「新しく、風紀委員として任命された山上陸です。この虹ケ先学園の風紀、秩序、規律を維持、守り通し皆様が安心、安全、そして健全なる学園生活を送れるよう尽力致します。私の求める学園生活とは、生徒1人1人が正しい権利を持ち、楽しむこと。勿論決められたルールの中で…ですが。また、メリハリをつけること。以上です。これからこの学園がどう変わっていくかはわかりませんが、1つ、私という男子生徒が入ったということが大きな変化と言えるでしょう。まだ未熟ではありますが、皆様と共に学び、進んでいきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。」
(随分長い挨拶だ。)
そう内心思いながらも、山上陸は自身の紹介を全校生徒の前で行った。確かに、今更とはいえ紹介らしい紹介もしていなかった。さらには風紀委員に任命されたこともあり、せっかくなら全校生徒の前で挨拶を、という菜々の話であった。
体育館からは拍手とざわめきが起こり、良い噂、悪い噂の両方が流れる。
(出だしは好調…とまではいかないが、鍵を見つけるには多少目立つことも必要か。)
正直、目立つことは避けたい。物事やこちらの企図は隠しておきたいものだ。目立てば嫌でも邪魔が入る可能性がある。生徒会に入らなかった2つ目の理由はここにある。生徒会に入れば確かに学園の内部事情がわかりやすい…が、あの堅物生徒会長の前で何処まで自由がきくかはわからない。何より他の生徒と関わる機会も多くなる。それはそれで面倒、というのが陸の最終的に出したこの学園での鍵探しの答えであった。風紀委員ならば、生徒会と関わる機会が多く、かつ下っ端ならば他の生徒と関わる機会もそう多くない。そういう予想である。
挨拶が終わり、壇上から下りる。
「まったく、こんなに堂々と挨拶するとは思いませんでした。」
幕に隠れ、見守っていた菜々に話しかける。何事もコミュニケーションが大切だ。ある程度の話はしておかなければ、黙っていても怪しまれ、喋りすぎれば目立つ。良い塩梅のコミュニケーションスキルが求められる。
「良い演説でした。では、改めてよろしくお願いします。風紀委員、山上陸さん。」
そう言い、握手を求めてくるので、軽く握り返す。
「ええ。」とちょっとした返事とともに。
「今週は藤黄学園との合同演劇祭がありますから、生徒会、風紀委員はそこに参加します。虹ケ先学園の応援と生徒が騒ぎすぎないよう注意の呼びかけをお願いしますね。」
演劇祭…演劇など触れたことも見たことも無い。演技といえば、今の俺も十分演技をしているが、本物はどんな感じなのだろうか?まあ、どうでもいいことだが。
内心そう思いつつ
「それは楽しみですね。」
と答える。ご機嫌取りも大切だ。情報を聞き出し、この世界から戻る鍵を見つけ出す。そのためにも自分を偽る。自分は真面目で立派で物静かな生徒だと、そう相手に信用させる。
「今回の主演は1年生の桜坂しずくさんです。彼女の演技は演劇部でも、学園でも評判なんですよ。」
そう嬉しそうに語る菜々をみて、「なるほど。」と適当に返事をする。
それを聞いた菜々は、キョトンとした顔をしながら
「演劇、興味無いんですか?」と問う。
陸は(少し適当すぎたな。)と内心後悔をしながら
「興味が無い…というより、そういった芸術系の類は今まで触れたことが無かったので。」
そう答えた。
「そうなんですか。では、今回の演劇祭、楽しんで下さいね。」
楽しむ?初めてのものを?だが、それはなんだか悪い気はしない。誰しも初めてはある。合うか合わないかはその人次第というやつだ。
「ええ、期待してますよ。」
そういえば、本当に初めてだったろうか…演劇を見るのは。
以前いた世界の記憶を辿ってみる。やはりそういった物には触れたことが無いようだ。あるのは博物館に子供の頃行ったくらい。
(あったな、そんなことも。)
何十年前の話だ。父親と母親、3人で出かけたんだった。
「さん?…陸さん?」
「…はい?」
ぼんやりと昔のことを思いだしていると、生徒会長が俺のことを呼んでいた。
「いえ、どうかしましたか?ボーっとしていたので。」
油断した。ここにきて。小さな油断はやがて大きな事故へと変化する。以前いた職場での教えを改めて思い出す。
「あ〜、少し疲れてるようで。」
軽く笑いながら答えると、菜々は少し心配そうに
「確かに、生徒は全員女性ですから、気を遣いますよね?」
と話しかける。
「まあ、そういうこともありますよ。」
気を遣うことなど、山ほどあった。それに、気を遣っているというのは大きな勘違いだ。ただ、この世界が嫌い…いや、気に食わないだけだ。俺は帰りたい。ただそれだけ。
「今日は早くあがらせて貰います。」
そう菜々に言い、陸は体育館のステージから去っていった。
「……貴方は、何を見ていたんですか?」
陸の去っていった後を見ながら、菜々はそう呟くのだった。
得体の知れない彼の背中が、一瞬、ほんの一瞬だが小さくなった気がした。ちょうど彼がボーっと考えごとか何かをしている時だ。まるで自分達には見えていない何かを見ていた、探していた気がした。
彼と話していて気がついたことがある。最初こそ得体の知れない、気味が悪いと感じた彼の態度、だが最近は疲れているのか、彼と他の生徒より多く関わっているからか、少し変わったような、違うような感じがしていた。彼は得体が知れないというよりも、大人というよりも
「心を感じない…。」
彼から感情らしい感情を感じなかった。今までもそうだ。まるで心ここにあらず、常に別の場所にあるような、そんな感じ。
菜々はそんな山上陸という男が、ほんの少し心配になった。そして、生徒会長として力になりたい、そう思うようになっていた。
そういえば以前こんな会話をした。
『ところで生徒会長、ジョハリの窓…というのをご存知ですか?』
『ジョハリの窓…?』
『ええ、人間には4つの自己が存在する。自分が知り、他人が知る自己。自分が知り、他人は知らない自己。他人が知り、自分は知らない自己。自分も他人も知らない自己。人は自分自身のことさえ、全てわかっていない
………本当の自分とは、一体何なのでしょうか?』
そんな哲学めいた、小難しい話だった。彼は何を伝えたかったのか、何を考えてそんな話をしたのか、私には全く理解できなかった。彼という存在が、私にはまるでわからない。
演劇祭当日。陸は座席に座り、桜坂しずくなる人物が主演の演劇を見た。
途中で音楽が入る。どうやらミュージカルのようだ。
「……雨?」
思わず瞬きをする。会場に雨、そういった舞台の装置だろうか?
