迷える狼/New Front line   作:筋肉バカ

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導き

静かな生徒会室に、ペンを走らせ、印鑑の押される音が響く。

 

「はぁ。」

 

人生とは奇妙なものだ。今俺は自衛官から高校生に、それも女子高に入学している。日々勉学に励み、時間に追われることも滅多にない。平和な時間だ。部下に指示を出すこともなく、訓練で身体を痛めることもなく、演習に出て二夜三日睡眠も満足に摂らず陣地に張り付くこともない。

 

「そちらの資料、こちらに回してくれませんか?」

 

「ええ。」

 

資料を1枚彼女、中川菜々に渡す。机の上には資料の山。

 

各同好会、部活動の活動記録、予定、大会出場の申請許可、予算案、学園設備の問題、改善点諸々、これはこれで頭が痛くなってくる。

 

 

何故俺が生徒会室で中川菜々を手伝っているのか?元々は風紀委員長が手を貸すはずだったんだが、残念ながら委員長、副委員長共に予定があるらしい。

 

 

(他の連中に頼めば良いものを。)

 

今思い返せば奇妙な話だ。俺以外にも風紀委員はいる。彼女達に頼めば良い。何故転校生かつ男である俺を選んだのか疑問だ。

 

(ッ、気味の悪い。)

 

変な何かに翻弄されてる気分だ。

 

委員会が俺を選んだ理由はこうだ。

 

『スクールアイドルフェスティバルでの働きが良かったし、指示も的確、それにマニュアルも良くできてたし、山上君にそろそろ生徒会の仕事を手伝わせても良いと思ったのよ。』

 

だそうだ。呆れるな、一度仕事ができたくらいで、そんな簡単に組織中枢の仕事を任せて良いものなのだろうか?俺というイレギュラーに。それに…

 

チラりと中川菜々をみる。できれば彼女とはこれ以上強く関わりたくないものだ。あまり関係を深くしすぎても、俺の今後の活動に支障が出かねない。

 

「どうかなさりましたか?」

 

彼女がキョトンと首をかしげ、こちらを見る。

 

「いえ。」

 

 

「わざわざ休日なのに、お手伝いしてくれてありがとうございます。」

 

「まあ、それも生徒会のバックアップも、我々の仕事ですから。気にする必要はありませんよ。」

 

「フフ♪そうですか。」

 

少し嬉しそうに彼女が微笑む。

 

土曜日の昼下がり、柔らかな日射しが生徒会室を照らす。

 

 

ペラリと紙を捲り、資料にサインを走らせ、印鑑を押す。問題があれば、改善点があれば、付箋を張り、軽くメモをする。単純な作業に欠伸がでそうだ。

 

 

「そういえば陸さんは、私達のライブってどれくらい観たんですか?」

 

資料を見ながらそんな質問が来る。部屋には俺と彼女しかいない。だからこそ気楽にこんな会話ができるのだろう。

 

「…スクールアイドルフェスティバルと、貴女の最初のライブで全部ですよ。」

 

「私の最初のライブ…ですか?陸さんの入学って今年でしたよね?」

 

 

「ええ、今年ですよ?」

 

どうやら何か食い違いがあるようで、彼女は不思議そうに俺の顔を見る。

 

「校舎の屋上でやった、確かスクールアイドルフェスティバルでも同じ曲を、『DIVE!』でしたっけ?が最初です。」

 

すると彼女は「ああ、そういうことですか。」と納得したように頷き、少し可笑しそうに笑う。

 

「何か可笑しいことでも?」

 

「ウフフ。いえ、DIVE!は私の最初のライブではありませんよ。」

 

「ほう。」

 

どうやら違うらしい。

 

「ですが、最初に優木せつ菜を見たのはあの時が初めてでした。」

 

彼女は「あ~。」と少し気まずそうに頬を掻きながら

 

「実は訳あって優木せつ菜は一時期活動を停止させてまして。」

 

と答える。

 

 

「以外ですね。」

 

スクールアイドルにかなりの情熱があるようにみえた彼女が活動を一時期辞めていたとは、まあ色々あるのだろう。

 

そのまま俺は資料へと向かう。

 

「…何も、聞かないんですね?」

 

彼女はペンを動かしながら俺にそう聞いてくる。俺は溜め息をつき、ポン!と資料に申請許可の印を押し

 

「別に、誰にだって迷う時期はありますよ。理由をわざわざ聞く必要もありませんし、解決したのならそれで良いでしょう。まあ、聞いて欲しいというなら聞きますが。」

 

 

と答えた。

 

 

 

 

