大抵の人間は困難に耐えることができる
だが、もしその人の人格を試したければ
力を与えよ
エイブラハム·リンカーン
鐘嵐珠のパフォーマンスも終わり、校内が少しづつ大人しくなっていく。 彼女の見せた心は、彼女のライブで見せたあの空間のように激しく燃えているのだろう。彼女は突然現れ、一瞬で消え去った。まるで炎のように。そんな少し儚く、寂しいような、孤高の雰囲気もまた、彼女からは感じた。
少しづつ閑散としていく校内のホールで、「第2回 スクールアイドルフェスティバル」 と書かれたポスターに目がいく。
そういえば、1回目は自分も少し手を貸したな、と懐かしく思いながら山上陸は目を細める。 今、この世界がどのように回っているのであれ、彼女達と関わることなどほとんど無いだろうし、手を貸す理由もないだろう。 なにより、今の自分にはそんな権利も権力もない。ただの一般生徒の1人にすぎないのだ。数少ない男という存在である以外は。
パタパタと何かが近寄ってくる音がする。 随分と懐かしく感覚だ。この走り方、音、息遣い。 この世界の歯車は、どうしても俺にまだ噛み合うよう強制したいらしい。
近寄ってくる足音の人物が、俺に話しかける前に、俺はその人物の方向に振り向く。
「あ。」
彼女はどこか呆けたような少しポカンとした表情でこちらを見てくる。
「面接以来ですね、生徒会長。」
嵐珠さんのパフォーマンスは、私達同好会にも引けをとらないくらい、いや、それ以上の実力を持っていた。 力強く、情熱的、それでいてどこか儚さも感じるように、激しい。
その圧巻のライブでたちまち校内の多くの生徒達を虜にしただろう。
PVの失敗で一時はどうなるかと思っていたが、嵐珠さんのライブでなんとかなった。ほんの少し、同じスクールアイドルとして悔しいという思いもあるが、彼女に助けられたのも事実だ。これを機に彼女も同好会に誘ってみよう。彼女が加われば、虹ヶ咲学園のスクールアイドル活動をより盛り上げることができる。きっと皆さんの大好きをもっと広く伝えることができるだろう。
中川菜々/優木せつ菜はそんなことを考えながら落ち着きを取り戻していく校内を歩いている。すると、フェスティバルに向けて作ったポスターの前で彼が立ち止まっているのが見えた。
駆さんとはまた違う雰囲気の男性。駆さんからは優しさが溢れているように見えるが、彼からはなんだろうか? どことなく不気味なような、それでいて頼もしいような、それだけではないような…そう。何故かわからないがどこか懐かしく思えるのだ。そんな自分の心情からか、それとも虹ヶ咲で2人目となる男子生徒という興味からか、好奇心か。とにかく、以前これから行われるフェスティバルについて、警備といった奇妙な部分を気にした彼がどうしても気になり、菜々は彼に喋りかけようと近寄っていく。
しかし、彼女の気配を察したのか、自分が話しかけるよりも先に彼は自分の方に振り向き、口を開いてきた。
彼の濁った真っ黒な瞳は、恐ろしくも哀しさがみてとれる。なんて哀しい瞳をしているのだろうか? 自分はこの瞳を知っている。
彼女は緊張しながら口を開く。ドキドキと心臓が高鳴る。恋?とはまた違う。恐怖?畏怖?緊張?警告?なんだかわからない。頭がモヤモヤとする。とりあえず
「ええ。」
とだけ短く答える。
彼は私を見据えながら、何か考え事をしているように腕を組む
「何かお急ぎの用事があったのでは?」
やがて少し経って彼からそんな質問がくる。
