U.S.NAVY SEALs
スタスタと廊下を生徒達が行き交う音がする。間もなく生徒達の登校時刻、騒がしい時間がやってきた。
陸は風紀委員会室の椅子にゆっくりと腰を据え、コーヒーを啜りながらスクールアイドル同好会メンバーの資料とにらめっこする。
「高咲侑、音楽科に学科変更か。」
上原歩夢の隣にいた少女。この娘も確かスクールアイドル同好会に所属していたはずだ。しかし、彼女のライブはまだ1回も観たことは無いが。
というより、彼女がライブに参加したところを観たことが無い。スクールアイドルフェスティバルの時でさえ。
「マネージャー、とも書いてないしな。」
そもそもスクールアイドルにマネージャーがいるのか、必要なのかすら不明だが。まあ、仮にもアイドルということで、マネージャーやらプロデューサーやらの1人か2人はいそうな気もする。しかしそういう存在は見ていないし聞いてもいない。フェスティバルの時は学校全体で支援していた。
彼女、高咲侑とは一度しか面識が無い。
「さて。」
こいつは何なのかな?
昨日の夢は最悪だった。思い返すだけでも腹が立つ。
何故上原歩夢を使ってきた?
仮に上原歩夢が鍵として大きな存在だとしよう。いや、考えすぎか?
おそらく上原歩夢は違う。勘だが。
「高咲侑。彼女について少し調べるか。」
今日は午後から再選挙がある。会場の設営やその他支援を考えるとあまり時間は無いだろう。
「忙しくなりそうだ。」
特に今日は。
予鈴が鳴る。腕時計を確認すると、どうやらもうすぐ朝礼が始まる時間が近づいていた。陸は飲みかけのコーヒーを一気に流し込むと、席を立ち、バッグを掴んで部屋を出た。
授業は退屈しない。数学は苦手だが、前の世界で学生だった時ほどではない。同じことを2回、いやそれ以上聞ける、何よりも前知識があるなら尚更だ。とはいえ、やはり完全に理解できるかといえば
「…数字は苦手だ。」
そういうわけではない。
「じゃあ、この問題を山上君に解いてもらおうかな?」
最悪だ。
「あ~、…解りません。」
「じゃあ、次の人!」
誰しも完璧ではない。得意不得意がある。俺は数学が苦手だ。それに変わりはない。英語もそこまで。歴史は好きだ。とくに戦術や兵器の発展していった世界大戦辺りが。かつての先人達がどう戦い、どんな武器を使ったか、どう勝利したか。それを考え、学ぶことは楽しいものだ。実戦は死んでも御免だが。
午前の授業も終わり、昼休みへと移る。皆楽しそうにお喋りをしながらそれぞれ食事を楽しんでいる。やはり、食事というのはどの世界でも心の休まる時間らしい。俺も食事は楽しみだった。特に演習で携行食しか食べられなかった後に食べる駐屯地の飯は最高だ。温かい味噌汁を飲むだけでも涙が出そうになる。
食事も個性が出るものだ。美しく彩りされた弁当を食べる者もいれば、購買で買ったパンを食べる者、それで足りるのか?と思えるようなヨーグルトとサラダしか食べない者もいる。ちなみに俺は学食をよく使う。学校のデカさも相まって、あそこの飯はかなり旨いのだ。大盛りも無料だ。
学食へと移動すると、相変わらず混んでいる。今日はカツカレーにでもしようか。そう考え食券を買い、列に並ぶ。すると
「あれ?山上さん?」
とどこかで聞いたことのある声がする。
振り返ればそこには、ツインテール、緑アッシュの少女 高咲侑が並んでいた。
都合が良いな。ここで少しこいつのことを知っておくか。
「おや、高咲侑さん。音楽科への転科、おめでとうございます。」
と祝いの言葉を投げ掛ける。すると彼女は子供のような(実際子供なのだが。)笑顔で
「知ってくれてたんですか!?ありがとうございます!!!」
と元気良く返してきた。
「まあ、転科したならば我々にも情報は回ってきますからね。」
まずは他愛のない話でコミュニケーションをとる。そこから徐々に掘り下げていけば良い。
