Re:ゼロから始める結界術   作:レトルトラメエ

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第6話

翌日から始まったベティーの座学は、おおよそ竜車の中でエミリアから聞き出した内容と変わらなかった。しかし、一つ聴き慣れない単語が混じる。

 

「魔女、か」

 

「お前、魔女も知らないなんて本当にどんな場所に住んでたかしら」

 

「ここより東の辺鄙な島さ」

 

「ここより東って…… お前それはあまり人に言わない方がいいかしら」

 

 ベティーによると、その400年前に世界を滅ぼしかけたとされる魔女は、当時の最強戦力を結集させても殺すには至れず、今もルグニカ東部の砂丘に封じられているとの事だ。

 

「この国は東の最果てなのよ。それより東の出身だなんて変な勘ぐりをされても仕方がないのかしら」

 

「エミリアは何も言わなかったぞ?」

 

「あのハーフエルフの娘が魔女に関わる事を話さないのは仕方がないかしら。容姿がそっくりなのよ、嫉妬の魔女に」

 

 なるほど、銀髪のハーフエルフ。たしかに特徴で言えば嫉妬の魔女そのものだ。王都では出来るだけフードを目深に被っていた事にも合点がいく。

 

「相当の迫害は受けてきたはずなのよ」

 

「魔女教徒は見つけたら即座に殺せ。って言葉があるぐらいだしな」

 

「暗黙ですらない常識なのかしら。お前も死にたくなければ出自は隠す事なのよ」

 

「心配してくれてるのか?かわいいやつめ」

 

「こ、この屋敷に立ち入っている以上、お前が捕まればベティ達にも迷惑がかかると思っただけなのよ。勘違いは不愉快かしら。次に同じこと言ったら叩き出すかしら」

 

 お手本なまでのツンデレ。殺す、殺すと言うものの、いつも『次に』という枕言葉を絶対につけるあたりが特にかわいい。

 

「かわいいやつめぇ!」

 

「そ、それをやめるかしら!」

 

 今日は終わり!っと、そっぽを向くベティー。こうなっては仕方がないので「また、明日な!」と声をかけ部屋を後にする

 

「痛い目に遭えばいいかしら」

 

 最後になんとも不吉な別れの挨拶だ。でもきっと彼女は小言を垂れながらも明日も出迎えてくれるのだろう。小さな椅子で足を揺らしながら。

 

 

 

 

 

「…………お客様」

 

「ん?レムか」

 

 書庫を出たところでメイド姉妹の妹に声をかけられる。彼女は頭を白い布巾で包み、両手には掃除道具をこさえていた。

 

「お客様は、こちらで何を?」

 

 何を?と、言われると勉強?でも、ただでさえこの屋敷の住人には疑われているのに、魔女について学んでましたって言うのもまずいだろう。

 

「軽はずみには人に言えない事だ」

 

「……そうですか」

 

 俺の答えに俯くレム。よく見れば箒を握る手が震えていた。

 

「おい、大丈夫か?体調が悪いなら……」

 

「いいえ、お構いなくお客様。悪いのは体調ではなく、お客様です!かッ、らぁッ!!」

 

 レムが突如として、箒を横薙ぎに振るい襲いかかってくる。咄嗟に躱すが、第二、第三と執拗な連撃が続く。俺は何とか一連の攻撃を全て避けると、レムは痺れを切らしたように箒を俺に投げつけた。それも軽く腕でいなし、次弾に備え彼女を見る。すると、先ほどまで掃除道具を握っていた両手には、箒ではなく凶器が握られていた。握りから伸びたチェーンに付随した鉄塊。その鉄球には配色だけ可愛らしいスパイクが五本伸びている。所謂、モーニング・スターというやつだ。

 

「いきなりなんだ!?何をする!?」

 

「それはこちらの台詞です。『姉様』の部屋で何をしていたんですかっ!?この変態がぁ!」

 

