病弱少女と吸血鬼 作:リリア
「……ん」
目を覚ましたそこは温かく柔らかい何かの上だった。微睡みの中それを認識すると、なぜそんな場所にいるのかを考え始める。
(私は……確か、枢機卿の指令で……そこで
跳ね起きようとしてとてつもない痛みが肺と腕に走った。
「――ッ!!ゲホッ、ゲホッ……おえっ……ううぅ――」
特に特筆した痛みが走ったのは肺。血は出なかったが、まるで抉られたかのような痛みと、締め付けられるような圧迫感が流れる。
そしてもう一つ痛む場所である腕。それの原因が明らかだった。
両の手につけられた手錠が、ベッドの支柱と繋がっている。歪な方向に曲げられようとした腕が悲鳴をあげていたのだ。あきらめて姿勢を整え、胸を気にしながら呟く。
「ああ……なるほど、私は――」
「ん……起きた?」
「ッ……ええ、起きましたよ」
驚きはズキリと痛んだ胸によって抑えられた。それが良いことなのか悪い事なのかは分からないが、それでも原因の分からない痛みほど恐ろしい物はない。
そんなソアの感情など無視して吸血鬼は何かを差し出す。
「うん。良かった……じゃあ、まず……飲んで」
「……いえ、いきなり敵から渡された物を飲むバカがいますか」
突き付けられたのは細微まで美麗な意匠が刻まれたグラス――の中に満たされた赤い液体だった。信じられない程の高級品と、そのあんまりな見た目と内容に、思わず拒絶の言葉を吐きながらもソアは目を瞬く。
そしてそれを絶対の拒否と悟ったのだろう。不満げに頬を膨らませ、彼女はグラスを手元に戻す。
ああ、諦めたのですか――と安堵したのも束の間。
「は?」
同時、咄嗟の反応だった。かつての師匠に鍛え上げられた、常時の警戒が功を成した。何かが弾け飛ぶ音。肉体に触れた物を見境なく弾き飛ばす、正直使うのすら躊躇われるそれが引き起こしたのは、紅い霧を作り出す事だった。
その元凶はすぐに分かった。寝ていたベッドの上にはそれが幾つも浮かんでいたのだ。
――糸。言うなれば血の糸とでも呼称しようか、それが先程知らぬまに体を覆い隠そうとしていたのだ。いや、過去形ではない。今まさに更なる密度を持ってそれが己を拘束しようとしている。
「ッ!流石にこんな早く戦闘再開は聞いてませ――……え??」
動きが止まる。目の先には、ぷっくりと頬を膨らませたそのままの状況の一人の
「……え、あの、ちょっと待って下さい。もしかして、無理やり経口でそれ飲ませようとしてます?」
「…………ん」
「え、いや、その……私、婚姻の時まで口づけしないって決めてまして、あの……」
戦闘中の出来事はすでに頭から飛んでいた。
まともに動けない要因の腕を引っ張る。ガンガンと強くベッドの支柱が音を鳴らす。血の糸は無くなっていた。だんだんと吸血鬼が近づいてくる。焦る。更に強く腕を引っ張る。
その様相を漸く見続け、吸血鬼の何か琴線に触れたのだろうか。動きながらも操れたのか、器用な事に血が集まり文字が刻まれ始めた。
強く腕を引っ張り、逃げ出そうとしながらもその文字を目で追い――途中で腕が止まった。
その要因はその内容。
『それは真銀。生半可な力じゃ取れない』
真銀。史上二番目に高い貴金属にして、最硬度を誇るその金属は、竜ですら力業では千切れないと言われる程の逸品。……それがこの手錠?
「はぇ……え?なんでそんな高級品が……え?真銀?え??」
二度見、三度見。やがてそれを真実と悟ったのか、ゾンビのように近づいてくる、口を膨らませた吸血鬼を真っ正面から見つめる。既に手を伸ばせば届きそうな位置に彼女はいた。
もうどうしようも無さそうだった。ゆっくりと目を閉じる。
(……見た目はマシ。飲ませるだけ。相手は人じゃない。……つまり――これは口付けではありません!)
誰でも違うと結論付けそうな理論を構築し始め、終わったその瞬間。
何かが唇に触れ――そして、ソアは通算にして二度目の屈辱を味わったのだった。
させたいだけ。