私が小走りで彼の方向に向かっていたのに気づいていたのだろう。でなければ、私が声をかける前に振り向いたりしない。
「あ、えっと…。」 言葉が上手く出てこない。そもそも、何を喋ればいいのやら。
やがて彼は「では、私はこれで。」と去ろうとする。
確かに学園で会おう、話しかけようと思えばその時間はいつだってある。タイミングだって別にいつでも、そう思うのだが、何故かこのタイミングでなければならないというおかしな使命感が彼女にはあった。 そう、何故かわからないが、今、この時しかないのだと。これを逃せば次は、ずっと先。それどころかもう無いと、そう思った。
「あ、山上さん!」
去ろうとする彼に声をかける。すると彼はどこか面倒くさそうにこちらを振り向いてくる。 なんだか以前にも彼と似たようなことがあった気がする。デジャブ?というやつだろうか?それにしてはどこか鮮明に知っている気がする。
「何か?」
彼の瞳が再び菜々を捉える。
「えっと、その以前警備の話、しましたよね?」
すると彼は少し顔を上げて考え、「ああ、そういえばしましたね、そんな話。」なんて興味なさそうに答えてくる。
「それが何か?」
なんて下らないことだ。といわんばかりの彼の雰囲気がまたどこか懐かしい。
「えっと…その…それで、先生方ともお話したりしたんですが、その、どこに配置したりすれば良いかわからなくて…。」
何故そんな話を彼にしたのか、菜々自身にもさっぱり理解できないでいた。 彼はただの一般生徒だ。生徒会ではないし、ましてや学園の先生でもない。
「それ、私に聞きますか?」
案の定そんな返答がかえってくる。その通りだ。でも、何故か彼に聞くのが最適だと思った。根拠はない。でも、彼ならできる。そんな奇妙な頼もしさが彼にはあった。
彼は面倒くさそうにため息をつくと。
「警備の人員の配置の仕方を聞きたい。」ざっくり要約するにそんな内容の質問が中川菜々からとんできた。
やはり不気味だ。そんなこと、ただの一般生徒である俺に突然する話ではないだろう。だから嫌いなんだ、この世界は。まるで、俺もこの世界の一部であるかのように絡ませてくるこの世界の甘さが気に食わない。誰もが平等なんかじゃない。そうだろ?君達スクールアイドルはおそらくこの世界では特殊な存在だ。存在がはっきりしている。それ以外の生徒や学園の教師達、それどころか街を行き交う存在も、どれもが曖昧なのだ。ただいるという事実がある。それだけなのだ。以前来た時もそうだった。いる、というよりは"ある"に近いかもしれない。得体の知れないこの世界の他の存在。勿論、スクールアイドル以外でも、一部存在がはっきりと感じられる者はいた。だが、それらも数える程度だ。そんな不気味なこの世界の世の中が、嫌悪感に拍車をかけてくる。だが、それでも立ち向かわなければならない。以前のように。
それに、少し気がかりなこともある。中川菜々とはできれば関わりたくなかったが、彼女に対して1つ確かめなければならないことがあった。 彼女の机に置かれていた普通科徽章。あれが気になる。確かに以前彼女にライブの餞別として1つ手渡したのは覚えている。だが、それはきっと俺が消えると共に失くなる物だと思い込んでいた…が、何故ある? 俺が再び飛ばされたから戻ったのか?それにしてはやけに前からあったように違和感なく置かれていた。 俺は胸ポケットに仕舞ってあるもう1つの普通科徽章に軽く触れる。 徽章は2つで1組。これにも何か意味があるのだろうか?