 姉様!?ベティーのやつ、なんてタイミングになんて扉から出してくれたんだ。

 レムはその細腕のどこにそんな力が隠されているのかと、不思議に思わずにはいられない速度で鉄塊を器用に振り回す。

 

「死ねぇッ!姉様のッ、部屋で……よくもッ!」

 

「落ち着け、勘違いだ!」

 

「まさか、この後に及んで変態ではないと?」

 

「ない事もない、が」

 

「認めた、なッ!」

 

「会話って難しいっ!」

 

 結局、その鉄球はレムが戻らない事に疑問を感じたラムに発見されるまで続いた。

 

 

 

 

 

 楽しい時間ほど、過ぎ去るのは早い。

 朝は美少女メイド(姉)の声で起床。昼から王道ツンデレ児童とお勉強をして、夜には幻想的な銀髪美少女と星を見る。就寝前に廊下で美少女メイド(妹)に「おやすみんっ♡レムりん♡」と言えば「死ね」と返ってくる。

 美少女達と過ごすこの一週間は夢のような時間だった。底意地の悪い道化師の笑顔さえ見なければ現実だという事を忘れてしまっただろう。

 

「本当にそれだけでよかったの?」

 

 玄関先のエミリアは手持ちの荷物を見て、まだ戸惑いの表情を浮かべていた。

 

「それだけって、ロズワール卿が一週間もかけてよりすぐってくれた品だ。俺なんかじゃ、一生かけてもありつけないだろうさ」

 

「でも、『紅茶』なんて……」

 

「それにその一週間は衣食住、可愛いメイド付きの至れり尽くせり。これ以上は罰が当たる」

 

「行くあてはあるの?ルグニカの事すら知らないんじゃ、知り合いなんていないでしょ?もっとここにいたって……」

 

「大丈夫だ。一つだけあてはある」

 

 俺はエミリアに言い聞かせるように話すが、それでも彼女は納得しようとしなかった。

 

「私の騎士の話なら気にしないで。断ったって、ここには居てもいいんだから。それは私からロズワールにお願いしたって……」

 

「……リア」

 

 パックに呼び止められたエミリアは困惑した視線をそちらに向ける。

 

「だって。パックだって……」

 

「それはそうだけど。トキモリが出て行くと言うなら仕方がないさ。それに騎士の話だってまだ断られた訳じゃないだろ?トキモリは故郷に帰るわけでもないみたいだし、また会う機会はあるさ」

 

「そういう事だ。騎士の話に関してはエミリアがどうこうじゃなくて、まだ自分の事さえあやふやな状況だから返事はできない。すまん」

 

 2人がかりでなだめて、漸くエミリアは浅くうなずいた。その様子に思わず笑みが溢れる。ここまで言って貰えるのは素直に嬉しい。それがエミリアのような美少女ならなおさらだ。

 そして、俺はエミリアの後方に控える別の美少女たちにも声をかける。

 

「レムもラムもありがとう。一週間世話になった。機会があれば、ぜひまた飯を食わせてくれ」

 

「……そんな機会があれば、どうぞ」

 

「ふかし芋で良ければ出してあげるわ」

 

 例の一件が誤解だということはレムも納得し、謝罪までしてくれた。しかし、その後調子にのった俺が「そういえばぁ、レムちゃんは俺がラムちゃんの部屋でナニしたと思ったのかなぁ?なんで変態って言われたんだろう? ……あぁっ! そっかそっかぁ、レムちゃんってばエッチ〜」と、からかった事で本気で嫌われてしまった。翌朝からは起こしてくれる事もなく、その後の世話は基本ラムが焼いてくれた。

 まだ怒っているのだろうか。言葉数少なめで俯いていたレムは意を決したように顔を上げる。

 

「……お客様。初日の無礼をどうかお許しください」

 

「レム、それは……」

 

「初日の無礼?どういう事なのレム?」

 

