

 俺の近接格闘結界術の要もここにあった。

 

 相手を拘束しつつ、打撃の対になるように設置された結果は『壁』の役割を果たし、それによって俺の打撃は何倍もの威力を発揮することができる。

 

 しかし、しかし…… だ。

 

 それは、副産物的な効果であって、何度もいうがこの技の真価は流動的技の連続によって、相手の抵抗を許すことなく一方的に攻撃を与える点にある。

 

 故に、一撃、一撃には破壊力よりも速さを求めているわけで、結界の壁はその不足した火力を補うための補助ともいえた。

 

 説明くさくて申し訳ない。

 

 でも、付き合ってくれてもいいだろ。なんてたって自分の敗因をーーいや、死因を考えているわけなのだから。

 

 目の前には、未だ俺の拳がラインハルトのこめかみを捉えた映像が静止画のように流れている。つまり、これもある種の走馬灯というわけだ。

 

 では、何故頭を砕いた側の俺が走馬灯なんて見ているのだろうか。

 

 先までの長々した説明を反省して、これは端的に語ろう。

 

 答えはーー俺の拳がラインハルトの頭蓋を砕くわけがなかったからだ。

 

 それほどの威力を持ってしまえば、反動で次の動作が遅れて隙を与えてしまう。だから、この初撃にそんな火力はなかった。

 

 なかったはず、なのだ。

 

 問ニ、

 では、何故その拳がラインハルトの頭蓋を砕くに至ったか。

 

 これにはまず、先の説明を補充する必要があるだろう。

 

 『直立の相手』と『壁を背にした相手』。どちらの方がより相手を破壊できるのか。これは前述の通り『壁を背にした相手』だ。

 

 では、質問を変えて。

 『壁を背にした相手』以上に敵を破壊する術は何か??

 

 それはーー 正面衝突。

 つまり『向かってくる相手』を殴打すること。わかりやすくいえば『カウンター』ということだ。

 

 さて、ここまで聞けば……

 

 ・砕けるはずがなかったのに砕けた頭蓋。

 ・俺が敗北を悟ったわけ。

 

 この2つの理由にたどり着いた事だろう。

 

「……ざっけんな」

 

 俺の口から不意に言葉が漏れ出る。

 

 これだけ頭の中で言葉をこねくり回して、やっとその理由を理解するに至ったわけだけれど、納得できるのかは別問題だった。

 

 そう、

 

 『初撃を止める為に自身の頭を拳に振り抜いた』なんて理不尽に対しては。

 

 『初見』であるはずの技の根幹が『初撃』を当てることだと見抜いた敵が、次弾を防ぐために、自身の致命傷すら厭わず、文字通り肉どころか骨すら断って頭を振り抜き、その大きすぎる反動で拳を止めてみせたわけだ。

 

 そんな敵ーーラインハルトの瞳に光が戻る。

 

「…………」

 

 死から蘇り、無言で見つめるその目はもはや誰もが知る彼の眼光ではなかった。

 

 ロズワールが自爆から自己修復で復活したのを見ていたから、ラインハルトが生き返ったことに驚きはしない。

 

 なるほど。

 

 どうせ生き返れるのなら『百のダメージ』で死のうが、『千ダメージ』で死のうが関係ないわけだ。なるほど、たしかにそれを踏まえれば合理的対処方法だ。

 

 でも、だからって人間が自らの頭を砕く行動を取ってみせられるものかね。

 

「バケモノ、が」

 

「…………」

 

 俺の口をつく悪態にもラインハルトは表情一つ動かさない。代わりに両手で握る剣に力が加わったように見えた。

 

 頭を拳側に振り抜いた利点は、反動で俺の動きを鈍らせる他にもあった。それは、拳の対になるように展開された結界から離れることで拘束を免れる点だ。

 

 つまり現状を生理すると、敵の間合いの中で自身の攻撃の反動で隙だらけの俺と、拘束されることなく蘇った最強の敵があるわけだ。

 

