「エミリアと村が襲われる??」
始めはコイツが何を言っているのか理解出来なかった。単語、単語の意味がわかっていても、それらを繋げて文にすると、途端に現実味がなくなるのだ。
エミリアが襲われる…… 誰に??
当然、最初に思いつく疑問はそこだった。
『白鯨』とやらの討伐に協力させるためにクルシュ陣営が自作自演を…… いや、それはありえない。
彼女がそんな手段を好まない性格なのは知っているし、そういった感情論を抜きにして考えてみても、惨敗したとはいえラインハルトとの闘いを見て、俺に対して安易に脅しのような行動を取るとは思えなかった。
同じ理由で、アナスタシア陣営も候補から外れる。
残るは、プリシラとフェルト陣営だが…… そもそもこの作戦に加わっていないだろう彼女たちに関しては理由が見つからなかった。
王選候補者のライバルを蹴落とすという意味はあるかもしれないが、その線も薄いだろう。
なぜなら、エミリア陣営に対しては、襲撃なんていう直接的な行動に出る方が遥かにリスクがあるからだ。エミリアの現状は、妨害するまでもなく逆境にあることは周知の事実。エミリアの容姿が、銀髪のハーフエルフ…… この世界における最悪の厄災『サテラ』と似ているという理由だけて。
そこまで考えてやっと一番確率の高い可能性に思いあたった。
「魔女、教」
「あぁ、そうさ。その魔女教がお前らの大将と村を焼きにくる。これは間違いない確定事項だ」
俺の考えを肯定するようにナツキスバルが口を挟んだ。
たしかに、その可能性は大いにある。嫉妬の魔女に似た容姿をもつ彼女へ、魔女教からのアプローチがあるかもしれないなんて、少し考えればわかるのだから。
では、何故その考えにすぐに至らなかったのか。
その答えは即答できるほどに容易い。
だって、おかしいではないか。何故、魔女教の襲撃予定なんてものがコイツにはわかるというのだ。
他陣営が襲撃犯だというのならまだ理解できる。己が主人、クルシュを守るため他陣営の動きに目を光らせていたら、たまたまエミリアへの襲撃を知ってしまった。これなら自然だ。
しかし、相手が魔女教だとすれば話は別だろう。
その多くが秘匿に包まれた組織の日程を手に入れた??
ありえない。
だって、ナツキスバルという男はどこからどう見たって凡百の力しか持っていないのだから。
そこで俺は、ある人物へと目を向けた。すると、その人物とは、まるで示し合わせたかのように視線が交差した。そして、その人物ーーフェリスはゆっくりと頷く。前に語ったナツキスバルによる未来予知めいた予言は、これであると肯定したのだ。
だから、俺はナツキスバルへごく当たり前の質問を投げる。
「ナツキさんの話が本当なら、その提案に乗らない手はありませんね。今から急ぎで戻ったとしても、エミリアと村を守り切る為には絶対的に人数が足りないわけですから。ですが……」
「どうしてッ、魔女教の動きなんてわかるというんですかッ!!」
俺の言葉を引き継いだのはレムだった。普段は折り目以外のシワひとつないスカートも、感情の暴走を堪え忍ぶ為に握り締められていた跡が膝あたりに残ってしまっている。
もはや彼女には、その激情を抑える事などできないと。今にでもナツキスバルへと噛み付かんとする勢いだ。
「トキモリくんが力を貸す交換条件がエミリア様とアーラム村の襲撃情報?? 随分血生臭い事言ってくれますね。さすがそれだけの『魔女の残り香』を染みつかせている外道は言うことが違います」
「ーーッ!!」
「魔女の残り香…… だと??」
レムの言葉に驚きを見せたのはフェリスとクルシュだった。自身の身内の人間に魔女の残滓を感じる、なんて言われたんだから当然だろう。それも、嘘を看破する加護をもつクルシュの目の前で言い放ったのだから。
しかし、まずいな……
レムが魔女教の匂いを嗅ぎ分けられる事は出来れば隠しておきたかった。それは、彼女が魔女教に狙われるようになる理由としては十分すぎるからだ。
嘘を見抜くクルシュが相手ならば、方法は伏せて結果だけを伝えればよかった。ナツキスバルには魔女教と関わりのある疑いも証拠もあると。レムというその証拠を具体的に提示せずとも、虚言でない事はクルシュの加護でわかるのだから。たとえ証拠を求められても『企業秘密だが確固たる証拠だ』と煙に巻いてしまえばいい。
だが、現状はレム本人から発言してしまっている。そして、激昂の理由の一つに俺が巻き込まれた事があるのも理解しているから、それを非難する気にはなれなかった。
ならば、せめて最大限利用するだけだ。
レムの身に関しては俺が死守すれば良い。
「レムの言葉が真であると、クルシュ様ならわかりますよね」
「あぁ…… 彼女の言葉に嘘はない」
