カリカリとペンを紙に走らせる音が部屋に響く。学園の新情報や、新ルール、新しい活動、問題行為等々、風紀委員会がある程度まとめ、生徒に情報を伝達を行ったり、学内に掲示したり、時には生徒に警告したりと仕事は山積みである。特に文字をまとめるのは面倒なのだ。流れるような迷いの無いその単純な作業を見るのはもう慣れた。その音も、しかし、その単純に見える作業が地味に手間がかかり、苦労することも知っている。デスクワークは俺の職場では基本幹部か何かしら係の就いた陸曹の作業であり、俺も経験があったためか、すぐに仕事に馴染め、今では風紀委員会の全員と同レベルか、自分で言うのもなんだが、少し上だろう。まあ、何が言いたいのかと言えば…
(慣れてきている。)そして(馴染んできている)
これは非常に危険な事態だ。まるで、自分がこの世界の住人の1人(いや、実際今はそうなってしまっているのだが。)みたいだ。よくもまあ、この世界の人間はこうも俺という異物を受け入れようとするものだ。相変わらず甘い。まあ、疑われ、俺の計画に支障や障害が出るよりはずっとマシなわけだが。
「ん?」
そこで奇妙なビラに目が行く。
「どうしたの、山上君?」
ジッとそのビラを見つめる。そこには
『生徒会より スクールアイドル同好会 停止について検討中のお知らせ』
と書いてあった。
「山上君?」
「…いえ、何でも。下らないクレームですよ。」
俺はその紙を取り
「少し用事ができました。」と言い、風紀委員会室を出るのだった。
スクールアイドルなど、この虹ヶ咲学園には不要である。以前、彼女たちの開催するスクールアイドルフェスティバルなる催し物を観た。確かにお客さんも、他校の生徒も、保護者の方々も楽しんでいた。だが、それ以上に多くの生徒が我慢しなければならなかったことも事実。たかが同好会1つの為にあれだけの人員を費やし、他校の生徒も招き入れ、他の同好会や部活動の活動時間を奪った。たった1日、されど1日だ。なにがあろうと時間は決して戻ることはない。彼女たちは、自分たちの我が儘の為に他の生徒達の貴重な1日を奪ったのだ。
三船栞子はそれがとても気に入らなかった。いや、それ以前に彼女は、スクールアイドルそのもの自体、あまり良い目で見ていなかった。
楽しんでいた者達はいた、それは認めよう。だが、それはあくまでも自己満足だ。彼女たちは、『皆の夢を叶える場所』と謳いスクールアイドルフェスティバルを行った。だが、それで本当に皆の夢は叶えられただろうか、または叶えられる気になっただろうか?答えは否だろう。本当に夢を叶えると謳いちいのならば、わざわざ学校を貸し切り、他の生徒の活動を停止させたりはしない、そんなことをするよりも、個人個人の練習時間をしっかりと与え、部活動や勉学に専念させる方がずっと合理的だ。彼女たちのライブは無駄な時間なのだ。要は自己満足、自分たちに酔いしれているだけだ。そうとしか思えない。
「はぁ。」
溜め息が溢れる。これで何度目だろうか。今日、同好会には直接話をしに行った。警告もした。しかし何だろうか、何か忘れている気がする。同好会以上に気を付けなければならない何か。杞憂で終われば良いが。同好会からは良い顔をされなかった。まあ、当然だろう。職権乱用だとか、横暴だとか。しかし、こちらにも言い分はある。スクールアイドルフェスティバルについては、私の意見の方がずっと正しい。
「スクールアイドルなど、この学園には不要です。」
最近、自分の噂を聞くようになった。それもあまり良い噂ではない。何故?私はこんなにも皆の為を思って活動しているのに
「中川会長の方が良かった。」とか「つまらなくなった。」とか、最近そんな噂を耳にするのだ。頭が痛い。彼女たちはわかっていないのだ、これから社会に出る上で彼女たちが最も効率良く成果や結果を出せるよう考えていることを。
コンコンと部屋がノックされる。
「はい。」
誰だろうか?
