生徒会再選挙の時間が迫る。会場は慌ただしく準備に追われ、私もそれを支援する。
「照明の位置をもう少し下げましょう。これでは候補が目立ちません。」
「わかりました!」
「選挙での討論の場は中央を基準に、左右にお互いの顔が良く見えるよう設置して下さい。」
「了解しました!」
バタバタと会場のセッティングを終え、後は…
「三船栞子、君の勝利は固そうだ。」
中川菜々、優木せつ菜の敗北を見届けるだけだ。
会場の設営も終わり、あとは選挙が始まる時間を待つだけとなった。
「さて、彼女の勝利が吉と出るか、凶と出るか。まあ、俺の計画に支障をきたすようなら潰せばいいだけの話か。」
さっさとこの茶番劇を終わらせ、この世界とも別れを告げたいところだ。あの人間擬きからも宣戦布告され、決着の時は近い。
「優木せつ菜。君の決着はもう間もなくだ。」
俺はその後に。しかし、それなりに仲良くしてきた存在の敗北を知るというのは、何だかわからないが悔しいような、そんな気分が湧く。不思議なものだ、どうでもいいはずなのに。
『せつ菜ちゃんのこと、お願いします!』
「ッ。」
昼間、高咲侑に言われた言葉を思い出す。
「あいつ、何故あんなことを俺に。」
奇妙な話だ。
そんなことを思っていると、件の少女の声が聞こえてくる。
「陸さん!」
「おや、高咲さん。あと数十分もすれば始まりますよ。」
なぜこんな裏側に?そんな何気ない会話をする。
「ちょっとせつ菜ちゃんに応援でもと。」
「わざわざ裏側に回らなくても。まあ、良いでしょう。彼女は控え場所にいますから、良ければ案内しますよ。」
そう投げ掛けると、彼女は少し首をふり。
「実は直接会って応援しようと思ったんですけど。電話で『大丈夫です。お気持ちだけ頂きます。』って。言われて。」
「では、何故ここに?」
「いや、陸さんなら直接会えるかなって。私だけじゃなくて、同好会の皆も応援してるってことを、陸さんから伝えて貰えませんか?」
なんだそりゃ?
「彼女は直接貴女達に会わないんですか?」
変だな。こういう時こそ、仲間に熱いメッセージでも伝えて頼もしい姿を見せるタイプだと思っていたのだが。まあ、優木せつ菜も三船栞子が強敵だとわかっているのだろう。つまり、彼女は勝利の自信が無い。気持ちで負けているということか。なら、尚更三船栞子には勝てないな。
「はい。…せつ菜ちゃん、この選挙のために同好会を退部したので。」
……意外な決断だな。もう少し芯があると思ったんだが。
「そうですか。」
「私達が安心してスクールアイドルができるように、そこを守りたいって…。それで」
「いえ、もう結構です。そろそろ時間も近づいてますし、会場に戻って下さい。」
「え?」
高咲侑は呆けた声を出す。
「聞こえませんでしたか?会場に戻って下さい。」
「……」
「……」
互いに沈黙。怒っているのか、呆れているのか、高咲侑はただこちらを睨んでくる。
「…それだけ、ですか?」
「?」
目元がよくみえない。
「たったそれだけなんですかッ!!!」
彼女の激昂した声が会場裏に響き、その声に驚いたスタッフ達が思わずこちらに視線を送る。
「…」
「もう良いです!陸さんは、自分で言った通り、優しくもなんとも無い!なんで!なんでですか!?彼女はあんなに、貴方を信頼してるのに。あんなに、貴方と喋る時間を大切そうにしてるのに!なんで貴方は!」
彼女は徐々にヒートアップし、こちらに圧力をかけてくる。
「心配とか、しないんですか?」
「時間が近づいてますので。」
あくまでも淡々と返す。
「理由とかも、何も気にならないんですか?」
ほんの少し悲痛そうに問いかけてくる。
「別に知ったところで選挙に関わりはないでしょう?」
そう答えると、彼女はガックリと肩を下ろし、とぼとぼと会場裏を後にしていった。その途中で「さっきの話、やっぱり伝えなくて結構です。」とだけ言ってきたのでこちらも変わらず「わかりました。」とだけ伝えておいた。
時計を確認する。
「まだ時間はある…か。」
俺はスタッフに少し裏を離れることを伝えると、中川菜々の控え場所へと足を運んだ。
ノックを行い、中に入る。
「陸さん…。」
彼女は少し不安そうにこちらを見ていた。当然といえば当然か。自分から仲間の助けを手放したのだから、自業自得といえばそれまでだが。
「聞きましたよ、同好会。退部したんですね。」
ゆっくりと控え場所にあった椅子を彼女の近くに並べ、腰を下ろす。
「ええ。」
「意外な決断ですね。貴女のことだから、両立していくのかと思ってました。」
彼女はゆっくりと口を開く。
「私は、スクールアイドルが好きです。そして、それを頑張ろうとしてる人も好きなんです。大好きなことを頑張る人が好きです。…三船さんに、私の言葉は力が無いと言われました。私が、生徒会の活動を好きという気持ちでやっていないと、見透かされてしまいました。」
力無く笑う彼女はどこか痛々しい。
「スクールアイドルという私の大好きを守るために、私は生徒会長として頑張ってきました。勿論、生徒会の活動が嫌いというわけではありませんよ。生徒の皆さんの好きを尊重して、予算や活動を見守ることも、私は好きですから。」
「何かを守ることは難しいものです。」
そうとも。矛盾が生じるのだ。
「ラテン語にこんな句があります。『汝平和を欲せば、戦への備えをせよ。』と。」