「山上さん?」
彼女からの不安そうな声で意識が目の前に戻される。そうだった、今は質問を受けたいる最中。あまり変に止まっていても悪目立ちするだろう。 徽章のことも気になる、ここは彼女の拠点となる生徒会室に行くのが最適な選択肢だろう。
「…学園の地図と、ライブを行う敷地の場所を教えて頂けますか?」
そういうと彼女は、嬉しそうにほんの少し目を輝せながら
「はい!!!」と答えるのだった。
その嬉しそうな笑顔をみると、やはり彼女は優木せつ菜でもあるんだと再認識させられる。 勿論、これは黙っておくが。まあ、彼女が俺に正体を明かすことなど二度と無いだろう。 それでいい。この世界に俺という力は必要ないのだから。
夢尾駆がこの世界でどんな存在なのかはわからない。だが、少なくとも俺はこの世界で唯一の力だろう。力とは即ち暴力そのもの。どれだけ美しい言葉で飾ろうと、どれだけ高潔な精神を持っていようと、力を振るえばそれは暴力だ。人を傷つけ、誰かを悲しませ、痛い思いをさせる、させられるだけのものにすぎない。俺の世界では、そんな力を振るわなければならない時が、貧乏くじをひかなければならない時がくる可能性があった。だからこそ、暴力を抑えるための暴力が必要なのだ。守るために闘う。守るために他人を傷つける。矛盾しているが、これが俺達の世界には当たり前にある。そんなクソみたいな現実が薄汚く蔓延っている。だが、この世界に力は、暴力は必要ない。この世界で唯一暴力を持っている俺は、この世界唯一の悪だ。夢尾駆の居場所を俺は、きっとこれから奪うことになるだろう。彼は酷く傷つくだろう。彼を愛した者も、彼という存在が消えた時、彼という存在は忘れるが、抜けた穴も消えるだろうか? わからない。何が正しくて、何が間違っているのか。いや、答えなどない。正しさなんてものもない。そんなことは俺が一番よくわかっているじゃないか。そこにあるのはエゴだ。俺の元の世界に戻りたいという強い欲望。それを叶えるために、俺は人であることをやめられるだろうか?ただ、自分自身のために、兵士として、ただの暴力装置として、兵器として戦わなければならないのだろうか?それが誇りなのだろうか?
そんなことを考えているうちに、俺達は生徒会室前まで来ていた。
「そういえば、駆さんから学園の案内はしてもらいましたか?」
「…あ~。」
そういえば、彼はそんな約束をしていたな。だが、あんな別れの後で彼に案内してくれなど頼めないだろう。 それに、彼も俺とは顔も合わせたくないはずだ。
しかし、ここでされてないと言って彼の信頼が彼女から失われるのもなんだか良い気がしない。まあ、彼の信頼を同好会から奪い、彼のこの世界での居心地を悪くし、嫌になって共に出ていって貰うのも1つの手ではあるが、それはなんだか違う気がする。 今の彼には、自分の意思で出ていって欲しい。それがささやかな今の俺の求める方法だ。 まあきっと、そうはならないだろうが。つくづく俺も甘ちゃんだ。やはり、この世界に来るとどうにも妙な甘さがでる。
ここは無難に
「まあ、途中まで案内して頂こうとは思ったのですが、彼も忙しいでしょうし、学園の地図を見るだけでも充分かと思い、私から断っておきました。」
と答えておくことにした。
「なるほど。まあ山上さんが良いのならそれで構いませんが、もし学園内で困ったことがあれば、私や駆さんに聞いて下さい。」
「ええ、そうさせて頂きます。」
そう言いながら、中川菜々が生徒会室の扉を開けるのを待つ。
そこには生徒会副会長他生徒会役員2人、そしてなぜか
「すいません。会長に質問があって、先に部屋で待たせてもらいました。…おや、貴方は確か学園2人目の男性生徒…ですよね?」
翡翠色っぽい髪に、不気味なほど美しい赤い瞳。 この声。
何故彼女が生徒会室に? いや待て、だとしたらおかしい。この状況は辻褄が合わない。 そう、彼女は
「初めまして、スクールアイドルフェスティバルの実行委員をやらせてもらっています。三船栞子です。」
彼女、三船栞子は俺の目の前で丁寧にお辞儀をする。
意味がわからない。何故彼女がスクールアイドルフェスティバルの実行委員を?いや、それ以前になぜ彼女がスクールアイドルを支援している?スクールアイドルを目の敵にしていたような彼女がなぜ? なにか心境の変化でもあったのだろうか?
