Re:ゼロから始める結界術   作:レトルトラメエ

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第9話 日記帳は分厚いぐらいが丁度いい

 屋内へ戻った俺は禁書庫へ向かう前に、エミリアを起こす事を提案する。パックがついていてないとは思うが、彼女も呪術をかけられていないとも限らない。

 てか、あの爆音で起きないってエミリアさん肝が据わりすぎ。

 

「それじゃあ、ここで待っててくれ。俺が起こしてこよう」

 

 エミリアの寝室まで着いた俺はラムたちに扉の前で待つように伝える。

 

「ふざけないでください。ぶち殺しますよ」

 

「レムの言う通りだわ。変態をエミリア様のお部屋に通す訳にはいかないわ。ラムが起こしてくるから待ってて」

 

 扉をノックするとラムは部屋の中へ消えていく。えっ、さっきの今で俺とレムを二人で残すの!?

 

「……ぶち殺しますよ」

 

「何もしてないだろ」

 

「あんな辱めをしておいて、よく言えますね」

 

 後ろめたさがあるので視線を逸らす。たしかにあれはエッチが過ぎた。しかし、結界術は術者の精神が強度にそのまま影響する。俺が最高強度の束縛を実現するうえで、あの『亀甲』は理想の形なのだ。

 

「ごめんね、お待たせ。わぁ!本当にトキモリもいるのね!」

 

 そんな会話をしていると部屋からエミリアとラムが出てくる。

 つい、呼吸を忘れる。

 髪色によく合うネグリジェは全体的にゆったりしており、一枚羽織っているとはいえ、ただでさえ無防備な所のあるエミリアの女性的な部分を際立たせる。

 

「……エッチだ。あっ、やべ間違えた」

 

 直前までレムの『亀甲』姿を思い浮かべていたせいで思わず口に出てしまう。そちらの知識に疎いエミリアはキョトンとした表情を浮かべているが、メイドの姉妹はそうはいかない。

 

「夜分に申し訳ありませんでした。今、この害虫を殺処分致しますので少々お待ちを」

 

「レム。体液を撒き散らされると変な病気にかかりそうだから、外で殺しなさい」

 

「待ってくれ、違うんだ。エッチなのはレムだった」

 

「ぶち殺します」

 

 レムの再燃した殺意が身を貫く。ラムも今度ばかりは止めないとばかりに腕組みをして、こちらを軽蔑した目で見ている。そんな中、取り残された天使が俺を救済する。

 

「えっと、ラムもレムもやめてあげて。私は気にしてないから。それよりも今はレムの話の方が大切でしょ?」

 

「その通りだ。事は急を要する。こんな馬鹿な会話はやめて書庫へ向かうぞ」

 

「馬鹿はあなただけです。呪いの話だって嘘だったらぶち殺しますからね」

 

 レムはぶち殺すなんて物騒な言葉がすっかり口癖になってしまった。照れたように言ってくれるならかわいいだろうに、なんせ殺意が本気なので冷や汗しか湧かない。

 レムの機嫌を損ねないうちに俺はそそくさと禁書庫に向け屋敷を先導した。

 

 

 

 

 

「やっと戻ってきたかし、ら…… ぞろぞろと、これはどう言う事かしら」

 

「「夜分遅くに申し訳ありません。ベアトリス様」」

 

「ごめんね。でも、トキモリがここに住んでいたなんて私驚いちゃった。行くあてがあるって、ここなら教えてくれたらよかったのに」

 

 それぞれがそれぞれに挨拶を交わす。それを受けるベティーの顔は、久しぶりに見るあからさまな不機嫌顔だった。

 

「すまん、ベティー。『こっち』の魔法に関してはまだ知識が足りない。専門家とも呼べるベティーの力が借りたい」

 

「ふん、そんな気軽にベティーを頼られても迷惑かしら」

 

「俺には頼れる奴がベティーしかいないのはわかるだろ?頼む」

 

「……さっさと話して、とっとと出ていくかしら」

 

「恩にきる」

 

 押しに負けたベティーはぶっきらぼうに了承する。俺はレムをベティーの前まで連れて行き説明を始める。

 

「これは、レムを縛りあげた時に気がついたんだが……」

 

「死ねば良いかしら」

 

「死ねば良いわね」

 

「ぶち殺す」

 

「え、えっと。もうそんなことしたら、ダメだからね」

 

 エミリアたんマジ天使。

 

「レムから呪術的な気配を感じたんだ。だからベティーに見てほしい」

 

