迷える狼/New Front line   作:筋肉バカ

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戦士の時間

心臓が高鳴る。バクバクと今にも破裂しそうだ。この緊張感、恐怖と興奮、ある種の高揚感が同時に押し寄せてくるような不思議な気持ち。戦いの感覚。この気持ち、君たちには理解できるだろうか?君たちで例えるなら、ライブを行う時はこんな感覚なのかもしれない。まあ、あくまでも俺の予想だが。それなりの恐怖も苦しみも乗り越えてきた。だが、やはり戦いの前というのは少し緊張するものだ。例え相手が何であれ。

 

「借りは返す主義だ。」

 

今俺は、自分でも理解し難いことをしている。何故こんなことをしているのか、どうでもいいことだ。これは俺の誇りなんだ。この行動に対する理由も論理もどうでもいい、今の俺は

 

「いや、私は…。」

 

陸山衛ではない。

 

「虹ヶ咲学園風紀委員 山上陸だ。」

 

それが私の今この場に立つ理由だ。ただそれだけのことだ。

 

 

 

 

 

 

 

~数時間前

 

 

三船栞子の説得から数週間経った。スクールアイドル同好会は無事活動を継続できるらしい。全くヒヤヒヤしたものだ。しかし、今日も天気が悪い。どんよりとした曇り空が気分をより暗くする。ただでさえ気分は落ち込んでいるというのに。

 

この世界にきて何ヵ月だ?もうどのくらい時間が経ったのかさえわからなくなってきた。相変わらず風紀委員での仕事は面倒で、パソコンと資料に睨めっこの日々。退屈なほど平和な世界。災害も無ければ戦争も無い(まあ、あっても困るが)。

 

あの人間擬きはいつになったら仕掛けてくるのだろうか?戦う準備は充分とは言えないが、殺るつもりならいつでも殺ってやろう。まあ、ここまで惨敗なのでそんな強気な気持ちでも説得力は無いだろうが。ただ

 

「せめて気持ちだけでも、お前には勝つ。」

 

そう自分に言い聞かせる。気持ちで負ければそれは完全な敗北を意味する。せめて、気持ちだけでも。一矢報いる?悪足掻き?どちらでも良い。例えこの戦いで山上陸の肉体が滅んだとしても、陸山衛としての誇りだけは守り続けていきたい。奴に見せつけてやる、陸山衛は決して敗北せず、この世界に屈することはないと。

 

「ふぅ。」

 

資料を読み終え、次の仕事へと移る。ふと新しい留学生がやってくるという手紙を見つけた。

 

「香港からか。ご苦労なことだ。」

 

香港ということは、中国の存在もあるのだろう。まあ、スイス人の留学生もいることだし、世界各国は存在しているだろう。軍事面はどうなっているか、存在しているのかはわからないが。

 

ゆっくりと身体を伸ばし、軽くストレッチをする。

 

「ずっと椅子に座りっぱなしというのも、なかなかに疲れるな。」

 

思えばたしかに仕事で椅子に座り、パソコンに向かう日もあったが、どちらかというと山に行き、身体を動かす方が多かった。慣れないことは疲れる。これも新しい教訓、学習だ。

 

「少し、外の空気でも吸うか。」

 

風紀委員会室の扉を開け、学園内を見渡す。ザワザワとした空気に今は少し滅入ってしまう。今日は1人で静かに、ゆっくりと外の空気に当たりたいのだ。これで外が晴れていれば最高なのだが、やはり現実そう上手くはいかないようで、窓から見える空は相変わらず曇っている。腕時計を確認し、まだ17時になって30分も経っていないことに気づく。

 

「まだ時間はあるな。」

 

完全下校の時刻は19時までだ。

 

焦る必要はない。今日、風紀委員は休みなのだ。個人的に仕事を早めに終わらせ、この世界の歴史について調べるために残っているのだ。まさに今日、風紀委員は恐らく俺1人。調べものをするには好都合だ。

