病弱少女と吸血鬼   作:リリア

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会遇

「けほっ――けほっ……うぅ……吸血鬼さん。喉が、喉がヤバイです……」

 

可憐な少女が舞踏をしている。いや、しているように見えた。

タン、と地面を蹴り、跳ねる。そしてそれと間を置かず、数瞬前にいた場所に斬撃が走った(・・・・・・)

それを放ったのは長い金髪を見せびらかすように垂らした一人の女。爛々と煌めくその赤い瞳を、少女へギラリと向ける。

 

「――私の攻撃を悉く避けておいてよく言う」

 

「いえ……けほっ、あの、当たったら死にますし当たり前かと……」

 

「……ならその余裕はなに」

 

吸血鬼と呼ばれた女が腕を一振りし、引き起こされるのは人外の絶技。爆音と共に放たれた真空の斬撃を軽々としたステップで避け、少女は顔を青くして答える。

斬撃が地面に刻まれ、人間一人など軽く呑み込む切れ目が形成される。それを恐る恐る覗き込み、少女は信じられない物を目撃したかのような様相で女を見つめた。

 

「ぇ……余裕でも、ないんですが……」

 

「なら攻撃をして!攻撃!」

 

「……こう……げき?」

 

目を見開いて初めて聴いた概念のようにそれを反芻する少女。それを見てさらに女は怒りを露にした。

 

「私を――最上位の『異端』たる私を……バカにしてる?」

 

パンッ、と何かが弾ける音がした。それは女の体から。

そして起こったのは『吸血鬼』と呼ばれる異端が引き起こす異常の一つ。

『霧』。それそのものへと肉体を転換させる異端の技。爆散するように辺り一体を包み込み、それは薄く広がる。

 

少女はふわふわとした滞空を終え、地面へと足をつき見渡す。

目を細める。辺りは真っ赤な気体に覆われていた。

 

「こほっ……ううん、あまり長くは持ちませんね(・・・・・・・・・・・・)。はあ……霧へと体を変える吸血鬼(ヴァンパイア)特有の技能、『泡沫』ですか……」

 

音はなかった。空へと浮かぶ三日月が少女を照らす。それはここが吸血鬼本来の力が発揮される領域と時間であることの証左。

だが少女に恐れはない。

 

「……病弱なる私の身と言えど――生き汚い人間の技、なめないで下さないね?」

 

その一言を最後に空気が緊迫する。時間が止まったようにあらゆる物が動かない。

 

そして数秒。止まった世界が――動きだした。

 

 

◆◇

 

 

吸血鬼は思考する。何故彼女は死んでいないのか。何故彼女は今だに動けているのか。

 

例え霧と化してもその力は欠片も劣らず、柔軟な思考すら可能にする。それが彼女らが異端と呼ばれる所以。

 

それは突然だった。いつも通りの夜を楽しんでいた一人の吸血鬼――リアーナ・ディスミラの元へ現れた一人の少女。

澄んだ銀髪に琥珀色に染まった瞳。最高級の獲物。当初はそう認識し、そしてそれも間違いではなかったのだが――それは飛びっきりの面倒な獲物だった。

 

そして、『霧』と化した今。

 

目の前で繰り広げられるそれは、相対する相手の全身が目なのかと疑いたくなるような光景だった。

 

血により構成された高密度の『槍』が、前兆やラグなど存在しない、吸血鬼が夜の『異端』として最上位に数えられる一つの理由が――避けられる。

それは酷くおかしな光景だった。空中に突如現れた幾本もの赤色の槍。

 

上、下、右、左。無数に現れるそれらを、そのヒラヒラとしたお嬢様のような服をはためかせながら少女は紙一重で避けていた。

 

(なら……先に置いて置けばどう?)

 

足を右へ、体を前へ――次の瞬間、それを先読み(・・・)したリアーナの手により血の槍が眼前へ迫り――跳ねた。

驚愕などその端正な顔に欠片も映さず、上へと跳ねて少女はそれを避ける。

そして次にそこへ殺到したのは血の斬撃。広範囲を巻き込む、槍とはまた違う明確な死をもたらす凶器が少女へと向かう。

 

だが少女は動じない。その服を風に鳴らし、まるで月夜に踊る様に回転(・・)。微かな遠心力を支配し、少女はその血の斬撃を全てスレスレで避ける。

 

そして、その『あり得ない』光景を見てリアーナは――笑った。

 

