迷える狼/New Front line   作:筋肉バカ

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仮面の下で

昨日は中須田かすみが啖呵をきった。果たして今日は誰が来るだろうか?それとも、昨日で終わりか。

 

陸はゆっくりと風紀委員会室の椅子によしかかり、ぼんやりとそんなことを考える。キイキイと椅子の小気味の良い軋む音が部屋に響く。

 

終わりは近い、そのはずだ。次は負けられない。その為には、彼女達の力が必要不可欠。信頼関係は必要無い、欲しいのはライブで踊る彼女達だけだ。それ以外の余計な物は要らない。

 

コンコンと部屋をノックする音が聞こえる。さて、今日は誰だろうか?朝香果林辺りが妥当だろうか、それとも高咲侑か。いや、高咲侑はもう来ないだろう。あれだけ嫌味に言ってやったのだ、俺ならばもう会いには来ない。

 

「どうぞ。」

 

ガチャりとドアが開かれる。キイィとドアがゆっくりと開き、正面に今日の客が来る。客は困った生徒か、それとも

 

「あの~、ここは風紀委員会で、よろしいでしょうか?」

 

「ええ。」

 

正面の娘はただの生徒だった。

 

特に特別でも無い。ただの客だ。

 

「何かご用件でも?生憎、会長は現在不在でして、用件があるならば私に。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風紀委員会に入るのは初めてだ。正直言えばあまり入りたくない。そう、山上陸の存在だ。虹ヶ咲学園初の男子生徒、それだけで正直関わりたいとは思えなかった。友達の何人かはキャアキャアと黄色い悲鳴を上げて喜んでいたが、正直私は嫌だった。

 

今まで女子だけで楽しくやってきたのだ、それを男という新しい歯車に狂わされたくは無かった。男が入るということは、当然恋愛だの何だのが関わってくるかもしれない(まあ、女子同士での恋愛もこの学園ではよくあることだが)、何だか私達の関係が、世界が壊される、そんな奇妙な恐怖があった。

 

風紀委員会に所属した彼の挨拶を聞いた。真面目そうで、しっかりした人だと感じた。だがそれ以上に私は不快だった。男、ただそれだけで不快になったのか、それとも生理的に彼を受け付けられなかったのか、それとも本能か。とにかく私は、彼、山上陸が不快で仕方がない。

 

 

「何か?」

 

じっと私の瞳を見つめてくる。その彼の瞳は濁った黒色をしていて、まるで物を見るかのような、品定めをするようなそんな視線に不快感が高まる。

 

それでも今、風紀委員会には彼しかいない。出直すか?いや、早くに言うべきだ。でなければ、この学園は、他の友達もおかしくなる。

 

あの三船栞子という生徒が生徒会長になってから、この学園は変わってしまった。好きなことが、できなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前の少女はじっとこちらを見たまま佇んでいる。緊張しているのか、手には先ほどから力が入っている。スカートの裾を握り、皺ができているのがその証拠だ。足も僅かに震えている。やはり、俺は初見そんなに怖いのかと呆れてしまう。これでも穏やかな気持ちを心掛けているのだが。

 

「用件が無いのであれば、私には仕事がありますので。」

 

 

そう言っておく。私に何か言いたいのならば、出直すべきだ。彼女はよく知らないが、恐らく中須かすみ、中川菜々、朝香果林、高咲侑のうち誰かかの友人だろう。私が関わったのはその4人くらいだ。それとも、風の噂か何かで、私が同好会全員に喧嘩を売ってしまったとでも思われたか。だとしたら厄介なことだ。

 

彼女は唇をキュッと結ぶと、意を決したかのように大きく息を吸い込み、こちらをキッと睨み付けるかのように見る。

 

全く、面倒なお説教だろうか?そんな風に考えていた陸だったが、彼女の話は陸の予想とはまるで違った。

 

 

「三船生徒会長について、相談があるんです。」

 

 

どうやら、綻びが早くも生まれているらしい。

 

「と、言いますと?」

 

「私、この学園の吹奏楽部に入りたくて。」

 

聞くと、吹奏楽部は基本的に音楽科の人間が所属しているらしい。審査もやけに厳しいとか。対して彼女は情報処理学科、それを三船栞子に伝えると。

 

「非合理的です。貴女は情報処理学科、音楽についての活動よりも、電子系の活動をすべきです。とかで、聞く耳を持ってくれなくて。私は、どうしても吹奏楽に挑戦してみたくて、落ちても良いんです。ただ、やってみたいんです。」

 

 

「…成程。貴女は三船生徒会長に直談判をし、結局貴女のやりたいことに対して否定的な意見を持ったと。」

 

「ええまあ。とにかく貴女の為にならないとか、合理的でないとか、無駄な事とか。そんな話ばかりで。」

 

無駄、か。

 

「わかりました。会長に伝えておきます。少々、新生徒会長の性格はお堅いようなので。」

 

 

「はい。お願いします。」

 

