夢見の悪くなりそうなひと悶着にただ頭が痛くなる。 陸山衛は頭を抑えながら、難しそうにため息をつく。
自分がこれから行うことが、本当に正しいことだろうか?彼 夢尾駆はこの世界に居ることを、残ることを望んでいる。元の世界の居場所などないと…そうとれるような言動が目立っていた。彼は自分の世界を拒絶しているのだ。
「俺とは真逆だな。」
思わずフンと鼻で嗤う。別に彼を馬鹿にしたからではない。ただ、あの場で正しい判断を、どんな言葉を投げ掛ければいいか解らなかった自分を嘲笑いたくなる。 誰もが満たされた人生を送るわけではない。そんなことは自分自身も痛いほどわかっている。完璧などない。絶対もない。ただ生きている。そして誰もが闘っている。当然逃げる人間もいるだろう。
自分はどんな脅威にも立ち向かえると信じている。勿論、逃げ出したくなるようなことも沢山あった。だが、それを乗り越えてきた。全て自分や仲間、部下や上官達の力を借りて。
かつて、この世界に飛ばされた時、クソみたいな現実から何度逃げ出したくなっただろうか。そう、彼は兵士だ。ただの兵士、戦士の1人。何ら特別なわけではない。彼は超人でも無ければ無敵でもない。完璧なんてない。他の人よりも少し、ほんの数秒間勇敢になれる、我慢ができる方法を身につけただけだ。ただ、酷いモノに、場所に、環境に、民間人より慣れてしまっただけだ。 だが、その慣れのおかげで戦えた。待ってくれてる存在を、世界を感じただけで立ち向かえた。あとは全力で自分の力を振るっただけ。それだけ。 そこに幸運も加わっただろう。 そして
「優木せつ菜。」
彼女の存在もほんの僅かに力に加わっていた可能性がある。彼女は強かった。もし、自分が彼女と年齢が近ければ、もしかしたら惚れていたかもしれない。恋愛とか性行為がしたいとか、そういう感情だけではない、なんというか、少し憧れてしまっていたのかもしれない。羨ましかったのかもしれない。敬意を感じたのかもしれない。 だから、彼女と喋りすぎるとペースが乱れる。今考えれば、それが彼女に抱く自分の素直な感情なのかもしれない。 あんな風に
「もっと…強くなりてぇな。」 なんて
まだまだ未熟だなと思う。彼女と喋ると、自分が少し小さく感じてしまった。だから乱される。だから関わりたくない、できるだけ。 自分の弱さが見えてしまうのが、小ささを感じてしまうのが腹立たしいから。
さて、明日からどうしたものだろうか?なんて考えながら拠点へと戻る。夕暮れ時で部屋が薄暗いので電気を点けると、机の上にブラックニッカの瓶が置かれているのが目にはいる。 今回の演習で、終わったら宴会で呑もうと思い近所のスーパーで買ったやつだ。
「なんでこんなとこに?」
ニッカの瓶を取り、しげしげと見つめる。琥珀色の酒が少しトプンと音を立て、瓶の中に酒が入っていることを確認する。こんな芸当ができるのは、他にいるまい。
「祝勝会なら、少し早いぞ?」
何もない空間にそう呼びかけると、やはりリビングの机の近くにヤツが蜃気楼のように現れる。
『餞別だ。』
「未成年だぞ?」
俺がそう言うと、ヤツは心外かのように少しおどけて両手をわざとらしく挙げ
『君がそんな律儀なことを言うとは。』と煽るように言ってくる。 なんだかそんな様子に腹が立つ。
「で、良いのか?」
そう聞くと、ヤツは懐からグラスを1つ出し、更にグラスの中に綺麗にカットされた氷が1つ入る。 カランッと小気味の良い音が静かな部屋に響く。
「…ロックで。」
ヤツは何も言わず、酒を注ぐ。
俺は酒の入ったグラスを受けとると、一気に飲み干しグラスをヤツの前に置く。
ウィスキーで喉が少し熱くなる。俺が飲み終わったのを確認すると、ヤツは再び酒をグラスに注いだ。