(あぁ、死んだ…… な)

 

 いつのまにか地面から引き抜かれた剣は勝利を捧げるように天高く構えられていた。

 

 斬られる、と思った時にはもう遅く。

 

 自分が斬られたとわかったのは、自身の身体の正中線を辿るように噴き出した血飛沫を最後の景色として見送った後だった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「えっ…… え、あれ。うそ。え。あっ…… あぁ。あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「ーーリアッ!!」

 

 妙な静寂に包まれた闘技場に少女の絶叫がこだまする。

 

 銀髪の少女はその特徴的な頭髪を掻きむしるように頭を抱えて声を枯らす。その表情はいつもの彼女からは想像ができないほど絶望に歪んでいた。

 

「ーーッ、トキモリくん!!」

 

 青髪の少女は駆けつけたところで何ができるわけでもないことを理解していながらも、倒れ伏した想い人にむかう足を止めることはできなかった。

 

「い、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ。また、私のせいで、今度は、トキモリが、ぁあ、あああ、あぁぁぁぁぁ」

 

「落ち着いてリアッ。トキモリならきっと大丈夫だから」

 

「ーーフェリス、彼を」

 

「は、はい!! クルシュさま」

 

 もはや目の前の現実を受け入れられないといった様子のエミリアとは対称的に、クルシュは自身の従者へと対応を促した。

 

 命じられたフェリスは短い返事とともに立ち上がり、客席を飛び越えて中央へと駆け寄る。

 

「トキモリくんッ! しっかりしてくださいトキモリくんッ!」

 

 先に駆けつけたレムはトキモリの右手を握って必死に呼びかける。

 

 フェリスは特にそれを止めることなく、男の腕が無くなった左側に回り、自身の純白の騎士装束が汚れることも厭わずに血溜まりの地に膝をつけた。

 

「フェリスさまッ、トキモリくんは!?」

 

「だ、大丈夫。腕も後でどうにかするけど、まずは身体の傷を治すから」

 

 フェリスは、袖口を血染めで色付けながらトキモリに両手を添えて答える。

 

(とにかく出血が酷い。傷が治っても血が足りにゃくなっちゃう)

 

 普段のおちゃらけたイメージとは乖離して、正確に患者の状態を把握し処置の優先順位を決めていく。

 

「傷はにゃんとかするけど…… とにかくトキモリきゅんを呼び続けて!! 身体が治っても、心が先に死んじゃったら空っぽににゃっちゃう」

 

「は、はいッ!! トキモリくんーー」

 

 魂という言葉が適切かはわからないが、フェリスはそれが抜け落ちた、まさしく抜け殻と呼ぶに相応しい状態になってしまう事があるのを知っていた。

 

 それを伝えられたレムは、無数のあざが刻まれた男の耳に顔を寄せてその名を叫ぶ。

 

「…………」

 

 その二人の様子を、真紅の男はただ立ち尽して見つめていた。その視線に気がついたフェリスは、治療の手は止めることなく声だけを男に投げかける。

 

「ちょっとラインハルト。フェリちゃんも『ボコボコにして』にゃんて言ったけど、流石にここまではやりすぎ……」

 

「ーーやりすぎ??」

 

「ーーッ!?」

 

 フェリスには、最初、その声が誰の声であるかわからなかった。それほどまでに今までの彼のイメージとは乖離した声音だったのだ。

 

 思わず顔をあげて声の主をみる。そこにはいつも優しげな笑みは浮かんでおらず、ただ無感情に倒れ伏した敵を見つめていた。

 

「やりすぎ…… か。フェリス、君は本気でそう思うのかい??」

 

 どこか怒気すら感じさせるその言葉にフェリスは身震いを起こした。それでも治療の精度に狂いがないことは流石といえよう。

 

「ラインハルト……」

 

「フェリス。僕はね、彼に頭を殴られたんだ」

 

「だ、だからってここまでしたっていうの!?」

 

 ここで初めてフェリスが声を荒げる。たしかに彼の攻撃がラインハルトに届いたことはフェリスも驚いた。

 

