1915年8月、英国陸軍ノーフォーク連隊300名がトルコ サン·ベイ丘を目指し進軍中、謎の霧に入り行方不明。オスマン帝国が拉致をしたと英国は考えたが、オスマン帝国はそのような部隊との交戦記録は無いと否定している。
「行方不明、か。」
スマホの電源を切り、ゆっくりと眼を揉みながら椅子によしかかる。
世界にはいくつもの奇妙な都市伝説が存在する。特にこの神隠しというやつは興味深い。俺も元の世界ではそんな扱いを受けているのだろうか?題名はこうだ
『自衛官、演習中に行方不明!!』
…ふむ。いまいちパンチが足りないか。
山上陸はそんな下らないことを考えながら生徒会室で眼を閉じる。
すると、ガチャリと扉が開かれる音がする。誰か来たか。まあ、想像はつくが。
「早いですね、三船栞子新生徒会長。」
チラリと彼女の方に目をやる。それに対し、彼女は少し不機嫌そうにこちらを見ながら、口を開く。
「山上陸さん。ここで何を?」
「いえ、風紀委員として、新生徒会長にご挨拶でもと思いまして。」
飄々とした態度でこちらに話しかけてくるこの男は何を考えているのかわからない。だからこそ警戒する必要がある。
「なら、早く戻って貴方のやるべき仕事をしてはいかがですか?私も暇では無いので。」
それは勿論、とばかりに彼は軽く会釈しながら立ち上がり、生徒会室の扉に手を掛けようとする。
「ところで。」
出ていくかと思われた彼の足は扉の前で止まり、こちらに顔を向けてくる。その顔はどこか不気味で
「以前、貴女が私をスカウトしたこと、覚えていますか?」
覚えている。忘れるわけがない、あの恐ろしい感覚は今でも覚えている。だからこそ、彼の瞳は未だに直視できない。
「ええ、生徒会へのお誘いですよね。」
「あの時、貴女はただの生徒の1人でした。しかし、今は違う。貴女は権力を持ち、ある程度の融通はこの学園で通るようになる。」
彼の一言一言から、言いたいことが伝わってくる。だが敢えてこちらから口にしたりはしない。何故かはわからない。ただ、彼を入れてしまったら何かが狂う。そんな気がする。
「私を使ってみませんか?三船会長。」
「…」
こちらを見る彼の瞳は黒く淀んで見える。
「まあ、あれから時間も経ちましたし、ゆっくり考えて頂いて構いませんよ。私も、暇ではありませんから。」
そう言い残し、彼は生徒会室から出ていくのだった。
「…山上陸、貴方は何者なのですか?」
嫌な汗が背中を伝う。彼についてはもう少し知る必要があるかもしれない。この学園を守るためにも、あのような異物をどう対処すべきか。生徒会長としての仕事は、少し忙しくなりそうだ。
掴みが悪い。これは生徒会に入れると考えない方が良いだろう。まあ、風紀委員として活動することも悪くはないだろう。上手く三船栞子を扱えればの話だが。
「中川菜々は、扱い易かったんだがな。」
溜め息を溢しながら生徒会室の前から立ち去り、風紀委員会室に戻って残りの仕事でも片付けようかと考える。だが、それは叶わないようで
「山上陸!」
中須かすみが目の前には立っていた。
山上陸、あの男はよくわからない。ただ、侑先輩やせつ菜先輩に嫌な思いをさせたことはわかっている。だからこそ、一発ビシッと言ってやらないと気がすまない。
目の前に立つ男は自分をつまらない物でも見るような瞳で見てくる。見下しているような、それとは違う、そうまさに物だ。何か物が目の前で喚いている、そんな目。
「何かご用ですか、中須かすみさん。」
「…ッ。」
彼の一言に圧がある。思い切りこちらの全力をぶつけてやろうかと意気込んでいた彼女の心は、彼の前に立った瞬間、急に抜けてしまった。なんとなくだが
(怖い?)
彼は笑顔だ、だがその笑顔が不自然で。まるで
(しず子の演技で魅せる笑顔とは、まるで違う。)
友人である桜坂しずくは演劇部に入っている。そんな彼女の演技は、時に見抜けないようなリアリティを持っていることがある。だが、そんな彼女の魅せる演技とはまた違う何かがある。そう、しずくの演技に似ているが、何かが決定的に違う。しずくの傍にいる彼女だからこそか、直感的にそう感じた。
張り付いたその笑顔はとても不気味で、思わず息を呑む。
「用件が無いのであれば、私はこれで。」
そう言い、彼はかすみの前を立ち去ろうとする、が
「ま!待って…下、さい。」
思わず敬語になる。同い年であるはずなのに、ガツンと言ってやろう!そう思っていたはずなのに。
「…、私も暇ではありません。」
「ッ。や、山上陸!な、なんでせつ菜先輩や、侑先輩に、あんな事を言ったんですか!!!」
ああ、と納得したかのようにかすみの顔を見る。ほんの少しその瞳は潤んでいて。
「怖いですか、私が?」
「へ?」
想定外の質問に呆ける。
「虹ヶ咲学園、初の男子生徒と会話した最初の感情は、やはり恐怖でしょうか?それともまた別の感情か。」
どうです?と聞くかのように手の平を上にして答えを聞いてくる。
「え…と、怖い、です。」
すると彼は少し可笑しそうにクスクスと笑う。その笑いかたは先ほどとは違い、自然な笑みのように感じた。
「でしょうね。そして憎しみも。」
すると笑みが消え、いつもの無表情な顔に戻る。
「貴方は、私が憎いですか?」
その問いは答えにくかった。怒りこそあれ、憎いか?と聞かれればそれは分からない。
「わかりません。」
「結構。」
彼は納得するかのように首を軽く縦にふる。
「時に。」
彼から再度質問が来る。その質問はひどく奇妙な質問だった。
「例えば、貴女が道を歩いているとしましょう。」
「はあ?」
「いつも見知っている道。しかし、突然その道は無くなり、辺りには見慣れぬ風景が広がっている。もし
貴女なら、そんな状況に置かれた時、元の道に戻ろうと抗うことができますか?」
「えっと?質問の意味が、わかりません。」
そう答える
「ええ、そうでしょうとも。そして、それが私と貴女の、いえ、貴女達との違いですよ。」
「………?」
「では、私はこれで。」
奇妙な余韻がかすみを包み込む。彼が何を言いたかったのか、それは理解できない。優木せつ菜ならば理解できたかもしれないが。いや、彼女でも無理だっただろう。答えは彼にしかわからない。
「私達との、違い…?」
「覚悟の差だよ、小娘。君は俺に怒りをぶつけるつもりだったのだろうが、君は屈した。その差は埋められない。恐怖を前に足を進める勇気、君はまだ不完全だ。」
それに比べ、朝香果林はなかなか強い。彼女は俺に二度も挑んできた。三船栞子もまた同等かそれ以上だろう。
「まあ、頑張って貰おうか。」
陸はゆっくりと背伸びをしながら、風紀委員会室へと向かって行くのだった。