「今日も疲れた。」
ゆっくりと拠点の椅子に腰を据え、身体を休める。思えばここ数日は忙しいわけではないが、変に疲れが溜まっていた。それもそうだ、別世界での学校生活、元の世界に戻る方法も考えながら過ごす日々だ。常に気を張っているのだから休んでいるつもりでも、完璧には休めていないのだろう。
「ここまでの情報を整理するとしよう。」
紙にこれまで得た情報を書き、整理する。
:ここは日本である。
:パラレルワールド?の可能性有り
:自衛隊、防衛省、その他国を防衛する機関無し
:戦争の歴史不明
:他国の軍事組織の存在不明
:警察組織の存在は有り
:自分は山上陸という存在である。
虹ヶ咲学園1年、風紀委員会に所属
:他国の存在有り(国際交流学科の存在より)
:帰還方法不明(スクールアイドルが帰還の鍵ではないか)
:※ライブ時に服装が戻る(条件有りの可能性)
ざっと並べるとこんなものか。
「なぜ彼女達がライブを行うと、周囲の状況が変化し、俺の服装が戻るのか…。それも常にではない。」
最初は優木せつ菜のライブ、次に桜坂しずく、ピンクの少女、そしてスクールアイドルフェスティバルの最終ライブ。偶然とは思えない頻度だ。それに
「スクールアイドルフェスティバルの時は戻る時間が長かった。」
この法則を理解しなければ元の世界には戻れない。
「はぁ。」
頭が痛い。時刻は午前0時をまわっていた。
「そろそろ寝るか。」
ゆっくりと椅子から立ち上がり、シャワーを浴びるために浴室へ向かおうとする。
「…誰だ。」
ふと奇妙な気配を感じた。
何故だかは分からない。ただ誰か、いや"何か"がいる。長年の勘がそう告げる。身体に力が入り、拳を強く固め、素早く後ろを振り返る。
「?」
だがそこには誰も、何も無い。
「何なんだ。」
気味の悪い。疲れてるのか?いや、確かに何かがいた。
目を揉みながら再び浴室へと向かおうとする。
チカチカと部屋の電気が点滅する。
「電灯を代えないとか、面倒な。」
そうボヤきながら足を進める。が、
「やはり。」
変だ。何がとは分からない。ただ変だ。雰囲気が、空気が気色悪い。
「ッ。」
軽く舌打ちをしながら部屋を見回す。
だがやはり何も無い。空気だけがいつもと違う。
季節は夏、クーラーをつけていても少し汗ばむくらいには暑いはずだ。だがそのわりには部屋は冷えた空気が充満しているように感じた。
鳥肌がたつほどに。
「…」
嫌な感じだ。今までにない不気味な感じ。嫌悪感を感じる。
「目的は何だ。」
不意にそんな台詞が出た。何に話しかけているかは分からない。ただ、そう質問すべきだと感じた。
返答は無い。当然だ、部屋には俺しかいない。鍵も施錠してある。拠点に戻ってきて確認したのだから問題無い。部屋の窓の鍵も触っていない。外部から開けるには、窓を叩き割るかマンションのオーナーから合鍵を借りるかしかない。だが、オーナーからそんな話も、窓が割れた様子も無い。
携帯を掴み、念のため警察に連絡する手段を確保する。
まあ、敵がおり素人だとしたら叩きのめして警察につき出せば良い。それに、民間人に簡単にやられるつもりもない。正当防衛は可能だ。
ゆっくりと足音を消しながら各部屋を確認する。
腕時計を確認すると時刻は午前0時をまわっていた?
「0時?」
おかしい、浴室に向かおうと考えていた時、すでに時刻は午後0時だった。1分も針が進んでいない。
そこでさらに奇妙なことに気づく。
腕時計の秒針すらピッタリと動きを止めているのだ。おかしい、壊れたか?
ゆっくりとリビングの時計を確認しても、0時ピッタリに止まっている。両方時計が壊れたのか、はたまたリビングは電池切れか。それとも、
『気分は?』
不意に背後から声が聞こえる。男とも女ともとれない声色に気味の悪さをより感じる。
素早く後ろを振り返り、その声がする方向を睨み付ける。
そこには月明かりに照らされ、真っ白なスーツを着た男?が1人立っていた。
『怖いねぇ。そんなに睨まなくても。陸山衛さん。』
真っ白な紙に金色の瞳がこちらを捉えている。月明かりもあってか、その姿は何処か幻想的だった。
「何故俺の名前を?」
再び睨みをきかせると、その存在は両手を上げ、やれやれと首をふりながらこう答える。
『何故?ふむ。"選んだ"から、ですかね?』
「…選んだ?」
『そう、選んだ。私が君を選んだ。』
意味の分からないことを、と思う。だが、自分がこの世界に迷い込んだ真実が、目の前にあると感じる。
「泥棒ならやめておけ、怪我する前にな。」
『でしょうね。』
ニコニコと気味の悪い笑顔を向けてくる。
『本当は勘づいてるんでしょう?』
まるで心を見透かしているような瞳に腹が立つ。
『腹が立ってますね?でも残念、私も君に腹が立っている。』
「お前、何者だ?俺はお前みたいな奴は知らない。」
『君が知らなくても、私は知ってる。』
顔は笑っている、だが目は笑っていない。こいつは危険だ。
「ふざけてないでさっさと出ていけ。俺は忙しい。」
そう睨みながら言い放つ。
