何処だ、ここは?
長く歩いていた気がする。それも、俺の拠点とは正反対の場所に。"頭が痛い"。酷い頭痛がする。この感覚、なんとなく覚えている気がする。中川菜々と学園の屋上で話したところまではなんとなく覚えている。だが、そこからが朧気なのだ。曖昧な感覚。まるで雲の上に浮かんでいるような、見えない霧に視界を遮られたような、そんな奇妙な感覚ぎする。
「俺は、"何を"している?」
自問自答だ。周りからみれば俺は気味が悪いだろう。大きなマンションの前に立ち、頭を抱えながら止まっている。目的は何だ?何をしようとしていた?
やけに冷えた風が俺の身体を包み込む。ああ、あいつか。ようやくお出ましというわけか。
「…ここで決着、というわけか?」
そいつは俺の前に蜃気楼のように姿を現す。
『…』
「黙りか。神様ってのは、随分コミュニケーションが難しいらしい。」
煽るようにそいつに話しかける。だが、そいつは微動だにしない。なんとなくだがイライラとしてくる。
「何なんだ?」
苛立たしさを隠さず、俺はつっかかる。どうせこいつが姿を現している時、周りの時間は止まっている。原理などわからないが、これまでの経験上確かな情報だ。
奴はニヤリと嫌な笑みを浮かべ、ようやく口を開く。
『1人は孤独か?』
意味のわからない質問に、思わず首を傾げる。何を言っているんだ、こいつは?
「どういう意味だ?」
そいつは『ククク』と可笑しそうに笑いながら言う。
『意味も何も、自分でわかっているのでは?』
目を細めながら『この場所にきたのだから。』と不愉快な笑い声とともに。
「ここは何処だ?」
『わかっているだろう?彼女、中川菜々のマンションだ。部屋の番号も教えようか?』
中川菜々の家?何故そんな場所に?そう考えていると、ズキズキと再び頭痛に襲われる。
「っ痛ぇ!何なんだッ!」
まるでこの感覚は。そう、以前見た夢で感じた感覚と同じだ。あの痛みに似ている。まるで自分が自分で無くなるような、書き換えられるような、頭に無理矢理無いものを叩き込まれるような不快な痛み。
『うむ、まだ不完全か、山上陸。』
そいつはニヤケた顔から一転、俺の反応を見て不愉快そうに顔を歪める。
『優木せつ菜、中川菜々に告白を受けた。だが君はそれに対し何の反応もしていない。まあ、そこは計算の内だ。しかし、ここまで来て未だに抵抗するとは、これは予想外だな。』
「…ッ!…何言ってるッ!?」
痛みに耐えながらそいつを睨み付ける。計算外?なんの話だ?
『君の仕事は、生徒の自由と権利を守ることだ。違うかね?』
「…ッ…それは、風紀委員会としての仕事だっ!今の俺には関係無いだろッ!」
『完成は近いはずだったのに、惜しいな。』
「は?だからさっきから、意味が、わからないなッ!」
バギギンッッッ!という炸裂音がマンションの前で響く。
手に手慣れた小銃が握られていた。
『ッ!往生際が悪いなッ!』
火薬の匂いと軽い耳鳴りがする。そいつは更に不愉快そうに顔を歪め、弾丸を防いでいた。
やはりダメか。
「チッ。」と軽くお互いに舌打ちをする。
だが奇妙だ。銃はあるが、服装が虹ヶ咲の制服の"まま"なのだ。
「どうなってる?」
俺は身体を見回すが、戦闘服や自衛隊らしい物品など小銃意外に見当たらない。奇妙な変化に少しばかり焦る。
今までは、彼女達のライブが行われている時か、こいつとやり合う時には元の姿に戻れていた。しかし、今は違う。何故か"戻らない"。
『まあでも、馴染んできてはいるのか。』
俺の様子を見てか、そいつの不快そうな顔が僅かに和らぐ。どこか満足しかけている、といったところか。
「何が起きてる?」
『自分でも気づいていないのか?そうだな、簡単に言えば、君がこの世界に馴染んできている、とでも言おうかな。』
俺が?この世界に?馬鹿馬鹿しい。俺は元の世界に帰る。こんなクソみたいな世界とは『本当にそうか?』
「…何が言いたい?」
『本当は楽しいんじゃないか?この世界にもう少しいたい、ここで暮らしても良いんじゃないか、そう思いはじめてるんじゃないか?』
「…」
