あれからエミリアに連れられた俺は竜車に揺られ、彼女が世話になっているという屋敷へ向かった。
道中は向かいに座ったエミリアのスカートから伸びる、細くも柔らかそうな白いおみ足以外は特に目を引くものもなく、屋敷へは無事に到着した。
『ロズワール・L・メイザース』
それがこのでかい邸宅の主人らしい。舗装された敷地には手入れの行き届いた草花が広がる。現代でもこれだけの庭園はなかなかお目にかかれないだろう。おかげで私邸にしては長過ぎる前庭も、飽きる事なく玄関先まで辿りつけた。
「じゃあ、私の家と言うわけでもないけれど。いらっしゃい」
「おじゃまします」
やたらと重厚そうな屋敷の扉が開けられる。すると、その先には青髪と赤髪の違いはあれど一目で双子だとわかる召使いが出迎えてくれた。
「「ようこそロズワール邸へ。いらっしゃいませ、お客様。お帰りなさいませエミリア様」」
双子が何故召使いだとわかるのかと問われれば、これもまた答えは見た目である。俺の視線を受け、お互いに手を取り身を寄せ合う双子はメイド服を着ていた。
「大変ですよ。今、お客様の頭の中で卑猥な辱めを受けています。姉様が」
「大変だわ。今お客様の頭の中で恥辱の限りを受けているのよ。レムが」
「大変だ。それでは仲間外れではないか、エミリアが。安心してくれ。3人同時に愛して見せよう!!この俺が」
「変態だね。ボクには救いようがないよ」
最後にパックが現れツッコミを入れる。双子のメイドはといえば、俺の返答に2人揃って一歩後退りをした。
「さて、顔合わせも終わったところで屋敷の案内を頼めるか?」
「エミリア様。変質者がエミリア様のお客人になりすましています。と、姉様が」
「エミリア様。変質者がラム達の部屋に強引に押し入ろうとしています。と、レムが」
「すっごく変なのは認めるけど」
「残念ながら、本当にリアの客人だよ」
エミリアとパックの返答を聞くと、2人は「えぇ…」と不満げな表情を一瞬見せしぶしぶ屋敷へ迎い入れる。
2人の説明だと今は亭主が不在だとか。しかし、後少しで戻るので先に客間で待っていろとの事だ。
「その前にお手洗いをお借りしてもいいか?」
「かしこまりました。この廊下を進めば突き当たりに見えます。むかって左側が男性用」
「右側が女性用です」
「了解。右側が女性用だから入ったらダメと」
「普通、入る方を確認すると思うんだ。ボクは」
「戻ってきたらコッチの客間に来てね」
パックの指摘とエミリアの声を背に手だけで返事を済ますと廊下を一人進む。これだけ屋敷が大きいとトイレにたどり着くだけで一苦労だ。出先から尿意が間に合うかどうかで玄関に辿り着いたなら、この屋敷ではギリアウトだろう。
「ふぅぃぃぃぃっと」
用をたして再び廊下に出る。すると前庭を歩いている時から感じた視線を再度確認する。
「見られてるな。トイレまでは見ないって事は女性かな」
視線は感じるのに何処から感じるのかはわからない。とりあえず客間に向かおうと足を進めた。しかし、いくら歩こうとも客間へは辿りつけない。大きな屋敷とはいえ流石に異常を覚える。
「ループする廊下、ね。まったくモテる男も罪だぜ」
どうやら術者は俺を独り占めしたいと見える。そっと瞳を閉じて、自分を中心に取り巻く空間の把握に集中をした。すると、一つの扉から歪みのような物を感知できた。その扉へ手をかけ開けると、明らかに元あったであろう部屋の奥行きとは絶対に釣り合わない景色が広がる。
「書庫、か」
「……ノックもしないで入り込んできて、なんて無礼な奴なのかしら」
天井までぎっしり詰まった無数の本に目を奪われていた俺は、声によって視線を下げた。
そこには小さな丸机に小さな椅子。そして、その椅子ですら足のつかない金髪の少女が心底鬱陶しそうな表情で本を両手に座っていた。
「どうした?せっかくこうして会えたのに仏頂面なんて浮かべて」
「嫌味なのかしら。扉渡りを一発で引き当てるなんてどういう理屈なのよ」
「君の方から積極的にお誘いがあったと思ったのに。つれないな」
屋敷に入ってからずっと見ていたくせして、いざこちらから来たらこの態度とは。
……なるほど。玄関でエミリアや双子と楽しそうにしていたのが気に食わなかったわけだ。早く、私のところに来て♡っと。たしかに順序だけ見たらトイレのついでだ。これはいけない、紳士にあるまじき行為だ。
ならば俺から言える台詞は一つだけ。
「お待たせ。待った??」
「……っ!!?」
ちょっとした冗談のつもりだった。しかし、こちらの感情とは対照的に彼女の反応は想像以上に過敏だった。ここまで不機嫌な表情しか見せなかった彼女が、目を見開いてわかりやすく驚いている。それは驚愕と言う表現がしっくりくる。
そうか、そうか。そんなに待ち遠しかったのか。少女のはかない恋心だとしても、真摯に向き合うのが紳士たるもの。
少女にかしずき、そっと手を握る。
「私の名前は墨村時守。よろしければお嬢様のお名前をお聞かせ願えますか?」
「………」
少女は俯いてしまって何も話さない。心なしか少し震えている気さえする。まぁ、無理もない。この年頃の少女にとって自分のような年齢のイケメンなど、アイドルのように映っている事だろう。
スーパーアイドルたる俺に会いたいけど恥ずかしい。そんな矛盾が織りなした、いじらしい扉の魔法。そのレジェンダリー・スーパーアイドルが魔法をいとも容易く突破して、自分の元に颯爽とあらわれ手を取られたのなら、感涙もしようというものだ。
「いまさら………ベティの……」
「どうしたんだい?ベティちゃんっていうのか。素敵な名前だね」
取った手がはっきり震えだす。それは徐々に小さな身体全体へと波状的に伝わり、波は大きく成長していく。
感動…… というか、感動かこれ?