 

残り1時間30分強。残りの仕事量を考えれば約20分で終わる。最低30分は図書館で調べものをしたい。風紀委員会室から正門までは約5分。そうなると…

 

20~30分か

 

「屋上にでも行くか。」

 

まあ、屋上の鍵が開いていればの話だ。

 

 

階段を上がり、屋上を目指す。コツコツと階段から鳴る足音が小気味良い。

 

屋上なんて普通は鍵がかかっていて、教員以外は出入りが自由にできないようになっている。しかしそれは俺の世界での話だ。自殺やら安全性やら、詳しくは学校関係の人間ではないのでよくわからないが、そういった理由で屋上の鍵は基本管理されている。だが、

 

「この世界は、どうだろうか?」

 

なんとなく甘いこの世界ならば、屋上は案外開放されているかもしれない、なんて…ちょっとした好奇心もある。屋上に出る扉に手を掛ける。

 

ガチャリ。とそのドアは拍子抜けするほど素直に開いた。

 

思わず「フ。」と鼻で笑ってしまう。

 

「甘いな、相変わらず。」

 

俺の世界とは少し違うな、なんて。もしかしたら俺の世界でも、屋上が開放されている学校があるかもしれないため、一概に甘いとも言いきれないかもしれないが。

 

扉を開けると、曇りのためか少し冷えた空気が身体を包み込む。肌寒いその感覚がどこか心地良い。

 

「はぁ。」

 

溜め息かが溢れる。ホッと一息か、これから先のことを考えた不安からか。

 

目を軽く揉み、深呼吸をしながら固まった身体を伸ばしてほぐす。

 

思えば何故自衛官なんかになったのだろうか。辛くて辞めたいとかそう思ったことは何度かある。演習もただ疲れる、何か有事があれば休暇や休みは台無しになる。良いことなんか数える程度だ。国民からもあまり良い目では見られない(まあ、最近は変わってきたが)。

 

正直な話、なんとなく入った。やりたいことも特に無く、なんとなくだ。別に愛国心が全く無いと言えば嘘になるが、そこまで強いわけでもなく。武器が好きとか、銃を撃ちたいとか、そんなことを思ったわけでもない。入ったらいつの間にかずっと働いていた。恐らく性に合っていたのだろう。向いていたのかはわからないが。

 

制服のポケットを探ると、入隊したときから使っていた迷彩色のハンカチが手に触れる。これとも長い付き合いだ。

 

「ここでタバコでも吸えれば、最高なんだかな。」

 

そう自嘲気味に呟く。そんなこと、できるわけないだろうと。ただなんとなく習慣が出てしまっただけだ。あまりにも雰囲気が出ていたので、タバコを探ってしまった、ただそれだけだ。

 

「そう、それだけだ。。」

 

寂しいな。

 

そんなことを思っていると

 

「陸さん!?」

 

ああ、君は全く。タイミングが悪いな。

 

優木せつ菜。見慣れた少女がそこにいた。

 

「何をしているんです?」

 

「それはこっちの台詞ですよ。」

 

そんな質問から、ちょっとした会話が始まる。別に彼女との会話が嫌いなわけじゃない。寧ろ楽しい。しかしそれではいけないのだ。彼女と会話をする。ただそれだけで、この世界の甘さに引きずり込まれ、溺れてしまうような、そんな気がするのだ。だから会話は必要最低限にしたい。

 

「息抜きですよ。貴女は?」

 

だがそれでも、やはり心の何処かで寂しさを埋めたい、孤独を紛らわせたい自分がいる。俺は弱い。恐らく自分で思っているよりもずっと弱いのだ。教育も、レンジャーも、仲間がいたから乗り越えられた。1人では不可能なことも、仲間や中隊がいるからやってこれた。だがこの世界はどうだ?頼りになる仲間どころか、自衛官1人いないではないか。孤独だ。彼女と会話をするたびに己の弱さが涌き出てくるようで

 