「ところで高咲さんはスクールアイドル同好会に所属しているとか?」
「はい!皆凄く頑張ってて!見てるこっちも元気になる!っていうか、ときめいちゃうんですよ!陸さんは気になってるスクールアイドルの娘とかいるんですか!?」
想像以上の食い付きと積極さに思わず内心たじろぐが、表情は至って冷静さを保つ。
「いえ、あまり。ただ、以前スクールアイドルフェスティバルで貴女の姿をライブで見かけなかったので。」
違和感なく繋げていく。
「あ~、私はどちらかというと裏方ですから。」
ただのマネージャーということか。まあ、だろうな。この娘が鍵の重要なポイントというわけでは無さそうだ。聞けば、俺や他の委員会とは別行動でフェスティバルを支援していたらしい。主に会場というよりは、スクールアイドル達の方を。会場の裏側やステージ設営の支援をしていた俺とは関わらなかったのは当然だな。俺は完全な裏側だが、彼女は裏方だが、どちらかといえば正面に近い支援をしていたのだ。
「成る程、貴女はアイドルではないんですね。」
そう聞くと、彼女は自信たっぷりに
「はい!」
と答えるのだった。
自分のできること、することに自信を持っている。良いことだ。
「では、私はこれで。」
彼女と話をしているうちに、自分の番が回ってきたため、軽く会釈をして食券を差し出し、しばらくしてからカレーを受け取る。
すると後ろから高咲侑は再び近づいてきた。
「何か?」
そう聞くと彼女は恐る恐るこちらを伺いながら、
「ご一緒しても?」と聞いてくる。
陸は溜め息混じりに「どうぞ。」と空いた席へと座り、隣へと高咲侑を促す。
彼女はゆっくりと席に着く。
「それで、他にご用件が?」
カレーを食べながら彼女にそう聞くのだった。
彼はカレーを食べながら「用件は?」と聞いてくる。特に用件があったわけじゃない。ただ、何となくこの学園初の男子生徒がどんな人か興味があった。誰もが彼を不気味がる。
男であるということか、風紀委員会だからか、それとも何か別の…そう、言葉では言い表せないが、"何か"が彼にはあるからか。
彼の雰囲気はどこか、何かが変なのだ。あの初めて彼と話した、合同演劇祭の時もそうだ。彼は何処かズレている気がする。何よりもそう
私達と、"この世界"と噛み合ってないような、そんな奇妙な雰囲気がするのだ。これは好奇心だ。彼が何者なのか、私は知りたい。
そんな事を考えていると、彼の皿から大盛りのカレーがいつの間にか無くなっていた。
「え?早っ!?」
と思わず驚くと、彼は少し苦笑いをしながら
「早く食べるのが癖なんですよ。」
と答えた。苦笑いしながらもその表情はどこか寂しげで
「陸さんは、せつ…生徒会長と仲が良いんですよね?」
そう、彼はせつ菜ちゃんと仲が良い。本人はどう思っているかはわからないが、他の生徒よりも生徒会長 中川菜々とはよく話をしている所をみたことがある。まあ、生徒会と風紀委員会という立場のせいでもあるだろうが。
それでも陸さんの話をする時のせつ菜ちゃんはどこか楽しげで、嬉しそうだった。思えば同好会で陸さんをあまり悪い印象で見ていなかったのは、彼女くらいだった。
果林さんや歩夢は凄く疑っていたけれど、その話題になる度に
『陸さんは確かに不気味ですが、悪い方ではありません。絶対にです!』
と強く抗議していた。彼はどう思っているのだろうか、せつ菜ちゃんのことを。
「まあ、委員会の都合上生徒会長とはよく関わりますからね。」
想像していたよりもあっさりとした、淡白な答えだった。
「友達、なんですよね?」
「さあ?どうでしょう。」
我関せず、そんな冷たい印象のある、極めて事務的な返答に私は少しムッとする。
「陸さんは解らないかもしれませんが、せつ、生徒会長「優木せつ菜。呼びやすいならそちらの名前でも構いませんよ。彼女の正体なら私も知ってますし。」
「へ?」