「あんまり注ぐな、元の世界で無くなってたら宴会が味気無くなる。」
俺は二杯目を口につけ、今度は一口ずつ味わうように飲む。まあ、別に味わうほどの酒でもないが。
『考え事か?』
ヤツからそんな言葉がでてくる。
「心を覗けるんなら、俺が何考えてるかわかるだろ?」
『それはしない。』
思ってもみない言葉だ。
「なんだ?気味悪いな。前みたいにクソみたいな監視やら俺の心を見るやら好きにしないのか?」
『君はそれを望まないだろ? これは僕から君に対しての敬意だ。好きにさせて貰おう。』
ヤツもヤツなりに考えていることがあるらしい。
「酒くれるってのは、随分羽振りが良い。嬉しくて色々疑いたくなるな。」
なにか裏があるのか?と俺は疑う。当然だ。ヤツがこんなことを無償でするわけがない。
『君が考えているようなことはない。今回は君頼りなんだ、これくらいの報償は当たり前だ。』
なるほど。ゴマすりってことか。
「ところで、聞きたいことがある。」
『なんだね?』
そう。色々気になることは多いが、どうしても聞いておきたいことがある。
「俺がこの世界で、万が一夢尾駆を元の世界に戻せなかったら…敗けたら俺は、この世界はどうなる?」
『フム…』
ヤツは少し難しそうに目を細め、顎に手を当てて考えている。そんなに複雑なことになるのだろうか?
『わからない。』
なんだそりゃ?
『わからないが、少なくとも君という存在は消えてしまう可能性がある。運が良ければ、元の世界に戻れるかもしれないが、わからない。この世界もまた、どんな結末を迎えるやら…』
「なら、わからないなら別にあの男を放っておいても良いだろ。ただ俺にリスクがあるだけじゃないか。」
『それはできない。今はまだ安定しているが、いずれ歪みができる。だからカウンターとして君を置いているのだ。』
カウンター?今は?
「つまり、まだ夢尾駆は脅威じゃない…ってことか?」
『まだ…な。』
どういうことだ? これからあいつを中心に何か起きるってことか?
「これからどうなる?」
『それは僕の口からは言えない。言えば、世界のバランスが乱れる。』
ま、そう簡単には教えてくれないか。
「とりあえず、結論から言えば説得は無理だった。交渉は決裂、この世界の数少ない男仲間とはクソみたいなお別れをしてしまったよ。」
『なら、強硬手段になるな?』
「…今はだ。俺が判断する。彼が間違いを犯すのであれば、俺は止める。」
『つまり、彼が世界を乱すまで黙って見守る…と?』
「…。」
そう。彼がいつ行動?いや、何かを起こすのだろうか?まるでわからない。今日?明日?1週間、1ヶ月、1年?下手すればこの世界で俺がくたばるまでずっと? 確かに、いつまでもこの世界にいるわけにはいかない。俺には存在すべき世界がある。待ってい者達がいる。それを蔑ろにするわけにはいかない。だが、だからといって彼をこの世界から無理矢理消すことも果たして正しいことなのだろうか? 彼はこの世界が自分の居るべき場所だと言っていた。居場所がある。待ってくれている人がいる、愛する者がいると。 彼を元の世界に戻して、彼に何が残るだろうか? 彼は失った穴を埋めることができるのか? もし、埋められなければ、今度こそ自ら命を絶とうとしかねない。それではこの世界から彼を連れ戻した意味がない。
彼を連れ戻した、俺は元の居場所へ戻る。あとは彼自身に任せて勝手にしてくれ。そんな無責任な終わりで良いのだろうか?
彼を叩きのめし、戻したとして、それで何になる? 確かに俺が元の世界に戻るには彼を元の居場所に戻す必要があるのだろう。だが、そんなことは俺のエゴだ。ただの自分勝手。そんな終わりが誇れるのだろうか?戦士として、兵士としてそれが最適な解なのだろうか?
