「なんやえらい事になってもうたな」
一連の騒動が終わった修練場の客席で紫髪の乙女は呟いた。
「…………」
「なんやユリウス。どないしたん黙ったりしてもうて」
「いえ…… 騎士の誇りのためとはいえ、自分の行動でアナスタシア様に恥をかかせてしまった可能性を考えると……」
美丈夫の騎士は、その綺麗な顔を苦渋に歪ませる。それを見た主人は特に気にした様子もなく、いつもの調子で口を開いた。
「やっぱり流石のユリウスでもアレには勝てへんか?」
「……悔しいですが、望みは薄いかと思います」
「そうか。なら、ほんでええよ」
「ーーえっ?」
恥を偲んだ告白に対しても、あまりに普段通りだった主人の声音にユリウスは戸惑いを見せた。
「なんや。ユリウスは、ウチが自分のことを最強や思って騎士に選んだとでも思うてたんか?」
「い、いえ。そんな事は…… 自分がまだまだ至らぬ点の多い身だということは重々承知しています」
「ならほんでええよ。ウチが欲しいんは、熱い意気込みとか、こうありたいとかいう願望とちゃうからな。欲しいのは正確な『情報』や」
「………」
「ウチの目は間違ごうてへん。ユリウスを選んだんは、自分の誇りを重んじとっても最優先にウチの利益を考えられるからや。今がまさにそうやん。そんな騎士をウチは他に知らんよ」
「アナスタシア様……」
主人の言葉にユリウスはもはや何も言うことができなかった。しかし、その胸の内には確かに「何があっても、この先もお仕えします」という熱い思いが更に固くなるのを感じた。
「さて、そんなユリウスに聞きたいんやけど……」
「……はい」
嬉々とした主人の瞳と声色。
今さっきの決意が揺らぐ事はないが、少し冷や水を浴びさせられたような感覚に陥ったユリウスは弱々しく返事をした。
従者は主人のこの表情を知っていた。
(これは、お買い得な商品を見つけられた時の表情だ……)
そして、優秀すぎる従者は、今回その『商品』が何に対しての事なのかもわかってしまっていた。
「ウチの為、仕事の為なら『仲が悪い相手』と同僚になるぐらいわけあらへんよな?」
「……」
「いやぁ。まさか、あんなええ物件がまだ手付かずなんてウチもビックリやわ」
「…………」
「聞いたところによると、エミリアはんの従者ってわけでもあらへんし、姫はんところとも一日限定の契約みたいやんか」
「………………」
「ユリウス、明日は忙しくなるで」
「……はい、アナスタシア様」
従者の返事にはいつもの凛としたらしさは皆無だった。
(まぁ、もう彼を嫌悪しているというわけでもないのだが)
男が振るう拳に乗せられた想いを、同じく、誰かの為にこそ力を行使する自分でありたいとするユリウスには感じ取ることができたから。
でも、何故だかーー
(何故だか、彼が誰かに仕えるという姿は想像は出来ないな)
主人には申し訳ないが、きっと彼女の希望通りにはならないであろう明日の交渉に、今から従者は溜め息を溢してしまうのであった。
短くて申し訳ありません。
次話と投稿するのには中途半端なので先に。
夜に、第33話更新します。