Re:ゼロから始める結界術   作:レトルトラメエ

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第40話 出会いはふとした瞬間

「よかった…… では、トキモリくんが人妻さんに恋して横恋慕なんて展開にはならないのですね」

 

「横恋慕て……」

 

 あれからしばらく泣きじゃくった俺は、青空失神から復活したレムに、号泣の訳を説明した。

 

 どんな状況だと我ながら思う。

 自分で振り返っても頭のおかしくなるような光景であったはずだ。そのことを証明する様に、元王国最強の現庭師は呆然としてその様子を見ていた。

 

「あの…… お二人とも大丈夫でしたか?? 申し訳ありません。私が身の上話をしたばっかりに」

 

「いや、そんなことないです。俺は今回の白鯨討伐に関しては正直成り行きでみたいな所はありました。けど、ヴィルヘルムさんの話のおかげで俄然やる気が出たって感じですから」

 

 この世界から素敵な女性を一人奪った罪は、白鯨の命を捧げても償えない大罪だ。

 

「レムからも謝罪させてください。申し訳ありません。事情を知らぬとはいえ、奥様のことを疑うような……」

 

「いえ、私も口下手で言葉足らずな性格である事は自覚していますから。どうかお気になさらずに」

 

 どう考えても俺たちが悪いだろうに、ヴィルヘルムさんはその頭を深々下げる。これに罪悪感を抱いた俺は、すぐさまフォローを入れさせてもらう。

 

「ヴィルヘルムさんの言葉が足らないというか、レムの妄想力が過剰すぎたんです」

 

「泣いてるトキモリくんの語彙力が足りないの間違いですよ」

 

「そりゃあ語彙力では、『異国の言葉』に興味津々なレムには勝てないさ」

 

「異国の言葉??」

 

「『セクハラ』とか『亀甲』とか」

 

「だ、誰が教えたんですか、誰が!?」

 

 どうやら俺には語彙力はなくても相手を煽るスキルは豊富らしい。

 

 そんな責任のなすりつけあいという見苦しいだけのやり取りを見ていたヴィルヘルムさんが「ふっ……」と小さくひとつ笑う。

 

 そして、「申し訳ありません」と失笑の謝罪と共に言葉を続けた。

 

「それにしてもお2人は大変仲がよろしいのですね」

 

「えぇ、それはもう俺たちはすこぶる仲良しですよ」

 

「最近のトキモリくんは女の子なら誰でも仲良しですけどね」

 

 レムは少しだけ非難するような視線を向けてくる。レムの言う通り最近を振り返ると、一緒にいる時間は長くても、たしかに少し蔑ろにしているところがあったのかもしれない。そう思った俺は、彼女に一つ提案してみた。

 

「身体も動かせた事だし俺たちは街でも見てこようか??」

 

「えっ…… はいっ!! 行きます、行きましょう!!」

 

 機嫌を治してもらうために出かけることを提案すると、レムは花がほころんだようにパッと表情を明るくする。一瞬、犬の耳と左右にブンブンと振られた尻尾が見えた錯覚に陥った。小さな手を胸の前で握り、喜びに輝かせる瞳は、まるで愛犬が『散歩』という単語を聞いたときのようだったからだ。

 

「というわけで、ヴィルヘルムさん。申し訳ないのですが、剣術指南は今日のところはこれまでということで」

 

「わかりました。トキモリ殿、暇な使用人に付き合っていただきありがとうございました」

 

「いえいえ、こちらこそ。またお願いします」

 

 そう言って俺たちはお互いに頭を下げると、それぞれの持ち場へと戻った。俺は異世界を放浪するチャランポランで、ヴィルヘルムさんは花を愛でる使用人。

 

 決戦は四日後。

 2人が『鬼』となるには、まだ早かったのだから。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 屋敷を出て街に着く頃には、もうお昼を迎えようかというところだった。そこで俺たちは昼食をどこかのお店で済ませる事にした。

 

 ちなみにというか、もちろんというか、そうするしかないというか。代金はレムが支払う事になっている。その事については「怪我をさせてしまった慰謝料としてロズワール様から預かっていますから」とのことらしい。

 

「しかし、いよいよ俺もこの世界での働き口を見つけないといけないよな」

 

 前にも少し考えた事だけれど、帰る目処も立っていない現状を考えれば、そろそろこちらでの生活基盤を作らねばなるまい。

 

「レムのペットになられてはどうですか??」

 

 レムは俺の顔を真っ直ぐ捉え、何の臆面もなく言い放った。その瞳は童心の頃に遊んだビー玉のように、爛々と輝きが見える。

 

「何が『どうですか??』だよ」

 

「レムのペットになられたらいいと思います」

 

「問いかけから推奨に変わるな」

 

「………」

 

 レムは黙ると項垂れるように俯いてしまう。そして、小さく息を吐くように「ふふっ……」と一つ笑うとその鎌首をもたげた。

 