「私は~、え~っと…い、息抜きです!」

 

そう元気よく答える彼女は、何処か吹っ切れたような笑顔だった。

 

「何か良いことでも?」

 

俺がそう問うと

 

「ええ、そうですね!」

 

力強い返事に、その真っ直ぐな瞳が羨ましい。俺は君みたいに綺麗にはなれない。

 

「そうですか。それは何よりですね。」

 

そう微笑みかける。

 

「それにしても、久しぶりに会いましたね。」

 

彼女は嬉しそうにそう言ってくる。

 

「ええ。最近は忙しかったので。」

 

そう答えると

 

「三船さんに、私達の活動について抗議して下さったと果林さんから聞きました。」

 

朝香果林め、俺のことを喋ったな。

 

「ありがとうございます!」

 

彼女が頭を下げる。

 

「仕事ですから。」

 

そうとも、君たちに活動停止されては困る。

 

「やはり、私は果林さん達の言っていることは間違っていると思います。」

 

彼女はボソッとそう呟く。

 

「陸さんは悪い人ではありません。なのに何故皆さんは陸さんのことを信用してくれないのでしょうか?」

 

彼女はそう悔しそうに問いかけてくる。自問自答なのか、俺に聞いているのか。まあ、自問自答だろう。そんなことを俺に聞かれても困るだけだ。しかし

 

「それは、私が悪い人間だからですよ。」

 

これだけは言えるだろう。

 

その返答に彼女は顔をポカンとさせ、すぐにキッと睨みつけてくる。

 

「何故そんなことを言うんですか!確かに、しずくさんを脅したり、侑さんに心無い言葉をかけたと聞いた時は驚きました。でも!陸さんは生徒会長選挙の時、私を応援してくれました!私の後悔を黙って聞いてくれました!スクールアイドルフェスティバルも、一生懸命計画を遅くまで練ってくれていたのも知っています!他の皆さんが見ていなくても、陸さんが助けてくれたことを私は見ているんです!他の誰よりも、誰よりも私が知っているんです!」

 

 

「…。」

 

彼女の力強い言葉が続けられる。

 

「陸さんの言葉も、教えてくれたことも、私の心に残っています。だから、そんな哀しいこと言わないで下さい。」

 

「…私が何者かもわからないのに、何故そこまで信頼するのです?」

 

意地の悪い質問だ。

 

「確かに、私は貴女のことを知りません。何を隠しているのかも、何を考えているのかも。それでも、貴方は…少なくとも、私を助けてくれました。貴方にその自覚が無くても、私は貴方に助けて貰ってるんです。」

 

ニコリと優しく微笑みかける彼女の顔はとても慈愛に満ちていて、なんとなくだが心が穏やかな気分になる。俺は君を助けた覚えも、自覚も無い。ただ利用しているだけだというのに。どこまでも純粋な彼女の言葉に思わず笑ってしまいそうになる。

 

「そうですか。」

 

「はい!」

 

不思議だな、君は。

 

「陸さん!」

 

彼女に再度名前を呼ばれる。

 

「なんですか?」

 

彼女は目一杯の笑顔でハッキリとこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大好きです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…。」

 

そう言った彼女の頬は若干赤みがかっていて。その意味がただのlikeではないことを理解する。いや、知っていたかもしれない、君の気持ちを。何処でかはわからないが、気付いていた。無意識にだが。

 

 

 

だからこそ無理だ。俺には応えられない。俺はいないんだよ。山上陸はこの世界に存在しないんだ。言っても信じられないだろうが。

 

 

 

「あ!えっと、そ、その!あのですね!今のはその!言葉の綾というか!そ、その!わ、忘れて下さい!!!」

 

彼女は顔をみるみる真っ赤にしてそう訂正してきた。

 

「今日は少し暑いですからね。」

 

「うぅぅ~///」

 

茹でダコのようになる彼女に年相応だなと感じる。これが青春というやつか。なんて冷静に分析する自分は、やはり人の心が無いのだろうか?