『中川菜々に告白されて、本当は満更でも無いのだろう?君がここに無意識に来たのは、君が彼女を助けたい…いや、正確に言えば、手を貸してより良く見られたい。彼女をより早く手に入れたい、そう思ったからなのでは?』
ニヤニヤとさも可笑しそうに笑いながらそう問いかける。
『欲しいんだろう?中川菜々が。彼女の愛が、彼女の笑顔が、彼女の身体が、全てが。欲しくなったんだろう、山上陸?』
『だから君は、陸山衛を一時的に捨てたんだ。でなければ、彼女の家など来れるはずがない。彼にはそんな設定など存在しないのだから。だが、山上陸ならば来れる。彼はこの世界で彼女達にモテモテだからな。』
設定?俺に来れなくて、山上陸なら来れる?意味のわからない言葉が羅列され、脳の処理が追い付かない。
俺はただ、質問をするか、黙って聞くことしかできない。
「意味が、わからない。」
『そうだろうとも。君は無意識だ。無意識に、陸山衛から、山上陸になろうとしている。まあ、性格は私が創造したものよりかなり違うが。本当に驚いたよ。初めて君をこの世界に呼んだ時から、君は予想外の連続だ。上原歩夢との関係も無くなるし、中川菜々との本格的な交流は彼女がスクールアイドル同好会に加入後という遅さ。他のメンバーからの印象が悪い。なんだったら同好会に入部どころか、交流すらほぼゼロ!まったく無茶苦茶なんだよ、君はさぁ!』
そいつは徐々に口調を荒くしはじめる。まるで子供の駄々のように、以前までの威厳が少し薄れるように。
『大体さぁ!こういう展開なら分かるだろ!皆喜んでさ?欲望のままに可愛いアイドル達を手篭めにしたり、ハーレム作ったり、全員可愛いんだけど、その中で1人選んで純愛とか恋愛展開にしてみたりさぁ!皆そういうのを求めてるんだよ!それを何だ君は!?ボディタッチも、ラッキースケベも無し!話しかけられれば数文字しか喋らないし!励ましの言葉のセンスも悪い!女の子との関わり方もセンス無し!まるで機械みたいに!全然そういう展開にならないじゃないか!』
ハァハァと息を荒げ、コホンと一度咳き込みをして冷静さを取り戻している。
『君はこの世界に向いていない、そう思った。人選ミスだと。だから、陸山衛を殺し、山上陸として造り直そうかと思ったが、優木せつ菜に対する君の対応を見て気が変わった。君は優木せつ菜に惹かれていった。わかっているんだろう、自分でも。』
「確かに、その通りかもな。だが、それはそれだ。」
『そういうのが、本当にムカつくんだよ。君はさぁ!』
再びそいつは声を荒げた。なんだか不思議とこいつから威厳は感じられなくなっていた。なんだ、ただの我が儘なガキじゃないか。なんだ設定って?なんだ、そういうのって?なんだ、純愛とか恋愛とかって?
「どうでもいいんだよ。そういうの。」
そう答えると、俺の服装はいつの間にか戦闘服へと戻っていた。
『…ッ。ホントムカつくよね。君みたいな"転生者"?っていうんだっけ?いや、死んでないから違うか。まあいいや、とりあえず、君みたいな奴はみたことないよ。ほとんど皆こういう展開を受け入れて、楽しんで欲望の赴くままに過ごしているというのに。』
ヤレヤレと首を横にふる姿に腹が立つ。
「他の連中など知ったことか。俺は俺のやるべきことをする。帰るべき場所に帰る。居るべき場所に戻る。ただそれだけだ。それが、他の連中やお前に理解されなくともな。」
『ふ~。あと一押しだったのに。まあでも、ここで中川菜々の両親への説得を手伝うシナリオが実行されたとしても、君はまた抗うよね、この運命に。この世界に。』
「当然だ。おれは陸上自衛隊第1普通科連隊所属 陸山衛2等陸曹。それが俺の立ち、戦い続ける理由だ。…いや、そんな理由は後付けだ。俺は陸山衛だ、山上陸じゃない。それだけだ。」
『まあ、良いよ。君は負ける。私には勝てないよ。』
「わからんぞ。お前からして、俺は予想外だらけ。例外中の例外らしいからな。」
ニヤリと不敵な笑みをみせつける。こうすれば、相手は更に逆上して冷静さを欠くかもしれない。そうなれば僅かに勝算が上がるかもしれない。
しかし、いざやり合おうと覚悟を決めたところで、奴から放たれたのは想定外の言葉だった。
『じゃあ、良いよ。今回は特別に私ではない相手と戦ってもらおうかな。1回限定の特別マッチ、この世界の君であるはずの存在、山上陸と。』