 肌がひりつくような寒気が走る。

 

 再び視線の合ったレムの瞳には、もう先ほどまでの輝きはない。そこには、ただコチラを呑み込もうとする闇が覗いていているだけだった。

 

「ふふっ…… いいじゃないですか。レムのものになってしまえば。首輪で繋がれているトキモリくんはかわいかったです。レムのペットになってくだされば一生お世話しますよ。もちろんペットなので、働かなくてもいいですし、ご飯もレムが作って差し上げます。トキモリくんは、ただお給仕を終えたレムに寄り添って頭を撫でてさえくれたらいいんです」

 

「………」

 

「何か言ってください。まだ、足りませんか?? 何でも言ってください。何が足りませんか??」

 

「………」

 

 嫌な汗が額を伝う。

 

 最近のレムの情緒は何がきっかけで変貌を遂げるのかわからない。

 

「「………」」

 

 お互いの視線が交差したまま、間延びしたように嫌な時間が流れる。そして、額から滲み出た雫がまぶたに差し掛かろうとした時、不思議な音が耳に入った。

 

「すんすん、すんすん」

 

 何の音だ、と音のありかを探して見渡してみても、特に変わり映えしない露店が立ち並ぶばかりで、それらしいものは見当たらない。

 

「おにーさん、すご〜い汗。それに顔を真っ青だし、だいじょうびぃ??」

 

 音が声になったことで、ようやくそれが人から発せられているらしいことを理解した。俺は音のする方、自分の足元へと目を向ける。すると、そこには白いローブを纏う柔らかそうな橙色が、心配する言葉とは裏腹に、何がそんなに楽しいのか両手を突き上げピョンピョンと飛び跳ねていた。

 

「なんだこのカワイイ生き物」

 

 大きな瞳に、小さな口と鼻。真ん中で分けられた前髪はおでこ半分くらいの長さで整えられており、そこから見える麻呂のような殿上眉は、上品さよりも愛らしさを強調させている。何より、細くて右へ左へとフリフリとカールを描く尻尾と、見るからにモフモフのケモ耳によって、その生物の可愛さ指数はどどまることを知らなかった。

 

「おにーさん、ミミのことそんなに見つめてどったの??」

 

「なんだこのチョーカワイイ生き物。これは動物愛護的観点から保護せねばなるまい。いや、するべきだ」

 

「こ〜ら、いくらウチのミミがカワイイからっておいたしたらかんよ」

 

 プリティー生物の捕獲ーーもとい保護を本気で考え始めていた俺を静止する声がかかる。その声へと視線を上げると、そこには一人の少女が立っていた。少女は、今日は陽射しのある割と暖かい日だというのに真冬さながらの服装に身を包んでいた。

 

「昨日ぶりやな。自称無所属のスミムラトキモリ君。これは奇遇やないの」

 

 全然奇遇だなんて思ってなさそうなほど飄々と、彼女ーーアナスタシア・ホーシンは薄い笑みを浮かべてそこにいた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「いっただっきまぁ〜す」

 

 「いっぱいお食べぇ〜」と、思わず父性全開で言ってしまいたくなるような、愛らしさ満点のハツラツとした挨拶をすると、その小さい生き物はハンバーガーのようなものを頬いっぱいに膨らましながら食べ始めた。

 

「かわいい、かわいい、かわいい……」

 

「ミミの可愛さに夢中になるんはええけど、もっと周りも見んと不用心やで??」

 

「おっと失礼。もちろんアナスタシア様もお美しいことこの上なしです」

 

「ありがとさん。でも、ウチが言いたいんは『ウチの事も褒めて欲しい』とかやのうてな…… ほら、コッチ」

 

 そう言ってアナスタシアの指先を目で追う。

 

「やっと見てくれましたね、トキモリくん」

 

「ヒェっ!!」

 

 そこには、実際に視認できるのではと思わせるほど怒気のオーラが溢れ出したレムが瞬き一つせずに俺を見つめていた。

 

「トキモリくんにとって王都は楽しそうですね。色々な女の子がいますもんね。それはもう、ホントにたくさん。例えば、出かけようと誘った女の子が目に入らなくなってしまうほど沢山の女の子たちが」

 

「さて、いきなりだが本題に入ってくれアナスタシアさん。奇遇なんて言っといて本当は俺たちのことを待っていたんでしょう??」

 

「いきなりすぎるやろ。そんなカッコよさげにキリッとコッチ見られても困ってまうわ。そっちの子の目見られんからってウチを逃げ場に使わんといて」

 

「『時間とお金の価値は一緒』と仰ったのは他ならぬアナスタシアさんじゃないですか。ですから早々に本題に入りましょう」

 

「それは認める。でも、スミムラ君が先に語るべきはウチやなくてそっちの子やろ??」

 

