哀れな一匹の狼よ。君は選ばれた神の牙だ。
プロローグ 懐かしい夢/理想の世界
狩り殺せ、迷える狼よ。
ただひたすらに血に飢え、戦いに飢え、自身の運命を呪った哀れな牙よ。
酷い頭痛がする。夢を見た。この世界と似ているが、どこか違うひどく不愉快で、気味の悪い世界だった。
そこは誰もが笑顔で…いや、なんだか甘くて蝕まれそうな世界だった。よく覚えてはいない。ただ不愉快で、気分が悪くて仕方なかった。クソだ。
「すくーる、あいどる。」
ふとそんな単語がポツリと出てきた。
「どうかしました?」
部下の若い3曹が俺にそう問いかけてくる。
いかんな、警戒に集中しなければ。
今俺は、演習場にいる。模擬的な戦場に。狩るか狩られるか、今あるのはそれだけだ。それだけで充分。俺は戦うことでしか生きられない。そう思い込んでいる。なんとなくだが。
「いや、なんでもない。」
「また変な夢見たんですか、陸山2曹?」
去年まで陸士長だった彼も、今や立派な陸曹だ。なんだか彼らの成長していく姿をみるのは随分楽しいものだ。感慨深いというか、なんというか。以前も彼にそんな心配をかけた気がする。あの時は、少しおどおどしていて、頼りなかったが、今はなんだか頼もしい。
「なんでもないって言ってるだろ。集中しろ。今日は斥候が入ってくるかもしれない。MMで運幹が演習場入ってからすぐ状況開始だって言われたろ?」
「確かにそうっすね。あと1時間の辛抱ですか~。」
彼はため息をつきながら小銃を敵方に向け、ゆっくり辺りを見回す。
「別に銃は構えてなくて良いよ。近くに置いとけ。勿論、すぐ取れるようにしとけよ。」
「了解。」
彼が銃を近くに置くのを見て、俺も身体から負い紐を外して銃を自分の近くに置く。
「タバコ良いっすか?」なんて彼は冗談交じりに言ってくる
「ダメだ。」
「え~、IQOSですし、煙は空き缶で隠しますよ?」
そう言って彼はブラックテープでぐるぐる巻きにされたコーヒー缶を懐から取り出す。
「匂いでバレる。」
「ま、確かにそうかもしれないっすね。」
彼は残念そうに缶と電子タバコをしまう。
「にしても、静かだな~。」
深夜の森、暗視装置を覗きすぎて痛めた目を労るため、少し目から外す。
辺りは真っ暗で、まるで闇に飲み込まれそうになる。不気味だが、俺の性にあってる。
暗い。僕には何も無い。いや、失くしてしまったのかも。
真っ暗な部屋で天井から揺れるロープを見ながらそう思う。やけに孤独だった。昔からってわけじゃない。どこから、いつから変わってしまったのかなんてわからない。いや、変わったんじゃなくて気づいただけかも。
誰も僕を理解してくれない…いや、できないんだ。だからこうなっちゃうのは仕方のないことだ。
「なんか疲れちゃったよ。」
パソコンの机の上に飾ってあるお気に入りのフィギュアにボソッとそう呟く。
「あ~ぁ、アニケ咲も終わっちゃったしな~。」
お気に入りのアニメも終わってしまった。まあ、ゲームは続おてるけど、なんかちょっと物足りない。
なんだか嫌なことが多くて疲れた。虹ガクのアニメがやってた時は、そのために頑張れたけど、それも終わって尚更嫌気がさした。別に今の人生が苦痛なわけじゃない。いや、もしかしたら苦痛かも。だってこれから先不安しかないもの。進路もあるし、就職活動だってあるし。勉強は苦手だし。なんだかこの世界は自分が生きるのにちょっと苦しいかも。だから天井からロープを垂らしてみた。別に死にたいわけじゃない。死ぬ勇気なんてたぶん無いし。だからただ垂らしただけ、たぶん首をかけても自分の体重なんて支えられないだろう。だってロープの先端なんてガムテープで天井に固定してるだけだし。ただの気分だよ。だって怖いもの。でも、この世界にこのままいるのもなんだか怖くて、壊れそうで、嫌になる。なんで皆あんな普通な顔して暮らせてるんだろう?なんで父さんと母さんは働けてるんだろ?だって、自分の人生の半分以上を仕事ってやつに費やしてるんだよ?
確かに金がないとどうにもならないけど。好きなアニメのグッズも買えないし、ご飯だって食べられない。
「はぁ、マジ人生とかクソゲーだよ。」
軽く舌打ちしながら歩夢ちゃんのフィギュアをみつめる。
「あ~あ、あの世界だったら、きっと毎日楽しいんだほうな~。」
望むのはあの世界。アニメ ラブライブの世界。さらに欲をかくなら推しである歩夢ちゃんのいる虹ケ咲の世界に行ってみたい。
「な~んて、あり得ないでしょ。」
自嘲気味にそう言いながら僕は布団にくるまった。
明日なんて、来なければ良いのに。
「交代です。」
夜間、自分たちの陣地から警戒の2人が歩いてきた。
「頼むよ。」
彼らに異常無しの報告をして、天幕へと戻る。
タイマーを2時間後に設定し、ゆっくりと寝袋に入る。
「じゃ、2時間後に。」
「了解」
「寝坊するなよ。」なんて少し煽る。
「そんな、自分もう陸士のペーペーじゃないんですよ。」
彼は少し笑いながらそう答える。
俺も彼にあわせて少し笑うと、ゆっくり瞼を閉じた。
さて、次も頑張るかな。
チュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえ、僕は目を覚ます。
ふわっとした味噌汁の香りが自分の部屋に入りこむ。母さんの作る味噌汁とは少し違う、なんだかよくわからないが、いつもと違う香り。
パタパタと階段を上る音が聞こえる。
階段?僕の家、階段なんてあったっけ?