「呪術的な気配って…… お前マナの基本もつい先日覚えたばかりで、そんな事わかるわけないかしら」

 

 とか小言を言いつつも立ち上がり、レムに近づいて診てくれるベティーマジツンデレ。

 

「……っ!! 術式の気配。姉妹の妹、お前本当に呪われてるかしら」

 

 やっぱりそうか。

 呪術自体は元の世界でも存在していた為、確信は持てなくても近しい気配は感じとることが出来た。不幸中の幸いという言葉が正しいかはわからないが、これならレムに襲われた甲斐もあったというものだ。

 ベティーの診断に取り乱したのは本人ではなくラムの方だった。顔から血の気が引き、座り込んでしまう。呼吸も浅く、目には既に涙も浮かべている。エミリアはラムの側に腰を下ろし、肩を抱きしめその身体を支える。

 

「どんな類の呪いか分かるか?」

 

「術式を見ただけでは、なんとも言えないのよ。ただ、お前の懸念している通り、十中八九は命をとられる呪いかしら」

 

「レムを!!ラムの妹を助けてください!!お願いします。ラムが差し上げられるものは何でもお渡しします。ですから、ですから、レムを…レムを……お願いします」

 

「術式が発動していれば解除する方法はなかったかしら」

 

「発動前ならあるんだな」

 

「まあ、ベティーなら簡単かしら。お前らはこいつに感謝すると良いかしら」

 

 ベティーの右手に光が灯る。レムに座るように指示を出すと、その額に手を添える。

 

「今から呪術の術式を破壊するかしら。呪術師が直接触れた場所が術式の刻まれた場所だから参考にするのよ」

 

「目で見てわかるか?」

 

「種類にもよるけど、大抵はモヤが浮き出るかしら」

 

「それはありがたい。俺が呪術をかけてのマッチポンプなんて疑いは晴らせる訳だ」

 

 俺が懸念していた可能性は消えた。

 あの戦いでレムの身体に直接触れなかったのが功を奏した訳だ。

 べ、別に拘束を念糸ではなく寝技でしとけば良かったなんて考えていた訳じゃないけどな。

 しばらくすると、レムの身体から黒いモヤが立ち込める。それは左手の平の横、ちょうど小指の付け根辺りから湧き出ていた。

 

「忌まわしいったらないかしら。……終わったのよ」

 

 ベティーは黒いモヤを握るように消し去ると、汚いものでも触った時のように空中で手を払う。それを聞いたラムは気が抜けたのか、エミリアに全体重を任せ脱力する。

 

「えらい変な場所だな。レム、お前誰かに手刀でもしてその恨みで呪われたんじゃないか?」

 

「そんな事あなた以外にする訳ないです。この場所は…… っ!!子犬です!!今日、村へ使いに出た時に犬に噛まれました」

 

「間違いなくその犬なのよ。おそらく魔獣の類かしら」

 

「魔獣……」

 

 レムの顔が殺意に歪む。仕込まれたのが今日だというのなら、本当にタイミングがいいというか幸運だな。

 いや、待てよ。村で……だと。

 

「おい、レム。その犬は誰が連れてきたんだ!?他にその犬に触った人はいるか?」

 

「犬は子供たちが抱えていて…… っ!!」

 

 俺と同じ結論に辿り着いたのかレムの顔から初めて血の気が引く。自分のときは飄々としていた癖に、子供の為なら焦るんだな。つくづく人の為に動ける優しい奴だ。

 

「発動したら最後だ。刻は一刻を争う。このまま村へ急ごう」

 

「はい!!」

 

「レムは待って。村へはラムと時守が行くわ」

 

 俺とレムのはやる気持ちに待ったをかけたのは、さっきまで憔悴していたラムだった。

 

「姉様!!」

 

「レムは一応、病みあがりのようなものでしょ?屋敷を空にするわけにも行かないわ。それに…… ラムの妹を傷つけた奴をラムは許す事が出来ない」

 

 ラムからこれほどの怒気を感じたのは初めてのことだった。この姉妹は揃って人の為でしか、本気で怒りを覚える事が出来ないようだ。本当にそっくりな双子なんだな。

 ラムの意見に異を唱えたのは意外にもこれまで黙って成り行きを見守っていたエミリアだった。

 

「私は村には全員で行くのが良いと思う。屋敷を空に出来ないのもわかるけど、私たちがバラバラになるのを狙っているのかも」

 

「エミリア様、しかしそれは」

 