「失礼します。三船会長。」
ガチャりとドアが開き、その声を聞いた。ゾッとする。妙な汗が背中から垂れる感覚を覚える。そして気付いた。この男だと。忘れていた、山上陸という異物を。
「どうかなさいましたか?」
彼は一枚の紙を私に見せる。各委員会に同好会の活動を停止させると伝えた紙だ。
「それが何か。」
彼は私の眼をジッと見つめながら
「何か問題が?」
と聞く。これには少し驚いた。あの何事にも無関心であろう山上陸が、同好会の活動停止に疑問を持っていることに。勿論、他の委員会からも数人だが抗議にはきた。だが、彼が来るのは予想外だった。
「以前のスクールアイドルフェスティバル開催、これに少し思うところがあったので。」
と言うと、彼は「ああ、なるほど。」とどこか納得したように首を縦にふった。随分簡単に納得するな、と思っていると
「しかし、少々横暴では?」
「意外ですね。」
「何がです?」
相変わらず無表情のまま、彼は私を見ている。
「貴方が彼女達の味方をするとは。」
「心外ですね。」
彼はやれやれと首を横にふりながら「私は味方ではありませんよ。」と答える。
「私はただ、生徒の権利と自由、秩序を維持する風紀委員会として、貴女に警告をしにきただけです。」
「スクールアイドルフェスティバルは良かったのですか?」
「あれは生徒も教員も同意の上です。」
「全員ですか?全校生徒、この虹ヶ咲学園全員が賛同したのですか?」
そう、全員が全員賛同したわけではないはずだ。少なくとも私は反対だった。すると彼は少し可笑しそうに
「民主主義万歳ですね。」
と答える。要は多数決で決まったのだから仕方ないと言いたいのだろう。
「…」
これには悔しいが言い返せない。世の中時には数がものを言うのだ。
「とはいえ、確かにあのスクールアイドルフェスティバルという催し物が面白く無いと思う方々もいたでしょう。貴女の言いたいことが分からない訳ではありません。」
「はあ。」
「ですから、ここで1つ提案があります。」
突然彼からそう持ちかけられる。
「何ですか?」
「アンケートですよ。スクールアイドル同好会が活動を停止すべきか、今後も続けて良いか。委員会だけでなく、文字通りこの学園全員を対象に。どうです?」
「…」
「悪くない提案だと思うのですが。勿論、公正に。結果は不正の無いよう、生徒会長ご自身と、貴女の信頼できる方々で調べて構いません、貴女は不正ができるようなズルい人間では無いでしょう?」
確かに公正だ。声の力は強い。これで活動停止について反対が大多数であれば、私も彼女達に対して扱いをもう少し変える必要があるかもしれない。
「8割が続けて欲しいと言えば、認めましょう。」
彼は両手を挙げ「これは手厳しい。」と少しおどけながら「では失礼します、寛大な生徒会長。」と挨拶をして帰るのだった。
「相変わらず、不気味な方ですね。」
栞子はドアの向こうを悔しそうに睨むのだった。
生徒会室のドアを開ける。
うまくいったな。非常に単純だが実に効果的だ。あのスクールアイドルフェスティバル以来、彼女達の人気はうなぎ登り、ファンクラブまでできているのも知っている。8割はかたいだろう。欲を言えば7割で勘弁して欲しかったが、まあ、上手くやるだろう。
そんなことを考えながら風紀委員会室に戻ろうとすると、目の前から瑠璃色の髪色が特徴的なあの少女がやってくる。
ちょうど良い、か。
「あら、奇遇ね。山上陸君。」
彼女、朝香果林はこちらを睨みながら挨拶してきた。
彼女もまた、三船栞子に抗議をしようと生徒会室に向かっていた。こんなことが許されて良いはずがない。これは職権乱用だ。彼女の言い分はわかるが、それ以上に彼女自身の私念を強く感じていた。だからこそ抗議し、考え直して貰わなければならない。自分たちの大切な場所を奪わせはしない。
そう考え、生徒会室に向かう途中で彼に出会った。だが、今は彼に構っている暇はない。彼とは後でゆっくりと話をする。しずくには止められていたが、やはりこのまま黙っているわけにはいかない。三船栞子と話し合った後で、彼とはじっくりと話し合う。
「おや、朝香果林さん。スクールアイドル同好会についての抗議ですか?」
そう話す彼にイライラしつつも、
「今は君と話し合ってる暇は無いの、後でゆっくりとしずくを怯えさせたことについて色々聞かせて貰うわ。」
「そうですか。」