「どういう意味だ?」
『そのままだよ。一対一のデスマッチなんて、どうだい?この世界に存在できるのはただ1人。陸山衛か、山上陸か。さあ、君はどうする?』
奴のそんな言葉を聞くと同時に更に頭痛が激しくなる。やがて俺は意識を失った。
いつからだろう?"僕"が僕で無くなったような気がしたのは。そこは何だかわからない世界だった。
ある日僕は自然に目が覚めた。おかしいな、昨日は夜遅くまでスクールアイドルについて調べものをしてけっこう夜更かししたはずなのに。まるで今まで規則正しい生活をしていたように、染み付いているように朝6時に起きた。
何だろう?まるで知らない"世界"だ。変だな。周りには迷彩柄の服を着た怖そうな人達がいっぱいいて、沢山危ない物を持ってる。
意識がゆっくりと落ちていく不思議な感覚がする。
気がつくと次は暗い森の中にいた。寝心地の悪い小さな折り畳みっぽいベッド?で寝てる。凄い身体が痛い。起き上がって見るとテントみたいな所で寝ていたみたいだ。キャンプでもしてたのかな?なんだか物凄く怖い感じがする。
遠くでパンパンッ!と何かが弾ける音がすると、僕は冷静に近くにあった銃を取ってテントの外に出た。何でだろ?玩具の銃なんて触ったこと無いのに。でも、玩具の銃ってこんなに重いんだ。とても怖いはずなのに、凄い冷静になっている。僕、どうしちゃったんだろ?
土が掘られてる穴の中に僕は身体を入れて外を見ている。何をしてるんだろ?まるで、何かから隠れて見張ってるみたいに、顔をちょっとだけ出して外を見てる。なんでか身体は自然に動いている。僕、どうなっちゃってるの?「おい。」僕、今夢を見てるのかな?「おい。」ここ、何処?「おい!」ん?誰かに呼ばれてる?「おい、起きろ!」
僕は誰かに身体を揺すられ、飛び起きる。
「ヒャッ!」
目が覚めると真っ白な空間に、さっき夢でみた迷彩柄の服を着たおじさんが立っていた。本当に夢でみたまんまの姿に驚いてしまう。
「お前が山上陸?」
おじさんが僕の名前を呼ぶ。
「は、はい。そうです。」
怖そうな顔が更に怖くなる。
「お前に恨みは無いが、俺のために死んでくれ。」
おじさんはそう言いながら銃を僕に向ける。
「ちょっと!おじさん!危ないよ!痛いって聞くもん!」
僕はそう抗議する。BB弾?だっけ。当たると凄い痛いってどこかで聞いたらことがある。
そう抗議すると、おじさんは顔をちょっと難しそうに歪めながら首を傾げた。
「痛い?まあ、確かに痛いだろうが、痛いなんてもんじゃないと思うぞ?」
おじさんは困惑したように言うと、少し溜め息をついて考え事をしていた。しかし、何か大切なことを忘れている気がする。そう凄く大事なこと。おじさんの顔もどこかで見覚えがある。そう、まるでしばらく一緒だったような。
「あの~、おじさん。僕のこと…いや、とこかで会いましたっけ?」
するとおじさんは少し考え
「ああ、多分な。」
と答えてきた。
なんだろう。不思議な人だ。まるで"他人"とは思えないような。一緒にどこかで過ごしていたような。そんな感覚。
「ゥッ!」
ズキズキと頭が痛む。
「おい、大丈夫か?」
おじさんが心配して近寄ってくる。
なんだか忘れていたことを思い出しそうな気がする。頭痛と共に今までの記憶が濁流のように押し寄せてくるような感覚に気持ちが悪くなってくる。
「おぇッ!」
思わずむせてしまう。その背中をおじさんは優しく慣れた手つきでさすってくれる。その手は大きくて、なんだか温もりを感じた。
グルグルと頭の中で記憶が回っているような感覚がする。ズキズキと頭痛が激しく、吐き気もより強く込み上げてくる。
「ゥグゥッ!…うッ。うぅっ!せ、せつ菜…ちゃん?」
僕がその名前を発した瞬間、おじさんのさする手が止まる。
と、同時に今までしてきたことを思い出し、ハッとする。そうだ、僕にはまだやるべきことがあるんだった!
僕はおじさんから素早く身体を転がしながら距離を取る。
そうだ、このおじさんはスクールアイドル同好会?という人達に酷いことを言ったんだ。同好会の人だけじゃない。優木せつ菜ちゃんにも酷いことをしてる。道具みたいに見てるんだ!