 だけど、それが彼にーーそれまで一方的に殴られ続けた彼に対して、ここまでの仕打ちをする理由になるかとフェリスの中に疑心感が生まれたのだ。

 

 しかし、フェリスのそんな抗議をどこか諭すようにラインハルトは似たような言葉を繰り返す。

 

「僕はね、彼に頭を触れられたんだ」

 

「だからッ!! それでもこんにゃにしなくたってーー」

 

「『触れる全てを無に帰す力』を持った彼に頭を殴られたんだよ??」

 

「ーーッ!!」

 

 そこでようやく、フェリスは『ただ一度、殴られた』事への重大性に気がついたのだ。

 

「そもそも普通なら彼の拳が僕に届く事はあり得なかった。僕の『加護』がそれを許すはずがないんだからね」

 

「それは……」

 

「でも、結果はどうだろう。僕は、現に一度彼に殺されている。初めは『加護』が反応しきれなかったからだと思った。でもね、落ち着いた今ならわかる」

 

「…………」

 

「そもそも危険を察知する『加護』そのものが消失していたんだ。全てが消えたわけじゃなくて、複数ある内の一つが消されたから気がつくのが遅れてしまったけどね。それが意図してその『加護』を消していたとしたら…… いや、意図しなくても脅威的だ。何故なら僕はその時点では彼に触れられてすらいなかったんだから」

 

「ーーッ!!」

 

 フェリスの心音が不自然に大きく跳ねる。『加護』を、それもラインハルトが所有する『加護』を消失させるなんて、あまりに異常すぎる。

 

 いったい自分が何を治癒しているのか恐ろしくなったフェリスは視線を患者へと落とした。その恐怖を煽るように、フェリスの背にはラインハルトの言葉が続けられた。

 

「フェリス、君をこの国一の治癒魔法の使い手と思って聞きたい。『加護すら消失させる力で頭を触れられた』そんな人間を君の魔法で治すことは可能かい??」

 

「…………」

 

「すまない、意地悪な聞き方をしたね。でも、僕にもわからないんだ」

 

 男が最後にみせた黒の凝縮。はたして、それを受けてなお『不死鳥の加護』は耐えうることができたのか。

 

 もはやフェリスにラインハルトを糾弾する言葉は残されていなかった。それどころか、この国、この世界、そして何より自分の主人の事を思えば…… 今…… この両の手の下で眠る男を……

 

「トキモリくんは力の使い方を間違えたりしません」

 

「ーーッ!!」

 

 フェリスの内心を見透かしたように、男の手を握り続けているレムが呟く。その強い言葉とは裏腹に、男を見つめる目は慈愛に満ちていた。

 

「いつだって、トキモリくんは何かを守るためだけに力を使ってきました」

 

 レムの独り言にも思える声に返答をしたのはラインハルトだった。

 

 ラインハルトは、ここで初めて男から視線を外し、今は意識を失い客席で横たわっていた銀髪の少女を見遣る。

 

「そうだね…… 彼は最後まで彼女の為に闘った。それこそ後ろ盾の多いと言えない彼女の盾にならんと。でなければ、もしかしたら僕はこうして此処に立ってはいなかったのかもしれない」

 

 それからは、レムが男の名前を呼びかける以外の声が響くことはなかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「ーーふぅ、ひとまず大丈夫だと思う。後は意識が戻るのを待つだけだネ」

 

 フェリスが言葉とともに男へとかざしていた手を下げる。血濡れたその手では拭うことができなかった汗が額を伝っていた。

 

 大陸有数の治癒魔法の使い手。そんな術者の雫はどれほど男が危険な状態だったのかを物語っていた。

 

「ありがとうございます、フェリスさま!!」

 

 レムもそれは十分にわかっていたので、フェリスの言葉を聞いた彼女は、憑き物が取れたように男の手を握ったままその胸に項垂れかかった。

 

「よかった…… よかったです、トキモリくん」

 