 件の勘違いは2日目。なら初日の無礼とは客間で先に着席していた事だろう。

 レムの突然の謝罪にラムはバツが悪そうに、エミリアは純粋に疑問符を浮かべている。

 

「……すまん。何に対して謝られているかわからない。もし、レムに気になる事があっても、俺はそもそも気がついていないから安心してくれ」

 

 それに無礼という点においては五分五分どころか、明日からは俺の方が謝る事になるだろうから気にするな。と、心の中で付け加える。

 

「本当に世話になった。ありがとう」

 

「絶対。ぜーったい、また会えるよね?」

 

「あぁ、大丈夫だ。意外と近場に居る事になるかもしれないし、助けが必要なときは大声で呼んでくれ。エミリアからの要請ならすぐに駆けつけるからさ」

 

「……うん、わかった。絶対だからね」

 

 最後の念押しに笑顔で答えると、次こそ手を上げ別れを告げる。そして、その手を降ろす前に視線を感じる屋敷の窓に向かっても軽く手を振った。

 金髪少女は俺の滞在する期限の前日からすこぶる不機嫌で、最終日にはついぞ会ってくれなかったのだ。

 見えはしないけど、ぷいっとそっぽを向くように視線が切れた気がした。なんとなく笑いが溢れたのを機に手を下げ、庭園を出口に向かって歩みを進めた。

 

「それじゃあ、いってきます」

 

 

 

 

 

「てなわけで、ただいま」

 

「てなわけ…… じゃないかしら」

 

 いつもと変わらぬ仏頂面で、少女はいつもと変わらず小さな椅子に座っていた。

 

「お前は確かに屋敷を出たはずなのよ。再び入った気配もしなかったお前が、どうしてベティの書庫にいられるのかしら」

 

「この空間とあの屋敷はどこか任意の扉を媒体に繋がっているわけだろ?俺の能力の一つに。その媒体を介さずとも空間のすり抜けが出来る術がある。それだけの事だよ」

 

 結界師の能力というのは意外とバリエーションに富んでいたりする。その一つがこの『波同』(はどう)。ようするに壁抜けというやつだ。そのさらに上位互換として『空身』(うつせみ)という技もあるが、そちらに関しては才能が無かったのかさっぱり習得の糸口さえ掴めなかった。

 

「で、だからってベティーの所に来る理由にはならないかしら」

 

「俺とベティーの仲なんだから知ってるだろ? 俺、行くあてないんだって。だからここに少しの間住まわせてくれよ」

 

「……ベティーをおちょくるのもいい加減にするかしら。こうやってまた姿を見せに来るだけでも腹立たしいのに、住まわせてくれですって。冗談にしても笑えないかしら」

 

「冗談じゃないから笑わなくていいんだって。ほら、これ。お土産の『紅茶』」

 

「……ベティーを舐めるのもいい加減にして欲しいかしら!!」

 

 ついに怒りを表に出したベティーはその小さな手で丸机を叩く。机の上のティーセットが縦に揺れ、中身が数滴外へ飛び散る。その水滴を追うように俯いた彼女は絞り出すような声で呟く。

 

「お前は、お前は、何なのよ。お願いだから、ベティー、の心に踏み入らないで欲しいのよ」

 

 この一週間、一番共に過ごしたのはベティーだった。だからベティーが何かを抱えていて、どういう訳かそれに俺が関わっている事も何となくだが察している。

 ベティが俺を見るときの目は、不愉快なやつだけど、期待に満ち、不安が溢れ、諦めを抱く。そんな袋小路のような心境が感じられた。

 

「まあ聞いてくれ。どっちかと言えば踏み込んで貰いたいのは俺の事情なんだ」

 

「……言っている意味がよくわからないかしら」

 

 彼女は顔を上げ、訝しむような表情で俺を見つめた。俺はこの世界に来て初めて秘密を打ち明けようとしている。

 

「ベティー、俺はこの世界の人間じゃない。だから俺を助けてくれないか?」

 

 俺は、小さな友人の少女に助けを求めた。

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