いや、それよりもなぜ彼女がここにいるのに、中川菜々が"生徒会長のまま"なんだ? 俺の知っている状況と違う。なら、ここはパラレルワールドか?だとしたら尚更中川菜々はなぜ俺の手渡した普通科徽章を持っている? 意味がわからない。頭が割れそうなくらい痛い。
「山上陸さん、ですよね?」
「ええ。初めまして。」
フラフラしそうになるのを堪え、彼女に挨拶をする。俺の会った三船栞子よりもずっと雰囲気が柔らかく、どこか垢抜けている感じがする。 これが、この世界の彼女。 これはこれで気味が悪い。パラレルワールドの存在のように、悪態をついてくる感じもしない。お淑やかな雰囲気に少し面喰らう。
「それで会長、スクールアイドルフェスティバルのライブ会場の設営に対する予算等の質問なのですが…」
中川菜々と三船栞子がまさか協力しているとは。世界が変わればこんなこともあり得るわけか。だが、個人的に気味は悪いが、全体を考えれば悪くない。寧ろこちらとしても好都合だ。敵やこちらを探ってくるような奴は少ない方が良い。 何より、これから夢尾駆がなにを起こすのかが気になる。他に目をかける余裕は無いといって良いだろう。まあ、今回はスクールアイドルフェスティバルや同好会がどうなろうと知ったことではないが。 例え同好会が潰れようが、フェスティバルが台無しになろうが今の俺には関係ない。それは彼女達の、この世界の問題、彼女達が立ち向かい、解決し乗り越えなければならない問題だ。前は例外として、今回は尚更介入する理由などない。
「すいません会長。お時間をとらせてしまって。」
「いえいえ、何かまた不明な点や困ったことがあれば、私や駆君に相談して下さい。」
「夢尾さんにですか?」
「はい!彼にはたまに生徒会の仕事を手伝って頂いてるので、三船さんの力になってくれると思いますよ。」
「わかりました。」
と夢尾駆の名前が上がったところで
「さて。」
コホンと軽い咳払いをして三船栞子は俺に顔を向ける。
「山上さんも申し訳ありません。少し時間がかかってしまって。生徒会長とお話があるんですよね?」
と尋ねてくる。
「ええ。そんな大した話ではありませんが。」
「スクールアイドルフェスティバルについての話ですか?」
「そんなところです。」
「でしたら、私も少し加えさせてもらっても良いでしょうか?」
そんな積極的な彼女に変なむず痒さを覚えつつ、ここで断って妙な軋轢を生むのも得策ではないと考えた俺は、俺の警備計画を三船栞子にも伝達することにした。
「正門に警備員4名、それから会場を各スクールアイドルごとにわけて区切り名前をつけます。そこにそれぞれ警備の人員や連絡員の配置を。位置関係は常にライブを行う者とファン両方が見えるように配置を行うものとします。 それからドローン等があれば上空から学園全体を監視して…」
なんだか彼の話はとても物々しく、やたらと細かなことまで決めたり、警戒したりしていた。中川菜々は、やはり彼に聞いてみて良かったと感じた。 勿論、スクールアイドルや、彼女達を応援してくれるファンがそんな酷いことを起こすなんてあり得ないと思っている。けれど、なぜか。なんだか良くない胸騒ぎがしている自分がいる。そう、何か妙な感覚。今まで生きてきて、これまで感じたことのないなんとも言えない不気味な不安。これはなんだろうか?ただ、この胸騒ぎだけで終わって欲しい。そう願う自分がいる。 大丈夫。いつも通り成功する。前のスクールアイドルフェスティバルだって成功したんだ。第2回も間違いなく成功する。そう、以前のように、彼とまた協力すれば…? ん? 彼と? また? 以前のように?
