カタカタとパソコンの音が生徒会室に響く。時刻はもう放課後、生徒会の部屋に立っている青年に生徒会メンバー全員の目が向く。当然彼女、中川菜々自身も。
「…何か?」
青年、山上 陸は「問題でも?」と言いたげに菜々を真っ直ぐ見据え、他のメンバーを横目で見る。
「いえ、山上さんは風紀委員に入ることを希望するということでよろしいですか?」
「ええ。」と陸は短い返事をする。
「風紀委員に入る理由を聞かせて頂いても?」
そう問うと、彼は再び菜々を見ながら答えた。
「規律と秩序の維持はいかなる組織にも不可欠です。私を始め、いずれ他の男子生徒も入る可能性があります。ならば、今のうちに男子が入った際の規律…ルールや扱い、その他諸々変わっていく部分を決めた方が楽でしょう?男子にしかわからないこともありますし。」
一理ある。真当な理由だ。確かに新しい受け入れが始まっている。現に山上陸という存在がそれを証明している。
虹ケ咲学園に大きな変化をもたらしていることに違いはないだろう、だが…
「もう少し考えさせて下さい。」
突然の異物を歯車の一部に入れてしまっても良いのだろうか?そんな思いが菜々にはあった。スクールアイドル『優木せつ菜』を辞めるという重い決断をし、憂鬱な日々が続き、また少し問題が起きる。最近は疲れることが多い。特に彼という存在の扱いに。
「構いませんが、返答はお早めにお願いしますね。生徒会長。」
笑いながらそう答える彼。正直言ってしまえば不気味だ。男性とは父親と『せつ菜』であるときに学校やステージに来たファンくらいしか関わったことがない。この男は奇妙だ。それが彼女の印象。彼には申し訳ないし、失礼だということも承知している。だが何だろうか?この違和感は。まるで雲を掴んでいるような、何か得体の知れない塊に話しかけているような…違和感だ。父親とも、ファンとも、この学校の生徒達とも違う違和感が彼にはあった。
「ところで。」
そんなことを考えているうちに、彼は再び話しかける。
「何でしょう?」
「生徒会、それだけで足りてるんですか?」
メンバーと私自身を見ながらそう問う。
「ええ、問題ありませんが。」
確かに学校の規模に比べ、生徒会の人数は少ない気がする。だが特に困っているとも思っていない。
「そうですか…。私は少ないと思いますが。」
そう言い、彼は続ける。
「生徒の人数、学科、クラブ活動や委員会の多さ。それを取りまとめるには少ない気がしますね。まあ、そこは会長にお任せしますが。」
何が言いたいのか、何となく察した気がする。
「貴方、本当は風紀委員ではなく生徒会に入りたいのでは?」
ズバリ。とでも言いたげに彼は軽く頷く。
「いきなり転校生、しかも初の男子生徒が生徒会という学校を仕切る組織に突然入りたい。と宣言するのは難しいとおもいまして。ならば生徒会に近い風紀委員である程度信頼を勝ち取り、そこからアプローチしようかとおもったのですが…」
彼は「バレましたか。」と軽く頭を掻く。
そうだ。この違和感、まるで少し年上と話しているような、先生と話しているような感覚だ。そう、何とも言いにくいが、彼は年下なのに少し"上"なのだ。まるで自分達よりも多くのことを経験している、そんな感じがする。
「生徒会の話は難しいですね。申し訳ありませんが、急に男子生徒を入れるには対応がまだ…」
できれば、生徒の意思を尊重したい。それが菜々として、せつ菜としての本来の意思。だが彼は何か別な気がした。気味の悪い何かが彼にはある。そう本能が警告している気がした。彼の狙いは何だろうか?何か思惑があるのではないか?疑念は尽きない。
「でしょうね。風紀委員の話は前向きに考えて頂けると幸いです。生徒会は…まあ、無理ならば諦めますよ。」
そう答え、彼は生徒会室から出て行った。
「やはり、彼はどうも気味が悪いですね。」
