いつも通りの生活に戻った紗和は、何もない時間を過ごしていた。暇があれば本を読み、アルセーヌとバードンを人間サイズにして召喚させ、一緒に時間を過ごした。
そして、ある日のことだ。
「ふぅ……」
紗和が一息つくと、部屋の扉がノックされた。
「ん?」
誰だろう? と思いながら、紗和はドアを開ける。だが、そこには誰もいなかった。最初は悪戯かと思ったが、紗和の家は人気のない森林の中に建てられた謎の家。人が来ることはまず無い。
ふと、足元を見るとそこには小さな箱が置かれていた。
「これは……手紙?」
その箱には手紙と食材が入っていた。封筒には何も書かれていないシンプルなもの。中を確認すると、そこにはこう書かれていた。
"飯を食わなすぎなお前のためだ" たったそれだけの文字。しかし、この文字を見た瞬間、紗和の心は大きく揺れ動いた。
「……慎太郎さん…そんな脅しみたいに言わなくても…」
クスッと笑みを浮かべる紗和。どうやら、自分のことを気にかけてくれたようだ。
紗和は早速料理を始めることにした。今回は簡単な焼きそばを作ることにした。
フライパンに油を引き、豚肉を入れる。肉から出る脂身で焼いていく。そして、麺を入れ、炒めた野菜も入れる。最後にソースを入れて完成! 紗和はテーブルに皿を置き、焼きそばを食べ始める。
「うん、美味しい」
差し入れの食材で作った焼きそばは、今まで食べた焼きそばの中で一番美味しかった。
さて、食事も済ませていつも通りに本に囲まれた時間を過ごす。だが、今日は少し違った。
(あーあ、もっとお話ししたいなぁ)
アルセーヌ達との会話を思い出しながら、紗和はそう思った。だが、今宵は満月の夜……ひと暴れする刻、素顔ではない裏の自分を表す刻だ。
◇◆◇◆◇
満月の光に照らされながら外套が風に揺らされる。慎太郎はもうこの地球の時空にはいない。だから、出来るのだ。宝石泥棒を───────怪盗少女シンシャになることが出来るのだ。
「よし!」
準備万端。後は仮面を被るだけ。そう思い、紗和はクローゼットの中に隠していた水銀色の仮面を取り出し、顔に付ける。すると、その姿は一瞬にして変わる。
これが怪盗少女シンシャの姿だった。
全身を隠すような黒い外套に身を包み、真っ黒の手袋を付ける。黒髪に赤が染まる美少女。それが今のシンシャの正体だ。
「行こうかな」
シンシャは窓から外に出ると、そのまま屋根の上へと飛び乗った。そこから屋根を伝って目的地へと向かう。向かうは───────星のように光輝く
数分後、シンシャは目的の場所に到着した。ここはとある豪邸。その豪邸には一人の男性が住んでいる。名前は《夜神総一郎》。資産家であり、様々な会社を経営する社長でもある男だ。そんな男の寝室では、総一郎が眠っていた。
「…………」
シンシャは気配を殺しながら窓の鍵を開けると、静かに部屋に入り込む。そして、音を立てずにカーテンを開くと、そこには美しい女性がいた。その女性は眠っている総一郎の隣にいた。彼女は総一郎の妻である《夜神由美子》だ。
シンシャはゆっくりと近づくと、ポケットからある物を取り出す。それは────────《ラピスラズリのブローチ》だ。
シンシャはそれをそっと手に取ると、懐にしまう。これで任務完了。ブローチさえ手に入れば、この場所からは立ち去るだけだ。
だが、ここで予想外のことが起きた。突如、周りから極寒と言える冷気が流れ始めた。その瞬間、シンシャは素早く後ろに下がった。
「あら、逃げられると思った?」
声の主は総一郎の妻、由美子だった。どうやら、彼女の能力によって、周りの温度を下げたらしい。
「……まさか……ここまで……」
「残念だけど、私は普通の人間じゃないわ。私は…怪獣を飼っているのよ?」
「ッ!?」
背後から感じる異常なくらいの冷気、足元は凍りつき、砕け始めていた。
咄嗟に後ろを振り向く。冷凍怪獣、ラゴラスがシンシャを狙って-240度の冷凍光線を口から吐き出した。
「うぐっ!!」
シンシャは両手を前に出して水銀で防ごうとするが、あまりの威力と冷気に耐え切れず、そのまま吹き飛ばされる。地面を転がりながらも何とか受け身を取ると、シンシャはすぐさま立ち上がり、走り出す。