「あれ?」
「生徒会長?」
山上さんがふと私の方をみてくる。
「山上…さん?」
彼は何か?と言いたげな感じで首を少し傾げる。三船さんもどうかしたのか?みたいな不思議そうな顔をする。
「山上さん、第1回目のスクールアイドルフェスティバル…知ってます?」
そんな質問に、彼はほんの少し驚いたような顔をした気がするが、やはり無表情に
「生徒会長、私最近入学したばかりですよ?」
と少し煽るような口調で答える。
そうですよね。なんて口に出して納得させようとするが、何か引っ掛かる。なんだか辻褄が合わない。 この胸騒ぎも、この奇妙な感覚も。なんだか頭の中がおかしくなりそうな気がした。
「では、以上で私の警備計画は以上となります。質問は?」
「ありません。」
全員がそれでいこうと決定した。 全員が部屋から出ていき、生徒会室には最後に私と山上さんが残っていた。
「では、また明日。生徒会長。」
彼がそう言い、生徒会室の扉にてをかける時。私は思わず聞いてしまった。
「山上さん?」
彼は扉を開けるながらこちらを振り返る。
「まだ何か?」
彼は不思議そうに私を見つめる。
「貴方は
何者…なんですか?」
すると彼は「フゥ。」とため息を1つ吐くとこちらをその濁った黒い瞳で見据えてくる。
ドキドキと心臓が強く鼓動する。彼が警備の計画を話していた時と同じような不安を感じる緊張感。やがて彼がゆっくり口を開く。
「例えば。」
「はい。」
「貴女は道を歩く。よく知っている道を。しかしそこには何も無い。貴女の知っているモノも、貴女を知っている者も。そんな場所に迷ってしまったら、貴女ならどうしますか?中川生徒会長。」
そんなよくわからない質問に思わず呆けてしまう。
「えっと…仰いたいことが…わからないのですが。」
「別に理解する必要はありません。貴女の質問があまりにも変だったので、私もお返しをしようかと。」
彼は少し可笑しそうに笑っているようにみえるが、なぜか笑っている気がしなかった。
「私はただの生徒ですよ。虹ヶ咲学園の数少ない男子生徒。それだけです。では。」
彼はそのまま生徒会室を出ていき、彼のいた空間はシンと静かだった。 まるで、彼 山上陸という存在が初めから居なかったかのように。 なんだか前にもこんな不思議な余韻を感じた気がする。
「…貴方は、本当に誰?」
思わずそう口からそんな疑問が溢れる。
菜々はモヤモヤとした気持ちのまま、自宅へと帰ることにした。
朝か。 なんだか今朝は妙な胸騒ぎがする。気のせいだと思いたいが。
そんな奇妙な感覚に苛まれながらも、彼は着心地の悪い制服に袖を通す。扉を開け、鍵をかけ、学園へと歩いて向かう。簡単な話。
この世界で見慣れた景色を歩く。結局昨日は、夢尾駆について大して探るのとも、普通科徽章について聞くこともしなかったな。などと思いながら歩く。今日もまた、何もないこの世界でいうとこの平凡な1日が始まるのだろうと考えていた。しかしその途中で何やら騒いでいる声が聞こえる。
「珍しいな。この世界でこんなに騒がしいのは。」
興味本位か、その騒がしい場所へと向かうと
ビュンッ!!!という音と共に何かが陸の目の前で吹き飛んでいく。
その物体はゴンッ!という鈍い音をたててドサリと落ちた。
嫌な感じだ。
陸は、音のした方向を見ると、その物体はモゾモゾと動いていて「ゥゥ。」と苦痛に呻く音を発していた。つまりは
人だ。
さらにその人間が飛んできた方向を見ると、そこには少し細めの路地があり、そこに7人くらいの人間が何やらまだ騒いでいた。陸は近くの建物の壁に隠れながらその様子を伺う。
声からして全員男。いや、女も紛れている。
時たま「てめぇ!」とか「ふざけんな!」とかそんな怒号の中に「キャァ!」と小さな悲鳴が聴こえる。
よく見ると、それはとても見知った面々だった。
ピンクの髪に特徴的な団子のような髪型 あれは、確か上原歩夢。そして、黒いツインテール?に緑のアッシュが入った彼女は
「高咲侑? あの2人、なにしてるんだ?」
見れば彼女達2人の前に1人の男が立ち塞がっている。
「夢尾駆…どういうことだ?」
男達はどうも愛想が良い者達とは思えない。というよりもこれは
「喧嘩…だと?」
この世界で?男が喧嘩? 夢尾駆にどれほどの戦闘能力があるかわからない。しかし、彼はヤツいわくギフトとやらを持っていると聞いた。だが、7人相手に1人は流石に分が悪い。ここは加勢するか?