疑問を抱いたときには、もうベティが答えをくれていた。
「次、ベティに『待った?』なんて言葉を吐いたら、殺すかしら」
「っ!!ぐべらっ!」
返事と同時に急騰したマナの衝撃波が、俺の身体を弾き飛ばす。避けようと思えば出来たのかもしれない。でも、その気にはなれなかった。
彼女は顔を悲痛に歪ませ、目には涙を溜めていたから。
理由はわからなくても小さな少女にそんな顔させたのは自分で、だから俺は避けなかった。
「ぁ痛っぁぁぁぁぉあ!!」
「えぇ!どうしたの?」
扉をぶち開け転がりでた先は客間前の廊下だった。そして悲鳴を聞きつけたエミリアが俺が先程出てきた扉から飛び出してくる。
なるほど。扉を媒介とした空間転置の魔法だったわけだ。術の考察はさておいて、とりあえず今は人様の屋敷で、それこそ天地逆転、頭を床に足を天に伸ばして倒れている言い訳をしなければ。
「早くキミに会いたくて。急いでたら転んだんだ」
「もう、また変な事ばかり言って。そんな事より早く入って。もうロズワールも帰ってきてるの」
「はじめましてだぁね。もう、名前はきぃているだろぉうけど、挨拶を。わたぁしは、ロズワール・L・メイザース。ぜひ、よろぉしくぅ頼ぉむよ」
部屋に入るとエミリアとパック、赤のお姉様と青い妹。そして奥の上座に男が鎮座していた。
痩せ型の長身に濃紺の長髪をなびかせ、ピエロ然としたメイクを施した顔。そして容姿負けしない特徴的な話し方で名を名乗る。
この男がエミリアの後ろ盾をしているという放蕩貴族か。
俺はこの場で唯一座っていない自身の体をたたみ、こうべを垂れる。
「お初にお目にかかります。私の名は墨村時守。この度はお会いできて光栄です。ロズワール卿」
「えぇ、どうしたの!?」
エミリアの台詞はベティに弾き飛ばされた時と同じなのに、今の方が心配している声色だった。
失敬な。これでもお家の事情でお堅い挨拶などは割と日常茶飯事だったのだ。
「あらぁら。随分と聞ぃてた印象と違うのだぁね」
「身の程はわきまえております」
「そんなことは言わずに、なぁかよくしてくれぇると嬉しいぃん、だぁけどね」
「……滅相もございません」
この間も面はあげない。仲良くね……白々しい。
この場で立っているのは俺だけ。つまり、あの双子も席に着いている。
客人より先に従者を座らせるなど普通はしないだろう。最初は世界間による常識の違いかとも思ったが、アイツの目を見て確信した。
要するに俺は歓迎されていないらしい。
「この度はエミリア様を助けて、いたぁだき、感謝しても、しきれなぁいね。彼女が王選候補だぁってのは、聞いているぅんだろ?あの徽章は王選参加者の、証だったのさ」
「そうなの。あの石は、ルグニカ王国の王座に座るのに相応しいかどうか試す試金石みたいな物なの」
「………」
想像よりもとんでもない代物だった。よくもまぁそんな物を盗られたものだ。パックが心配するのもうなずける。
「というわぁけで、お礼をさせて貰わなければ、ならぁないのさ」
「結局は剣聖ラインハルトに任せただけですが?」
「それでもだぁよ。君も守ってくれた事には変わりがなぁいからね。聞いたところによぉると、田舎から出てきたばかりで住むあても、なぁいとか」
「はい。お恥ずかしい話ですが」
「さて、そんな君はなぁにを望むんだい?私の名にかけて、褒美は思いのまま。さぁ、なんでも望みを言ってみたまぁえ」
「そうですか。そこまで仰って戴けるのでしたらお言葉に甘えて。私の望みはーー」
俺の望みを叶えるのには一週間の猶予が欲しいとの事だった。その一週間は食客として扱うそうで、その間はエミリアの護衛を頼みたいらしい。
「大丈夫だぁよ。君の望みはかなぁらず、叶えてみせるから」
中途半端な形ではなく、完璧な形で俺の望みを叶えたいと語ったロズワールの心境は唯の貴族としてのプライドか。はたまた……