「はあ。」
「平和を望むはずなのに、その平和を手にするには時に力が必要です。強さを通じた平和。非常に矛盾していると思いませんか?」
そんな言葉にポカンと首を傾げる。
「貴女が生徒会長でいる理由は、貴女の語る理想と大きく矛盾しています。そうでしょ?でも、それは仕方ないことです。完成された正しさなど無い。「世界を大好きで溢れさせたい。大好きなことを大好きと叫びたい。」貴女は言いました。しかし、貴女はこうも言った。「両親は厳しくて、スクールアイドルも禁止されている。」と。貴女は貴女自信の好きを全く叫べていない。優木せつ菜という仮面を被り、逃げているだけです。」
「…」
泣いているのか、悔しがっているのか、彼女は顔を伏せたままだ。
「それの何が悪いんでしょうか?」
「え?」
「別に、逃げても良いでしょう。時には逃げも必要です。戦う上で勝つことも大切ですが、引き際、逃げ場を見極めるのはより重要です。一旦逃げ、また戦えば良い。ここで敗けても、最後に勝つのは貴女かもしれませんよ、中川会長。中川菜々として、いつか勝てるよう応援してますよ。」
「それって、どういう」
中川菜々が全て言いきる前に、俺は会長裏へと戻った。
結果として、中川菜々はおれの予想通りに負けた。彼女の「好き」に対する矛盾を突かれて。
別段問題は無い。俺の言葉が彼女の中でどう理解されたのかはわからないが、いつか解るときが来れば良い。
「それにしても、俺も甘いな。」
だが、これで良い。ここで彼女が折れ、スクールアイドル活動を完全に停止してしまう可能性があるのならばここである程度励ました方が賢明だ。でなければ、今後俺が元の世界に戻る上で支障をきたす恐れがある。
選挙も終わり、会場の撤収を終わらせると、俺は荷物を持って拠点へと戻ろうとする。だが。
「山上君。」
振り返るとそこには、俺にとって重要な9つの顔な揃っていた。
朝香果林がこちらを睨み付けながら近づいてくる。朝香果林だけではない。高咲侑、上原歩夢、宮下愛、中須かすみ、桜坂しずく、天王寺璃奈、近江彼方、エマ·ヴェルデ、これまた大集合だな。今日は早く戻れそうにない。
「ちょっといいかしら?」
全員が俺に疑いの眼を向ける。高咲侑がチクったのか、余計な手間を。
「生憎、時間がありませんので。」
俺は足早に会場から出ようとする、が
「お~っと、付き合い悪いな~。愛さんたちも時間は取らないからさ。」
宮下愛に先回りされる。
「はぁ。」
思わず溜め息が溢れる。
「あまり邪魔しないで頂きたいのですが。」
できる限り穏便に済ませようと、軽く笑いながら俺は警告した。
初めて彼の正面に立った。不思議な雰囲気が彼からは溢れている。それと同時に奇妙な不気味さも。
彼が笑った瞬間、何故かはわからないが鳥肌が立った。愛さんだけじゃないと思う。嫌な汗が垂れる。でも、ゆうゆうやせっつーを悲しませてるとしたら、ここで退くわけにはいかない。
「それで?ご用件は?」
なんとなくだが言葉の一つ一つが高圧的に感じられる。まるで「早くしろ。こっちは時間が無いんだ。」とでも言わんばかりの雰囲気が伝わってくる。
「侑から聞いたわ。貴方、せつ菜のこと何も感じてないのね?」
果林が切り込む。
「仕事仲間ですし、深入りするつもりもないので。」
「その割には信用してるとか言ってたみたいじゃない?」
「仕事での話です。日常では特段何も考えていませんよ。」
淡白な返答が続く。
「とりあえず、私達からは一つよ。」
「何です?」
全員で息を合わせる。
『せつ菜(ちゃん)(せっつー)にはこれ以上関わらないで(ちょうだい)(下さい)。』
「別に困らないでしょう?貴方にとってせつ菜はどうでもいいんだから?」
「…」
「侑の話から、せつ菜と貴方をこれ以上関わらせたくないわ。…あの娘がどんな思いで、貴方を信頼して話をしていたか、貴方には絶対にわかりっこないわ。」
「ええ。わかりません。」
「なッ!!!貴方、本当に。」
果林は思わず拳に力を込める。このまま叩いてやろうか?そんな気持ちが溢れてくる。せつ菜の純粋な心を無関心に放置した彼を許せなかった。
思わず手が出そうになるがグッと堪える。
「あんた、本当に最悪。」
愛も呆れた声を出す。
「話は終わりですか?」
飄々とそう切り出す彼の神経が理解できない。
「ええ。」
「…ふむ。わかりました。彼女とは距離を置きましょう。まあ、彼女が選挙に敗けた時点で距離は置くことにしてましたから、大して問題ありません。」
瞬間、ビュンッと風を切る音が聞こえる。
「侑っ!!!」
高咲侑は初めて人を叩きたいと思った。
が
「手癖が悪いですね。」
それはあっさりと躱される。
「叩かれてもよかったですが、私はそこまで安い人間ではないので。落選、残念でしたね。」
「心にもないことを!」
二発目も避けられる。
「おっと。心外な。私も応援してましたよ。生徒会長の中川菜々を。」
「クッ…貴方は、おかしいよ!何なの貴方は!何なの!!?まるで、感情が無いみたいに!何が貴方をそうさせてるの!!?ねえ!せつ菜ちゃんは、結局貴方にとって道具みたいなものだったの!!!ねえ!答えてよ!!!!!」
そんな高咲侑の悲痛な叫び声が響く。
俺はそれを無視するように拠点へと戻るため、学園から出るのだった。冷たい雫が肌を濡らす。
「…雨、か。」
最低だ。