だが、山上陸/陸山衛の考えとは裏腹に、彼の長年の勘が、戦士としての経験が待ったをかける。 そう、気になったのはさっき吹き飛ばされた男。大の男をどうやって、何が吹き飛ばしたのか。考えられるのはこの場で1人だけ。
少し悪いが、見させてもらおう。
山上陸は今後を考え、様子見を決定した。無論、彼らに危害が及びそうなら加勢するが。それまでは、夢尾駆の持っているであろう力を見ると決めた。
男の1人が雄叫びを上げながら夢尾駆に殴りかかるが、彼はそれを軽く躱し腹に一撃殴る。すると男は浮かびあがりながら先ほどの男と同じように後ろへと飛んでいく。
2人目が後ろに周り鉄パイプを叩きつけようとするが、それを左手で防御し、そのまま鉄を掴んで相手を引き寄せ、顔面に一撃を加える。
驚くのは
「鉄パイプが曲がりやがった!?」
陸は思わずそう小さく呟いた。 やはり、彼がギフトとやらを貰っており、人間離れしているのは間違いないだろう。男を拳1つで吹き飛ばすパワー。鉄パイプを素手で受けても壊れない頑丈さ。 それはもはや彼がただの人間ではないことを物語っている。
3人の男が焦って彼を取り囲み、金属バットや素手やらで殴りかかるが、それを全て見切ったかのように軽々と避けていく。
反射神経も異常なほど鋭く、早い。
囲んでいた3人の男達も呆気なく殴り飛ばされていく。
残り2人は恐怖したのか、そのまま尻尾を巻いて逃げていく。
彼は得意気に上原歩夢と高咲侑に話しかけ、そのまま路地から出て登校していく。彼女達からは彼に対して怯えた様子はなく。寧ろ眼を輝かせてあれに憧れているかのごとく彼の両脇にくっついていく。まるで、彼を白馬の王子様であるかのように。
異常だ。おかしい。あんな化け物じみた力を見せつけ、それを認めるように。いや、憧れるように眼を光らせていた彼女達が。夢尾駆の力も異常だが、それはギフトという物として理解はできる。理解できないのは彼女達の方だ。普通は、あんな漫画やアニメでしか見ることのないような力を身近な人間が持っているとして、まともでいられるか? いや、彼をその力も含めて受け入れているのならわかる。だが、あれは受け入れているとかいないとかそんな次元ではなかった。
それに
いや~! ビツクリビツクリ!! まさか不良に絡まれるなんて! それも8人も。まあ!でも!僕には!特典があるんで!絶対負けないんですけど~笑笑笑
オッス! オラ夢尾駆!!! 絶賛両手に花!いや、両手にダイヤモンドを持って登校中だ!
絡んできた不良をサクっとやっつけちゃったら、侑ちゃんも歩夢ちゃんもすげぇ嬉しそうな笑顔でくっついてくるんだもん!
ああ!両サイドから可愛い女の子特有のフレグランスが~!そして、柔らかな2種類のたわわが!侑ちゃんって歩夢ちゃんよりも無さそうにみえるけど意外としっかりあるのね~!
「凄かったよ駆! あんなに強いなんて私驚いちゃった!」
「うん!どうなっちゃうかと思ったけど、駆君がいて良かった~。助けてくれてありがと!」
「心配しないで! 2人のことは何があっても絶対守るよ!だって2人とも、僕の大切な人だから!」
そんな彼の笑顔に2人の顔は思わず赤くなる。
「えへへ、駆君にそう言ってもらえると嬉しいな///」
「も、もう駆///! そういうの、私と歩夢以外に言ったらダメ!てゆーか、この人タラシ!///」
バシンと思い切り侑ちゃんに背中を叩かれる。イテテ!なんで!?
