ふたりのあしあと - アキハバラ1988 - 作:南澤まひろ
こなたに連れられるまま『昔のデートコース』を歩く私たち。
ワシントンホテルを通り過ぎたあたりで、確かにさっきのふたり――若いそうじろうさんとかなたさんの姿が見えてきた。なんだか、店頭のパソコンを眺めてるみたいだ。
「あそこって、今は居酒屋じゃなかったっけ?」
「そだね。昔はロケットがここにあったんだー」
「ロケット?」
「今は別の所で無線専門店をやってるけど、昔はパソコンとかも売ってたのさ」
「へえ」
さすがはアキバの申し子。そうじろうさん、あなたの子は純粋にあなたのように育ってますよ。
そんなことを思いながら、私たちは距離を取ってふたりを見ている。
最初はかなたさんを気遣いながら店頭のパソコンを見ていたそうじろうさんだけど、そのうち熱が入ってきたのか、腕を組んであーでもないこーでもないという感じでパソコンとにらめっこし始めた。
……あ、かなたさん苦笑いしてる。
「……お父さん、自分からフラグクラッシュしてどうするよ」
またギャルゲー用語だろうけど、確かに仲がクラッシュするきっかけになるわね。
次に入ったのは、山手線のガードを少し越えたところにあるお店。
ここはちょっと薄暗くて、こなたの言う「ジャンク店」みたいな雰囲気だった。
「よくこんなところに女の人を連れてこれるわね」
「まー、好きな人は好きだろうし」
「かなたさんは?」
「……お父さんの話だと、多分違う」
「でしょうね。でも、なんかテレビとか色々見てるみたいよ」
「そういえば、この頃って結婚してまだそんなに経ってなかったような」
「ということは、家財道具も探してるのかも」
「そだね」
ウキウキしながら、テレビやカセットコンポを眺めてるかなたさん。
その姿は新妻っていうより、私たちと同年代の女の子っぽくてなんだか可愛らしかった。
その次に入ったのは、もう少し先にあるラジオ会館。
ここにはこなたに連れられて来たことがあるし、ちょっとはわかると思ったんだけど、
「おわー、今とは全然店が違う……」
「同人ショップじゃなくて、オーディオショップだらけじゃない」
K-BOOKS……だっけ? そこは姿形も無くて、レコードやらCDプレイヤー、スピーカーが所狭しと置かれていた。
そのままエスカレーターを昇っていくと、今度は広いスペースにパソコンのショールームが設けられていた。っていうか、見たことがないパソコンだらけなんですけど。
「おわっ、ここは『Bit-inn』!」
「ここって、パソコン発祥の地ってプレートがあったところ?」
「そう、そうだよ! 好きにパソコンをさわれたんだよ! うっわー、懐かしいなー……
8インチディスクもあるし、データーレコーダーも。あ、ポプコムにテクノポリスにMSXファン、Beepまで!」
「こらこら、ハードや雑誌で暴走しない暴走しない」
でも、ここもそうじろうさんによく連れられてきたんだっけ。
そう考えると、今はもう無い場所にこられて嬉しいのは当然か。
「うーん、なかなか難しそうだな」
「私は別に、ノートに書くだけでもいいんだよ?」
そうじろうさんはというと、どうやら設置されてたパソコンを悪戦苦闘しながら弄ってるみたい。あれは……表計算ソフトかな?
「いや、慣れれば家計簿も楽になりそうなんだが……ああ、また違った」
「ふふ、あんまり無理しないの。パソコンに慣れてから、そういうソフトを使ってみてもいいんじゃない?」
「はははっ、そうだな」
たおやかに笑うかなたさんと、苦笑いするそうじろうさん。
……確かにふたりは「夫婦」なんだなって思える、そんなやりとり。
「楽しそーだね」
「そうね」
いつの間にか暴走を止めて、こなたも嬉しそうにふたりを見ている。
誰がどう見ても、幸せそうな光景。
だからこそ……
"現在"で見ることは叶わないこの光景に、胸が痛んだ。
その後もいろんな店をまわったけど、ふたりは何を買う気配も無く昼食へ。
私たちも、ふたりと同じ店――「キッチンジロー」に入って、そのまま様子を見ることにした。
「やー、まさかこの時代からここがあるとは」
「ホント、案外ここも長いんだ」
小声で話しながら、少し騒がしい店を見回す私たち。
こなたに連れられて秋葉原に来たけど、通りがかったことはあってもここに入ったことは無かった。
「とはいっても、ここらへんにはここしか無かったみたいだけど」
「確かに、お店が少なかったわね」
私たちの時代の秋葉原にはファーストフードとかいっぱいあるけど、この時代はマクドナルドも無いみたいで、こういう小さなレストランかラーメン屋ぐらいしかなかった。
「メイド喫茶が出来るのは、まだ十年ぐらい先だしねー」
「この時代からあったら怖いっての」
「ま、あるだけ有り難いってことで」
「そういうことそういうこと」
そう締めて、左側をちらっと見てみる。
かなたさんとそうじろうさんは、ふたつ向こう側の席でランチ中。
私たちと同じぐらいのタイミングで頼んだみたいで、まだテーブルにはお水だけ。