「おじさん、僕にはやることがあるんだ。」
「知ってる。」
おじさんは淡々と答える。
「優木せつ菜、もとい中川菜々の両親に説得だろ?彼女のスクールアイドル活動を続けさせるように、と。」
僕は力強く頷く。
「まあ、君が何をしようが自由、と言いたいところだが、状況が状況でね。諦めてくれないか?」
「嫌だ!」
せつ菜ちゃんの邪魔はさせない。例え相手が誰であっても。そう、それが例え両親であっても。せつ菜ちゃんの「大好き」を奪う権利は無いんだ。
「君の気持ちには賛成だ。例え両親であろうと、子供の自由を自分勝手な理由で奪う道理は無い。まあその思いが同調してしまい、中川菜々宅まで足を無意識に運んだんだろうが。」
おじさんは再び淡々と今の状況を整理しているように見えた。
「だが、ガキだな。」
「へ?」
「考えがガキだ。他人の家庭事情に他者が介入、つまり首を突っ込む道理も無い。こういうのは、本人が解決すべき問題だ。君の問題じゃない。」
「で、でも!そのせいでせつ菜ちゃんがスクールアイドルできなくなったら?」
するとおじさんは「確かにそれも困るな。だが、そうなったらそうなったらで、別の策を立てるはずだ。俺達が手を貸す義理はない。」と続けた。でも
「しかしまあ、借りは返すべきだろうがな。そういう考えも、同調したんだろう。」
「彼女達には色々と借りがあるからな。まあ、だからあの時、無意識に手を貸そうと考えたのかもな。」としみじみとおじさんは語る。
「今日が勝負の日でなければ、手を貸してやったんだがな。」
今日はおじさんにとって大切な日になってしまったらしい。そうだ、おじさんがじえいたい?とかいう場所に帰れるかもしれないのかな?
「じゃあ放っといてよ。」
「そういうわけにはいかない。」
「早くじえいたい?に帰れば良いじゃん?」
するとおじさんは可笑しそうに笑いながら。「流石にあの神擬きとのやりとりは記憶に無いのか。」と言うと
「俺が自衛隊に帰れる条件は、君と戦うことだ。まあ、戦って勝っても、2回戦があるだろうがな。」
「つまり」
おじさんは再び顔を怖くする。
「おじさんが帰るには、君に物凄く痛い目に遭ってもらわなきゃならないのさ。」
そう喋るおじさんの目は、なんだか哀しそうだった。
だったら僕は
「何してる?」
僕は両手を上に挙げた。
「早く痛くして。それで帰れるかもしれないんでしょ?」
おじさんはその行動に驚いたのか、目を丸くしていたが、やがて口を開いてこう言った。
「死ぬぞ?」
死ぬ?
「まさか君は?そうか、そうだった。この世界に銃はあっても人が殺せるとはわからないか。」
おじさんは再び哀しそうな顔をしながら銃を僕の方に向けるのをやめた。
「やめた。」
おじさんはそういう。
「でも、帰れなくなっちゃうよ?」
僕は心配でそういう。でもおじさんはヘラヘラと笑いながら
「さあ?方法が他にもあるかもしれないぞ?」
と言う。まるで自分は大丈夫だと言わんばかりの自信。
「なんでやめたの?」
「嫌になった。こんなことして元の世界に戻っても、誇れないなって思ったのさ。今までは必死で、そういうことは考えられなかったが、冷静に見て最悪だ。例え世界が違えど、国民を犠牲に戻るなんて…。」
「おじさん。そんなことないよ。おじさんは、僕が苦しんでるとき、背中を優しくさすってくれたよ!」
「でも、君に銃を向けた。殺そうとした。それに、夢の中とはいえ、俺は一度人を殺してる。俺は悪人さ。自分のために、人を殺した。自衛官失格だな。」
自嘲気味にそう呟くおじさんから、さっきまでの力強さと自信は感じられなくなってしまった。
「だから思ったんだ、もし仮に元の世界に帰れなかったとしても、おじさんはおじさんとして生きていこうって。でも、今こうして…いや、なんでもない。君が気にするこじゃない。これは俺の問題だ。」
その背中は凄い寂しそうだった。
「ねえおじさん?」
「ん?」
「じゃあもう一度やり直そうよ。一緒に。」
「やり直す?」
「うん。夢の中では人を殺めちゃったけど、その人は本当は生きてるんでしょ?」
「ああ。」
「じゃあ、その人の為に何かしてあげたら?悪いなって思いは消えないかもしれないけど、ちょっとは楽になるかも?」
「…」