予想外の言葉に一瞬詰まる。
「…知ってるんですか?生徒会長がせつ菜ちゃんだってこと?」
と聞くと、彼は不思議そうな顔をして、少し馬鹿にしたように
「あれで隠せてると思う方が不思議ですが。」
と言う。
「…なら、えっと。せつ菜ちゃんは、貴方のことを信頼してるんですよ。」
「知ってます。」
あっさりとそう言い放つ。なら何故、そんな冷たい言葉を使うのか。彼はせつ菜ちゃんを信頼していないのか?それとも、彼女の優しさを利用しているのか。
「そんなにピリピリしても私の彼女に対する印象は変わりませんよ。彼女は仕事仲間です。まあ、貴女がもう少し納得した答えが欲しいなら
彼女はまあ、仕事仲間であり、この学園で最も信頼のおける生徒、といったところですかね。」
彼は静かに私にそう告げた。
「今日は再選挙です。彼女の勝利を願いましょう。」
彼の言葉で私は確信した。彼が不気味だということに変わりはない。しかし、その不気味さは以前よりもずっと少ないように感じた。何よりも
「陸さんは、優しいんですね?」
そんな言葉が思わず出た。凄く奇妙な人だ。矛盾している。不気味だが、優しい。不思議な頼もしさと優しさが彼にはあった。
そんな私の言葉に彼は「理解できない。」というような顔をする。
「優しい?私が?」
「はい!」
すると彼は「なら、それは貴女の勘違いですよ。」と否定した。
それでも貴方は良い人です。何となく、勘ですけど。だからこそ私は彼にお願いすることにした。
「今回の選挙、せつ菜ちゃんのこと、お願いしますね。」
予想外のお願いなのか、彼は一瞬キョトンとした顔をする。
「風紀委員会として、選挙は平等に見ますよ。まあ、応援なり、投票なり、慰めの言葉なり、祝いの言葉なりを彼女に伝えるのは、貴女の役割だと思いますが?」
「それは勿論です!でも、もしせつ菜ちゃんが勝ったらお祝いしてあげて下さい!」
私は彼にそう強く訴えた。だって彼女は
せつ菜ちゃんはきっと
貴方のことが好きだから。
「当然、お祝いしましょう。」
相変わらずドライな言葉だった。
「さて、もうすぐ昼休憩も終わりますので、私はこれで。」
彼は席を立ち上がり、食堂を後にするのだった。
いよいよ生徒会長再選挙が始まる。せつ菜ちゃんの運命も、私達スクールアイドル同好会の運命も、この選挙で決まる。私は強く拳を握りしめ、食堂を後にするのだった。
それにしても
「結局、陸さんのこと、何もわからなかったな。」
彼について知れたことはほとんど無かった。わかったのはせつ菜ちゃんをきちんと信頼してくれていたこと。
「まあ、それが知れればいっか!」
私は足取り軽く教室へと向かっていくのだった。
廊下を歩きながら頭を掻く。
全く面倒な事を言い出すものだ。
「高咲侑め。」
軽く舌打ちをしながら早歩きで教室にむかう。なにが「優しいですね。」だ嘗めたガキめ。何を根拠にしてるんだか。
「安いラブコメでもやってるのか。この世界の人間は全員脳ミソがお花畑なのか?」
お粗末な「優しいですね。」だ。本当の優しさなんて…
まるで自分を認めるような、そんな言葉に腹が立つ。俺はお前達を助けるのも、支援するのも、あくまで俺が元の世界に戻るために利用しているにすぎない。その行動を、俺の言葉を、「優しい」という言葉に纏められたことに、その純粋さに、その優しさに、その甘さに心底苛立ち、嫌な気分が募る。気持ち悪い感覚だ。
「甘いな。どいつもこいつも甘ちゃんだ。」
吐き捨てるようにそう呟く。だが、それは俺も同じことか。この世界の甘さに絡め取られていくような、それを心地良いと思う自分がいる。悪態をつかれている方がまだこちらもやり易いというのに。
『せつ菜ちゃんを、お願いします!』
「…ッ。」
彼女の最後の言葉が嫌でも脳内で反芻される。
「俺も焼きが回ったか。」
溜め息をつきながら俺は教室へと向かうのだった。