「俺もエミリアの意見に賛成だ。まず、村には結界が張ってあったんだろ?なら、魔獣を手引きした奴がいるはずだ」

 

「それなら尚更エミリアを危険に晒すわけにはーー」

 

「狙われているのが村ならな。でも、おそらく違うだろう。敵の狙いは、この屋敷の住人と見ていい」

 

 食い下がるラムが懐疑的な目で俺を見る。

 エミリアもそうだろうが、ラムが一番に心配しているのはレムだろう。レムをそんな敵が潜む可能性のある村に連れて行きたくないのはわかるが、狙いがロズワール邸の人間なら話は別だ。

 

「魔獣が結界を通れるなら、なんで村人は襲われていない?呪術なんて、まだるっこしい真似はしないで力尽くで蹂躙した方が早いだろ」

 

「それは……」

 

「敵は待ってたんだ。定期的に来る屋敷の従者を。なら、今俺たちがばらけるのは得策では無いと思う」

 

「……わかったわ。ロズワール様には後で謝罪しましょう」

 

「その時は俺も謝るさ」

 

「庭の件もあるものね」

 

「いや、そっちはお前らだけだろ……」

 

 行動が決まれば急ぐに越した事はない。

 従者のレムに呪術を仕込む事が出来た以上、いつ術式を発動されてもおかしくないからだ。

 それぞれが決意を固め扉へ向かおうとする中、俺は一歩も動こうとしない少女へ声をかける。

 

「ベティーも頼む。呪いを解くにはベティーの力が必要不可欠だ」

 

「ベティーは…… 行かないかしら」

 

「は?いや、頼むよベティー。お前にしかーー」

 

「うるさいっ!!ベティーを気安く頼るなって言ってるのよ!!」

 

 突然怒鳴り散らすベティーの声に、先に進んでいたエミリアたちが振り返る。こちらを心配そうに見つめる先には、俯き、拳を握り震える少女。

 

「ベアトーー」

 

「悪い、エミリア。先に行っててくれ。ベティーは必ず連れて行く。『約束』だ」

 

「……わかった。『約束』ね、トキモリ」

 

 精霊使いのエミリアにこの言葉を使う重みはわかってる。そしてエミリアも俺の気持ちを分かってくれたのだろう。だから、エミリアはまだ戸惑いを見せるラムとレムの背中を押して書庫を出る。

 

「『約束』なんて、随分勝手に強い言葉を使うかしら。ベティーはここを動く気はないのよ」

 

「悪いが絶対にお前は連れて行くぞ、ベティー」

 

 なんとなく察する。

 今まで曖昧にしてきたベティーの全てに触れなければ彼女は動かない。

 それでも約束は絶対だから。

 それにそんな事は関係無くとも、いつかは踏み込んでいただろう。

 俺は今後もベティーと共に過ごしたいのだから。

 

 

 

 

 

 

「ベティー、もう一度言う。一緒に来てくれ」

 

「答えは変わらないかしら。ベティーに気安く頼らないで欲しいのよ」

 

「なら、俺だって変わらねえよ。お前が来ないなら何度だって言うさ。一緒に来い」

 

「……やめて、もうこれ以上ベティーの心に踏み入らないで欲しいのよ」

 

 それは心の底から漏れでた声なのだろう。

 細く、弱い、願いとも呼べない(すが)るような悲鳴だ。

 

「それは無理だ。お前はもう俺の心に踏み入っちまってる」

 

「勝手すぎるかしら。ベティーの気も知らないで。ベティーの何も知らないで」

 

「あぁ、何も知らない。ベティーの事を。だから教えてくれ、お前を縛るそれは何なんだ」

 

 遂に踏み込んだベティーの核心。

 もう後戻りはできない。

 この扉は開ければ最後、閉まる事はなく、今までの緩やかな日常には帰れない。その先の選択は共存か決別か。いずれにしてもどうだっていい。そもそも戻る気も、別れる気もさらさらない。いつかは開けねばならぬ扉を開ける時が、今だというだけの話。

 

「知識を貯め込むのが、何よりも好きな人だったのよ」

 

「お前の主人か?」

 

「そうなのよ。知識の書庫の維持と管理がベティーの守る契約かしら」

 

「知識の書庫。それがお前を縛っているのか?」

 

 俺の質問にベティーは首を横に振って答える。その顔は俯いていて伺えない。

 

「最後に言われたかしら。いずれ書庫にその人が現れる。それを待つのがベティーの役割」

 

「その人ってのは?」

 