「ごめんな、なかなかいいのが見つからなくて」
「ううん。こうやってそう君とお出かけできたんだもの」
「だったらいいんだが、疲れたらいつでも言ってくれよ」
「大丈夫、無理はしないよ」
そんなやりとりを聞きながら、ふとこなたを見てみる。
嬉しい時によく出てくるネコ口をしながら、まるで好きな音楽を聴いているように耳を傾け……
でも……
「ねえ、こなた」
「うん?」
「こなたは……ふたりのやりとりを見て、聞いてるだけでいいの?」
私は、さっかから心でくすぶっていたことを口にした。
「えー、だってさっき、会っちゃダメって感じで言ってたじゃん」
ちょっとばかりぶーたれるこなた。確かにそう言ったから、反論はできないけど……
「そりゃ、さっきはそう言ったけど……こなたは、本当はどう思ってるの?」
「本当は……ねー」
こなたはちょっと考え込むと、水を一口飲んでため息をついて……
「そりゃ、最初はかがみの鬼! とも思ったけど……でも、言われてみればたしかにそうで」
苦笑いしてみせて、
「少し離れたところでふたりを見てたら、それもいいかなーって思えて」
いつものネコみたいな口で首を傾げてみせて、
「でも、やっぱり話してみたくて……」
また、苦笑いの表情に戻っていって、
「なんだろ、頭の中がぐるぐるしててよくわかんないや」
あははと笑って、こなたはまた水を飲んだ。
その表情を見て、ふと思うことがある。
『会っちゃダメ』じゃなくて、もっと別の方法があったんじゃないかって。
そうすれば、さっきのやりとりの時にそうじろうさんやかなたさんとお喋りできるかもしれなかったし、こなたの想いを抑えつけることもなかったかもしれない。
私は、ただ気持ちが任せるままに……バカなことやっちゃったんだ。
「こなた、その……」
「うん?」
そう思ったら、自然と、
「あの……ごめん、ね」
唇が、滅多に出ない言葉を紡いでいた。
「か、かがみ?」
「こなたはかなたさんと喋ったことがないのに、抑えつけるようなことしちゃって……こなたの気が済むようなこと、できなくて」
「ちょ、ちょっと待った、かがみ。それ違う、それ違うって」
「え?」
「かがみが止めてくれなかったら、あそこで終わってたかもしれない。こうやって、お父さんとお母さんのことを見られるのはかがみのおかげなんだから、別に謝るようなことじゃないよ」
「こなた……」
そう言うと、こなたはまたネコ口を見せてにんまりと笑った。
「第一さー、かがみにごめんって言葉は似合わないよ。いつもみたいにツンデレツンデレしてなきゃかがみじゃないって」
「ツンデレ言うなっ! そして二回言うなっ!」
「そーそー、かがみはそれが一番。そうやって私のブレーキになってくれれば安心安心」
「まったく」
でも……
「あんたとこうやってると、落ち込んでるヒマもないわ」
こうやって、簡単に重い空気をぶっ壊しちゃうんだから。
「どういたしましてー」
「褒めてないっての」
ホント、たいしたヤツ。
「お待たせしました。しょうが焼き定食とエビフライ定食です」
その声に振り向くと、ウエイトレスさんが持っていたお盆をふたつテーブルに置くところだった。
「おー来た来た。んじゃ、午後に向けて腹ごしらえといきますか」
「そうね」
「んで、ちょっとモノは相談なんだけど」
「あによ」
「私のエビフライ一本と、そのしょうが焼き半分のトレードはどうかなーって」
「甘い! そっちは3本なんだから3分の1!」
「えー、そこをなんとかー」
「だめったらだめっ!」
あー、ほんと図々しくて図太くてたいしたヤツですよコイツは。
* * *
そうじろうさんとかなたさんが会計し終わったのを見計らって、私たちも会計を済ませて店を出る。
まさか、こんな時におばあちゃんから貰った古いお札が頼りになるなんて……ほんと、感謝感謝。
少し距離を取ってふたりを見てるのは変わらないけど、こなたのおかげで不安はすっかり解消。今はただ、ふたりとこなたを見守ってあげないと。
「あ、あの店に入るみたいよ」
結局、日比谷線の駅のほうに戻ってきたふたりは一軒のショップへと入っていった。
さっきはまだ開いてなかったけど、ワシントンホテルの横にもショップがあったんだ。
「あのお店って……コム?」
「こなた、知ってるの?」
「うん、私が4歳か5歳のときに無くなっちゃったんだけど、ここにもよく連れてきてもらってた」
「そうなんだ。前通った時はパソコン教室があるなーって思ってたけど」
「もう辞めてから十年以上経っちゃってたからねー。ほらかがみ、行こ」
「うん」
こなたに連れられて、私はそのコムっていう店に入っていった。
「うわ、知らないパソコンがいっぱい……」
そこは私にとって『Bit-inn』以上にカオスな場所でした。ええ、十分カオスです。
赤・黒・白・ベージュにクリーム色、灰色のパソコンが箱無しの状態で置かれてて、おまけにダイヤル式の黄色い公衆電話まで置かれてて……これ、普通に使えるのかな?