『元の世界に戻るのが、そんなに大事か?』
「…は?」
俺は言葉を失う。
『君は選ばれた。』
やはり
『この私が選んだ。』
こいつが
『それなのに君は。』
こいつが
『元の世界のことばかり。』
この現象の
『君みたいなやつは初めてだ。』
気づけば、俺は目の前の存在に拳を握りしめて向かっていた。頭は完全に血が上り、考えなどない。ただ、目の前の相手を潰す。その意思だけはしっかりとある。戦う技術も、殺す技術も学んだ。
拳が相手の顔面に届く
が、
「んがっ!」
解らない。ただ身体が後ろにぶっ飛んでいき、壁に背中を強打する。
肺の空気が一気に抜け、背中に鈍い痛みが残る。ゲホゲホと咳き込み、肺に空気を必死に送り込み素早く立ち上がり、再び戦闘態勢をとる。
身体にゴワついた感覚が戻る。構えていた腕を見ると、戦闘服に服装が戻っていることに気づく。だが今はそれどころではない。今は、こいつをぶちのめし、元の世界に戻ることが最優先だ。こいつを倒せば、きっと戻れる。何故かそんな確信があった。
肩にズシリと重い感覚がある。見ると肩からはいつの間にか小銃がかかっていた。俺は迷うことなく小銃の銃口をそいつに向ける。
人になど向けたことが無い。だが、こいつには小銃を使った方が良いと、本能的に判断した。何故かは分からない。だが、こいつは
"人間ではない。"そう感じとったから。
スライドを引き、弾を装填し、安全装置を解き、レバーを単発である【タ】に切り替え、指を引き金にかけ、ゆっくりと引く。狙うは相手の身体の中央。
バギンッ!!!という炸裂音と火薬の香りが部屋に充満し、肩に反動の衝撃が残る。隣近所がこの音を聞いていたらなんと言い訳するか、そんな下らないことなど今は頭にない。目の前のクソを倒す、否殺す!
だが
『まだ"戻れる"のか。驚きですね。』
そいつは無傷だった。
「は?」
小銃だぞ?相手は血を流し、痛みに顔を歪ませているはずだ。だが目の前の相手は不愉快そうに顔をしかめているだけだった。
そいつはしげしげと放たれた銃弾を眺めていた。
そいつは銃弾を掴んでいたのだ。理解のできないことが起きている。
瞬間、俺の身体に強い衝撃が走る。
「がぁッ!」
どうやら腹を殴られていたらしい。鈍い痛みが全身を走り、嗚咽する。鼻から必死に空気を吸い、胃のなかの物を吐き出しそうになるのを必死に堪える。
「なん…だ、て…めぇ。」
必死に呼吸しながら問いかける。それが精一杯だった。
『いつまでもいつまでも、元の世界にこだわって。受け入れようとしない。それどころか、"持ち込める"なんて。君には困る。』
意味の分からないことを喋るそいつは、やはり俺に不愉快そうな顔をみせる。
『諦めないのかい?』
「あたり…まえだ!」
俺は再び立ち上がり、弾帯に着いている銃剣を抜く。
そいつはやれやれと再び首をふり、俺に指をさす。
『君が私を気奇妙だと思うように、私にとっても君は奇妙な存在だ。基本的に誰もがこういった状況を楽しみ、暮らそうとする。だが君は戻ろうとする。何故だ?良いことなど無いだろ?泥にまみれ、上司には怒鳴られ、いざとなれば人々の盾となり、それでいて感謝などほとんどされない。だが、この世界は違う。大きな争いも無ければ、命を脅かされるような巨大な災害も無い。誰もが優しく、甘く柔らかな世界。何が不満なんだ?」
「確かにクソみたいなこともあるが、案外それも楽しくてね。別にこの世界に生まれてたなら、最高だって、そう思うこともある。だが、俺はあの世界で生まれ、育った。この世界を嫌う理由は、俺がこの世界の人間じゃない。帰るべき場所がある。ただそれだけだ。それで充分だ。」
『成る程。』
興味深そうにこちらを見つめる。
『だが、君は私には勝てない。君は次にその銃剣を私に投げ、それに反応した私に小銃を撃ち込むだろう。』
「…当たりだ。」
『諦めろ。』
「嫌だと言ったら?」
重い空気が部屋を支配する。
『陸山衛を消す。』
残るのは山上陸という存在だ。そう答える。
つまり、元の世界の俺、陸上自衛官である陸山衛は死ぬということだ。
『また来る。その時は違う答えを期待しているよ。まあ、無意味だろうけど。』
フワリと陽炎のように俺の前から姿を消す。腕時計が再び時を刻み直していた。
机の引き出しにしまっていたタバコを取り、ベランダに出る。
タバコに火をつけ、ゆっくりと煙りを吸い込む。
「ゲホッ!クソがッ!」
相変わらずタバコを吸うと肺が痛み、咳き込む。
ゲホゲホと何度か咳をし、新鮮な空気を吸い直す。
「嘗めるな。」
俺はそう呟くと、タバコの火を消し浴室へと向かった。次に会う時、奴はおれを確実に仕留めるつもりだろう。俺が諦めないことを奴は知っている。
「前途多難だな。」
自嘲気味にそう呟きながら、シャワーを浴び、布団にくるまるのだった。
翌日、学校に行くと何やらざわついている。何か紙が張り出されているのを見つけ、それを眺めると
「生徒会長、再選挙?」
どうやら面倒ごとが押し寄せてきているようだ。