「逃がさないわ!」
逃げるシンシャを追いかける由美子は背中から白い翼を生やし、空を飛ぶ。そして、追いつくと、シンシャに向かって手をかざす。
「喰らいなさい!! フロスト・バーストッ!!!」
由美子の手から放たれたのは氷柱のような鋭い槍状のエネルギー弾。それが次々と発射されていく。
シンシャはその攻撃を必死に避けていく。
「……ッ(あの攻撃、最早…人、じゃない…何かを利用している?)」
由美子の力にシンシャは驚くと同時に疑問に思っていた。何故なら、普通に考えて、あんな化け物を操れるわけがないからだ。恐らく、由美子が使っているのは自分の中にいる怪獣の力だろう。
「……厄介だ」
そう呟きながら、シンシャは両手から水銀を飛ばす。しかし、それを難なく避ける由美子。
「無駄よ! そんなもので私を止められない」
「どうかな?」
次の瞬間、水銀がまるで意志を持っているかのように動き出した。そして、水銀は形を変えていき、巨大な剣となる。
「これは……水銀? いえ、違う。これは……」
「さぁ、これでも耐えられるか試してみるんだね」
「なるほど……そういうこと」
由美子はシンシャの意図を理解し、すぐにその場から離れる。だが、逃げた先には別の武器が迫っていた。
「これは……鎌かしら?」
「そうだよ。これも水銀だ」
「水銀は斬れないはずじゃなかったのかしら?」
「確かに水銀は柔らかい。液体の毒だからね。だけど、君の能力は氷を操るだけのものなのかい? 」
そのセリフを吐いたシンシャは既に勝ち誇っていた。何故なら、周りに氷が放たられたせいで周りは極寒となり、水銀は液体から固体化されていた。そしてその水銀は、完全なる鎌となっていた。
「なっ…!?」
「誤算だよ。ご婦人様」
シンシャの言葉通り、由美子の周りには無数の銀の刃があった。この距離では由美子に逃げる術はない。
「くっ……まだよ!」
だが、由美子は諦めず、再び羽を広げて飛び上がる。だが、その行動はシンシャの予想範囲内だった。由美子の中に怪獣を解き放つように、シンシャは腕を大きく広げる。すると、水銀が一斉に動き出し、由美子を拘束する。
「しまッ!?」
「終わりだ」
シンシャはゆっくりと歩きながら由美子に近づく。由美子もなんとか抜け出そうとするが、上手く力が入らない様子だ。そんな彼女にシンシャはゆっくりと手を伸ばす。その時、由美子はニヤリと笑みを浮かべた。
「何がおかしいのかな?」
「ふっ……私の負けね。でも、これで勝ったと思うんじゃないわよ。私が死ねば、私の中の怪獣も死ぬことになる。そうなれば…」
「その方が…この地球は平和さ。なんで人間の中に怪獣が眠っているのかは不明だが……ボクは、怪獣を討伐しなきゃならないのでね」
静かな威圧に押されて、由美子は何も言えなかった。だが、その顔はまだ勝利を諦めていなかった。
「……あなた……名前は?」
「名前? ボクの名前なんて聞いてどうするつもりだい?」
「いいじゃない。最期くらい教えてくれても」
「……シンシャ」
「そう。シンシャ……ラゴラスと楽しみなさい」
その瞬間、肺が凍る勢いで全体的に冷気が漂った。それと同時にラゴラスは口から冷気を吐き出した。
「ッ!?」
咄嵯にシンシャは両手を前に出して水銀の壁を作る。だが、それでも完全に防ぐことはできず、そのまま吹き飛ばされてしまう。
「くっ……こ、れは……」
全身を襲う痛みに耐え、寒さに耐えながら空を見上げた。
冷凍怪獣ラゴラスは口から冷気を放ち、街全体を凍らせていた。
シンシャは息を呑み、スマホを取り出した。
「ラピスゥ!!!」
青い光に包まれながら、ラピスに変身する。冷たい空気がラピスを襲った。
「うぅ…寒い」
そう言いながらも、ラピスは空を飛び、空中から冷凍光線を放ってくるラゴラスに向かっていく。
ラピスは氷の柱を足場にして蹴り飛ばし、ラゴラスに近づいて拳を叩きつける。しかし、その攻撃は硬い皮膚によって防がれてしまい、逆に弾き返されてしまう。
「冷てぇー!?」
あまりの冷たさに思わず叫んでしまうラピス。その隙を狙って、ラゴラスは再び冷凍光線を放つ。