僕の貰った特典 常人離れした筋力、運動能力、体力、反射神経、学力あとは料理とか音楽の才能とか、結構色々貰っちゃったけど!この特典のお蔭で毎日が充実している!
可愛い女の子に囲まれて!大好きな子と半ば同棲みたいな生活をして! スクールアイドル同好会の皆とかからも必要にされて! ここが僕のいるべき世界なんだとより強く実感する。
だから、陸山衛/山上陸の「帰る」には絶対に乗らない。彼が悪い人間でなかったとしても、彼に事情があったとしても。僕はこの世界から出るつもりはない。 だってここは、この世界の全ては、僕を認めてくれるから。
僕の夢を、僕の大好きを受け入れてくれる。僕の存在を必要とし、認めてくれるこの世界を。僕はここで暮らす。
そう。僕には力もある。今日の喧嘩で更にそれを実感した。山上君が、彼がどんな特典を持っているかはわからないけど、この世界は。僕の居場所は僕が絶対に守る。だってここは
ボクノイルベキセカイダカラ
「ッ!?」
男達が呻いているところを見ていると、とてつもない寒気に襲われた。それだけではない。まるでそう、この世界全体が震えたかのような嫌な寒気が一瞬この空間を通った気がした。
「今の感覚…気味悪いな。」
かなり気になるところだが、こちらの倒れていた男達も気になる。彼がどれほどの力で殴ったのか、どんな戦いをしたのか。その場に立ち、より強く感じ、調べる。
「ゥ。お前…も、あいつの、仲間…か?」
1人どうやら気がついたようで、こちらに話しかけてくる。ほんの少し怯えながら。
しかし、やはり彼らもまた、他の存在と同じように空っぽだ。まるで取って付けたかのように急に現れた彼ら。
「いや。少し違う。」
「あいつは、化け物…みたいに…強かった。」
「みたいだな。」
倒れてピクリとも動けず、ただ呻くだけの男が倒れている近くにいくと、彼が叩きつけられたであろう後ろの建物のコンクリートが、ほんの少し抉れているのを見て内心ギョッとする。
こんな一撃をまともに喰らえば、俺もただて済むかどうか…
プランとして力ずくというのがあったが、これを見た限りなるべくならお断りしたい。 常人離れした力、頑丈さ、反射神経、あんな怪物とやりあうのに命がいくつあっても足りない。 まあ、どうしてもやらなければならないなら
「やるしか…ないかぁ。」
ため息が出る。だが、いずれその時はやってくるだろう。覚悟は決めておかねばならない。
それに気がかりなのが彼の戦い方。 少なくとも格闘技や戦闘を心得ている戦い方ではなかった。まるで、ストリートファイトのような、簡単にいってしまえば喧嘩スタイル。型などない。なんでもあり。問題は彼の戦術ではない。
彼はまるで、ほんの少しだが戦いを楽しんでいたような…いや違う。そうではない。あれは戦闘を楽しんでいるわけでもない。あれはまるで
「自分の力を、楽しんでいる。」
まるで力を誇示するような、見せつけるような。ただの暴力。
これが、ヤツの言っていた歪みというやつならば。
「俺の手を汚す時が来た…というわけか。」
確証はないが。なんとなく妙な胸騒ぎを感じる。しかし、これ程の力を持った存在に俺は勝てるだろうか?いや、勝たなければならないのだ。しかし、どう戦うべきか。
まあ、まだ歪みが始まっていると決まったわけてまはない。だが、備えるべき時が来たとは感じだ。
なんとなくこんな結果が目に見えていた気がする。結局最後は、力を振るう運命。これが戦士としてこの世界に飛ばされた俺という存在の性か。
山上陸は、再びため息をつくと、元の通学路へと戻り歩き出すのだった。