 まだ意識のない男だが、直接触れることでわかる男の心音と安定した呼吸がレムにようやく息を吐かせてくれた。

 

「ありがとうフェリス。すまない、僕のせいで」

 

「まぁ、フェリちゃんもおかげでクルシュ様からご褒美貰えるしネ。気にしにゃくていいよっ」

 

 いつものおどけた調子で答えると、ラインハルトは再度短く「ありがとう」と礼を伝えた。

 

「フェリスさま、トキモリくんは……」

 

「あぁ、後は意識が戻るのを待つだけだし。家に連れて帰っちゃってかまわにゃーー」

 

「ーーならぬ」

 

 二人の会話を両断するように割って入った女は、男の安否に喜ぶのとはまた違う薄ら笑みを扇子越しに浮かべていた。

 

「……どういうことでしょう。レムにはプリシラ様の仰りたいことがわかりません」

 

 意図は読めずとも、それが自分やトキモリに利する雰囲気ではない事を悟ったレムは、敵意を隠そうともしない視線を送った。

 

「そのような目で妾を見るとは本来、死罪に問われるべき狼藉であろうが…… しかし、まぁ良い。妾は今、随分と機嫌が良い故な」

 

「それで…… トキモリくんを連れて帰ってはならない。とは、どういう意味ですか?」

 

「一度で理解できぬとは『竜車の中での事』といい本当に知恵の足りぬ下女よの」

 

「くッ……」

 

「なに、そこに転がる憐れな道化の働きに免じて妾が連れて帰ってやろうというだけのことじゃ」

 

「そんな無茶苦茶な事ーー」

 

「そやつは『本日に限り、妾の従僕』。その契約があった故にこの城へ入れた事は、いくら愚図な頭でも理解していよう。では、いったいいつ日が沈み、そして昇ったというのじゃ?つまり…… そやつの所有権は今、妾にあるのは明白である」

 

「それは……」

 

「それともなんじゃ?? そこな銀髪の陣営は妾の従者に手を出すと。ならばそれも良かろうぞ。浅ましくも人様のものに手をつけようなどと、いかにも下劣な魔女のやりそうなことじゃ。今、ここで正式に屠ってみせようか」

 

 扇子をーーパチンッと景気良く閉じると、女はまるで踊りを誘われた姫のように優雅に立ち上がった。しかし、その瞳は燃えさかるように荒々しく、今だ眠り続けるエミリアへと向けられる。

 

 それだけで火傷しそうな視線。そこに割って入ったのは、灰色の毛に身を包む小さな精霊だった。

 

「いい加減にしなよ。本気でそんな事をボクがさせるとでも思ってるの?」

 

「正気を疑うのならそちらの方じゃ。妾とその道化の間で『契約』があった事は明白な事実。それとも精霊ともあろうものが『契約』を無視するつまりか??」

 

「それは……」

 

 パックはその愛くるしい顔を苦渋に歪めると、ただ黙ることしかできなかった。それを受けたプリシラは嘲笑うように「ーーふっ」と一つ息を吐くと、用は済んだと修練場の出口へと足を進める。

 

「アル、あれを妾の屋敷まで運んでおけ」

 

「はいはい…… 敵は増やしたくないってのに」

 

「ま、待ってくださいプリシラ様!! せめて、レムも一緒にッーー」

 

「ならん。妾が契約したのはあくまでその男、故な。道中の世話役は頼んだが、貴様はあの娘の後ろ盾にいる宮廷術師の持ち物。これ以上の干渉は許さぬ」

 

「そんな……」

 

「ーーったく、人攫いでもしている気分だぜ。ヨッと…… はぁ、悪いなメイドの嬢ちゃん。俺も仕事なんでね。コイツは貰っていくぜ」

 

 まるで荷物を担ぎ上げるように意識のないトキモリを肩に背負うと、鉄兜の男は先に出て行った主人の後を追ってしまう。

 

 レムにはただ、それを見ていることしかできなかった。

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