「ちょ、ちょっとタンマ!!」
ラピスは慌てて水銀で壁を作り、それを防ぐ。
「あ、危ねぇ~」
冷や汗をかきながら、ホッとするラピス。だが、次の瞬間には、氷柱が迫ってきていた。
「げっ! マジかよ!」
次々と飛んで来る氷柱を必死に避けていく。そして、最後の一本を避けることに成功した。だが、それは囮だったようで、その背後から冷凍ガスが迫ってきた。
「やべっ!」
咄嵯の判断で、ラピスは横に飛び込んで回避に成功する。だが、そこに追い打ちをかけるように、冷凍ガスが襲いかかってきた。
「ヤバいって!! ボク寒いのは弱点なんだからぁ〜!」
叫びながら、なんとか冷凍ガスを回避することに成功する。しかし、すぐに第二波が襲ってくる。
「もう! しつこい!!」
文句を言いながらも、ラピスは水銀を使って氷の塊を作っていく。それをラゴラスに投げつけ、直撃した。
「キシャァァァァァァァァ!!」
流石に効いたのか、悲鳴をあげるラゴラス。その声に耳を傾けることなく、ラピスは氷の塊を投げ続ける。
「これでどうだぁ!!」
まるでプロ野球選手のような豪速球を投げ、ラゴラスに直撃した。
「キシャァァ!!キシャァァァァァァ!!!」
直撃したダメージで頭を掻くラゴラス。だが、少しずつ様子が変わっていく。何故かラゴラスは大人しくなり始めたのだ。最初は何かの罠かと疑うラピス。だが、ラゴラスの様子を見ている内に、その理由が分かった。
「……寝てる?」
そう。ラゴラスは目を瞑りながら眠っていた。その姿を見て、ラピスは唖然としてしまう。
「ど、どういうことだよ……」
疑問に思いながら、ラピスは考える。そして、ある一つの結論に至った。
「まさか……睡眠が足りないんじゃ……」
ラゴラスの生態について詳しく知っているわけではないが、由美子の中にラゴラスがいて散々こき使われていたのなら、かなり疲労しているはずだ。
「だから……睡眠不足で活動が鈍くなった?」
ラピスは自分の考えが正しいのか確かめるため、再び氷の塊を投げる。すると、冷凍ガスで相殺されてしまった。
「やっぱり……」
自分の予想が正しかったことを確信するラピス。ならば、とラゴラスを優しく撫で始める。
「よしよーし……ほら、おねんねしようねぇ〜」
子供をあやすような口調で言うラピス。そんな彼女の言葉に反応してなのか、突然、ラゴラスは飛び上がり、ラピスに甘え始める。
「ちょ、ちょっと!?」
ラゴラスはラピスに抱きつき、頬擦りする。その行動を見て、ラピスは納得した。
「あ、ああ。そういうこと……」
どうやら、ラゴラスはラピスに懐かれてしまったらしい。その証拠に、ラゴラスは嬉しそうな鳴き声をあげている。
「あーはいはい。可愛い奴め」
仕方なく、ラピスはそのままラゴラスを抱き締めながら、冷凍ガスを避けつつ、ラゴラスと共に地上に降り立った。
「さてと……じゃあ、ボクと一緒に来る?」
「キシャー♪」
ラゴラスは元気よく返事をする。その様子を見て、ラピスは微笑んだ。
「うん。良い子だ」
ラピスはラゴラスを連れて、空へと飛んだ。
その頃……
「くそっ! まだ見つからないのか!」
警察は宝石を盗まれた挙句、シンシャが見つからないことに苛立っていた。由美子は家の庭で倒れているのを発見され、命に問題なく、本人は何故か庭で倒れていたことを覚えていなかった。そして、シンシャに宝石を盗まれたことさえも…
何故ならシンシャは…今回は返したからだ。その証拠に、夫妻が眠っていた部屋には、書き置きとラピスラズリのブローチが床に転げ落ちていたのだった。
今回はご婦人が色々と大変な目に遭ったらしいので、情けものとして宝石はお返しします。 怪盗少女シンシャ
翌日、紗和はそのことをニュースで見ていた。何かを悩むような顔をしながら…
そしてバトルナイザーの中では、炎を吐くバードンと氷を吐くラゴラスが何故か喧嘩していた。それを止めるアルセーヌは途方に暮れていた。それでも、紗和は楽しそうにその光景を見ていた。脳裏に浮かぶ、謎の不安を抱き締めながら…
新たなバトルナイザーの相棒!ラゴラス参戦!!