ガバッと起き、辺りを見回す。
「無い?無い!?」
パソコンが無い?それだけじゃない!
机の上を確認すると、歩夢ちゃんのお気に入りのフィギュアが消えていた。
え?あれ?どうなってる?捨てられた?
思考が停止しようとしている。頭の中が真っ白になる。すると
「駆く~ん?起きてる?」
聞き慣れた声がする。でも変だ。この声?
ガチャっと部屋の扉が開けられる。
「へ?」
そこにいたのは、
「歩夢…ちゃん?」
これは夢?まだ僕は寝てるのかな?
軽くほっぺをつねってみる。
「痛っ!」
痛い。普通に痛い。
「ちょっとなにしてるの?自分のほっぺたなんかつねって。痛いに決まってるよ~。」
彼女は僕の近くに寄ると、つねったほっぺたを軽く擦ってくれる。
あ!めっちゃ良い匂い。なんていうか、癒される。天に召されてしまう!まさに天使!大天使歩夢様だ~!!!
「あ、えと、その!」
僕があたふたしていると、彼女は「ん?どーしたの?」とニコニコと問いかけてくる。
あ~、もう、死んでも良い!
「さ、急いで朝ごはん食べないと、学校遅刻しちゃうよ?侑ちゃんも待ってるし。」
彼女はそう言い僕の手を引っ張る。
ちょっと待って!全然脳ミソがついていかないんですけど!これは何!?夢!?あ~もう!夢なら覚めないで欲しい!歩夢ちゃん手めっちゃ暖かい!もう!この天然湯タンポちゃん!
僕は、歩夢ちゃんに手を引かれ、下に降りて朝ごはんを食べに行くのだった。
太陽の香り?
ゆっくりと瞼を開けると、眩しい太陽光が目に入り、無理矢理脳を覚醒させてくる。
「夢か?」
おかしい。俺は今演習場にいる。それに仮眠もさっき入ったばかり。寝過ごしていたとすれば、バディの3曹が起こしてバカにしてくるはず。そもそもアラームは?
俺は戦闘服の胸ポケットに仕舞っているスマホを探るが。
「ん?」
無い?いや、それどころか戦闘服が無い。
ズキズキと頭が痛む。なんだか、前にも同じことがあったような気がする。
「ッ。」
軽く舌打ちをする。
不愉快だ。そして不気味だ。クソみたいだ。
俺は
「なんのつもりだ?」
何もない空間にそう鋭く質問した。まるで、敵に対峙するように、まるで憎い相手を威嚇するように。
そうだ。俺は知ってるぞ、この感覚を。
お前を。
『久しいな。』
金色の瞳が不気味なアイツが出てくる。憎いやつだ。ムカつくやつだ。
「殺してやるぞ。」
手にはいつの間にか小銃が握られていた。
『相変わらず、凄まじい精神力だ。』
感心感心と手を叩く。
「もう終いだったはずだろ。なんだ、今更契約破棄か?」
そうだ。俺はかつてこの世界から出た。こいつを倒して。いや、運良くなんとかなった。
背中に冷や汗が伝う。こいつに同じ手が通用するとは思わない。だが、ここからまた戻るにはこいつを再び。
そう考えていると。
『別に今回は君に危害を加えるつもりも、人生を邪魔するつもりも全く無い。』
そう答える。
「なら、何の用だ?」
ソイツは少し目を細め、考えるように呟く。
『僕としても非常に不本意だが、君の力を借りたい。』
「断る。」
ふざけてるのか?また異世界に飛ばしやがって、何が面白い?散々な目に遭ったのはお前のせいだぞ。どの面下げて力を貸して欲しいとかほざいてやがる。
「てめぇのケツはてめぇで持ちな。それに、俺よりあんたの方がよっぽど力があるだろ?」
『僕はあくまでも観測する方だ。巻き込みはすれど、直接の介入などほとんどできない。』
「それで、何が目的だ?」
『先程も言ったが、力を借りたい。この世界、少しばかり不愉快なことになってね。まあ、僕の同業だろうけど。そいつが送り出した者が少しやり過ぎで、目に余るようでね。』
話がみえない。
「待て、俺はお前達の事情など知らないし、ましてや意味がわからない。つまり、俺に何をさせたいんだ?」
そいつは目を開き、少しため息をつくと。
『君に、ある人物を元の世界へと送り返して欲しい。』
そんな訳のわからない依頼をしてきた。
「勿論タダとは言わない。元の世界に戻すのは勿論、また一つ君の願いを叶えよう。』
おそらく、断ってもこの世界からは出れない。
「敵の情報は?」
『話が早くて助かる。君と同じ男だ。』
「それだけか?」
男なんてごまんといるぞ。…いや、もしこの世界が前と同じなら
『それだけで充分のはずだ。』
なるほどな。
中川菜々、再び彼女と合間みえるというのか。不愉快だな。
『それと、彼には気を付けろ。君と違い、彼は少し特別だ。』
ソイツはそんな引っ掛かることを言ってくる。
「特別?どういう意味だ?」
ソイツは少し鋭い目つきになると
『いずれ解る。不愉快だがな。』
そう言い、蜃気楼のように消えた。
とにもかくにも、またあの学園に潜り込むのか。実にクソだな。
俺は布団から起き上がると、洗面をして再びあの忌々しい制服に袖を通すのだった。
狼よ。精強なる狩人よ。さあ、存分に狩りを楽しみたまえ。