彼はとても無関心だ。私の出会ったファンの皆さんはあの時、何で辞めたのか?と疑問をぶつけてきた。でも彼は何も聞かなかった。「誰にでも迷う時期はある。」ただそう答えただけだった。もし周りに人がいて彼がそう答えていたら、彼は薄情な人間だ、他人に感心の無い人だと思われるかもしれない。でも私は、少なくともこれが彼なりの優しさなのではないかと思った。以前の帰り道、たまたま出会った彼の言葉を今でも覚えている。『友にでも、触れられたくないものはあります。』私にも触れてほしくない部分がある。それはきっと彼も同じだろう。だから敢えて聞かないのだ。そう思う。

 

 

 

 

 

「…優木せつ菜は大きな失敗をしたんです。」

 

 

私は淡々と喋りだした。ついつい熱くなり、自分の大好きを大切な仲間に押し付けてしまったこと、そのせいで同好会に亀裂が入ってしまったこと、優木せつ菜を辞め、同好会を活動停止にしたこと。同好会が再び活動を開始し始めても、上手く行っても実は戻るつもりは無かったことも。

 

 

彼は何も言わず資料にサインと印鑑を押し、たまに付箋紙を張ってはメモをし、黙って聞いていた。

 

「随分長い独り言でしたね。」

 

彼は再び淡々と答えた。何となくその答えが心地良い。理由を問いただすこともせず、ただ目の前の作業に黙々と挑んでいる。

 

 

「私も独り言ですが」

 

不意に彼も喋りだす。

 

「私も大きな失敗をしたことがあります。実はとても大事な"もの"を無くしてしまって。探しても探しても出てこなくて。今もまだ無くしたままなんです。いつか、見つかると良いんですが。」

 

「どんな物なんですか?」

 

そんな質問をすると、彼は何処か哀しそうな目をしながら

 

「そうですね、とても汚いものですよ。それでいてとても愛おしい、なんて表現すれば良いか。すいません、上手く表せませんね。でも、大事なものです。」

 

 

ひどく曖昧な答えだ。まるではぐらかされているような気分になる。

 

「見つかったら教えてくれますか?」

 

すると彼は少し考え

 

「そうですね。」

 

と言った。

 

「もし。」

 

彼は再び静かに語りだした。時刻は午後4時、辺りは少し暗くなっていく。資料の棚のせいで元々影になっていた彼の場所がより暗くなる。

 

「これから先、貴女に困難が待ち受けていたとして、アドバイスしておきましょう。」

 

「はあ。」

 

奇妙な彼の言葉が耳に残る。とても大切な言葉な気がした。

 

「貴女の人生は貴女だけのものですよ。例え他の誰かを傷つけることがあっても、貴女がその時正しいと思っていれば、それは正しいものです。」

 

「もし、後で間違いだと気づいたら、どうするんですか?」

 

「その時はその時ですよ。もう一度貴女が正しいと思うことをすれば良い。大切なのは今日です。列車に乗る時、大切なのは乗ることではなく「乗ろう」と思う勇気、自分の思いに正直になった方が、人生案外楽しいものですよ。」

 

「もしかして、励ましてくれてるんですか?」

 

私がそう聞くと、彼は少し笑い

 

「どうとでも。」と言い終えると、最後に印鑑を押し

 

「資料、終わりました。また月曜日に、生徒会長。」

 

と答え、バックを持って出ていくのだった。

 

 

不思議な沈黙が部屋に残り、何処か心地の良い余韻が菜々の心を包んでいた。

 

「相変わらず、変な人ですね。」

 

本当に、彼は何者なのだろうか?やはり他の生徒、いや他の人とは何かが、違うように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星明かりと街灯に照らされた道を歩く。

 

「全く、俺もあまちゃんだな。」

 

思わず少し熱くなってしまった。少々喋りすぎた。

 

こんなことでは先が思いやられる。この世界は甘い、そう思っていた自分も、その甘さに乗せられた気がする。気を引き締め直さなければ。

 

「ふぅ。」

 

溜め息がこぼれる。

 

悩みは人それぞれだ。大なり小なり人は悩む。俺も迷ってばかりだ。彼女の真っ直ぐな心は俺には眩しすぎる。

 

 

拠点に戻ると机の上には相変わらず手紙が置かれていた。

 

拝見】ー 抗う術は無いはずだ。君はあまりにも奇妙だ。何故この世界を受け入れない。

 

 

「…?」

 

また少し攻撃的な文章だった。

 

「俺に何をさせたい。目的は何だ?」

 

ただ疑問だけが募る。この世界の謎は、奥が深そうだ。

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