「ーーッ!! クルシュ様っ、だからフェリちゃんはあれほど……」
「………」
「フェリス、今は俺たちの話が先だ。だから黙ってろ。身内の浄化作業なら後でやってくれ」
「クッ…… わかった」
強い言葉で牽制すると、フェリスは渋々といった様子だが素直に下がった。おそらく先ほどクルシュに咎められたこともあるし、今自分が発言するのは主人の意に反すると考えたのだろう。
(その代わり頼んだからネ)
と、フェリスは目で俺に語りかけていたが、こちらとしても引き下がるわけにはいかない。
「俺たちとしては、そんな人間に襲われるなんて言われたわけですけれど…… とりあえず、その男は俺たちに渡して貰ってもいいですか??」
「………」
こうなってしまった以上ナツキスバルとの対立は避けられない。とにかく、その身柄は確保して尋問にかけるべきだ。幸い、秘密裏に頼めば、俺が一級拷問士に認定しているフェリスの手を借りる事ができるだろう。まぁ、それで話すとも思えないが。
クルシュは逡巡した後、その男へと向き直る。
「スバル、幾つか質問する」
「はい、クルシュ様」
主従は向き合って視線をぶつけると、お互いにそれを離そうとはしなかった。
「まず…… 魔女教の襲撃を知った理由は??」
「ーー言えません」
「ふざけるにゃッ!? お前、クルシュ様の優しさを……」
流石に口を挟まずにはいられなかったフェリスに対して、クルシュは静かにその手で制する。
「質問を続けるぞ。白鯨の出現日時を知った理由は??」
「ーー言えません」
「私の質問に答えられない理由は??」
「ーーそれを言ってしまうと、言えない理由に触れてしまうので、やはり言えません」
「そうか。では、これで最後だ…… ナツキスバル、お前は私の味方か??」
クルシュの声色からは特に感情というものが見られなかった。もしかしたらそれは、彼女にとっては当たり前の事を確認するような作業にすぎなかったからかもしれない。
対してナツキスバルは、その瞳を閉じると深呼吸をひとつ入れた。今の彼のまぶたには、どんな景色が広がっているのかは知る由もなかった。そして、それが開くと同時。大切な言葉を紡ぐように口も開かれた。
「ーーあぁ、俺はこの身を拾ってもらった時点で、初めて出会ったその時から、クルシュ様…… あんたの為に生きるって心に誓っている」
「そうか…… 私からは、以上だ」
短すぎる問答は終わったが、部屋には肌を焼くようなひりついた空気が依然流れる。
「トキモリ、卿からも何かあれば聞くが??」
「そうですね。とりあえずはクルシュ様に対して確認なのですが……」
「あぁ、今の私の言葉にどれだけの信憑性があるかはわからないが、ナツキスバルの言葉に嘘はない」
「そうですか」
とりあえず俺は頭の中で彼らのやり取りを反芻させる。気になるのは、やはり言えない理由についてだ。
『ーーそれを言ってしまうと、言えない理由に触れてしまうので、やはり言えません』
もし仮に奴が誰かからリークされた情報を受け取っていたとする。そして、その人物とその正体を隠す契約が結ばれていても、果たしてあんな答え方をするだろうか。
『情報源については言えない』
自然な解答としてはこんなところだ。しかし、ナツキスバルはわざわざあんな回りくどい言い方をした。
特にこれ以上疑いを深める理由もないだろうに、あえてあの答え方をしたとなれば…… あの答え方こそナツキスバルにできる最大限の情報開示だったのではないか。
「答えろ、ナツキスバル」
「あぁ、なんでも聞いてくれ兄弟」
今までその全てに答えられなかったくせに、奴は白々しくそう言って質問を待った。
「お前のその不自然な解答の理由…… それは『契約』と『誓約』どっちだ??」
「ーーッ!!」
ここで初めてナツキスバルの表情に変化が生まれた。
目を見開いて驚愕が顔に張り付いて剥がれない。しかし、そこには歓喜の色が混ざっていたようにも見えた。
その質問こそ待っていたのだと。
俺の質問はあえて具体的に聞くことはしなかった。それは、それをしてしまうと、奴を縛るルールに抵触する恐れがあるからだ。
だから濁して質問した。『情報源との契約で答えられない』のか『自身の情報を得る能力の誓約上答えられない』そのどちらなのだと。
「はは、はははッ!!」
驚きに開かれていたナツキスバルの口が確かに笑みを浮かべた。まるで長年待ち望んだ何かを手にする子供のように。
「よく聞いてくれたぜ、兄弟ッ!! お前の質問に対する答えは……」
今までの奴からは想像もつかないほど、もはやその高揚を抑えるつもりはないらしい。
「ーー『誓約』だ」
そう答えた奴の、いつもは濁り切った瞳には、確かに彼本来の光が宿ったように見えた。
この時、俺は世界の何かに触れた。
そんな感触が確かにあった。