「と、言うわけで一週間よろしくな」
「……呆れたやつかしら。次は殺すと言ったはずなのよ」
「禁句を言ったらだろ?それは気をつけるから仲良くしようぜ」
一夜明けた昼下がり。俺は再びベティの書庫へと足を運んだ。不機嫌ではあるが、いきなり弾き飛ばしたりされないだけ御の字だ。
「ベティが腹立たしく思っているというのは別に、まずほいほいと来られる場所ではない筈かしら」
「それは俺の家系特有の能力のおかげだな。ちょっと見ててな……結!!」
ベティの疑問を解消すべく俺は彼女の手近にあったティーカップを結界で覆ってみせる。
「これは…… マナの揺らぎすら見せずに結界を張るなんてありえないかしら」
「ちょっとは興味を持ってくれたみたいだな。なら、ほらお話しようぜ」
「……お前に不愉快な気持ちになるのは変わらないけれど、術に興味があるのは確かかしら」
悔しそうに眉間にしわをよせるベティ。しかし、慎重に結界をつついてみたりするなど、どうやら本当に興味は引く事が出来たようだ。
「代わりと言ってはなんだが、俺は田舎暮らしが長くて知識に乏しくてね。ここにある本を読ませて貰いたいんだけどいいか?」
「……お前、最初から禁書の類が狙いかしら。ベティに会いに来たようなふりをしたくせに。とんだ道化野郎かしら」
俺の心情を早とちりしたのかベティはあからさまに不機嫌さを増す。なんだこのツンデレ。とにかくこのかわいい生き物に誤解されるのは悲しいし、道化野郎だなんてアイツと同じ扱いをされているようで気持ちが悪い。
「いや、禁書だなんて御大層なものじゃなくてさ。もっと一般的な常識が知りたいんだ。ベティが答えてくれるならそれが一番嬉しいよ」
「…………」
ベティは一瞬こちらと目を合わせると、すぐに両手で広げた本へ視線を落とす。
「……まぁ、書庫を歩き回られるよりはマシかしら。ベティの手間にならない程度になら答えてやらん事もないなのよ」
「…………っ!!!うぉおおおお!ベティぃいいい!!かわいすぎるぞぉおおおおお」
「っ!!ぎゃぁぁぁあああ!!」
あまりのベティの王道的ツンデレムーブに俺の理性が崩壊した。
瞬時に近づくと両手を脇の下に差し込み、ベティを持ち上げる。ちょうど『たかいたかい』をするような動作でベティを上下に揺すった。彼女は事件性のある悲鳴で喚き散らすがそんな事は関係ない。今はベティのかわいさに感謝を捧げるべきなのだ!!
そう、これは『たかいたかい』ではない。俺プレゼンツ、プリティー・コンテストに優勝したベティへの胴上げだ。
「わぁっしょい! わぁっしょい!」
「ぎゃぁぁあ! おろせっ、おろせなのよ!」
「ははは! 叫んだってムダだぜ。ここへは誰も来られやしないさ。他でもないお前の魔法でな! そんなことよりベティの愛らしい姿を神様に見て貰おう!それ天高くっ!わぁっしょい!わぁっしょい」
「ぎゃあああ!い、い、いい加減にっ!するかしらぁ!」
「わぁっしょ…!ぐべらっ、ぺこぉ!」
ついに我慢の限界を迎えたベティが、前回よろしく俺を弾き飛ばした。人の身体とは思えないバウンドをしながら、扉から廊下へ転がり出る。壁に衝突した俺は、頭を床につけた状態でやっと静止した。
デジャブのような一連の動作。だが前回と違う点をあげるならエミリアが駆けつけない点。それと、禁書庫への入り口が閉まっていなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ。つ、次またやったら本当に殺すかしら。…。とりあえず今日はお前の不愉快な顔を見たくないから、話は最低でも明日からなのよ」
息も絶え絶えに罵声を投げかけると、扉は一人でに勢いよくバタンッと閉じた。
「馬鹿みたいなのよ。今さら期待して」
少女の一人言は固く閉ざした扉に遮られ、聞く事は叶わなかった。