『あまり妙なことは考えない方が良い。身体と心に悪いぞ。』
「誰のせいだと?」
ヤツはひとつため息をつくと
『とにかく、回収は早めに頼む。』と言い残し消えていった。
俺は残った酒を再び一気に飲み干して、グラスを机に戻した。
「ッ。郵便物じゃねぇんだぞ。」
俺はそう悪態をつきながら寝室へと入った。なんだか妙に身体が重い。久しぶりに酒を入れたせいか、布団に入って瞼を閉じると、意識がすぐに沈んでいった。まるで深い森の中に潜っていくように。そう、そこは静かで、月や星の光すらも通さない。深い深い森の中。
深い暗闇?いや、なんだかほんの少し緑っぽい。まるで森?みたいなとこを歩いているみたい。
誰も知らない。誰も目なんてくれない。孤独。真っ暗な世界。目の前に誰かが立っている。 顔はよく見えないが、自分なんかよりもずっと歳上な気がした。 頭が丸い?いや、ヘルメットを被っている。 なんだか物々しい雰囲気で僕に手を伸ばそうとしている。だから思わず僕も手を伸ばす。 ゴツゴツした迷彩色の手袋が僕の手をとると、力強く引き寄せられていく感覚を覚える。深い暗闇のもっと深いところに連れていかれそうになる。なんだかそれがとても怖くて、嫌で、不愉快なことに思えて僕は思い切り踏ん張ってその場に留まろうとする。 でも、男の人は僕を強引に、もっと力強く闇の方へと引っ張ろうとする。 僕は嫌だ嫌だと首を後ろに向けながら反対に向かおうと抵抗する。 すると僕の首を向けた方向から綺麗な虹色が溢れてくる。 それを見て僕は身体に力が漲っていくのを感じる。凄い強くなった気がして、もう一度男の人の手を振り払おうと虹色に輝く方へ身体を向ける。 男の人が「止せ!戻るぞ!」 と怒鳴り声をあげるけど無視をする。別に戻れなくたって良い。ここが僕の居場所だもん。ここが僕の世界。僕の存在する世界なんだ。
「…くん? 駆君!?」
布団を揺すられて目を開けると、眩しい朝日の光と共に、そこには僕の愛しい人がいた。
「歩夢…ちゃん? おはよ?」
目を擦りながらそう言うと、歩夢ちゃんは僕に急に抱きついてきた。
うお!てゆーか温か!? いやいや!? そんなことよりも2つの柔らかな禁断の果実が僕の身体を圧迫してるぅぅぅ!!!
あ~、もうこのままいたい。この柔らかな果実で圧死させられてもいい。幸せすぎる!!!って違う違う!
「ど、どーしたの?」
僕がそう声をかけると、歩夢ちゃんは目を少し潤ませながら
「良かった~! なんか駆君、少しうなされてたから起こそうと思って。怖い夢とか見ちゃった?」
心配そうに小動物みたいに目を潤ませる歩夢ちゃん! そんな優しくて健気な君は相変わらず可愛いYO! そんな可愛い子には心配ひかけさせられませんな~笑
「ん~、まあちょっと?悪夢ってゆーか、ホラーってゆーか?
そんな夢見ちゃって! ほら!昨日寝る前にうっかりホラー映画見ちゃってさ~!」
そう言うと、歩夢ちゃんはゆっくり僕の頭を撫でてくれた。
かぁ~!最&高! 我が人生に食いなし!
「よしよし、もう怖くないよ。」
あ~癒し。母性! いや聖母!マリア様のような優しさ~!
「大丈夫?」
「うん! ありがとう!」
僕がそう答えると、歩夢ちゃんは嬉しそうに微笑みながら
「朝ご飯できてるから、一緒に食べよ!」と言ってくれた。
食卓につくと、椅子が3つ用意されていて、朝食も3つ用意されていた。
「あれ?誰かいるの?」
と聞くと、ピアノのある部屋から「お邪魔してま~す!」という声が聞こえる。
「侑ちゃん? なんでうちに?」
歩夢ちゃんと僕の幼馴染みの侑ちゃんが来ていた。
「いや~! 久しぶりに歩夢の手料理が恋しくなっちゃって~! テヘへ///」
と照れくさそうに舌を出し頭をかきながら笑う侑ちゃんに、僕も歩夢ちゃんも思わず吹き出す。
「「ブフッ!」」
「あ!ちょっと!何で笑うの!? 私なんかそんな面白いことした!!?」
侑ちゃんが不本意そうに少し頬を膨らませながら抗議してくる。そんな様子が尚更可笑しくて、声をあげて笑ってしまう。
「「アッハッハッハッハ!!!」」
「も~!酷い!」
フンっとなんだか拗ねたような感じで席につく彼女。それを見て僕達も席につく。
温かい味噌汁の匂いに、甘い卵焼きの香り。 堪らないね~!
