この場所に来てからどれほど経っただろうか?元の場所に戻るヒントの1つも見つけられず、焦りと不安だけが山上陸という男を襲い、蝕んでいく。仕事でもこういったことはあった。だが乗り越えてきた、しかし乗り越えてこれたのは仲間や信頼できる部下、上司がいたからこそである。1人で挑む。それも自分の知らない場所で。いつ精神が変になってもおかしくはないだろう。それでも自分を保っていられるのは、やはり彼の仕事で鍛え上げられた肉体と精神のおかげである。
「今の職場でなければ、とっくに自殺ものだな。」
軽く鼻で笑いながら今日も学園内を探る。
(今の状況を整理すると、恐らく俺は別世界にいる可能性が高い。)
なんとなくだが、そう考えなくては辻褄が合わない部分が多すぎる。金のかかったドッキリだとか、ニセ番組に突然参戦させられただとか、この場所に来る以前の状況からは考えにくい。なによりも見慣れたコンビニやスーパーなどの名前が少し違う。似ているが違う。そういった部分が多くみられる。つまりここは俺のいた世界とはまた違う世界。そう考えると納得がいく。
「別世界といえば、もっとファンタジックな場所だと思っていたが、案外普通だな。」
正直、自分のいた世界で別世界、異世界といえば、中世風な街にエルフやら幻獣やらがひしめいていて…というイメージがあったが、ここは学校も街並みも普通だ。自分の世界とほとんど変わりはない。変わっていることがあるとすれば…
「人の髪色…か。」
思えば黒や茶髪の中にやたらと奇抜な髪色をした生徒をちょこちょこと見かける。最初こそ金持ち校の割にヤンチャな生徒が多いくらいにしか思っていなかったが、それにしてはあまりに数が多く、一度見かけた大人しそうな小さな少女もピンク色の髪色だったため、もしや自毛なのか?と考えたのだった。
「そこは異世界らしいな。」
だがそれくらいだ。
「ふぁ〜。」
思わず欠伸がでる。ここ数日また寝ていない。
キョロキョロと辺りを見渡すと、授業終わりということもあってか、部活に向かう者、帰ろうとする者、待ち合わせをしている者とすこし騒がしい雰囲気がある。
そろそろあの堅物生徒会長から、風紀委員か生徒会どちらに入れてもらえるかの返事が欲しい所だ。
山上は生徒会室へと足を運ぶことにした。
生徒会室へと行き、ノックをする。
「どうぞ。」
あの少女の声が聞こえる。
「失礼します、生徒会長。」
扉を開け、会長に軽く会釈する。
「委員会のお話…ですよね?」
「ええ。」
夕日が菜々の背中を照らし、その影響か陸の立っている部分が僅かに影がかかり暗くみえる。
「お返事の方ですが。」
陸がそう問いかける。
「ふぅ。」
菜々は小さく息を吐くと。決意したかのように陸を見据える。これは賭けだ。山上陸という男を見定めるための。
「山上陸さん。貴方には、風紀委員としてこれからこの学園の力になってもらいます。これが私達生徒会の出した答えです。受けて頂けますか?」
陸はニヤリと笑うと
「勿論です。虹ケ先学園の風紀、規律、秩序を維持するため、尽力いたします。」
菜々は風紀委員の腕章を渡すと、ジっと陸の瞳を見た。真っ黒な彼の瞳は一体何を見ているのか。何かが起こるのか、このまま変わらないのか…いや、確かに今変わった。山上陸という奇妙な存在が、この学園の歯車の一部として組み込まれたのだ。
「ところで、」
腕章を渡し終え、席に戻る菜々に対し陸が話す。
「何か良いことでも?」
なんとなく軽い問い。
「へ?」
そんな軽い問いに、菜々は思わず呆けた声を出す。
「いえ、なんとなく。以前より雰囲気が明るくなったような気がしたので。」
気のせいですかね?と彼は菜々の瞳を見ながら問いかける。
「いえ、特に変わったことはありませんが。」
そう答える。嘘だ。実際には最近スクールアイドル『優木せつ菜』として再びスクールアイドル同好会のメンバーとして戻ってきた。メンバーも増え、以前よりも良い方向へと進んでいる。そんな毎日が楽しくて仕方がないのだ。そんな雰囲気が思わず溢れてしまっていたのだろうか?
「そうですか。変な質問をして申し訳ありません。」
「いえ。」
彼は軽く頭を下げ、部屋から出ようとすると、フと思い出したように彼女に
「そういえば、以前屋上でパフォーマンスを行っていた生徒、名前を知りたいのですが、知っていますか?」
フとしたそんな質問に少しドキリとする。
「何故ですか?」
「特には、ただ良いパフォーマンスだったので。」
そう軽く答える。
菜々は少し考えながら、答える。
「優木せつ菜さんですね。スクールアイドル同好会の。」
「スクール、アイドル。いるんですね。この学校にも。」
なんとなくフムフムと首を動かす。
「興味が?」
そう菜々が問いかける。彼は少し考えてから
「あまり。」と答えると、部屋から出て行った。
(スクールアイドル。あまりにこの単語が多い。)
だが元の世界に帰るために必要な鍵がとくに何でもない、普遍的なアイドルという存在が持っているとは考えにくい。
校舎の外へ出て、だだっ広い庭へと歩く。少し眠いと思いながら。歩いていくと、少女が1人庭で寝息を立て気持ち良さそうに眠っている。ブレザーに、栗色のような髪色が綺麗な少女だ。
「呑気なものだ。」
彼女を羨ましいと思いながら、夕陽の照らす校舎を眺め、再びあるき出そうとする
すると後ろから何やらモゾモゾと動く音が聞こえた。どうやらあの寝ていた少女が起きたようだ。
「ふぁ〜。いけな〜い。寝すぎたかも。」
緊張感の無いそんな声が聞こえる。
「ねえ君〜。」
「ん?」
まさか後ろから自分が話しかけられるとは思うまい。
「君だよ君。」
後ろを向くと、彼女も自分の方を向いていた。どうやら本当に自分が話しかけられているようだ。
「新しく入った子でしょ〜?噂になってるよ。彼方ちゃんの耳にもちゃんとはいってる。」
そんなことをゆっくりと話す。
(この娘、遅いな。何か色々と。)
独特のゆったり感に多少戸惑いつつも、冷静を装う。
「何かご用ですか?」
「いや〜。ただ、今何時かな〜って。」
腕時計をチラりと確認し、時刻を伝える。チラりとリボンを見ると3年の上級生であることがわかる。
「ヤバ〜い。彼方ちゃん遅刻してしまう。」
やはり緊張感の欠片も無い声で焦りだす。部活か約束か、どちらにせよ寝過ぎたらしい。
「では、急いで目的地まで向かうことをお勧めします。あと、寝る時はアラームでもかけたらどうです?」
「ムムム。確かにあり…かも。バイバイ新入生君。歓迎するよ〜。」
そんなことを言いながらゆっくり走っていく少女を見送るのだった。
「…歓迎か。俺はされてないと思うがな。」
そうボソりと自嘲気味に呟くと、再び歩き出し、拠点へと戻るのだった。
今日はしっかりと眠ろう。そう決意をして。
机の上にヒラりと手紙が落ちる。
拝啓】ー歯車は動き出す、居場所を見つけよー