「まあ、仕事ですから。」

 

そう、校内の秩序を保ち、生徒の安全と自由を守るのが我々の仕事だ。国が学園に変わっただけ。そう考えるとやはり、風紀委員会のままでも良いのではないかと思えてくる。このまま学園の秩序を守りつつ、元の世界に戻る手筈を整えていく。そうしよう。

 

三船栞子は完璧であることを求める。彼女は組織の長として完璧だろう。結果を残し、いかに合理的にこの学園を発展させるか、生徒がどうすれば良い結果を残せるか、まさに生徒の、学園のために行動できる人間だ。だからこそ、遊び心が足りないのが玉に瑕だ。勿体ない。

 

 

彼女は一礼すると、風紀委員会室から出て行くのだった。

 

 

「ふぅ。三船栞子、惜しいな。君の天下は早くも揺らいできている。」

 

 

コンコンと再びノックの男がする。今日はやけに忙しい。

 

「どうぞ。」

 

入るよう再び促す。

 

「山上陸さん、いらっしゃいますか?」

 

物静かな綺麗な声が聞こえる。

 

「ええ。」

 

ガチャリとドアが開く。ポニーテールに水色の瞳が印象的な

 

「初めまして、ではありませんが。こんにちは。国際交流学科の桜坂しずくといいます。」

 

「お噂は兼ねがね。」

 

「では、私の言いたいことも、ここに来た理由も解りますよね?」

 

そんな挑戦的なことを言ってくる。

 

「さあ。生憎私は「忙しい、ですか?お得意の。」

 

「…」

 

「かすみさん、中須かすみさんです。昨日同好会に来た時震えてたんですよ。」

 

「寒かったのでは?この学園はクーラーがよく効きます。」

 

時計の秒針を刻む音がやけにはっきりと聞こえる。

 

「貴方と話をしたみたいで。」

 

「ええ。少しですが、私に言いたいことがあるとかで。」

 

「かすみさんに、何を言ったんですか?」

 

しずくの睨み付ける瞳が陸を捉える。だがまるで我関せずといった具合につまらなさそうにしずくの瞳を見返す。

 

「別に、特別嫌味やら何やらは言ってません。ただ、質問をしただけです。」

 

「質問?」

 

「ええ。貴女がいつもの見知った道を歩いているとしましょう。しかし突然、その道は無くなり、辺りの見知った風景も無くなる。まるで自分が、"別の世界"に飛ばされたのではないか?そう思えるような出来事が起こったとしましょう。」

 

 

「…何が、言いたいんですか?」

 

「もしそんな時、貴女は最後まで元の道に戻ろうと、抗うことができますか?」

 

 

質問の意味が解らない。いや、彼という存在そのものが、解らないのだ。故に答えは

 

「…解りません。」

 

「でしょうね。中須かすみさんも同じでした。」

 

陸は可笑しそうに目を細める。その可笑しそうな顔がどこか不気味で。

 

「いつまでも、その仮面が続く。そう思っているのだったら、私には無駄ですよ。」

 

「…」

 

彼の笑顔は演技だ。そう確信している。たまに演技でないような部分も見えるが、そこには感情と呼べるものはまるでない。彼は、山上陸は  

 

「山上さん、貴方は…」

 

それ以上はいけないのではないか?そう本能が警告する。言ってはいけないような、覗いてはならないものを覗いてしまうかもしれないような、そんな感覚を覚え、出かかった言葉を呑み込もうとする。しかし、好奇心がその警告を無視するかのように出かかった言葉を後押ししようとする。

 

これ以上はいけない。踏み込んではならない。そう脳が叫ぶ。

だが、言葉と好奇心は止まらない。

 

「山上さん、貴方は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        "誰"?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山上陸の瞳が大きく見開かれ、自分の身体が強張るのを感じる。気付けば彼女は壁に身体を預けていた。ブワッと全身から嫌な汗が吹き出し、毛が逆立つ感覚に襲われる。

 

 

「貴様、何を知ってる?」

 

 

「…ぇ…?ぁ、ぇ。」

 

山上陸の瞳だけが、桜坂しずくを鋭く睨み付けている。その瞳は、まるで人を殺すかのようだった。声が出ない。下半身から生暖かい物が出てきてしまうような、そんな感覚を覚えるが何とか堪える。

 

「お前、奴の知り合いか?」

 

奴?奴って何だ?分からない。ただ恐怖だけが今のしずくを支配している。ガチガチと歯がうまく噛み合わない。自分は今どんな顔をしているかも想像がつかない。胃の中がひっくり返りそうな感覚がする。気を抜けば全部吐き出してしまうのではないだろうか?ビリビリと肌が痛み、鳥肌が立つ。

 

終わりだ。何となくだがその感情がストンと腑に落ちる。私はここで終わるのだと。しかし、そんな苦しい感覚が不意に無くなり、そこには普段通り、無表情な彼が椅子に座っていた。先ほどまで心臓を鷲掴みされていたような感覚は嘘のように消えた。