「……わからない。その人がいつ来るのか、誰かすらわからない。ベティーはそれをずっと待ち続けていたのよ」

 

「っ!だってお前。それはーー」

 

 答えがないとでも言うのか。その主人は…… ベティーを鍵のない牢獄に閉じ込めた。

 

「答えならあるはずだったのよ」

 

 俺の考えを察したのか、その続きを語り出すベティー。その手にはいつも読んでいるものとは明らかに違う、厚く、黒く、禍々しい一冊の本が、大切そうに抱えられていた。

 

「それは?」

 

「福音書。未来が示される本。ベティーは生を頂いてから、この本に従って生きてきたのよ。本来ならここに、ベティーの待ち人は書かれるはずだったかしら」

 

「本来なら……」

 

「もう、いつからだったかもわからない。ベティーの福音書には何も書かれる事はなくなったのよ」

 

 開かれた本は白紙だった。どのページをめくれども、めくれども、その本には何も刻まれていない。

 

「それでもベティーはずっと待ち続けていた。だけどその人は来ない。本もその人を教えてくれない。そんな時間がずっと過ぎた……」

 

 ベティーの様子を見れば、それがどれだけの苦しみを彼女に与えていたのか、その片鱗を想像するだけでも身を焼かれる思いにかられる。

 期待して、絶望して、泣いて、喚いて、叫んで、それでも何かに縋って、その度にまた絶望する。

 その中で擦り切れたベティーの心は望む事を諦めたのだ。長いこと傷つき過ぎたが故に。

 

「だから、お前がその人でなくても構わない。ベティーを終わらせる相手。契約の終わりをもたらし、この命を奪う相手は……お前で我慢してやるかしら」

 

 やっと面をあげたベティーは、目に涙を溜め、お菓子をねだる子供のように純粋に、死を望んだ。

 彼女の待った時を思うと軽はずみな事は言えない。それは、彼女から見たら産まれて間もないとすら思えるだろう俺には想像できぬ苦しみであるから。

 だから、俺は何でもない事のように言うんだ。

 想像出来ないからこそ、お前の悩みなどくだらないと。

 

「ベティー。ならお前に教えてやるよ。お前の待ったその人は……俺だ」

 

「……ざけるな」

 

 涙はついぞ溢れ落ちる。

 自分の悩みなどくだらないと言うように、軽はずみに待ち人だと語る俺を怒りに震え睨みつける。

 

「ふざけるなぁぁぁぁぁあ!!!ベティーは、ベティーが今更そんな言葉で揺れ動くと思ったのかしら!たかが人間風情がベティーの400年をわかった口で話すな!お前なんて、お前なんて、嫌い、嫌い、嫌い。人間がベティーの心を動かせるなんて、思いあがるな!!」

 

「その叫びは本に書いてあったのか?」

 

「っ!!!」

 

「俺が現れ、一緒に住んで、だけどやっぱり嫌いになるって、その本には書いてあったのか?」

 

「だから、この本はっ!!!」

 

「そうだ、白紙なんだろ」

 

 ベティーを視線から離さない。

 ベティーに視線を外させない。

 お前が今話してるのは俺なのだから。お前が会話してるのは本じゃない。

 

「白紙なんだよ。お前はもう、本とは違う生き方をしちまっている。お前はもう、お前として生きているんだ」

 

「っ!違う、ベティーは、ベティーはこの本の通りにーーー」

 

「だったら、そんな物こうしてやるよ!!」

 

 ベティーの抱える本を強引に奪い取る。「やめて!」と叫ぶ彼女の静止は聞かない。本を机の上に叩きつける。いつものティーセットが床に落ち、割れた破片が転がろうとも構いはしない。適当に開いたページ。当然白紙のそのページに、自分の指を噛み切り滲み出した血液で文字を書く。

 

「読んでみろ!これを!」

 

「…………読めない、かしら」

 

「それはそうさ。これは、俺の元いた世界の、俺の国の言葉だ!!この世界のお前が読める訳ないんだよ!この本自身だって、お前の主人だって読めない!!お前の未来は今、俺が決めたんだ。俺だけが知ってるこの言葉で!!だから、こんな本は明日からのくだらない事を書き留める日記帳にでもしちまえ!」

 

「……そんなの、そんなもの」

 

「ベティー、居候させてくれと頼んだ時の事覚えてるか?」

 

「…………??」

 

「もう一度言うぞベティー。お前が待っていたのは俺だ。信じて欲しいのは俺だけど、信じたいのはお前じゃないのか?だから、お前の信じたいと思える俺を信じろ!!」

 