不思議なガキだ。俺とは違う、この世界の山上陸という青年。弱々しく、覇気のない奴だ。だが、不思議と嫌な気分にはならない、どこか癒されるようなそんな優しい雰囲気を纏っている。俺のしてきたことは、こいつの記憶としてそのまま流れ込んだようだ。突然こいつが、嘔吐した時には驚いたが、優木せつ菜の名前が出た瞬間に察しがついた。まあ、全部が全部こいつの記憶として入ったわけではなさそうだが。つまり同調している部分とそうでない部分があるようだ。同好会に手を貸している時の記憶は、こいつと同調しているらしいが、例えば同好会と敵対している時などは、俺がどうやら勝手にやっていことになっている(まあ、実際そうなのだが。)。つまり、俺と山上陸、2つの存在があるということ、二重人格?というやつなのか?いや、それともまた違うのか。少なくとも、この世界に山上陸という存在は確かにあったということだ(まあ実際、俺、陸山衛の性質の方が強かったようだが。)。しかし、俺とは別の記憶もあるようだ。例えば、何故かこいつは中川菜々の家を知っている。まあこれは、神擬きの言っていた設定というやつなのだろう。よくわからないが。欠損したり付いていたり、共用できていたり、随分とザルだ。
しかし、こいつと喋っていると、ほんの少し気が狂う。優木せつ菜とはまた違う意味でやりにくい。思わず俺の後悔を話してしまった。
夢の中とはいえ、俺は上原歩夢を殺した。その感覚は今でも脳に残っている。全ては元の世界に戻るため。夢とはいえ、俺は罪のない命にてをかけたのだ。別の世界だからと、元の世界に戻るためだと言い訳をして。誇れることではないとわかっているのに。
だから罰が当たり戻れなかったとしても、俺は俺として生きていこうとも考えた。甘えた考えを。甘えた言い訳をしようとした。本当は怖いのだ。もしあの神擬きに負け、元の世界に戻れなかったとしたら。考えただけでも怖い。だから言い訳が欲しかった。その言い訳に使おうとしたのだ。民間人を殺した。もはや自衛官ではない。戻る価値がなかったのだと。罰があたったのだと。戻っても誇れなかっただろうと。
そいつは言った
「じゃあもう一度やり直そうよ。一緒に。」
優しくそう微笑みかけた。銃を向けた相手に、殺そうとした相手に。
なんで
「やり直す?」
思わずそう聞き直した。
「うん。夢の中では人を殺めちゃったけど、その人は本当は生きてるんでしょ?」
確かに最もだ。
「ああ。」
「じゃあ、その人の為に何かしてあげたら?悪いなって思いは消えないかもしれないけど、ちょっとは楽になるかも?」
そいつとの関係は最悪だぞ?
「…」
「ねえ、どうかな?」
そうだな…
どうせ元の世界に戻るなら
「胸を張って帰りたいなぁ。」
「おじさん?」
陸が俺を不思議そうに見上げる。
「…良いアイデアだ。そうだな、やはり借りは返さないとな。」
「…?」
「陸、中川菜々の部屋はわかるか?」
「うん!」
陸は嬉しそうに、それでいて力強く頷いた。上等だ。なら、その思いには応えてやらないとな。
「なら行くか。面倒だがな。」
そう答えると、再び俺の意識は暗転していった。そうだ、何を弱気になっていたのだろうか?俺は帰る。何があろうともこの世界から抜け出してみせる。運命?設定?クソ喰らえだ。俺は陸山衛。ただの自衛官だ。欠けていた何か大事なパーツが一つ埋まったような、そんな感覚がする。意識が闇に落ちていく。だが不思議と恐怖は無い。
「今の俺は
独りじゃない。」
『目覚めはどうかな?』
ビュンッ!と風を切る音がする。見ればそいつの頬が僅かに切られていることに気がついた。
目の前の男は銃剣を握り構えている。
『…決まったようだね。』
「まあな。」
『じゃあ、殺ろうか?』
衛は少し考え、口を開いた。
「まあ焦るなよ。明日、決着ってのはどうだ?」
『どういうことだい?』
「少しこの世界で用事があってな、そいつを最後に済ませておこうと思ってな。」
『君…どっちだ?』
不愉快そうに顔をしかめる。
「お前に関係無いだろ?」
衛は煽るように言う。
『…まあ良い。お望み通り、明日君 陸山衛を殺してやるよ。』
「…ああ。首を洗って待ってるさ。」
フワリとそいつは目の前から消える。
「さあ始めよう。ここからは"私"の最後の仕事の時間だ。」
山上陸/陸山衛は最後の仕事へと向かった。
そうとも、借りは返す主義なんだ。
僕/山上陸
俺/陸山衛
私/山上陸であり、陸山衛でもある。(若干 陸山衛が強め)。