「トキモリくん、トキモリくん、トキモリくんトキモリくん、トキモリくん、トキモリくん、トキモリくん、トキモリくん、トキモリくん」

 

「助けて、ください……」

 

「痴話喧嘩は犬も食わへんし、もちろんウチもタダでも買いません」

 

 アナスタシアは、俺をバッサリと切り捨てるとテーブルに置かれた紅茶へと口をつける。その姿は優雅の一言につきて、こんな状況でも見惚れてしまいそうになるほど美しい。

 

「タダなら受けないってことは、報償次第では受けてくれると解釈していいですか??」

 

「あら、うまいこと言うやんか。たしかにスミムラくんから相応の対価を貰えるんなら仲裁するのもかまへんよ」

 

 アナスタシアはティーカップをソーサーに戻すと、特に崩れていたわけでもない姿勢を正した。彼女なりの交渉に及ぶときの作法のようなものなのかもしれない。

 

「それでアナスタシア様は何がお望みで??」

 

「なんや、今ならなんでも聞いてくれるん??」

 

「なんでもとはいきませんが、可能な限りは聞きますよ」

 

 だから、聞かせて欲しい。こんな場をセッティングした意図というものを。店に入った時点で違和感は確信に変わった。この出会いは奇遇でも偶然でもなく、アナスタシアが計算して行ったものだろう。

 

 しかし、俺の予想に反してアナスタシアの答えは意外なものだった。

 

「なんも。ウチはスミムラ君になんも望まんよ」

 

「えっと…… どういうことでしょうか??」

 

「せやからウチはスミムラ君になんも望まん。スミムラ君にはウチに助けて貰ったっていう『貸し』だけ覚えといて貰えたらええよ」

 

「なるほど…… それは、また……」

 

 高くついてしまう、そう思った。明確な要求がないのでは、逆に『いつまで、何を、どこまで』返したらいいのかわからない。小分けに幾つも要求されるのかもしれないし、大きな厄介事を一つ投げられるのかもしれない。

 

「でも、俺が『貸し』を律儀に返すタイプだと思いますか?? もしかしたら具体的な要求がないのをいい事に踏み倒すかも」

 

「ウチが男なら平気でするかもしれへんな。でも、ウチはスミムラ君の言うところの『守るべき全ての女の子』の一人やし。それに、スミムラ君的にはウチは『お美しいことこの上なし』なんやろ??」

 

 そう言うとアナスタシアは片目を瞑って茶目っ気のある笑みを見せた。おそらく、その笑顔は数多の交渉事を有利に進められたのではないか。そう思えるほどに、男の俺としては胸が高まらずにはいられない可憐さだった。

 

「そうですね。俺は女の子の頼みなら断れない。それが美人の頼みならなおさらね。なるほど、この言質を取りたかったわけですか。商人の貴方とテーブルを挟んだ時点で負けたようなものでしたね」

 

「あら、そんな悲しい事言わんといてよ。ウチは普通に仲良うお茶したかっただけやのに」

 

「こんなに頭数揃えてですか??」

 

 俺は店内にいる『客』へと目を向ける。全員が全員同じ白のローブに身を包む光景は異様の一言に尽きるだろう。そのローブのデザインがミミのものと似ている事から、その者達がアナスタシアのお抱えである事は明白だった。

 

「あら、気づいとったんかいな」

 

「流石にわかりますよ。これで気がつけない奴は相当な馬鹿か、切羽詰まって目の前のこと見えなくなってる奴ぐらいでしょうに」

 

「けったいやなぁ。その考えは可愛げがあれへんやん。目の前の女の子に見惚れてるって言って欲しかったわ」

 

「もちろんアナスタシア様は見惚れるぐらいの美しさですよ。でも、俺はカワイイ女の子がいないか常に探しているので」

 

 そう言って笑いながら肩をすくめて見せると、アナスタシアは「ホンマけったいやなぁ」と少しわけのわからない返事をした。

 

「どうかしましたか??」

 

「いや、スミムラ君は賢いんかアホなんかようわからんくなってまうわ。今さっきおんなじやり取りしたばっかりやのに」

 

「あっ……」

 

 アナスタシアの指摘で致命的な、もしかしたら致命傷に成りかねないミスに気がついた俺は、彼女の指摘通り『今さっき』と同じように、恐る恐る首を右隣に向けた。

 

「トキモリくん。やっとレムのこと見つけてくれましたね」

 

「ヒィィィッ!!」

 

 これは『鬼ごっこ』か『かくれんぼ』どっちというべきか。いや、どっちでもあるまい。ごっこ遊びではない本物の鬼を「みぃつけた」してしまっただけなのだ。

 

「トキモリくん……」

 

「はい……」

 

「もおいいかい??」

 

「ま、まぁだだよ。なんつって……」

 

 

 この日見たレムの顔を僕はきっと忘れない。

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