「っ!!!」

 

「お前は俺が信じられないか?」

 

「ベティーは、ベティーは、お前を……」

 

 大粒の涙は止まる事なく流れ続ける。

 下唇を噛みしめ、その言葉だけは言わんと己を戒める。また、傷つくだけだと。また、絶望するだけだと。余りにも長い時間苦しめられた経験がベティーを苛む。

 唇からは血が滲む。爪が食い込み手からは血が滴る。

 それでも俺は信じて待ち続ける。ベティーを信じられるだけの時間は、共にもう十分に過ごしたから。

 俺はベティーを信じたい。

 

「……信じ、たい。ベティーは、お前を信じたい!!ベティーはお前がその人であって欲しいと願っている!!」

 

「ならその願いは俺が叶える。契約なんてくだらないもんじゃない。俺とお前の約束だ」

 

 それを聞いたベティーからは全身の力が抜け落ち床に座り込む。

 ただ、ただ俺を見上げて泣き喚くその様は見た目以上に幼い子供のようで、だけれどそれが彼女なのだろう。

 400年ねだり、泣き続けた子供が報われたって誰も文句は言わないし、俺が言わせない。

 そして、これからはもう迷子にならないように、手を繋いで歩いていくんだ。

 

 

 

 

 

 泣き続けたベティーだったが、しばらくすると目を真っ赤に染めながらも立ち上がる。

 その顔はいつもの仏頂面で、俺はつい笑ってしまいそうになる。

 

「恥ずかしいところを見せたかしら」

 

「そうだな。福音書が台本で今のやり取り全部が台詞通りだったとしたら、お前は大した役者だよ」

 

「うっ、うるさいかしら!乙女の涙に茶々を入れるなんて、何てデリカシーのないやつなのよ」

 

「現実の待ち人なんてそんなもんさ。待ってる間に勝手に美化して、会ったら勝手に現実という底へ落ちていく」

 

「待たせた側が言うのは、心底腹が立つかしら」

 

「俺の国の格言でもあるんだよ。『ネトゲのJK、オフで会うならネカマと思うべし』って言葉がな」

 

「言ってる単語の全てが意味不明なのよ」

 

 軽口が交わせる程度に回復したところで、エミリアたちを追うとするか。

 ベティーの手を引き、扉へ向かう。

 しかし、ベティーはその手を振りほどく。

 

「まっ、待つかしら」

 

「お、お前、まだなんかあるのかよ!今のは完全に手を取り歩き出す流れだっただろ」

 

「そ、そんなの知らないかしら」

 

 ベティーそっぽを向いてヘソを曲げる。

 まったく、仕方がない。けど、付き合ってやらない訳にもいかない。もう、俺たちはそういう関係だ。

 

「で、何があるんだ?」

 

「その、こ、これ」

 

 ベティーが指差すのは、開かれた福音書。俺が血文字でデカデカと書き殴ったページだった。

 

「これは、ベティーの日記の、大切な、大切な一ページ目だから、何て書いてあるのか…… 教えて欲しいかしら」

 

「あぁ、それか」

 

 自ら前に歩む事を決めたベティーに伝える。俺の世界の言葉で書いた。始まりのページを。

 

「それはな『お待たせ、待った??』って書いたんだ」

 

「っ!!!もう…もう……本当に待たせすぎなのかしら」

 

 また大粒の涙が溢れ落ちる。

 しかし、その雨粒を糧に咲き誇った笑顔の花はどんな花より美しい。

 とりあえず今は村へ行くのに手を引くだけだと足りない。彼女は、おぶって村まで行こう。

 泣き笑いしている彼女は子供のようにまっさらで、別に不自然には見えないだろうから。




いつも読んでいただき、ありがとうございます。
沢山の感想・評価をいただいている事も、重ねてお礼申し上げます。
感想の返信については、なんだか自分がネタバレしてしまいそうなので一律返信しないという対応で本当に申し訳ありません。
個人的にメッセージをいただいた方には、ネタバレも仕方なしという事で返信をさせていただいております。
そんな私から申し上げるのは、大変心苦しいのですが……
感想や評価はどんなものでも本当に嬉しく思います。
全て何度も目を通させてもらっているので、送ってくださると励みになります。
……なんだか、こんな挨拶を書くと本編と相まって最終話のような雰囲気ですが。
今後も更新を続けていきたいと思いますので、よろしくお願い致します。
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