会談が終わり、宿へと戻って荷物をまとめた俺とレムは、再びクルシュ邸へと向かった。荷物を屋敷へと運び入れ、与えられた客室でそれぞれのベッドへと腰掛けて落ち着けた頃には、もう日が傾いてしまっていた。
白鯨との決戦は三日後。
そして、エミリアたちが襲撃に遭うのは明けて四日後。
思い返しても、なんとも胡散臭い話だ。
しかし、討伐への協力を承諾してしまったものは仕方ない。そして、クルシュの「それまでは客人として迎え入れたい」という提案に甘える形で、俺とレムはこうして彼女の屋敷へと宿を移したのだ。
ナツキスバル
クルシュに拾われた使用人のアイツも当然この屋敷に住んでいるわけで、果たして奴と同じ屋根の下で気が休まるのかは、甚だ疑問ではあった。しかし、今日は朝から割と移動が続いた疲労が、最低限やる事を終えた身体にずっしりと響いた。
「ふぅ……」とひとつ息を吐く。そんな俺とは対照的に、向かいに座るレムのほっぺたは、あの会談以降いまだにプックリと膨らんでいる。
「そんなにスネるなよ。俺だって、別にナツキスバルを信じてるわけじゃないぞ??」
「わかってます。わかってますけど……」
言葉を詰まらせたレムは、もはやそれが標準装備かのように、再び「むすぅ……」と膨れあがる。
「わかってないのは、トキモリくんのほうです……」
レムからの消え入りそうな声による抗議。それを受けた俺はあの会談を振り返った。
◇◆◇◆◇◆◇
「ーー『誓約』だ」
さてはて奴の言葉をどれだけ信じたら良いものやら。とりあえずクルシュへと目を向けた。
「家名に誓って言おう。ナツキスバルに嘘の風は流れていない」
とのことらしい。俺は、「そうですか……」と生返事を一つする。
そして、瞳を閉じて考えを巡らせた。
ひとまずクルシュがナツキスバルと共謀して虚言を吐いている説は置いておこう。それを考え出しては何も進まない。たがら、可能性として捨てはしないが、置いておく。
まず、なぜナツキスバルは今回の白鯨討伐にあたって俺への協力を依頼してきたのか。
話の流れからして、本来クルシュ陣営とアナスタシア陣営のみで行われる作戦だったようだが。
俺をただ戦力の保険として組みたいというにしては、釣り合わないほどのリスクをナツキスバルは背負っていた。クルシュの言動を見るに、ナツキは彼女に対してすら、その情報網のカラクリについては何も話していないと思われるからだ。
にも関わらず、身内に疑われるリスクを犯してまで、行動に移した理由とは何か。
ナツキスバルの発言からみえてくるのは、クルシュに対しての絶対の崇敬。とすれば奴の行動の原理にはクルシュが関わっている事は間違いないのだが。
まぁ、これについてはナツキスバル本人から既に語られている。
『クルシュ陣営とアナスタシア陣営だけでは白鯨には絶対に勝てません』
白鯨とやらに対して、現状では勝ち目がない。なるほど、それならばリスクを取ってでも俺に助力を求めるのは自然に思える。
勝てないという前提を導き出した経緯に目を瞑るならだ。
白鯨はその生態の多くが謎に包まれているという。過去の白鯨に関する記述を参考に、「現状の戦力では敗北する」という答えを導き出した、と言われればそうなのかもしれないが……
それにしては、白鯨の戦力を熟知しているような言い草をするナツキの言動には、やはり違和感が付きまとった。
まぁ、そもそもそれ以前に。白鯨の発現場所や日時、おまけをつけるなら魔女教の襲撃まで断言しているのは、どう言い訳をしても説明がつかない。
レムの疑う通り魔女教との関わりがあるのか、それとも……
そこで思い出されるのが、フェリスが治療と称して俺を襲ったーー悪辣にして外道極まりない、主人の命にすら背き、俺の良心に漬け込んだ、愚かな行動をした時の言葉だった。おっと、少し口が過ぎてしまった。フェリスの次にはしたない。反省、反省。
ともかく、フェリスの語った『未来視の能力』でもあるのではないかという話だ。
正直、そういった能力自体は、存在する可能性はあると思う。
ただし、あるとすれば人智を超えた能力であり、それを人の身で有しようすれば強力な『誓約』がつくのは必然。
ーー契約か、
ーー誓約か、
そして、ナツキスバルの答えは『誓約』だった。
もし、その話が本当だとして奴の行動と照らし合わせるのならば、その一つが他言できない事であるのは間違いないだろう。
しかし、それだけでは無いはずだ。俺の世界の基準に照らし合わせていいのかはわからないが、それだけでは能力に対して誓約があまりにも軽すぎる気がする。
だとすれば別に、発動条件や効果が極めて限定的であると考えるのが自然か。
そういった『誓約』とは別の、『制約』に関しても、裏付けるような話はあった。それは、俺への勧誘が突発的である点だ。
任意で、かつ無制限に未来を視られるとするならば、ナツキスバルの行動は些かスマートさに欠けていた。クルシュはおろか、アナスタシア陣営の前でこんな話をしているのだから。
それもこれも、白鯨の強さに対する情報が入ったのがつい最近だったと仮定すると納得できる。
ナツキが予知した時点では、すでに目ぼしい戦力を探す余裕もなく、やっと見つけた使えそうな駒(俺)は今日にもロズワール邸へと帰還しそうだったので、リスクを負ってもこのタイミングで引き止めるしかなかった。ということだろうか。
「考えてもわからん……」