 

◆◇

 

 

「ゴホッ、ゴホッ……ば、バカなんじゃないですかね……?」

 

少女は――ソアは純粋な疑問を抱いていた。派遣されて取り敢えず来たは良いが、目的の物と違い現れたのは最上位の異端たる『吸血鬼(ヴァンパイア)』。

嵌められたのか、偶然なのかは後々考えるとして、普通に少女は疲れていた。そう、疲れていた(・・・・・)

ソアは負けない。それが例え最上位の異端たる『吸血鬼』であっても、それが下位の位階であるなら『負ける道理』がない。

 

霧が集まり、先程見た美貌違わず顕現したのは一人の女。満面の笑みでその女はソアを見つめていた。

 

「……どうしたんですか?」

 

そして放たれた言葉は最悪の部類の言葉。

 

「――素晴らしい。称賛する。尊敬する。

私の名前はリアーナ・ディスミラ。リアと呼んでも良い。……それで、貴女。名前はなんて言う?」

 

「……『眷属』を欲するということはそこまで位階は高くないのでしょうか?」

 

名前と血の交換。ソアはそれが『眷属』の精製に必要なものであると知っていた。故に答えない。

挑発をされたリアーナは微笑むのみ。なにも答えず満面の笑みを見せると、そしてリアーナは呟いた。

 

「『呼応(モノ)』」

 

そしてその言葉を合図に構えたソアは、しばらくしても何も起こらないことに拍子抜けをしたように呟く。

 

「……?何を――貴女では私に勝てませ……ん……あ、れ――?ッ……ゲホッ、ゴホッ――え……?」

 

血が溢れ出る。元々体が弱い為に、そのくらいなら戦闘中にままあったが、それは質が違った。

溢れ出る鮮血はまるで止まる様子を見せない。鉄の味が口いっぱいに広がり堪えきれず膝を付く。口から流れ出る血を押さえる為に両手で口を塞ごうと――。

 

「ダメ」

 

「んっ……んんんんっっ――!!!」

 

いつ来たのか。両手を抑えられ、無理やり顔を前に向けさせられたかと思うと口を塞がれる。一瞬意識がクラクラと揺れるが、唇に感じられる柔い感触と口内を蹂躙する何か。そしてごくごくと喉をならす音と共にソアはそれを悟った。

 

(――口、付け……?私が婚姻を結ぶ時の為にと、ずっと誰にも許していない……――ッ!!)

 

それを理解したとき、ソアは全力で体をその拘束から抜け出そうと身を捩る。

 

「んんんんんッ――ぷはっ……はぁ、はぁ……一体なぜ、こんな……――ッ!!」

 

無理矢理距離れ、距離を取ろうと後ろへ跳ねる。

口元から引かれる赤い銀の糸をぬぐい、ソアは気が付いた。

 

(眷属化の条件――血が、採られましたか……)

 

だがソアは焦らない。血を取るだけではまだダメだ。血を交換し、名を教え合い、最後に主である吸血鬼の牙を受け入れる事で只人は『異端』へと身を落とす。

 

妖艶に吸血鬼は笑んだ。それは人を落とす魔性の笑み。艶やかな唇に目が行きそうになるのをソアは抑え、その忌々しい姿を目に焼き付ける。

 

「ふふ……美味しかった」

 

「止めて貰えます?それは貴女の眷属にでもおっしゃって下さい。…………そしてこの出血は一体……――そして私に貴女自身が触れられたと言うことは、つまり…………ああ、なるほど。

けほっ……いえ、不覚を取りましたが私はまだ、負けていません」

 

少しずつだが、決して止まる事の無さそうな喀血は、ただでさえ短い彼女の戦闘限界時間を分かりやすく縮めていた。それを拭っていると、不思議そうな瞳がソアを見つめる。それに一歩引きながらも、それをおくびにも見せず見返した。

 

「負けてない……――これでも?」

 

片手をあげると、滲み出るように現れたのは血の嵐。

いや、嵐というのは正しくない。水滴が空中に停止し、それは真っ赤な色合いを見せつけるように停滞してた。

 

そしてそれが隙間などほとんど見せずにソアを取り囲む。

 

「はは……面白い、です――ゴホッ……」

 

血がゴポリと流れ落ちる。だがソアは気にしない。いまそれを気にしたら、待つのは地獄だと理解しているから。

 

そして、赤い雨が降り始めた。

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