ズシりと肩に無機質な重さを感じ、思わず自分の身体をみる
(……また…か。)
みると見慣れた仕事道具を自分は持っていた。ゆっくりと道具を撫で、慣れた手つきで扱おうとするが、フと肩から無機質な重さが無くなり、仕事道具も無くなっていた。舞台に目を戻すと、舞台には雨どころか、濡れたあとすら無かった。
(あの時と同じだな。)
そう、優木せつ菜なる人物が屋上でパフォーマンスをしていた時と同じ。また"戻って"いる。
『主演の人、虹ケ先学園のスクールアイドルをやっているらしいよ』
フとそんな会話を思いだした。
(…スクール、アイドル……)
接触してみるか?たかがガキのアイドルだぞ、馬鹿らしい。そう思っていたが…
「価値はあるな。」
ボソリとそう呟く。
演劇が終わり、会場が拍手に包まれる。赤い瞳の小柄な少女がやたらと強く拍手しているのが目に入る。少し注意が必要かと思ったが舞台も終わっているので問題は無いだろう。
両方の学園の演劇が終わり、辺りはすっかり夕暮れとなっていた。主演の桜坂しずくは新聞部のインタビューに答えている。
明日、生徒会長に聞いてみるか。スクールアイドルについて。
嬉しそうにインタビューを受ける彼女の様子を軽く見ながら、彼は今日も拠点へと戻るのだった。
「スクールアイドル…か。面倒なことに巻き込まれなければ良いが。」
彼は軽く頭を掻きながらゆっくりと歩く…と。
「あ、風紀委員の山上陸さんじゃないですか!?」
振り返ると、黒に緑色のアッシュが入った少女がこちらを見ていたのだった。
「…何か要件ですか?」
面倒くさそうに、彼は少女 高咲侑へと目をやる。
彼にジっと見られると、どうも緊張してしまうのか、ピクっと身体が震える。特に深い理由もなく呼び止めた。そういえば、新しく入った転校生と話をしていなかったな。そんな単純な理由だった。『女子高に初の男子生徒!』これだけでも十分トキメキ、というよりも興味が湧いた。演説の印象といえば、真面目そうな人だ。そんな感想だった。彼の瞳がこちらを捉える。
「あ〜…いえ、今回の演劇、良かったですよね〜!って。どうでした?男子生徒としては?」
「ええ、素晴らしいものでした。自分をさらけ出す難しさ、恐怖、そして自分を受け入れる強さ…良い内容でした。最後のパフォーマンスも素晴らしい。」
そんな当たり障りの無いであろう感想を言う。
「ですよね!?やっぱりしずくちゃんはスゴいな〜!陸さんもそう思いませんか?」
やたらとグイグイ感想を求めてくる少女に鬱陶しいと思いながらも「そうですね。」と適当に答える。
そんなやりとりをしていると、彼女は思い出したかのように
「すいません。突然話しかけちゃったりして。」
と詫びを入れてきた。別に問題は無い。こちらの邪魔さえしなければ。邪魔をすれば、勿論それなりの対応をさせてもらう。ただそれだけ。だから
「いえ、興奮を抑えられず感想を求めてしまう…わかりますよ。何となく。」
リボンを見れば彼女が2年の上級生であることがわかる。彼女の方が上級生であるはずなのに、侑は思わず山上陸という男に敬語を使っていた。何となく、彼女の真面目さ故か、それとも……
「ですよね!」
「侑ちゃ〜ん!」
彼女の後ろからまた声が聞こえる。
「あ、歩夢が呼んでる!じゃあ、私はこれで!」
と軽いお辞儀をして去っていった。彼女の行った方向には少し変わった髪色をした少女が待っていた。ほんの少しこちらを警戒しているように伺っている。まあ慣れたことだ。
「さて、戻るか。」
元気そうな少女と別れた陸は、再び歩きだすのだった。
拝啓】ー始まりの一歩。鍵はすぐそこだ。
手紙が落ちる。