「久しぶりだね、こうやって3人で食べるの。」
侑ちゃんが懐かしそうにそう呟く。 そういえば、歩夢ちゃんは僕と付き合ってから、あんまりこうやって3人でご飯を食べる機会が少なくなったような気がした。
「うん、そうだね。」
歩夢ちゃんも、同じ感じで侑ちゃんを見ながら微笑んでいる。
「じゃ!皆で食べよっか!」
僕が音頭をとって手を合わせると、2人は顔を見合せ、頷きながら一緒に手を合わせる。
「「「頂きます!!!」」」
こんな幸せが毎日続けば良いのに。つい、昨日のことを思い出す。
『帰るぞ、夢尾駆。』
『この世界に俺達の居場所はない。』
『騙されるな、この世界に。』
「…ッ。」
「どうしたの、駆?」
侑ちゃんが少し心配そうにこっちをみてくる。
あ!いけないいけない! ついつい嫌なことを思い出しちゃった! 可愛い女の子達の前で難しいこと、嫌なこと考えるのはやめましょう!!!
「ん~ん! ちょっと今朝の嫌な夢思い出しちゃって!」
「も~、駆君は怖がりなんだから。これから夜寝る前にホラー映画見るの禁止だよ!」
歩夢ちゃんが、メッと僕に注意する。
「え?駆もしかして、寝る前にホラー映画見て、怖い夢見ちゃったの~!?」
ちょっと嬉しそうに侑ちゃんが笑ってくる
「も~!歩夢ちゃん! 同好会の皆には内緒にしてよ!」
「「え~!! どうしよっかな~?」」
なんて2人してジト目で見つめてくる。 あ~ん!どうしよ~!? こらから同好会内でビビリってバレちゃう~泣
『俺は…悪人さ。この世界唯一の悪。きっとな。』
フと彼の言葉が浮かんだ。
「…」
2人は目の前でどうしよっか~? とかバラしちゃおっかな~?とか笑っている。 そんな楽しい空間から急に切り離された気がした。たった一瞬だけ彼の言葉を思い出しただけで。たった一瞬、彼の寂しそうな瞳が見えた気がした、ほんの少し、彼の体格が小さく見えた気がした。とても、哀しそうな雰囲気を醸し出していたのを思い出してしまった。
何で彼は、自分のことを悪人なんて言ったのだろう? この世界唯一の悪って、どういう意味があったんだろう? 彼の唐突な「帰るぞ」には腹が立ったけれど、別に彼に悪意があったわけでもないし、彼が悪い人間だとは思えない。
「あ!歩夢! そろそろ行かないと!」
突然侑ちゃんが立ち上がり時計を指差す。
僕も腕時計を確認すると、そろそろ学校に行かないといけない時間が迫っていた。
「ヤバ! 歩夢ちゃん、行こ!」
「うん!」
僕達は急いで虹ヶ咲学園へと向かった。
その日は香港からの転校生がゲリラライブとやらを行い学園をザワつかせていた。 その転校生の名前は
「鐘嵐珠、以前書類で見たな。」
彼女のパフォーマンスが初まると、辺りが再び奇妙な空間へと変化する。 やけに派手だな。 これが彼女の思いの力?というやつか?
俺の制服が再び戦闘服に一瞬戻る。
「やはり、影響を受けるんだな。」
服装が制服に変わると、ほんの少し不快な気持ちになるのを抑えつつ、俺は学園内を歩いて夢尾駆に関する情報を探ることにした。