「うーん、どれもゴツくてでっかいやねー。私たちの時代じゃもうどれもビンテージモノだよ」
「そりゃ、19年前だからそうだろうけど」
「ちなみに、これほとんど違うマシンだからソフトの互換性も無いよ」
「ウソッ?!」
「無い無い。X1もX68000もFM-77も8801も6601も9801も8201もMSXもぜーんぶ別物だから」
「うわー」
「いくつかマシン持ってた人なんか全部制覇してたし、続編が一個ずつ違う機種で出たり」
「絶対考えられないわ、それ」
おかしい、絶対それはおかしい。私たちのいる時代じゃ絶対ありえないから。
「まあ、今はいくつかのOSといくつかのコンシューマーだけだもんねー」
「パワフルな時代だったのね、この時代って……うわ、値段もすごっ!」
パソコン一台イコール諭吉さん50枚なんて、絶対どうかしてるわよこの時代!
「今じゃこの十分の一の値段でも充分なのにねー」
「もう、見てるだけで疲れたわ……って、こっち来た!」
「うわっ!」
精神的に疲れる暇もなく、かなたさんとそうじろうさんが店の奥からこっちのほうにやってきた。
よし、客のふり客のふり。
「うーん……目移りするなぁ」
「だいたいの目星はついてるんでしょ?」
「ああ、確かに候補はいくつかあるんだが、どれも決め手に欠けてなー」
「お値段とか?」
「それもあるけど、安くてもワープロとか使い物にならないのがあるのが痛いんだよ。プリンタを買えるまでは、編集部と同じシリーズのマシンにしないといけないし」
「安いのを買っても、お仕事にならないのね?」
「お、わかってきたじゃないかかなたも」
真剣に眺め続けるそうじろうさんと、それを後ろで見守るかなたさん。
まだ若いはずなのに、まるで長年連れ添っているみたいにぴったりなふたり。
もしもかなたさんが生きていたら……そんな考えは、さっきのこなたとのやりとりがあってもやっぱり消えない。
「うーむ……お?」
「どうしたの?」
「いや、これってなんかよさそうだなぁと」
そうじろうさんは、棚に展示されてた一台のマシンに手をぽんと置いた。
「それ、ディスクが今までのとはちょっと違わない?」
「ああ、5インチじゃなくて3.5インチだな。今流行ってるのとは違って少し小さいんだ」
「ふうん」
「それに、マシン自体も小さくて置きやすそうだし。値段、値段はっと」
「そう君、これこれ」
「うん? おお、18万かー。これだったらなかなか。編集部もこのシリーズだし、なんといっても小さいな」
「本当、小さいのが大好きなのね、そう君って」
「こらこら、小さいの"も"好きだって言ってるだろ? それに」
「それに?」
いたずらっぽく笑うと、そうじろうさんはかなたさんの頭にぽんっと手を置いて、優しくなで始めた。
「小さいほうが、逆に存在感があることもあるってもんだ」
「……そうなの?」
「そうなの」
うわー、なんか桃色空間作り出してますよこの人たち。
まさか、ここまでラブラブだったとはねー。もしも一度だけ聞けるなら、どうしてそうじろうさんのことを好きになったのかって聞いてみたい気分だわ。
「んじゃ、これとディスプレイはさっきのにして、ワープロは『松』で、あとDOSも買うか。すいません、これお願いしたいんですけどー」
そうじろうさんは店の奥のほうに声をかけて、店員さんを呼び出した。
……うん?
なんか、袖がぐいぐいって引っ張られてる。
「こなた?」
「か、かがみ、ちょ、外……」
外を見てるから表情はわからないけど、こなたは私の袖を強く引っ張って外へ出ようとしていた。
「な、なんなのよもうっ」
仕方が無く、私は引っ張られるまま外へと出て、店から少し離れたところに連れて行かれた。
「どうしたの? 突然外に出て」
「あ、あのマシン……あのマシン……」
「あのマシンって、そうじろうさんが買ってたマシンがどうしたの?」
「あのマシン……U君! PC-286U! お父さんが今も大事にしてるマシンだよっ!」
「今も大事にしてるって、さっきのマシンを?!」
「そうだよ! 立ち上げなくなっても掃除は欠かさないし、捨てないからどうしてかなって思ったけど、そうだよ! お母さんと一緒に買いに来てたんだよ!」
「かなたさんとって、あんたのお父さんは教えてくれなかったの?」
「『想い出が詰まったマシンだからなー』って言ってたけど、詳しいことまでは教えてくれなかった。でも、やっと謎が解けたよ! そうだよ! お母さんとの想い出だったんだよ!」
見た目相応に、こなたが子供のようにはしゃぎだす。
「夢だから、これはホントは違うかもしれない。でも、お父さんがずっと大事に掃除してとっておくのはそうとしか考えられないって! 絶対、絶対!」
いつもの飄々とした態度じゃない、感情をいっぱいに出すこなたなんて初めて見たけど、それはとっても新鮮で……
「よかったね、こなた!」
「うん、よかったよー!」
素直にそう言えるほど、とっても可愛らしかった。