彼女にしては珍しく、人を悪い印象で見ていた…いや、見てしまっていた。校内放送が鳴り、自分とせつ菜が呼ばれたのは、ちょうどそれから少し経った頃だった。
校内を歩いていると、やたらと視線が気になる。当然か。自分はたった1人の男子生徒なのだから。良い噂、悪い噂。どちらがたっているのか?少なくとも良い目では見られていなさそうだ。特にあの生徒会長からは…
「あの生徒会長、ずっと俺を疑っているな。とにかく、元の場所に戻るヒントが必要だ。手紙には『歯車を回す時だ』と書いていた。学校の大きな歯車と言えば生徒会か教師や学園長…そして俺は生徒の1人…。」
手紙と自身の経験、知識、勘を総動員させ、鍵となる何かを探す。候補は2つ。
「生徒会か、学園長か…。」
学園長を攻めるにはまだ早い。まず、この学校をある程度知り、中枢に潜り込まなければ。
「生徒という役職から、国全体や国家は相手ではないはずだ。巨大な学校だが、国相手に喧嘩などするわけがない。」
ここ数日ずっとヒントや情報を探し続けていた。疲労も溜まり、うっかり気を抜けば寝てしまいそうだ。まあ、仕事の性質上2、3日まともに眠れないことがあるので、そう考えると「たまにあることか。」程度で済む話だ。
鍵はこの学校にある。それは確信を持って言えるだろう。何故なら自分は、国会議員でも、公務員でもなく、ただの虹ケ咲学園の生徒なのだから。
急がなければならない。そう思い、焦りが積もっていく。精神的にも肉体的にも疲ていた。最近は疲れることが多い。そう考えながら校内を歩く。校内放送で生徒会長と誰かもう1人が呼び出されている。せつ菜なる生徒はまだしも…
「生徒会長直々にお呼び出しがかかるとは、なんというか威厳と立場が無いな。」
そう思いながら外に出る。あいにくの曇り空だ。
「天気も気分も最低だな。」
しばらくぼんやりと空を眺めて立つ。すると、何やら付近が騒がしくなっていることに気づいた。
「…何だ?」
歓声が聞こえ、歌声が聴こえる。
「…そういえば、この学校にもいるのか、スクールアイドルが?」
まあアイドルなどどうでもいいことだ。とにかく元の場所に帰る。それ以外はどうでもいい。
歓声が上がり、歌声の方をちらりと見る。どうでもいいが、やはり騒がしいと気になってしまうものだ。
「…ん?なんだ?」
目を2~3度擦る。確かにステージが校舎から見えている。
「あんな場所、この学校にあったか?」
おかしい。あんな場所この学校には無かった気がするのだが。水や炎が噴き出す特殊ステージ。金持ち学校は違うな。などというレベルではない。
すると右腕に違和感を少し感じ、ちらりと見る
「…………!?」
いつの間にか制服の右腕部分が見慣れた仕事着に、ほんの一瞬だが見えた気がした。いつもの見慣れた、誇りと勇気、頼もしさを思わせる力強さを示したその服へ。一度驚き、瞬きをすると、それは白い普通の学生服へと変わっていた。
視線を歓声の上がっている方へ再び向けると、そこにはステージなど何も無く。ただ校舎の屋上で制服姿の少女が拳を強く突き上げ、歌っているだけだった。妙だな、制服で踊っていただろうか?赤っぽい衣装を着ていた気がしたんだが。
「………疲れてるのか?」
軽く目を揉み、彼は家へと帰る。
家へと戻り椅子にどっかりと腰を鎮める。
「ふぅ〜。」
今日もまた疲れる1日だった。そんなことを思いながら。
目を閉じ、今日起きたことを反芻する。
「何なんだ…?」
もう一度制服を見るが、何も変化はない。
やはり疲れか?それにしては妙に肌触りがリアルだった。それに
「あのステージ、実際には無かった。だが確かに見えた気がしたんだが。」
これが
「この世界の…鍵………なのか?」
ヒラりと手紙が机に落ちた。もう慣れたことだ。
開くとそこには
拝啓】ー居場所は見つけたかなー
とだけ書かれていた。
「居場所?ここには無いだろ。俺の大切な物も、愛した物も、好きな物も、ここには何一つ無い。」
手紙を丸めゴミ箱に捨てると、彼は暫く眠りについた。