 

「…どうです、完璧でしょう、私の演技は?」

 

 

「ふぇ?」

 

思わず気の抜けた声が出る。

 

「私は私ですよ。しかし、演劇部の桜坂しずくさんを怯えさせる。自分で言うのも何ですが、なかなかでは?とはいえ、そこまで怯えなくても。」

 

ズルズルと壁から身体が滑り落ち、思わずその場に力なくへたりこんでしまう。

 

彼の瞳は相変わらず濁っており、張り付いたような笑顔で手を差し出す。私はその手を力なく握り、立とうとするが腰が抜けてうまく立てずよろめいてしまう。そんな私に彼は椅子を用意して「暫く休んでいっても構いませんよ。」と言うが、私は結構ですと、壁を伝いながら部屋を出ていった。

 

「何、今の。」

 

あの顔は、あの瞳は本物だった。私を

 

 

 

 

 

      "殺す気"だった。

 

私は感じた、あれが。あれこそが、彼の隠している仮面の下、内側だったのではないかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ。」

 

しくじった。まるで俺の正体を知っているかのような問いかけに反応してしまった。

 

しかし、桜坂しずくの反応ですぐにあの問いが特別意味が無いことがわかった。あれは単なる好奇心だろう。

 

それにしても驚いた。うまく隠しているつもりだが、案外隠しきれていないものか。或いは、彼女の勘が良いのか、演劇部で鍛えられた賜物か。

 

「俺も、もう少し演技?の訓練をした方が良いか?」

 

怪しまれているのは事実だ。これ以上ミスは犯せない。衛は自分にそう強く言いきかせた。

 

これ以上余計な関係も増やしたくないと思ったとはいえ、少々怯えさせ過ぎた。これはこれでまた面倒に巻き込まれる。

 

陸は内心後悔をしながらインスタントコーヒーをカップに入れ、ポットからお湯を注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しずく、どうしたの?」

 

朝香果林は顔色の悪いしずくを見て心配した。少し演劇部の方を見てくると言って出ていき、同好会に戻ってきたらこれだ。

 

だが、なんとなく察した。

 

「山上陸に、会ったのね。」

 

「…はい。」

 

果林は勢いよく立ち上がる。恐らく彼の元へ行くつもりだろう。だが、そうはさせまいとしずくは腕を掴む。

 

「ど、どうしたのよ!?」

 

フルフルと首を横に振る。行ってはならない。そういう意味だ。

 

「ダメ、です。彼のことは、放っておくべきです。」

 

「何言ってるのよ?せつ菜、侑、かすみだけでなく貴女まで怯えさせて、黙ってろって言うの?」

 

「とにかく、抑えて下さい。それから、同好会の皆にも、彼には金輪際会わないようにと、伝えて下さい。」

 

しずくの縋るような顔と声に、果林は大人しく座り直す。

 

「はぁ。わかったわ。」

 

どこか納得できないといった表情で、果林は今後について考える。彼は目に余る。同好会全員で立ち向かうべきだ。しかし、そうなればせつ菜が心配だ。彼女は賛同するだろうか?いや、しないだろう。せつ菜は彼が好きだ、おそらくだが。いつもの好きではなく、1人の男性として。彼女の観る目のなさに同じ女性として心配になるが、好きになってしまったものは仕方無いだろう。彼女は今とても不安定だ。選挙で負け、スクールアイドルの活動が両親にバレ、喧嘩をしている。それだけならまだしも、家出まで。まあ、そこは侑に任せておけば大丈夫だろう。彼女は常に私達を良い方向へと導いてくれる。私は、いや私達は私達のできることをするだけだ。

 

同好会も今後どうなるか分からない。三船栞子から廃部の提案が出ていることも知っている。まだ、直接に話に来ていないが、いずれ来るだろう。

 

それでも

 

「私が守ってみせる。」

 

朝香果林はそう強く決意した。

 

「果林さん?」

 

どうやら思わず声に出してしまったみたいだ。

 

「何でも無いわ。大丈夫、心配無いわ。この先、何があっても、皆で頑張って戦いましょ?」

 

そう強くしずくに言い聞かせると、しずくはほんの少しホッとした顔で頷くのだった。そう、皆がいれば怖くなんて無い。これまでもこの10人で乗り越えてきたのだ。私達スクールアイドル同好会は無敵だ。自分にそう言い聞かせるように、果林はカップに紅茶を注ごうとする。

 

「…ッ。」

 

そこで、ほんの少し手が震えていることに気付く。今でも思い出す、あの男の不気味な気配を。果林はゆっくりと呼吸を整え、微笑みながら自分としずくの分も紅茶を淹れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ終わりにしたい。」

 

陸は面倒臭そうに、風紀委員会室でコーヒーを啜るのだった。

 

邪魔はさせない、誰であろうと。張り付いた笑顔は消え、その瞳で見えない敵を睨み付けている。

 

 

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