彼はどこか可笑しそうに果林を見つめる。眼を細めた笑顔の奥の瞳は相変わらず真っ黒く濁ってみえる。それが不気味でそそくさと生徒会室に入っていった。
「せっかちな女だ。」
そう呟くと、陸は風紀委員会室へと再び足を運ぶのだった。
生徒会室から戻ると、時刻は午後5時30分をまわっていた。 夕日が傾き出している。再び机に向き合い、単純作業の繰り返し。紙に纏め、それをパソコンに打ち直す。面倒だ。
そんなことを考えていると、コンコンとノックの音が響き、委員長が出る。そして、
「山上君、お客さんよ。」
と声をかけられた。誰だかは大方予想できる。
ゆっくりと腰を上げ、部屋の外に出る。そこにはやはり、朝香果林が立っていた。
「随分早かったですね。」
そう喋りかける。あくまでも温厚に。
「どういうこと?」
「なにがです?」
突如そんなことを言われる。
「三船栞子にした提案よ。」
そこで合点がいった。彼女はどうやら俺がスクールアイドル同好会に手を貸したことに驚いたらしい。
「ああ。良い提案でしょう?悪くないはずですが。問題でも?」
「貴方、何を考えているの?」
「…ここは目立ちますし、場所を変えましょう。」
俺はゆっくりと、朝香果林を校舎の裏に誘導するのだった。
朝香果林は勘が良い。非常に厄介な存在だ。できれば関り合いたくない人物だが、その根性の強さは認めてやろう。そうこなければ面白く無い。それでこそやり合いがあるというものだ。
「さて。ここまで連れてきて、私をどうするつもり?」
「心外ですね。私が貴女に何かするとでも?」
彼女は「どうだか?」と怪しみながらこちらを睨んでいる。
「さて、先ほどの質問ですが。私としては風紀委員会として仕事をしたにすぎません。それだけです。」
「そう。別にそれは問題じゃないわ。まあ、貴方が何を企んでいるのか知らないけど。これで侑やにしたことや、せつ菜に対する発言がチャラになるとは思わないことね。」
「別に。」
「だから?」と言わんばかりの反応に手が出そうになるのをグッと堪える。
「ふぅ~。なら、しずくについては?」
深呼吸をし、怒りを抑える。
「挑発をしてきたので、少々こちらもと、お返しを。」
「挑発?」
「ええ。」
しずくが?あの子がそんなことをするとは思えないが。
「本当に?」
「本人に自覚があるかはわかりませんがね。」
つまり、彼の癇に障るようなことを言ったのだろう。普段から無表情、たまにイライラしているような雰囲気は出すものの、比較的何も感じ無さそうな彼にも、逆鱗となるポイントがあるのだろうか。
「貴方は何を考えているの?」
「さあ、何でしょう?」
やはり目の前の男は不気味だ。何を考えているのかが全く読めない。理解ができないのだ。そんな私の心を見透かすように彼は「別に理解する必要はありませんよ。」と呟く。
なんとなくだが、その瞳はほんの少しだが寂しさを持っているような気がして
「貴方は何者なの?」
「ただの生徒ですが?」
その答えに釈然としない。いや、わかっているのだが、なんだか生徒というには雰囲気が変なのだ。そう
まるで、彼と私達では住む"世界が違う"ような。そんな不思議な感じ。
「せっかくですから、貴女に1つ質問しましょう。」
「何かしら?」
奇妙な質問だった。
「貴女は悪夢を見る。いつもと変わらぬ風景、いつもと変わらぬ景色。しかし、貴女の知っている物は何一つ無い。学校も、番組も、友人も家族も誰もいない。貴女はそんな場所で、いつまで独りで抗えますか?」
「へ?」
「では、私は仕事が残っていますので。」
奇妙で寂しい余韻が果林を包み、陸はそのまま風紀委員会室へと戻っていこうとする。
「どういう、意味?」
すると彼はピタリと足を止め、ゆっくりと果林の方に向き直る。その姿は、普段の制服とは何処か違った服装で、迷彩色のどこか物々しい雰囲気を醸し出した男が立っているように見えた。
「大した意味はありませんよ。失礼。」
彼は会釈をすると再び歩き出すのだった。その姿はやはり、制服姿のいつもと変わらぬ山上陸という男そのものだった。
「…今の、何?」
果林は眼を擦るが、やはり迷彩色の服など彼は着ていない。まるで狐に摘ままれた気分だ。
果林は疲れているのだと自分に言い聞かせ、同好会へと戻るのだった。が
「あら?同好会って、どっちに行けば良かったのかしら?」
彼女が同好会に無事戻れたのは、それからしばらくしてのことだったとか。