 

「ところで。」

 

「は!ひゃいっ!」

 

噛んだ。まるで漫画のようだ。典型的でベタな噛みかたが微笑ましい。

 

「良いこととは?」

 

だいぶ時間が経ったが、興味が少し湧いた。ちょっとした告白を受けたからか、何故かはわからないが。もしかしたら彼女に興味が湧いたのかもしれない。

 

 

「ほぇ?へ?あ、え~っですね。」

 

 

彼女は話してくれた。両親にスクールアイドル活動を否定されたこと、辞めるよう言われ、喧嘩になったこと。家出をしてまだ帰っていないこと。

 

「でも、侑さんに言われて気付いたんです。論理的にだけでなく、私の気持ちも正直にぶつけた方が良いと!」

 

「成る程、それは良いアイディアです。」

 

今彼女の両親は、娘が家出したことに驚いているだろう。つまり僅かだが動揺し、心に隙ができている状態、そこで自分の気持ちを伝えれば確実に落ちるだろう。

 

とはいえ、この世界にもそんな親がいるとは驚きだな。てっきり、寛大な人間が多いと思っていたが。そういえば、以前彼女は両親が厳しいと言っていたが、ここまで面倒だったとは。

 

 

時計を確認すると、既に時刻は18時30分を示していた。しくじったな。残りの仕事は明日に回そう。

 

「ご両親には、いつ気持ちを伝えるのです?」

 

「明日、電話で。そして!私達のライブに来て貰います!」

 

「ライブに?」

 

「はい!勿論、三船さんには許可を取りましたよ!そこで、私の『大好き』を2人にぶつけたいと思います!」

 

意外だな、三船栞子が許可を出すとは。以前のアンケートと同じ戦法でも使ったのだろうか?数の力とは偉大だな。それとも、彼女自身に何か思う所でもあったのだろうか?まあ、どうでもいいことか。

 

「そうですか、では頑張って下さい。貴女の気持ちが無事伝わるよう祈っています。」

 

俺はそう言い、屋上から立ち去った。

 

「はい!陸さんも!是非観に来て下さいね!待ってますから!」

 

彼女のそんな言葉を背に聞きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。」

 

『大好きです!』

 

告白なんで、もう何十年もされていない。まあ、応えるつもりは無いが、このまま放置というのも、知らんぷりというのも。

 

「後味が悪いな。」

 

 

正直悪い気はしない。彼女との会話は楽しい。ただ俺はこの世界の人間では無いし、なんなら彼女を元の世界に戻るための道具として利用しているだけだ。つまり、彼女を『好きか?』と聞かれれば『さあ。』という感想しか出てこない。面倒な置き土産を残してくれたものだ。

 

 

それにしても、彼女は無事両親を説得できるだろうか?もし仮に説得できないとしたら非常に面倒だ。そうなる前に予め彼女の両親には流されやすくなって貰おうか。

 

それに

 

「借りは返す主義だ。」

 

元の世界に戻るためには彼女達が必要だ。俺の予想ではだが。利用するだけ利用してあとは用なしというほど俺も人でなしではない。その分の協力は惜しまない。自分のために。それに

 

「娘の自由に耳を傾けず、自分の意見を押し付けるというのは、気に入らない。」

 

そうとも、彼女の両親は正しいのだろう、娘を愛しているのだろう。それは分かる。勉強ができるようになって欲しい、真面目に頑張って欲しい。良いところに就職して欲しい。大いに結構だ。だが、やり方が気に食わない。大人が子供の自由を奪って良いことなどない。例えそれが親だとしても。彼女にも権利がある。その権利を、自由を奪うことは誰にもできないのだ。

 

 

つまり

 

 

「生徒の自由と権利を守るのは、私の仕事だ。」

 

ここからは大人の、戦士の時間だ。

 

彼女の家は大まか予想できる。俺は学校を出ると、拠点とは違う方向へと足を進めた。

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