「考えるこたぁねえさ、兄弟。困ってる同郷の民を助ける。いたってシンプルな答えじゃねぇか」
「………」
ナツキは、「うんうん」と腕を組んで大袈裟に頷いて見せる。
誰のせいだと思っているのだ。コイツの人を苛立たせる才能はピカイチだな。俺は男なんぞの為に悩むのは趣味ではないというのに。
「わかりました。もちろん、細かい条件については擦り合わせる必要もありますが…… 今回の話、協力させていただきます」
「トキモリくんッ!?」
「さすがだぜ兄弟。あんたならわかってくれると思ってた」
「ただ、最後に一つ。ナツキスバル、お前は魔女教とは関わりがない、そうだな??」
「あぁ、俺はあんな連中とは何の関係もない」
ナツキの言葉にクルシュは「当然だな」と肯定を示す。
「ダメです、トキモリ君!! 白鯨をちゃんと知っていますか?魔女が生み出した三大魔獣と畏れられる生き物なんですよ!? そんなものを相手にする理由なんて……」
「悪いレム……」
レムからすれば、俺の行動が軽率に見えるのも当たり前だろう。しかし、実はこの件について俺は、協力する意外の選択肢はなかった。
「俺は、話を聞いた時点でおおよそ受ける気でいたんだ。もちろん、ナツキが魔女教と関係があって、ここで俺たちを足止めすることが目的であったなら別だけど」
「どういうこと、ですか??」
「俺は無条件でだって手伝うつもりだ」
それを聞いたアナスタシアは「あら、お得やな」と言葉を挟む。しかし、レムは商人のそんな冗談を聞いている心境でも無い。
「それは…… 全ての女の子の味方だからですか??」
「それもある」
「あるんですか……」
「まぁ、でももっと根本的な話だよーー」
白鯨ーー魔獣退治と言われては出ないわけにもいかないのだ。
「俺は、『結界師』だからな」
◇◆◇◆◇◆◇
ということがあった。その後、詳細は明日詰めるという運びになり、一旦解散した。
クルシュは、一応俺に対して依頼する立場ということもあって、延長する三日間の生活については面倒をみたいとの提案を受けた。律儀なクルシュの計らいを無碍にすることもないと思い、こうして用意された客室へと宿を移したのだ。
ちなみに、客室は『一室』だ。同室ですよ同室!!
これに関してはレムが「トキモリくんと同室でないと認めません」と言い張って折れなかった。無茶をするなと言われたそばから魔獣退治なのだから、目を離したくなかったのだろう。ナツキスバルの住む屋敷となればなおさら。
いそいそと荷解きに精を出している、そんなかわいい背中へと声をかける。
「大丈夫か、レム?? 決戦まで寝れないなんてことにはならないといいけど」
「ーーッ!! み、三日三晩寝かさないつもりでふか!? もちろん、嫌というわけではないのですがっ、覚悟がちょっといるというか、初めてなので身体が耐えられるかなって……」
レムは瞬間的に耳を真っ赤に染め上げる。
「いや…… ナツキスバルと同じ屋敷でレムは寝られるかって意味なんだけど」
「……。知りませんっ!!」
いったいナニと勘違いしていたんだか…… レムは意外とムッツリなところがあるからな。とひとり納得をした。
それを証明する様に、向かいのベッドでは「ぜったいわざとです……」とか、「あぁ、でもホントに迫られたらどうしましょう……」とか、顔色をコロコロ変えながら自問自答するメイドの姿があった。
「レムって…… スケベだよな」
「ーーッ!! しゅ、シュケベってだれがですか!?」
「いや、『亀甲』のときも思ったし、今朝の『セクハラ』だってそうなんだけどさ。それがエッチな言葉だって本当はなんとなくわかっていただろ??」
「な、なぁッ!? なんのことでしゅか。全然、知りません。レムはエッチな事は何も知りません」
「そ、そうか。それならいいんだけど……」
「言いがかりです、謝ってください!!」
「レムがエッチでごめんなさい」
「何に謝っているんですか!?」
もちろん全国百万人のレムファンの皆様にだ。貴方の思い描く清純なレムと違って、このレムはエッチなんです。でも、彼女だって思春期なのだから黙って見守っていてあげてください。
「レムも一応謝っておいてくれ」
「何にですか!?」
「いいから、いいから。そういうの需要あるんだって」
「それは、その……」
そういうとレムは急にモジモジとし始める。ただでさえ小柄な身体を窮屈そうに縮めて、指と指が触れたり離れたり右往左往していた。
ちなみに肩をすぼめることで圧迫された胸は本当に窮屈だと、腕の間からこぼれていた。
エッチだ……
「それは、その…… トキモリくんにも需要があるって事ですか??」
「ん?? あぁ、ある。めっちゃある」
「そうですか…… ならーー」
レムは自分のベッドから降りるとコチラへ移動してきた。そして、目の前に立つとクイッと腰を曲げ、その顔を俺の耳元へと寄せる。
その勢いでふわっとレムの甘い香りが鼻腔をくすぐり、眼前には彼女の強調された胸が一面に広がった。
レムが耳をくすぐるように呟く。
『レムがたくさんエッチでごめんなさい』
「ーーッ!!」
言い終わると、ぴょこんっとかわいらしく一歩離れて「レムはお食事などについて聞いてきますね」と部屋を出て行ってしまった。
レムの不意打ちに呆然としてしまう俺には、彼女を追いかける事などできなかった。
「寝られないのは…… 俺の方かもしれん」
だって、レムがエッチなのがいけないんだもん。